銀狼 銀魂版   作:支倉貢

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甘えも時には必要

それから高天原の従業員全員で、母ちゃんを探し始めた。志乃は店を飛び出ていった狂死郎を追いかけ、その都度銀時に連絡を入れていた。

しかし、突如狂死郎の足が早まる。電話を耳から離してから、彼の様子が変わった。何か、焦っているような。

 

「狂死郎さん……?」

 

志乃は一定の距離を保ちながら、銀時に連絡をした。

 

「もしもし、銀?」

 

「どーした?動いたか?」

 

「うん、街の外れの工事現場に向かってる。大分焦ってるみたいだから、きっと母ちゃんも関わってると思う」

 

「わーった、すぐ行く。早とちりして勝手なマネすんなよ」

 

「了ー解」

 

銀時との短いやり取りを切り、志乃は狂死郎を追うべく走り出した。

 

********

 

狂死郎を追った志乃が辿り着いたのは、予想通り街外れの工事現場。おそらく、ここに勝男から呼び出され、母ちゃんを人質に取引を持ちかけられているのだろう。

お瀧直伝の術で気配を消し、物陰からこっそりと様子を伺う。

 

話を盗み聞きしたところ、やはり勝男は母ちゃんを人質にとり、先程のクスリ密売のことを持ちかけていた。

いやはや、自分の勘の良さにはホント拍手しか出来ない。

 

狂死郎は手にしていたアタッシュケースを開いて、小判やら札束を勝男に見せた。

 

「私の私財です。店を大きくするために使ってしまって、あまり残ってはいませんが」

 

「なんやァァァ!!まだもがく言うんかいな!!わしらそんなはした金欲しいんやないでェ!!お前の店でクスリ捌け言うとんねん!もっとデカイ金動かしたいんじゃ!!」

 

「私はホストという仕事に誇りを持っています。だから貴方達の要求は呑めないし、母に名乗り出るつもりもない。ホストは女性を喜ばせるのが仕事です。だから、この世で最も大切な女性を悲しませるようなマネは、私は絶対にしない」

 

どうやら、全財産を渡すからクスリ密売の件も断らせてくれと言ったところか。

うん、流石かぶき町No. 1ホスト。大したモンだ。

勝男もそれを承諾し、その金で組長を説得出来るかもしれないという。これで、交換条件は整った。

狂死郎がアタッシュケースを勝男へ投げ渡した。勝男が受け取ろうとした……邪魔するなら、今だ。

 

「せぇりゃあああああ!!」

 

一気に駆け出した志乃は、金属バットを抜いて横薙ぎに振るった。

バカン!という音と共に資材の上に弾き飛ばされたアタッシュケースを横目に、勝男達のいる上階に着地した。

 

「こんな奴らにやる金なんかねーよ。大事に取っときな。ソイツで母ちゃんに美味いメシの一つでも食わせてやれ」

 

「お前!!」

 

志乃の姿を見て殺気立つヤクザを蹴り飛ばし、勝男がこちらへ歩み寄ってきた。

 

「これまた妙なトコで会うたな、嬢ちゃん。大したモンや。ここまで一人で後つけてきたんか」

 

「ビンゴ。ま、こんなこったろーとは思ってたがな」

 

「相変わらず侮れん嬢ちゃんやな。そないやからオジキに目ェつけられんねんで。お人好しも大概にせんと」

 

「別にこいつ助けに来たワケじゃねーよ。あのままだったら胸糞悪かっただけ。それに」

 

ボリボリと頭を掻いた次の瞬間、無数の鉄骨がクレーンにひとまとめに吊り下げられ、振り子の法則で壁を突き破った。

 

「私、一人じゃないしね」

 

ニッと笑った志乃は、建物を縦横無尽に壊しまくる鉄骨から逃れるヤクザを蹴る。そして、金属バットで逃げ惑うヤクザを次々と殴り飛ばしていった。

 

「オラァ逃げんなァァァ!!それでもヤクザかボケェェ!!」

 

「なんちゅー無茶しよる嬢ちゃんや。どっちがヤクザかわからんで……」

 

母ちゃんを人質に使おうとした勝男だったが、鉄骨の束に括り付けられた神楽が、母ちゃんを掻っ攫う。

 

「このオバはんは貰ったぜフゥ〜!」

 

それを見た勝男は逃がすまいと母ちゃんの足にしがみついた。

 

「このォ、ボケコラカス。なめとったらあかんどォ。お登勢ババアの回し者やなんや知らんが、この街でわしら溝鼠組に逆ろうと生きていける思うとんのかボケコラカス」

 

鉄骨が振り子のように、再び同じ軌跡を描く。そこに、銀時が待ち構えるように木刀を持って立っていた。

 

「溝鼠だか二十日鼠だか知らねーけどな、溝ん中でも必死に泥掻き分けて生きてる鼠を、邪魔すんじゃねェェ!!」

 

銀時の一撃が、勝男の腹に打ち込まれる。勝男は下の床に吹っ飛ばされ、少々床を抉らせた。そこに、子分達が集まり、怒りの矛先を銀時に向ける。

しかし、それを制する手があった。勝男だ。

 

「ほっときほっとき。これでこの件から手ェ引いてもオジキに言い訳立つわ」

 

「あにっ……」

 

「溝鼠にも溝鼠のルールがあるゆーこっちゃ。わしは借りた恩は必ず返す。7借りたら3や。ついでにやられた借りもな。3借りたら7や。覚えとき、兄ちゃん」

 

踵を返した勝男を追って、ヤクザ達が退散していく。

それを見送り、銀時は同じく勝男の背中を見る志乃の隣に立った。そして、ずっと気になっていたことを訊く。

 

「お前……アイツらとなんかあったのか?」

 

「別に。特にはないよ」

 

「嘘吐け。普通ヤクザが、何の関係もねェガキ追い回すかよ。お前絶対何かやらかしただろ。いいからホラ、とっととお兄ちゃんに吐け。な?」

 

煩わしそうにガシガシと髪を掻く。

つまり、何かヤクザに狙われる理由があるのなら、護ってやるということなのだろう。

相変わらず遠回しな優しさを嬉しく思い、ここは仕方なく白状した。

 

「んー、やらかしたっつーか何つーか……向こうが私に一目惚れしたってヤツかな?」

 

「オイオイ、今時のヤクザはロリコンですか?んなわけねーだろ、それで騙されるかコラ。お兄ちゃん騙そうったって千年早ェ」

 

「妹に頼られるなんて五千年早いよ、兄貴」

 

「オイコラ、このクソガキ。てめっお兄ちゃんを何だと思ってんだ!」

 

怒る銀時をケタケタと笑う志乃。

銀時に吐いた嘘。それは彼女が銀時を護るために吐いたものだった。

 

********

 

志乃が溝鼠組と関わったのは、今から約一年前。

事の発端は、時雪がまだフリーターとして働いていた職場でのトラブルである。

 

なんでも難癖をつけた客が、商品を無料で売れと言ってきた。そのトラブルを引き起こした相手が、溝鼠組なのだ。

彼らは時雪の家で営んでいる道場に殴り込み、器物損壊や彼の妹達にまで手を出そうとした。

それにキレた時雪が、ついに末端であるがヤクザを殴り飛ばしてしまったのである。

この事に腹を立てたヤクザは時雪の女のような容姿に目をつけ、男娼にさせようとしたのだ。

 

その時、ちょうど別件の仕事で時雪の家の近くに来ていた志乃が見かね、ヤクザ達を一掃した。

彼女に助けられた時雪は流れで彼女の店で働くことになり、これが結果的に時雪と志乃の出会いとなったのである。

 

しかし、この件で彼女に恨みを持ったヤクザ達が、彼女を強襲することも多かった。幾度となく襲われても、もちろんその全てを返り討ちにしてしまう。

この強き少女の話は、若頭の勝男だけでなく、組長ーー泥水(どろみず)次郎長(じろちょう)の耳にも入ってしまった。

 

それ以来、次郎長は彼女を溝鼠組に引き入れようと様々な手を使って迫ってきた。

しかし志乃が了承するはずもなく、その誘いの手を(ことごと)くかわしている。

この関係が今の今までズルズルと引き摺り、長引いているのだ。

 

「しつこい男は嫌いなんだけどね」

 

志乃がボソッと独りごちると、帰路を歩く銀時が「あ?」と反応した。

 

もし。もしも、次郎長から本気で狙われたら。

隣を歩く死んだ魚のような目をした兄貴分は、助けてくれるのだろうか。

 

「ねェ銀。何で私の周りの男はみんな、しつこい野郎ばっかなんだろ?」

 

「知らねーよ」

 

「もう、冷たいなァ」

 

そう言って、銀時の腕に手をまわして、くっついてみる。

銀時は「離れろよ」と視線だけで言ってくるが、そんなものは知らない。すると諦めたらしく、ポケットに手を突っ込んで歩き始めた。

 

彼らの周りで揶揄うように笑う新八と神楽。煩わしそうに肘で押しやる銀時を見上げて、志乃は頼りになる兄の腕をぎゅっと抱きしめた。




次回、柳生篇。気合い入れて頑張ります。

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