「桂……兄ィ……!!」
「無事か、志乃」
エリザベスの中から躍り出て、高杉を斬った男ーー桂は、刀を持っていない方の手で、志乃の銀髪を優しく撫でた。
「む。また髪が短くなっていないか?」
「それを言うならヅラ兄ィも……何?失恋でもしたの?」
「黙れイメチェンだ」
「……ははっ。そっか……」
相変わらずな桂に、ホッとしたのか涙が零れた。
「心配かけさせやがって……バカヤロー……!」
死んだと聞いてから、ずっと信じたくなかった。あの桂小太郎が死ぬなんて、信じられなかった。
ボロボロと流れる志乃の涙を、指でそっと拭う。
「泣くな。後で団子を奢ってやる」
「約束だからね。絶対、忘れんなよ……」
「ああ。約束だ」
砲撃で吹っ飛ばされていたまた子と武市が、倒れた高杉に駆け寄る。
また子は高杉を介抱するも、対して武市は桂よりも志乃を見ていた。
「おお。そのサラサラした美しい銀髪、筋肉がつきながらももっちりとした白い肌、同じ年頃の娘と比べても成長した体……」
「武市先輩ィィ!!この状況で何やってるっスかァァ!!」
「オイコルァ!!何人の体ジロジロ見てんだァ、あぁん!?ぶっ飛ばすぞロリコン!!」
「ロリコンじゃありませんフェミニストです!」
「知るか変態ィィィ!!」
変態(武市)相手に一気に勝気になった志乃。
どうやら彼女には、嫌いなタイプの中でも得意なタイプとそうでないタイプがいるらしい。境界線はよくわからないが。
また子は関わるだけ無駄だと判断し、高杉を抱き起こす。
「晋助様‼︎しっかり!晋助様ァァ!!晋助様ァ!!」
「……ほう。これは意外な人とお会いする。こんな所で死者と対面出来るとは……」
「この世に未練があったものでな。黄泉帰ってきたのさ。かつての仲間に斬られたとあっては、死んでも死に切れぬというもの。なァ高杉、お前もそうだろう」
また子に支えられ上体を起こした高杉は、刀を甲板に突き刺して立ち上がる。
「仲間ねェ。まだそう思ってくれていたとは。ありがた迷惑な話だ」
ふと、高杉の派手な着物の下から、一冊の本が見えた。
どうやらそれのおかげで、桂に斬られた傷はさほど深くはなかったらしい。
本を見た桂も、懐から同じものを出した。
「まだそんなものを持っていたか。お互いバカらしい」
「クク、お前もそいつのおかげで紅桜から護られたてわけかい。思い出は大切にするもんだねェ」
「いや、貴様の無能な部下のおかげさ。よほど興奮していたらしい。ロクに確認もせずに髪だけ刈り取って去っていったわ。たいした人斬りだ」
「逃げ回るだけじゃなく死んだフリまで上手くなったらしい。で?わざわざ復讐に来たわけかィ。奴を差し向けたのは俺だと?」
「アレが貴様の差し金だろうが奴の独断だろうが関係ない。だがお前のやろうとしている事、黙って見過ごすワケにもいくまい」
その時、紅桜の工場で大きな爆発が起こった。
「貴様の野望、悪いが海に消えてもらおう」
秘密裏に製造していた兵器が全ておじゃんとなり、鬼兵隊の怒りの矛先は桂一人に向けられた。
桂は拘束具を斬って神楽を解放し、刀を鬼兵隊に向ける。
「江戸の夜明けをこの眼で見るまでは、死ぬ訳にはいかん。貴様ら野蛮な輩に揺り起こされたのでは、江戸も目覚めが悪かろうて。朝日を見ずして眠るがいい」
しかしカッコよく言い切った桂の腰を、神楽が掴んでいた。そして、そのまま桂にバックドロップを決める。
「眠んのはてめェだァァ!!」
「ふごを!!」
まさかの仲間割れに、鬼兵隊の志士達は思わず後退る。
「てめ〜、人に散々心配かけといて、エリザベスの中に入ってただァ〜?ふざけんのも大概にしろォォ!!」
今度は新八が、磔の台を引き摺って、それで桂を殴り飛ばした。
志乃はふと思い出す。あ、こいつら怒らせたら怖い人達だった。
ここはもう彼らに任せて自分は時雪を捜しに行こう。そう判断した志乃は、スススッと彼らから離れていった。
その瞬間、二人は言い訳をしていた桂の足を掴んで、そのまま振り回していた。ある意味、一種の武器だ。
「……ヅラ兄ィ、ドンマイ。こいつら怒らせたアンタが悪い」
志乃はその場をそそくさと離れ、中に入れそうな入口を捜すことにした。
しかし、右も左もわからない状態では、中に入っても道に迷ってしまうだろう。何より今の自分には、武器がない。
どうするか迷っていたその時、船がぶつかってきて、大きく揺れた。
「うわあああ!?」
突然のことに、志乃は両足で踏ん張ることも出来ずに体が前のめりに吹き飛ばされる。
甲板に叩きつけられる、とギュッと目を瞑ったその時。
ガシッ
ふと何者かに抱きとめられた。不可抗力のため、そのまま胸にダイブしてしまう。
胸板が固い。男だ。
首の後ろに手をまわされ、志乃は顔を上げた。
「……え?」
「俺を追って飛び込んで来てくれるたァ、なかなか可愛いことをしてくれるな。志乃」
頭上から降り注ぐ声に、思わず体が強張った。
志乃にとって、一番怖い男の声。
彼は驚いている志乃を見下ろして、愛おしそうに笑っていた。
志乃は反射的に彼を突き飛ばし、バックステップで距離を取る。
「た……高杉……!!」
「どうした?何故俺から逃げる」
志乃はゆっくり歩み寄ってくる高杉に対し、拳を軽く握り、戦う構えをとった。高杉はそんな彼女を見下すように嗤うだけだ。
相変わらずの上から目線の態度に、志乃は舌打ちする。
「今日はいつもの藤色の浴衣じゃないのか。白……花嫁衣装か?俺と結婚でもしてくれる気になったか」
「バカ言わないで。これは死装束だよ」
「死装束?その姿のまま殺して、永久保存してほしいのか?」
「……精神科行け。マジメに」
志乃は、話の通じないこの男を避けるには、やはり戦って道を切り開くしかないと思った。
高杉に意識を集中させながら、チラリと足元を見る。そこに、刀が落ちていた。
ーーラッキー!!
志乃はニヤニヤしそうな口元をなんとか抑え、足で刀を蹴り上げた。
そのまま高杉と距離を詰め、右手で刀をキャッチする。
そのまま、一閃を叩き込もうとしたが、もちろん彼もそう簡単にやられてくれるはずもなく。刀がギリギリと金属音を鳴らすだけとなった。
「相変わらずおてんばだな、お前は」
「今更?そんなのとっくの昔に知ってるでしょ、アンタは‼︎」
刀を構え直して、袈裟がけに振るう。高杉がそれをかわしたのを見た志乃は、そのまま刀で反対から先程と同じ軌跡を描いた。
刀を振り抜いた瞬間、高杉の白刃が煌めくのが見えた。志乃は手首を固定したまま刀を下ろし、襲い来る刃を防ぐ。
その時、突如腹がズキリと痛んだ。それに思わず、顔をしかめてしまう。
しかし、目の前には高杉がいる。察されたら面倒と、志乃は背面跳びを見せて高杉から離れた。
「くっ……」
意思に関わらず、自然と手が腹に伸びそうになる。
それを堪えて、刀を握り直した志乃は、再び高杉に挑んでいった。
志乃は刀を後方に構え、そこから突きを繰り出す。
しかし、高杉は充分に彼女を引きつけた上で、スッと横に避けた。そして、志乃の背中を刀の柄で殴りつけた。
「っ!?」
まるで打ち落とされたように、志乃は甲板に膝をついた。
ヤバイ。敵に背を向けたのが悪かったか……?
すぐに振り返って対峙しようとした彼女の首元を、高杉は手の側でビシッと叩いた。
志乃はそのままグラリと倒れ込む。それを、腕を差し出して受け止めた。
「やはり、力は
高杉は気を失った志乃の横顔を眺め、それから彼女を肩に担いで船内に入っていった。