銀狼 銀魂版   作:支倉貢

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雨に濡れて帰るのもまた一興

「あー、雨降ってんのか」

 

志乃は、どんよりした曇り空からさんさんと降ってくる雨粒を眺める。

雨粒は少し細かく、それなりに降っていた。大降りとも言えないが、小降りとも言えない。微妙な雨だ。

志乃は縁側から草履を履き、傘もささずに外に出た。

 

「待って志乃ちゃん、傘をーー」

 

「要らないよ。ありがとザキ兄ィ」

 

志乃は声をかける山崎を振り返ることなく、屯所を出て行った。

 

********

 

その頃、鬼兵隊の船内。「紅桜」の工場の中を、二人の男が歩いていた。

一人は、高杉晋助。もう一人は、杉浦大輔。

彼らは筒状のカプセルの中にまるで展示されているように並ぶ兵器を前にして、薄笑いを浮かべていた。

 

「にしてもスゴイっすね〜。この『紅桜』とかいう、化ケ物みたいな兵器は。あー、怖い怖い」

 

杉浦が間の抜けた声で、両手を後頭部にまわして独りごちる。

それを聞いた高杉も、口角を上げた。

 

「ああ、そうだな。クク……一体誰が、こんな恐ろしい刀を作ったんだか。なァ……

 

 

 

 

 

 

……村田」

 

高杉が彼らの背後に歩み寄ってきた男に呼びかける。男は笠を脱いで、顔を現した。

その男は、銀時と志乃に依頼をした張本人ーー村田鉄矢だった。

杉浦も腕組みする鉄矢を一瞥して、カプセルに入れられた数々の「紅桜」を見やる。

 

「しっかし、酔狂な話っすね〜。大砲ぶっ放してドンパチ繰り広げる時代にこんな(へいき)を作り上げるとは」

 

「そいつで幕府を転覆するなどと大法螺吹く貴殿らも充分酔狂と思うがな‼︎」

 

「なーに言ってるんですか。法螺を実現してみせる法螺吹きが英傑と呼ばれるもんでしょ。大体貴方は、出来ない法螺は吹かないじゃないですか……ねェ?」

 

杉浦は楽しげに笑って、高杉を振り返った。

 

「しかし、流石は稀代の刀工、村田仁鉄が一人息子……まさかこんな代物を作り出しちまうたァ。鳶が鷹を生むとは聞いた事があるが、鷹が龍を生んだか。侍も剣もまだまだ滅んじゃいねーってことを見せてやろうじゃねーか」

 

「貴殿らが何を企み何を成そうとしているかなど興味はない!刀匠はただ斬れる刀を作るのみ!私に言える事はただ一つ、この紅桜(けん)に斬れぬものはない!!」

 

鉄矢は一度瞼を伏せてから開き、カプセルに触れた。

 

********

 

それから高杉と別れた杉浦は、ある部屋の入り口を潜った。

そして、壁に両腕を拘束されている少年に声をかける。

 

「やぁ。気分はどうだい?女顔くん」

 

「誰が女顔だァァ!!……って、アンタ!」

 

女顔と揶揄されて激怒した少年ーー茂野時雪は、杉浦の顔を見た途端、目を見開いた。

杉浦はニコニコと笑顔を見せながら、ヒョイと軽く手を挙げた。

 

「覚えててくれたのかい?嬉しいなァ」

 

「そりゃあ、志乃にあれほどくっついてりゃ嫌でも覚えますよ。ていうか貴方、何でここに……まさか……」

 

「そ。そのまさか。俺は元々、テロリストの仲間だったんだ。残念だけどね。あはは」

 

しかし、時雪は笑う彼を睨むように見つめるだけだ。

杉浦は笑みを浮かべたまま、時雪と視線を合わせる。

 

「君に頼みがあるんだ」

 

「……?」

 

「志乃ちゃ……いや、志乃にこれ以上近寄らないでくれ」

 

どういうことだ、と口で言う代わりに、目で訴える。杉浦は肩を竦めて答えた。

 

「君は知らないみたいだけど、彼女は銀狼の一族の娘だ。そして、あの人(・・・)の娘だ。普通の人間より強いのは目に見えてる。そして、普通の人間より血に飢えてるんだ」

 

「……志乃はそんな残忍な娘じゃない」

 

「そうかい?確かに平和になっちまったせいで、志乃の戦いの感覚は極限まで鈍ってるみたいだけど……まァ、あいつが化け物だなんて、すぐにわかるさ」

 

杉浦は時雪の胸倉を掴み、引き寄せた。

 

「だから、もうこれ以上志乃に関わらないでくれ。志乃は俺達が引き取る。保護者も後見人も、何なら婚約者だっている。だから、諦めてこのまま帰ってくれ。俺が逃がしてやるから。さぁ……」

 

「嫌です」

 

時雪の返答に、杉浦のこめかみがピクリと上がる。

それに気付かず、時雪は一気にまくし立てた。

 

「杉浦さん。俺は貴方に何を言われようと、俺は俺の信念を曲げることは出来ません。そもそも、他人である貴方に決められる筋合いがない」

 

「……」

 

「それに、志乃はテロが大嫌いだと言っていました。ましてやテロリストなんかに、志乃がついていくとは到底思えません」

 

「…………」

 

「それと……志乃は、俺が貰います」

 

「………………何だと?」

 

明らかに、杉浦の声のトーンが下がった。

飄々とした態度から、いきなり威圧的な雰囲気を醸し出した彼に、時雪は負けじと唇を真一文字に結ぶ。

 

「……貰う?それは一体どういう意味だ?まさか……」

 

「そのまさかです。志乃は、俺が嫁に貰います」

 

キッパリと、そう言い切った時雪の青い瞳には、決意の光が宿っていた。

杉浦は目を伏せ俯く。しばらく黙っていたが、ふと肩を震わせて笑い始めた。

 

「……クククッ。お前が……お前ごときが……フフッ、ハハハハハハハ!!」

 

「ッ、何がおかし……がはっ!?」

 

突然、杉浦が時雪の首を片手で締め付け、壁に押し付けた。

腕を拘束され抵抗出来ない状態で、それでも時雪は必死に足掻く。

 

「がっ……か、は……っ」

 

「ふざけてるのかい?女顔くん。お前ごときが、志乃を幸せに出来ると?笑わせるにも程がある!!お前は俺達(・・)人斬りの血を甘く見過ぎている!!お前はまだ覚醒もしていない志乃を見ていただけだから、そんな甘っちょろい事が言えるんだろーが……あいつは、歴代最高の人斬りになる。そうなれる素質がある。何せ、あの人達の一人娘なんだから!あいつが人斬りになるのは、生まれる前からの運命(さだめ)だったんだ!!」

 

「……っぁ、く……ハァッ!!げほっ、ごほごほっ……」

 

ようやく杉浦の手から解放された時雪は、咳き込みながら呼吸をした。

杉浦は興奮しているのか、手がブルブル震えている。

 

「まぁ、長々と君に関係ない事まで喋っちまったが……とにかく、志乃はこちら側の人間なんだ。君達とは住む世界が違うんだよ。だから、あの娘の事は諦めろ」

 

杉浦はそれだけ言い捨てると、咳き込む時雪に背を向けて部屋を出て行った。

その外で、高杉が壁に寄りかかっていた。

 

「!」

 

「随分と荒ぶってたな。お前にしては珍しい」

 

「あら〜。もしかして全部外に聞こえちゃってました?や〜だ〜」

 

いつものようにふざけた笑みを浮かべる彼に、煙を吐いた高杉が釘をさすように言う。

 

「だが、程々にしろよ?もし奴に勘付かれたら、志乃の精神がそれこそ崩壊するぜ。……まァ、狂った志乃も見てみたい気もするがな。一体どんな可愛い顔するのか……」

 

「大丈夫ですよ、バレませんって。だって俺、あれからめちゃくちゃ変わったじゃないですか。見た目も性格も」

 

「根本的な所は変わってないがな。敢えてどことは言わねーが」

 

「ククッ。違いないっすね」

 

杉浦は怪しく笑ってから、高杉と同じように壁に凭れかかった。

 

「そーいや、聞いてたんですよね?高杉さん。なら、あいつが言ってた事も聞きました?」

 

「ああ。志乃を嫁にするとか何とか」

 

「ふざけた話ですよねー。ま、そんなことさせませんけど」

 

「俺も奴みてーな脆弱な男に、志乃を渡すつもりはねェよ」

 

高杉は鼻で笑って、杉浦の横顔を見た。

 

「だが、殺すに値しねー。そーだろ?杉浦」

 

「はい。あの野郎は志乃と深く繋がってるんです。あいつを利用すれば志乃をおびき出せる可能性だってあるし、場合によっちゃ人質としても使える。こんないい手駒は無いっすよ、高杉さん……」

 

杉浦も高杉を見つめ、人の良さそうな笑顔を浮かべた。

 

********

 

その頃。屯所を出た志乃は、どこかへ疾走する新八を見かけて後をつけていた。

新八は何故か港まで来て、しかも辺りの様子を伺うように慎重に進む。

志乃は彼の背後にコソッと回り込み、耳元で囁いた。

 

「何してるの、新八」

 

「……うわあんむぐっ!!」

 

予想通り悲鳴を上げようとした新八の口を手で塞ぐ。

 

「バカ。連中にバレるよ」

 

「!?」

 

新八がこちらを認めたのを見て、そっと手を離した。

 

「し、志乃ちゃん……だ、大丈夫なの?怪我は……」

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

「ていうか何その白い着物。幽霊?アレ?志乃ちゃん足ある?」

 

「あるわボケ。で、何してるの?こんな所で」

 

新八と同様に身を隠すようにしゃがみ込み、彼に尋ねる。

 

「実は……昨日から、神楽ちゃんと時雪さんが帰ってこなくて……今朝、定春だけが帰ってきて、こんな紙切れを……」

 

新八は志乃に、雨に濡れて少し滲んだ紙を見せた。

 

「なるほど、二人はあの船の中か」

 

「……多分ね。オマケにあの船、鬼兵隊っていう……テロリストグループの船らしいんだ」

 

「っ……あーあ、マジで厄介な事になっちまって」

 

状況を大方把握した志乃は、壁からチラリと顔を出して、港に留まる船を見やった。

しかし、船の周りには見張りの浪人がたくさんいた。

 

「一筋縄では忍び込めないらしいね」

 

「ていうか志乃ちゃん、バットは?」

 

「失くした」

 

「ウソでしょ!?ちょっ、大丈夫なの!?」

 

「平気。だと思う」

 

「そんな、どうしよ……ん!?」

 

「?」

 

浪人達の中に、ペンギンみたいな顔をした和装ロン毛が混じっていた。

 

ーー何か変なのいるぅぅ!!

 

二人は叫びたかったが、お互いの口を塞ぎ、それを阻止する。

志乃はペンギンに声をかけようか迷ったが、そのぱっちりおめめのペンギンーーエリザベスはもちろん目立ち、すぐに浪人に絡まれた。

 

「オイ何だ貴様、怪しい奴め」

 

「こんな怪しい奴は生まれて初めて見るぞ」

 

「怪しいを絵に描いたような奴だ」

 

何故?何故ロン毛なんだあいつは。あ、桂を意識したのか?

色々ツッコみたかったが、とにかくそれを呑み込んだ。志乃は駆け寄ろうか迷う。

エリザベスは、浪人達にプラカードを見せた。

 

『すいません、道をお伺いしたいんですが』

 

「あ?」

 

『地獄の入口までのな!!』

 

次の瞬間、エリザベスの口からバズーカの銃口が出てきて、船を撃った。

突然のことに腰を抜かしながらも、浪人は敵襲に叫ぶ。

 

「何してんだてめェェェェ!!」

 

「曲者ォォ!!曲者だァァ!!」

 

エリザベスが自ら、標的になってしまった。彼に加勢しようかと二人が立ち上がったその時。

エリザベスが腰にさした刀を抜いて、新八に投げ渡した。そして、プラカードを掲げる。

 

『早く行け』

 

「エ……エリザベス先輩ィィィ!!」

 

「うおおおおお!!」

 

志乃は自分を犠牲にしようとするエリザベスに漢気を覚え、新八は涙を流して船に向かって走り出した。


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