思いがけない再会に、志乃は岡田の顔を見て、汗を滲ませながらニヤリと笑う。
「なるほど、最近巷を騒がせている辻斬りはアンタの仕業だったのか」
「銀さん、志乃ちゃんも……何でここに!?」
新八がホッと目の前に立つ銀時と志乃に尋ねる。銀時が、彼を振り返らずに答えた。
「目的は違えど、アイツに用があるのは一緒らしいよ新八君」
「嬉しいねェ。わざわざ俺に会いに来てくれたってわけだ」
岡田は薄笑いを浮かべながら、志乃に弾かれた刀の元へ歩み寄った。
「コイツは災いを呼ぶ妖刀と聞いていたがね。どうやら強者を引き寄せるらしい。桂にアンタ、そしてお嬢ちゃん。こうも会いたい奴に合わせてくれるとは、俺にとっては吉兆を呼ぶ刀かもしれん」
「!アンタ……桂兄ィに何かしたの?」
志乃は眉間に皺を寄せて、岡田に詰め寄る。
しかし、岡田は彼女のプレッシャーが寧ろ心地良いのか、飄々とした態度を続ける。
「おやおや、おたくらの知り合いだったかい。それはすまん事をした。俺もおニューの刀を手に入れてはしゃいでたものでね、ついつい斬っちまった」
「!?斬った……?」
聞き捨てならない言葉を聞いた。目の前に立つ男が、桂を斬ったと言うのだ。
志乃は思わず一歩手前に出るが、それを銀時が手を彼女の前に出して制した。
「ヅラがてめーみてーなただの人殺しに負けるわけねーだろ」
「怒るなよ。悪かったと言っている。あ……そうだ」
岡田は思い出したように、懐に手を入れる。そして、長い黒髪を差し出して見せた。
「ホラ。せめて奴の形見だけでも返すよ」
それを見た志乃、新八、エリザベスは愕然とする。
まさか。まさか、本当に桂が。こいつが、桂を殺したのか……?目の前でせせら笑っている、この男が?
憎い。悲しい。辛い。苦しい。許せない。色んな感情がグルグル渦巻き、志乃の金属バットを握る手がブルブルと震える。
「記念に毟り取ってきたんだが、アンタらが持ってた方が奴も喜ぶだろう。しかし、桂ってのは本当に男かィ?この滑らかな髪……まるで女のような……」
志乃が怒りのあまり飛び出す前に、銀時が彼女を突き飛ばして飛び出した。
「志乃ちゃん!」
何の前触れもなく突き飛ばされた志乃は、流されるままに後ろへ倒れ込んでしまう。それを、新八が抱きとめた。
一方志乃を突き飛ばした銀時は、岡田と剣を交え、ギリギリと鍔迫り合いを繰り広げていた。
「何度も同じこと言わせんじゃねーよ。ヅラはてめーみてーなザコにやられるような奴じゃねーんだよ」
声音だけでわかった。銀時は怒っている。憤っている。志乃よりもずっと。
しかし対する岡田の態度は変わらない。あの白夜叉として恐れられた銀時の一撃を受け止めながらも、悠々と笑みを浮かべていた。
「クク……確かに、俺ならば敵うまいよ。奴を斬ったのは俺じゃない。俺はちょいと身体を貸しただけでね。なァ……『紅桜』よ」
話している最中から、岡田の剣を握る右手から、コードのようなものが肌を突き破ってどんどん現れる。
思わぬ光景に、剣を合わせる銀時も、後ろで見守る志乃達も目を見張った。
********
その頃。桂の行方を捜していた神楽と時雪は、匂いを辿る定春についていって、港まで来ていた。
「神楽ちゃん、もう真っ暗だよ。帰らないと銀時さん達が心配するよ」
「なワケないアル」
「えっ!?」
銀時さんんんんん!?貴方神楽ちゃんが心配じゃないんですかァァ!?
時雪は心の中で銀時に尋ねるが、もちろん彼の心の中に銀時がいるわけがないので、彼の叫びは誰にも届かなかった。
話題を変えよう。時雪は、桂の事を出した。
「大丈夫かな、桂さん。無事だといいけど……」
「ヅラならきっと大丈夫アル。アイツがちょっとやそっとで死ぬ訳ないアル」
「……そうだね」
伸びをしながら欠伸をする神楽を見て、時雪も頬が綻ぶ。
神楽の言う通りだ。桂は強い。今でこそテロリストやら何やらで真選組に追われているものの、その追跡全てをかわし続けているのだ。運も味方につけている彼なら、きっと大丈夫だろう。
時雪も神楽と同様、そう信じることにした。
ふと、伸びをしていた神楽が、時雪を見上げた。
「そういえば志乃ちゃん、よくトッキーのこと私に話すネ。志乃ちゃん、トッキーのこと好きアルか?」
「えっ!?」
突然のことに、時雪は耳まで真っ赤になる。
「さ……さあ?ど、どうかな……」
「ガチガチになったアル。トッキー、ロボットにでもなったアルか?」
挙動不審になる時雪に、神楽は思わずニヤニヤしながら意地悪い質問をした。
「じゃあトッキーは、志乃ちゃん好きアルか?」
時雪は今度こそ顔全てが真っ赤になって、ボシュゥと煙が上がりヘナヘナと地面に座り込んだ。
「……マジでか」
「……………………」
時雪は情けなく、頷く他なかった。
時雪は、志乃のことが好きだった。雇い主として、異性として。
腕っぷしは自分の方が劣るものの、そんなことを気にせず自分と肩を並べて歩いてくれる。そんな彼女がいつも向けてくれる、あの無邪気な笑顔が好きだった。
真っ赤な顔を手で隠す時雪を眺めながら、神楽はニヤニヤする。その時、定春がおすわりして止まった。
「定春?」
定春が止まったのに気付いた二人は、彼の元に歩み寄る。
「定春、ここからヅラの匂いするアルか」
「ワン」
定春が止まった目前には、大きな船が止まっていた。
「なんだろ、あの船?」
神楽が疑問を口にした瞬間、二人は気配を感じてサッと樽の後ろに隠れた。
気配の正体は、三人の浪人だった。
「どうだ?見つかったか?」
「ダメだ。こりゃまた例の病気が出たな、岡田さん……どこぞの浪人にやられてから、しばらく大人しかったってのに」
「やっぱアブネーよあの人。こないだもあの桂を斬ったとか触れ回ってたが、あの人ならやりかねんよ」
「どーすんだお前ら。ちゃんと見張っとかねーから。アレの存在が明るみに出たら……」
神楽達に気付かず去っていった浪人達の背中を見送り、何とか難を乗り越えた。
「聞いた?神楽ちゃん。アイツらさっき、桂さんの名前を……」
「斬ったとか言ってたネ。ヅラ死んじゃったアルか?」
「わからない。でも、きっと大丈夫だよ桂さんなら」
桂が斬られたと聞いて、不安になったのだろう。少し涙ぐむ神楽の頭を一撫でした時雪は、チラリと再びあの大きな船を見た。
「あそこに行けば、もしかしたら何かわかるかもしれない。でも、絶対に敵地だ。どうすれば……って、神楽ちゃん?」
時雪が神楽を振り返ると、彼女は紙に何やら線を描きつけていた。どうやら、地図らしい。
「定春、お前はコレを銀ちゃん達の所へ届けるアル。可愛いメス犬がいても寄り道しちゃダメだヨ」
「神楽ちゃん……まさか」
神楽は定春に地図を託し、彼を帰らせた。そして、傍らに置いた傘を手に取る。
「トッキー、行ってくるアル」
「神楽ちゃん……でも、あそこは」
「ヅラがいるか、私確かめに行くアル。危ないから、トッキーも早く帰るヨロシ」
「何言ってるんだ神楽ちゃん」
時雪も腰にさした木刀を抜き取り、彼女の隣に並ぶ。
「俺も行くよ。女の子一人を危険な場所に行かせられない」
「お前こそ何言ってるネ。トッキーに何かあったら、私志乃ちゃんに顔向け出来ないアル」
時雪は心配そうに自分を見つめてくる神楽に、フッと笑いかける。
「大丈夫だよ。これでも俺も、新八くんと同じように剣術だけはずっとやってきた。神楽ちゃんには劣るかもしれないけど、それなりに戦える。それに、俺だって神楽ちゃんの身に何かあれば、それこそ志乃に顔向け出来ないからね」
神楽は驚いたように目を見開いて時雪を見上げたが、すぐにニッと笑った。
「よし、行くか」
「了解!」
時雪と神楽は、並走して船に向かう。それを、屋根の上から何者かが見ていた。
********
耳を劈くような大きな爆音と共に、橋の真ん中に大きな穴が開く。そこから、銀時が川に落とされた。
自分で開けた穴から、岡田は銀時を見下ろす。
「おかしいね、オイ。アンタもっと強くなかったかい?」
「…………おかしいね、オイ。アンタそれ、ホントに刀ですか?」
岡田の右手は紅桜と完全に繋がり、纏っているコードが生き物のように脈打っていた。
志乃は紅桜を凝視して、譫言のように呟く。目の前で起こっていることが信じられなかった。
「オイオイ冗談だろ……?刀というより生き物みたいだって聞いたけど……生き物なもんか。ありゃ、化ケ物じゃんかよ……!!」
岡田は川に落とされた銀時に向かって飛び降り、刀を突き刺した。しかし、手応えは全くない。
その時、岡田の背後にまわっていた銀時が木刀を横薙ぎに振るった。岡田はそれを紅桜で受け止めるが、銀時は岡田の膝裏を蹴って、転ばせる。
倒れた岡田の上に乗り、紅桜と一体化した右手を足で押さえつけた。
「喧嘩は剣だけでやるもんじゃねーんだよ」
銀時が木刀を振り上げたその時、急に木刀が動かなくなった。視線だけそこに投げてみると、紅桜からコードが伸びて、木刀を引っ張っていた。
銀時が動けない隙に、岡田は膝で銀時を蹴り上げる。
「喧嘩じゃない。殺し合いだろうよ」
体勢を立て直そうとした銀時に、強烈な一撃を浴びせる。
銀時は何とか木刀で受け止めたものの、木っ端微塵に砕かれてしまった。
人間離れした力に吹っ飛ばされ、橋脚に叩きつけられる。
「銀ッッ!!」
「銀さんんんん!!」
志乃と新八の悲鳴が飛ぶ。
片膝をついて立ち上がろうとした銀時だが、次の瞬間、彼の胸を横に一直線に裂いて、血が吹き出た。かなりの出血量で、しかもとめどなく流れてくる。
「オイオイ。これヤベ……」
ーードッ!!
道路から成り行きを見守っていた志乃と新八は、思わず目を見開いた。
岡田が一瞬で間を詰め、銀時の脇腹を突いたのだ。駆け寄ろうとする新八を、エリザベスが羽交い締めにして抑える。
銀時が吐血した瞬間、不意に岡田の前に銀の一閃が煌めく。そしてそれは岡田の懐に入り込み、胸を突いてきた。
まるで貫かれるかのような一撃に、岡田は堪らず吹っ飛ぶ。銀時は血を流しながら、橋脚に凭れるようにズルズルと崩れ落ちた。
「銀!!しっかりしてよ!銀!!」
「バカ、ヤロー……来るな……志乃…………」
銀時から岡田を引き離した志乃は、すぐに倒れた銀時に駆け寄る。いつも勝気な強い光を灯す赤い目は、弱々しく涙に濡れていた。
銀時の肩を掴んだ瞬間、背後からの殺気を感じる。
振り向きざまに、志乃は金属バットを突き出した。紅桜と金属バットがぶつかり合い、ギリギリと火花を散らす。
志乃はこれ以上銀時に近寄らせないために、グッと一歩前に進み出た。そのまま岡田を押しやろうとするも、全く動かない。
「アンタマジでおかしいね。どっからそんな馬鹿力が出るってんだよ……!」
「それはお互い様じゃないかい?お嬢ちゃん。以前やり合った時のお嬢ちゃんも、一撃一撃がすごく重かったのを覚えているよ」
「あっそう。だったら、もう一回力比べしてみる!?」
志乃は金属バットを刀の刃ではなく平地に移動させる。このまま力を入れては、こちらの得物が斬れてしまいそうだった。
平地を押して岡田を突き飛ばし、さらに間合いを詰める。
岡田が紅桜を突き出してきたのを見た志乃は、瞬時に金属バットを左手に持ち替え受け流した。
そのまま距離を縮め、右の拳を岡田の腹に叩き込もうとしたその時ーー。
ガシッ
「女の子があまり乱暴なマネをしちゃいけないよ、お嬢ちゃん」
「なっ……!?」
突然、右手首にギュルギュルと何かが巻き付いてくる。
何だと確認する間も与えず、右手を無理やり捻り上げた。
「くっ……ぐうっ!!」
「志乃ちゃん!」
グッと歯を食い縛る。このままではいけない。そう判断した志乃は、金属バットを握り直し、振り上げた。
しかし、金属バットに例のコードが巻き付き、阻止される。志乃はそのままコードを引き千切ろうと、力任せに振り抜こうとしたが、右腕が捻られたままギリギリとキツく締め付けられた。
「あっ……がああっ!!」
「おやおや、どうしたのかな?さっきまでの威勢はどうしたんだィ」
今度こそ痛みに耐えかねた志乃は、金属バットを落としてしまった。岡田は彼女の苦しむ声を聞いて、愉しそうに笑う。
コードは左手にも巻き付き、そのまま彼女を縛り上げていく。
「ぅぐっ、くっ……ぁ、くぅっ」
コードは志乃の腕だけでなく、胸や腰、足にまで絡みついてくる。このまま絞め殺されるのでは、と思った。
岡田が志乃ごと紅桜を持ち上げ、ずっと地面についていた彼女の足が、ふと宙に浮き上がった。
「こ、の……ッ」
「おや、まだ抵抗する気力があるとは。子供は活きがいいね。だが……お嬢ちゃんはおてんばが過ぎるねェ」
岡田はギッと鋭く睨んでくる志乃を見上げ、ニヤリと笑った。
そして次の瞬間、岡田は腕を振るい、志乃を投げ飛ばす。
志乃は夜空を舞い、岡田は彼女の落下地点に紅桜を掲げた。
それを見ていた新八が、目を見開く。
「やめろォォォォォォォォォ!!」
ーードブッ
鈍い音と共に、細い少女の体から血が溢れる。
月明かりに反射する銀髪が、彼女と共に重力に従った瞬間、彼女は既に意識を失くしていた。
「志乃ちゃァァァァァァァん!!」
新八の悲鳴が響き渡る中、血を被った岡田は紅桜を下ろし、川に落とされた志乃を見下ろす。
志乃の体は浅い川の底に沈み、とめどなく溢れる血が川を汚していった。
岡田は志乃の元にしゃがみ、彼女の銀髪を掴んで切り落とした。
「後悔しているか?以前俺とやり合った時、何故殺しておかなかったと。俺を殺しておけば、桂もアンタも、そして
岡田は既に倒れている銀時に目もくれず、志乃の銀髪を月光に照らす。
「あの人もさぞやがっかりしているだろうよ。かつて共に戦った盟友達が、揃いも揃ってこのザマだ。その上、護るべき存在の霧島志乃さえ護れないとあっては……。アンタ達のような弱い侍のために、この国は腐敗した。アンタではなく俺があの人の隣にいれば、この国はこんな有様にはならなかった。士道だ節義だくだらんものは侍には必要ない。侍に必要なのは剣のみさね。剣の折れたアンタ達はもう侍じゃないよ。惰弱な侍はこの国から消えるがい……」
岡田がふと、異変に気付く。
自由なはずの右手が、動かない。紅桜が動かない。
その時、銀時の声が聞こえた。
「剣が折れたって?剣ならまだあるぜ。とっておきのがもう一本」
銀時は脇と腹で紅桜を挟んで捕まえており、岡田が抜こうと力を入れても全く動かなかった。
その時、上から叫びながら何かが飛び降りてくる気配がした。
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!」
絶叫と共に、新八が刀を持って落ちてきた。刀を振り、紅桜を持っていた岡田の右腕を叩き斬る。
「アララ。腕が取れちまったよ。酷いことするね、僕」
「それ以上来てみろォォ!!次は左手を貰う!!」
新八と岡田が対峙したその時、橋の上から声が聞こえてきた。
「オイ!そこ、何をやっている!!」
あまりの騒ぎに、奉行所の役人が駆け付けたらしい。提灯の明かりがいくつか現れた。
「チッ、うるさいのが来ちまった」
岡田は舌打ちしてから、志乃の銀髪を懐に入れ、紅桜を拾い上げる。
「勝負はお預けだな。まァ、また機会があったらやり合おうや」
岡田は銀時達を残して、逃げ去った。
役人が彼を追うのを見た新八は、すぐに銀時に駆け寄る。
「銀サン!しっかりしてください、銀サン!!」
「ヘッ……へへ。新八……おめーは、やれば出来る子だと思ってたよ……」
銀時は脂汗を滲ませながら、ゆっくりと目を閉じ意識を手放した。
********
一方その頃。桂の行方を追っていた神楽と時雪は、ある船の中に潜入していた。船に忍び込んだ二人は、船頭に立つ派手な着物を着た男を見つけた。
この船は思っていたよりも大きく、内部など彼らは何一つ知らない。誰か船員の一人に案内役を務めさせようとした。
距離を縮めてから、神楽が傘の銃口を男に突きつけた。
「オイ。お前、この船の船員アルか?ちょいと中案内してもらおーか。頭ブチ抜かれたくなかったらな」
しかし、男は振り向かずにキセルを吹かす。
「オイ聞いてんのか」
神楽が再び尋ねると、男はこちらを見た。その時、二人は本能的に危機を察した。