「おーっす」
この日、バイトだった志乃は、朝から真選組の屯所に顔を出していた。朝早くから仕事ということで全く乗り気でない志乃は、欠伸をしながら部屋の扉を開けた。
そこでは近藤達が朝食を食べていた。
「あ、おはよう志乃ちゃん」
「はざま〜す」
「なんだ、てめーも早起き出来るんだな」
「うるさい。アンタも朝っぱらからよくそんなにたくさんマヨネーズをかけて食べられるね」
志乃は朝からマヨネーズ丼を食らう土方に、嫌味を言う。
ゴシゴシと目を擦って眠気を覚まそうと頑張るものの、不意にフラッとして頭を柱にぶつけてしまった。それを見た隊士らの一部は萌えを感じた。
痛みでスッキリした志乃はペタリと畳の上に座った。
「ねェ、今日の仕事は?」
「今日も警邏が基本だな。その後は……」
「おーう、お前ら」
そう言いかけた土方の言葉を遮って、襖が蹴破られる。あまりにもナチュラルな一連の流れに、志乃は呆然としてしまった。
……ん?アレ?今何が起こった?
「とっつァん!?」
「げっ」
近藤が驚いて襖を蹴破った男ーー松平片栗虎を見て驚く。土方は嫌な予感しかしなかった。
志乃が彼に気付いて、ヒョイと手を軽く挙げた。
「よォ、何しに来やがった厄病神」
「あん?オウ、なんだ志乃か。あー、そーいやオメー、ここでバイトしてたんだっけな?」
「そーだよ。そして死ね」
「って、待てェェェェい!!」
出会い頭に金属バットを手に取って襲いかかろうとする志乃を、土方が羽交い締めにして止めた。
「何してんのォォォォお前ェェェ!!」
「私は忘れてねーぞクソジジイ。アンタ私がえいりあんと戦った時、私ら諸共消そうとしただろーが。ふざけてんの?ねェお前ふざけてんの?それで謝罪も慰謝料も無しか。だったらアンタの命で償ってもらおーか」
「やめろォォ!!それ一応幕府の重役だぞ!!」
何とか志乃を宥めることに成功した真選組は、朝からの騒動に一息吐く。
「とっつァん、もうちょっと待ってくれ。今ご飯食べ終わるから」
「おーう、3秒以内に準備しろォ。でねーと頭ブチ抜く」
そう言った松平は、近藤のこめかみに拳銃を当てた。
「ハイ、1……」
「2と3はァァァ!!」
ドォン!!
1だけを数えて発砲した松平に、近藤はツッコミを入れながら銃弾をギリギリでかわす。
「知らねーなそんな数字。男はなァ、1だけ覚えとけば生きていけるんだよ」
「さっき自分で3秒って言ったじゃねーか!!いくら警察のトップだって、やっていいことと悪いことがあるぞ!!」
「ったく、情けねェ奴らだな。オイ志乃、茶を持ってこい。3秒以内に持ってこねーとてめェの頭もブチ抜くぞ」
「待てェェェ!!志乃ちゃんはやめろォォ!!」
松平は畳の上に座り込む志乃の銀髪に、拳銃を当てがう。
近藤達が止めようとするが、松平は全く聞く耳を持たなかった。
「ハイ、1……」
ザウッ!!
しかし、松平が引き金を引く前に、志乃の太刀が銃口を斬っていた。
カラン、とそれが落ちた音を聞きながら、志乃は太刀を鞘に収め立ち上がる。
「わかった。茶だろ。五分くらい待て。持ってきてやるから」
煩わしそうに髪をガシガシ掻いて部屋を出る志乃の背中を見送った真選組は、彼女が見えなくなったと同時にようやく何が起こったのか理解し始めた。
「い、今……志乃ちゃん斬った?斬ったよね?」
「斬りましたね」
「斬ったな」
「間違いなく斬りましたぜ」
近藤が震える声で問いかけると、山崎、土方、沖田が同意した。
そして、あの破壊神松平片栗虎を上回った少女に、若干の恐怖を感じたのだった。
********
会議室に全員が移り、志乃が松平に茶を出したところで、松平は真選組に言い渡した。
「カブト狩りだ」
「「「「は?」」」」
突然警察のトップが現れて、言い渡した指令に全員がポカンとする。
「実は、将軍のペットのカブト虫が逃げたらしいんだ。だからオメーら、それを探してこい」
「だからってカブト虫ごときで警察を動かしてんじゃねーよ!!警察なめてんのか!!」
「うわーい、職権乱用ー」
土方のツッコミが入った後、志乃はダイナミック過ぎる権力の乱用に、思わず拍手を送った。
しかし、ここでふと志乃が疑問を口にする。
「でも意外だな〜。確かに世間がカブト虫ブームとはいえ、何で将軍がカブト虫をペットにしてんの?セレブならセレブらしくペルシャ猫でも抱いとけや」
「オメーがあのカブト虫を送ったんだろーが」
松平の言葉に、真選組全員が志乃を見つめる。
「初めて出来た友達からの初めてのプレゼントだって、将軍はあのカブト虫をやたら可愛がっててな。だから今回いなくなって、毎日泣いてんだよ。せっかく貰ったプレゼントを失くしたとあっては、友に面目も立たないってな」
「相変わらずいい人だね〜、将ちゃんは」
「ちょっと待てちょっと待てちょっと待てちょっと待て!!」
動揺する近藤達を無視して話を続ける松平と志乃を、思わず土方が止めた。
そして、志乃の服の襟を掴んで、問いただす。
「どーいう意味だ!!お前が将軍に送ったプレゼント!?友達!?」
「いや、そのまんまの意味だよ。それ以上の意味はないし、それ以下の意味もない」
「お前の交友関係ホントにどーなってんだよ!!桂やとっつァんやそよ姫や将軍!!幅広いな、オイ!!」
「まァとにかくだ」
松平は煙草に火をつけて、言い渡した。
「森に行って、カブト狩りをしてこい」
********
「カブト狩りじゃあああああああ!!」
志乃は麦わら帽子に虫捕り網、虫カゴを肩から提げて、カブト狩りの格好をしていた。
気合い十分で虫捕り網を掲げる志乃の背で、山崎が近藤に報告する。
「将軍のペット瑠璃丸は、陽の下で見れば黄金色に輝く、生きた宝石のような出で立ちをしているそうです。パッと見は普通のカブト虫そのもので、見分けがつかないそうですが……」
「そうか」
「……あの、局長」
山崎の報告を聞いていた近藤だが、山崎は少し言いづらそうに尋ねた。
「何故、褌一丁なんですか?」
「決まってるだろう。ハニー大作戦だ」
「いや、意味がわかりませんよ」
ドヤ顔で言い切った近藤だが、山崎に一蹴される。
そもそも、森の中で褌一丁でいる方が危ないというものだ。森の中には、危険な生物がたくさんいる。その時、服は自分の身を守る素晴らしい道具になるのだ。
山崎は頭のネジが緩みまくっている上司に呆れて、隊内でも比較的マシな土方を見やった。
「副長、ちょっと……ん?」
しかし、山崎は今度は土方を見て固まる。土方は、バケツに大量にマヨネーズを入れ、ハケでそれを木に塗りたくっていた。
「……何やってんですか、副長」
「決まってるだろ。マヨネーズで奴らを
「そんなもので誘き寄せられるの副長だけですよ」
ボソッと呟いた山崎だったが、運悪く土方に聞き止められ、理不尽な制裁を受けることになった。
一方志乃は、木に登って幹に古いストッキングを括り付け、中にバナナを入れていた。それを見つけた山崎が、下から彼女を呼ぶ。
「志乃ちゃーん!何やってるの?」
「んー?」
山崎の存在に気付いた志乃は、木の枝から飛び降り、山崎の隣に着地する。
「ちょっとトラップを作っててね。昔カブト狩りに出かけた時、こーゆーのを作って、カブト虫をたくさん誘き寄せたのを思い出したんだ」
「へェー。やっぱカブト狩りは子供の頃にするもんだよね。剣しかやってこなかった俺達には難しいかも」
「大丈夫だよ。ブームとはいえ、カブト虫くらいまだいるって。捕れたら捕れたで面白いよ」
志乃は両手を腰に当て、トラップを仕掛けた木を見上げる。それから山崎を振り返った。
「そういえば、近藤さん達は?」
「ぅえっ!?あー……えーと、その……」
山崎は迷った。あの褌一丁のオッさんを、少女と対面させるのはいかがなものかと。それでもし彼女がトラウマを負えば、紛れもなく自分のせいになる。
しどろもどろになる山崎を見て、志乃の頭の中をハテナマークが埋め尽くした。
「ザキ兄ィ、どーしたの?」
「…………」
「オイ、聞いてんのかジミー」
「やめて!!その呼び方もうやめて!!」
志乃にジミー呼ばわりされるのを気にしている山崎が、頭を抱えてしゃがみ込む。余程のダメージだったらしい。
志乃は撃沈した山崎を放って、近藤らを探しに歩き出した。
********
森の中を歩いていると、銀時、新八、神楽がデカいカブト虫をリンチしている光景が目に入った。
「お前、こんな所で何やってるアルかァァ!!」
「見たらわかるだろィ」
「わかんねーよ。お前がバカということ以外わかんねーよ」
突然、カブト虫が喋った。志乃は驚いてその場に駆け寄るが、見てみると三人が蹴っていたのはカブト虫ではなく、カブト虫の着ぐるみを着た沖田だった。
「何やってんの、総兄ィ」
「お、嬢ちゃん。悪ィが起こしてくれ。一人じゃ起き上がれないんでさァ」
志乃は仕方なく彼の手を引っ張って起こさせた。
「フー。全く、仲間のフリして奴らに接触する作戦が台無しだ」
「オイ、何の騒ぎだ?」
森の奥から、土方の声が聞こえる。振り返ると、真選組の面々が現れた。
志乃はその中の近藤を見て、固まる。何やら甘い匂いがすると思ったら、近藤が褌一丁で全身ハチミツ塗れになっていたのだ。
「あっ、お前ら!!こんな所で何やってんだ!?」
「何やってんだって……全身ハチミツ塗れの人に言う資格があると思ってんですか?」
「これは職務質問だ。ちゃんと答えなさい」
「職務ってお前、どんな職務に就いてたらハチミツ塗れになるんですか。ていうかお前、志乃の雇い主ならコイツに悪影響与えるようなマネすんのはやめろ。てめーのせいで志乃が今晩ハチミツ塗れのゴリラに襲われる夢見たらどーしてくれるんだ」
志乃の保護者(実際はそうでもないが)の銀時が、全身ハチミツ塗れの危ない男に注意する。
近藤がチラリと志乃を見てみると、志乃はバッと目を逸らし、極力見ないようにしていた。それに若干近藤が傷付いていたのは、語るまでもない事である。
銀時と神楽が真選組と張り合う中、新八は志乃に問いかける。
「志乃ちゃん達こそ、ここで何してるの?」
「カブト狩りだよ」
「カブト狩りぃ!?」
まさか江戸を護る警察が森でカブト虫捕りをしているなど思いもよらなかった新八は、思いっきり顔をしかめた。
銀時も、彼らに詰め寄る。
「オイオイ、市民の税金搾り取っておいてバカンスですかお前ら。馬鹿んですか!?」
「こいつは立派な仕事だ。とにかく邪魔だからこの森から出て行け」
そんな中、神楽はビシッと沖田に指を指した。
「ふざけるな!私だって幻の大カブトを捕りにここまで来たネ!定春28号の仇を討つためにな!!」
「何言ってやがんでェ。お前のフンコロガシはアレ、相撲見て興奮したお前が勝手に握り潰しただけだろーが」
「誰が興奮させたか考えてみろ!誰が一番悪いか考えてみろ!!」
「お前だろ」
定春28号の件は、最早自業自得としか言えなかった。
志乃は友達の不幸とはいえ、今回ばかりは沖田の味方をした。
「総悟、お前また無茶なカブト狩りをしたらしいな。よせと言ったはずだ」
「マヨネーズでカブト虫捕ろうとするのは無茶じゃないんですか?」
「トシ、お前まだマヨネーズで捕ろうとしてたのか。無理だと言っただろう。ハニー大作戦でいこう」
「いや、マヨネーズ決死行でいこう」
「いや、なりきりウォーズエピソードIIIでいきましょーや」
「いや、傷だらけのハニー湯煙殺人事件でいこう」
近藤、土方、沖田の三人はそれぞれの作戦を上手くいくとでも思っているのか、全く譲らない。
そんなんでカブト虫が捕れたら奇跡だわ。志乃はカブト狩りに知識がほぼ皆無の男達に、呆れる他なかった。
カブト狩り経験もないとは、彼らは一体どんな子供時代を送ったのだろうか。
その時、隊士が双眼鏡で見ながら、近藤に報告をする。
「カブト虫です!前方真っ直ぐの木に、カブト虫が……」
「「「「カブト狩りじゃああ!!」」」」
カブト虫発見と聞いた銀時と神楽、真選組が一斉に走り出す。
「待てコラァァ!ここのカブト虫には手を出すなァ!!帰れっつってんだろーが!!」
「ふざけんな!独り占めしようたってそうはいかねーぞ。カブト虫はみんなのものだ!いや!俺のものだ!」
その中で、神楽が土方を足蹴にして跳躍する。
「カブト狩りじゃあああ!!」
しかし、沖田が彼女の足首を掴み、地面に叩きつけた。
「カーブト割りじゃああ!!」
「カブト蹴りじゃあ!!」
そこに銀時が飛び込んできて、沖田を木に蹴り付けた。
この間に近藤が木に登り、下から見上げる銀時にドヤ顔をかます。
「ワッハッハッハッ!カーブト……」
しかし。彼は今全身ハチミツ塗れのため、どこかしこもヌルヌルだ。手が滑り、頭から地面に落ちてしまった。
「割れたァァァ!!」
「カーブト……」
「言わせるか!カーブト……」
「俺がカーブト……」
最早カブトが何なのか認識が段々薄れてきた。銀時と土方は先にカブト○○と言おうとして、お互い邪魔し合う。
その下で、神楽と沖田が並んだ。
「「カーブートー」」
「……オイ、ちょっと待て」
「俺達味方だろ、俺達……」
「「折りじゃァァァァ!!」」
上に銀時と土方がいるのにも関わらず、神楽を足を、沖田は刀を入れる。
おかげで木は倒れ、カブト虫は飛んで行ってしまった。そのカブト虫が、志乃の頭に止まる。
志乃はカブト虫一匹でこのザマに、呆れて溜息を吐いた。
「……ゴメンよ、カブト虫。騒がしくって。お前だって自由に生きたいよね」
志乃は頭に止まったカブト虫を手に取り、彼らから少し離れた木の幹に帰した。
「じゃあな。精々人生を謳歌しな」
志乃はカブト虫に手を振ってから、未だ騒ぎの収まらない連中を宥めるべく、足早に戻っていった。