突如現れた銀時に、賀兵衛は叫ぶ。
「何だ貴様、何者だ!?」
「あー?何だツミはってか?そーです、私が……子守り狼です」
「オイ。勝手に狼取るな。狼は私だよ」
「んだよお前、最近俺のカッコいいシーンばっか奪いやがって……言っとくけどなァこの小説の主人公は俺だぞ」
「いや私だから」
「俺だ」
「いや、私だ」
「俺!!」
「私!!」
「アンタら何の話してんの!!」
このタイミングで主人公の座を奪い合う二人に、新八のツッコミが入る。銀時はようやく辺りを見回した。
「なんだかめんどくせー事になってるみてーだな、オイ。こいつァどーいうこった新八ィ?三十字以内で簡潔に述べろ」
「無理です。銀さんこそどうしてここに?三十字以内で簡潔に述べて下さい」
「無理だ」
「オメー、バカかァァ!!わざわざ敵陣に赤ん坊連れてくる奴がいるかァァ!!」
「なんだテメー、人がせっかく来てやったのに……ってゆーか何でこんな所にいんだ?三十字以内で簡潔に述べろ」
「うるせェェ!!」
長谷川はシャウトしながらも、状況を述べた。
「あのジジイはなァその子狙ってるんだよ!!自分の息子が孕ませたこの娘を足蹴にしておきながら!!テメーの一人息子が死んだ途端手の平返して、そのガキを奪って無理やり跡取りにしようとしてんだよ!!」
長谷川から状況を聞いた銀時は、賀兵衛と対峙する。
「……オイオイ。せっかくガキ返しに足運んだってのに、無駄足だったみてーだな」
「無駄足ではない。それは私の孫だ。橋田屋の大事な跡取りだ。こちらへ渡しなさい」
「俺としてはオメーから解放されるならジジイだろーが母ちゃんだろーがどっちでもいいが。オイ、オメーはどうなんだ?」
「なふっ」
「おう、そーかィそーかィ」
銀時は背中に背負った勘七郎と短い会話をしてから、勘七郎をお房へと投げ渡す。
「ワリーなじーさん。ジジイの汚ー乳吸うくらいなら、母ちゃんの貧相な乳しゃぶってた方がマシだとよ」
「銀、取り敢えずドーン!!」
「どぉぉ!?」
志乃はいやらしい発言をした銀時の後頭部を、モップの先で殴りつけた。
銀時は殴られた箇所を摩り、志乃を振り返る。
「てめっ……何すんだこのクソガキ!!」
「うるせーバカ天パ!!お前もうちょっといい感じにカッコつけられねーのか!?」
「ああん!?大体てめーはよォ、最近俺のカッコいいシーンばっか盗んでんじゃねーか!俺に憧れてんのか?だから髪の色も同じなんだろ」
「んなわけあるかァァ!!誰がテメーみてーなダメ男に憧れんだよ!少なくともお前に憧れる奴なんかほとんどいねーだろーよ!!」
「ほとんどって何だ!それって少なからずいるってことか?いるってことを認めてんだろ!」
「多分な!私だって認めたかねーがな!」
銀時と志乃が敵地であるのに関わらず口論を繰り広げていると、ふと道を塞いでいたシャッターが斬られた。
その音を聞いて、賀兵衛が笑う。
「逃げ切れると思っているのか?こちらにはまだとっておきの手駒が残っているのだぞ。盲目の身でありながら居合いを駆使し、どんな獲物も一撃必殺で仕留める殺しの達人……その名も岡田似蔵。人斬り似蔵と恐れられる男だ」
似蔵はシャッターを跨いでこちらへ歩み寄る。
「やァ。またきっと会えると思っていたよ」
「てめェ……あん時の。目が見えなかったのか?」
「今度は両手が空いているようだねェ。嬉しいねェ、これで心置きなく殺り合えるというもんだよ」
「銀……コイツに会ってたの?」
「まァな」
志乃が隣に立つ銀時を見上げると、賀兵衛が似蔵に命令する。
「似蔵ォ!!勘七郎の所在さえわかればこっちのもんだ!全員叩き斬ってしまえ!!」
「銀、気をつけろ。コイツの居合い斬り、速いぞ。間合いに入るな……」
志乃が忠告した瞬間、似蔵が銀時とすれ違い、刀を鞘に収める。その時、銀時の肩から血が出てきた。
「むぐっ!!」
「銀!!」
「銀さん!!」
その時、お房が抱いていた勘七郎がいないことに気付く。
似蔵は銀時とすれ違った瞬間に、勘七郎さえも奪っていったのだ。
「勘七郎!!」
「ククク、流石似蔵。恐るべき速技……あとはゆっくりと高みの見物でもさせてもらうかな」
「悪いねェ、旦那」
似蔵の額から、血が流れる。先程のすれ違いで、似蔵もダメージを負っていたのだ。
「俺もあの男相手じゃ、そんなに余裕がないみてェだ……悪いがさっさとガキ連れて逃げてくれるかね」
勘七郎を抱いて逃げる賀兵衛を追って、志乃は走り出した。
「待って志乃ちゃん!銀さんが!!」
「新八、神楽……もういいから、オメーらはガキ追いな」
「でも!!」
「いいから行けっつーの。いででで。後で、必ず行くからよ」
銀時の言葉を信じ、新八達も志乃を追って賀兵衛を追いかけた。
「本当に大丈夫かな、銀さん……」
「大丈夫だよ、銀なら。あんな奴簡単に倒せる。つーか、さっきのでほとんど勝負ついたもんだったからね」
「え?」
新八は走りながら、どういうことかと志乃に尋ねた。
「さっきので、銀はアイツの刀を折ってる」
「えっ!?」
「アイツの抜刀術を上回る速さで、刀をへし折ったのさ。だからもう、あの野郎には敗北しか待ってねーよ」
志乃はフッと笑って、足を速めた。
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ビルの屋上、いや屋根の上まで追い詰められた賀兵衛は、歩み寄ってくるお房に向かって吠えていた。
「くっ……来るな!!勘七郎は私の孫だ!この橋田屋も私のものだ!誰にも渡さん!誰にも渡さんぞ!」
「橋田屋なんて好きにして下さい。でも、その子は私の子です」
「クソ、忌々しい女め。私から息子を奪い、あまつさえ勘七郎も橋田屋までも奪う気か」
「子供を抱きながらそんな事を言うのはやめて下さい」
「バカな。こんな赤ん坊に何がわかる?」
「覚えているんですよ。どんな乳飲み子でも。特に優しく抱かれている時の記憶は……勘太郎様がよく仰っていました。そこには花がたくさん供えてある祭壇があって、綺麗な女の人の写真があって……」
『…………大丈夫さ。お前がいなくともやっていけるさ、私達は。飯も私が作るし、オシメも……まァ、勝手はわからんが、何とか取り替える。だから、安心して逝くといい。勘太郎と橋田屋は、私が護るよ』
「…………それで貴方はこんな事をやってるんですか。こんな事をして、勘太郎様や奥様が喜ぶとでも?」
賀兵衛は目を逸らし、押し黙る。それから、口を開いた。
「…………勘太郎は生まれた時から病弱だった。長生きしても人の三分の一がいいところだと医者に言われてな。だがそれを聞いて妻は、人の三分の一しか生きられないなら、人の三倍笑って生きていけるようにしてあげればいいと……蝉のように短くても、腹一杯鳴いて生きていけばいいと……そんな事を言っていた。だが、私は妻ほど利口じゃなくてな。医者を腐る程雇って、まるで檻にでも入れるかのように息子を育てた。……どんな形でもいい。生きていてほしかった。勘太郎にも妻にも……」
賀兵衛はそう言うと、屋根に腰を下ろした。
「……結局みんな無くしてしまったがね。私は結局、約束を一つも……」
そんな彼の頬に、勘七郎がそっと手を触れた。それを見て、お房もしゃがむ。
「全部無くしてなんかないじゃないですか。勘七郎は私の子供です。でも紛れもなく……貴方の孫でもあるんですよ。だから、今度ウチに来る時は、橋田屋の主人としてではなく、ただの孫想いのおじいちゃんとして来て下さいね。茶菓子くらい出しますから」
賀兵衛は蹲り、嗚咽を堪えて泣き出した。銀時達はそれを、タンクの上に乗って眺めていた。
志乃は銀時を見上げず、彼を呼ぶ。
「……ねェ、銀」
「あ?」
「母ちゃんって……とてもすごいね」
「ああ……そうだな」
「私もいつか、なれるかな。あんな強い女の人に……」
「……さーな」
志乃の横顔は、笑顔だった。
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それからお房と勘七郎と別れた志乃は、一人家に帰っていた。既に外は暗くなり、空には月が昇っている。
志乃は家の前にスクーターを止め、扉を開けた。
「ただいま〜」
「あ、おかえり志乃」
志乃を笑顔で迎えた時雪は、机の上に鯖の味噌煮を乗せていた。他にも白ご飯やほうれん草の胡麻和え、味噌汁が置いてある。
「ちょうど晩ご飯、準備してたところなんだ」
「そっか。じゃ、ナイスタイミングだね」
志乃もすぐに食卓に座り、時雪と向かい合わせでご飯を食べる。
「「いただきます」」
手を合わせてから、志乃と時雪は箸を手に取った。鯖の味噌煮を解しながら、時雪が小春達の現状を報告する。
「矢継さん達、ケガはもうほとんど治ったって。早ければ明日には退院出来るって言ってたよ」
「ホント!?良かった……」
ホッとする志乃を見て、時雪も笑みをこぼす。それから、鯖を口に含んだ。
志乃は、ふと時雪を見つめる。
もし自分が将来、誰かと結婚するなら。どんな人を好きになるのだろう。時雪は、どんな人と結婚するのだろう。もし、時雪に嫁が出来たら……。
「……?」
そんなことを考えると、胸の奥がモヤモヤした。この気持ちは、一体……?もどかしくて、むず痒くて、胸がきゅっと苦しくなるような……。
志乃は思わず、胸に手を当てた。
「志乃?どうかしたの?」
彼女の様子に気付いた時雪が、首を傾げて彼女を見つめる。志乃もハッとして、首を振った。
「ううん、何でもない」
次回、カブト狩りじゃあああああああ!!