銀狼 銀魂版   作:支倉貢

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物を投げる時は下に人がいないか確認を

「ヤバイ……ヤバイよ、志乃ちゃん」

 

新八が抜刀してゆっくりと迫ってくる似蔵に、後退りしながら彼女を見る。

志乃はモップの柄を両手に持って、似蔵に向けた。

 

「やァ、オジさん。狼とは私のことで合ってるかな?」

 

「娘?……だが、匂いは同じだ。まさか狼がお嬢ちゃんだとはねェ。驚きだよ」

 

「狼じゃないよ、私はメイド侍さ。にしてもアンタ、目が……」

 

見えないのか、そう言おうとしたその時、似蔵が一気に間合いを詰めてきた。

志乃は驚きつつも、反射的に白刃をモップで受け止める。

 

「ほう、なかなかやるじゃないか。メイド侍ちゃん」

 

「随分と余裕だねェ?喋ってっと、舌噛むよ!」

 

ギギギ、と鍔迫り合いを繰り広げる中、志乃は刀を受け流して彼の背後に回り込み、モップを振るう。似蔵もすぐに体勢を立て直し、突きを繰り出した。

何故だ?コイツは目が見えないはずなのに、何故私の動きがわかる?志乃は目の前で刃を交える男を見て、不思議で仕方なかった。

モップと刀をお互い滑らし合い、バックステップから一人浪人を蹴って、新八達の元へ戻る。

 

「志乃ちゃん!」

 

新八が彼女の名を呼んだのを皮切りに、志乃は板張りの床を蹴り、似蔵に挑む。しかし、似蔵は刀を鞘に収めた。

 

「!?」

 

まさか。志乃は警戒しつつも、似蔵との距離を一気に数十センチ程まで詰める。

その時、銀色の刃が煌めいた。

 

「!!」

 

「志乃ちゃん!!」

 

やっぱり、居合い斬りか……!腹めがけて抜かれた刀を見て、志乃は間髪入れずに、腹と刀の間にモップを差し込む。

 

「……!!」

 

「やるねェ、俺の居合いを受け止めるとは……メイド侍ちゃんが初めてだよッ!!」

 

凄まじい勢いで抜かれた刀に押され、志乃は後ろにいる新八達を巻き込んで扉を破壊した。

 

「ぐっ!!」

 

「「「うわあああ!!」」」

 

中にいた賀兵衛も騒動に気付き、振り返る。

 

「………………何事だ?」

 

「こいつはお楽しみ中すいませんね。ちょいと怪しいネズミを見つけたもんで」

 

賀兵衛は似蔵を見た後、新八達を見下ろした。

 

「そなた達は、お登勢殿の所にいた……。おやおや。こんな所までついてくるなんて、お節介な人達だ。私事ゆえ、これ以上はお手伝い要らぬと申したはずですが?」

 

「心配いりませんよ。僕らも私事で来てるもんで。それにしても、孫想いのおじいちゃんにしちゃあやり過ぎじゃないですか?賀兵衛さん」

 

「貴方方もただのお節介にしてはやり過ぎですよ。世の中には知らぬ方がいい事もある」

 

「ケッ!大人の事情ってヤツですか。あーあ、これだから大人は嫌いなんだ」

 

志乃はモップをついて立ち上がる。その時、彼らの周囲を浪人達が囲った。

新八がチラリと神楽を見て、合図する。

 

「御主人様〜。コーヒーの方、砂糖とミルクどちらでお召し上がりやがりますか?やっぱコーヒーは、砂糖でごぜーますよな!!」

 

神楽は手に持っていたシュガースティックを床に投げつけた。するとシュガースティックは爆発し、煙幕を生み出した。新八はその隙に縛られていた女性を解放し、志乃は格子を破壊して、そこから五人諸共逃げ出した。

しかし次の瞬間、壊した格子が壁ごと斬られて倒れる。そこには、似蔵がしゃがんでいた。おかげで見事見つかった五人は、急いで屋根を駆け上った。その後ろを、浪人達が追いかけてくる。

 

「ギャアアアア!!」

 

「もうダメだ!もうダメだ!ごめんなさい!ごめんなさい!」

 

「ゼーヒュー、肺が!!肺が痛い!張り裂けそうだ!!俺は決めた!今日で煙草とお前らとの付き合いを止める!!」

 

「あれ!?神楽ちゃんは!?神楽ちゃんがいない!!」

 

「新八、上上」

 

志乃が指さした先を見ると、神楽は屋根の上についていたタンクみたいなものを無理やり引き千切っていた。

 

「ぬごををを!!」

 

「ウソ?ちょっと待って」

 

「待ってェェェ!!」

 

「まだ僕らいるから!!まだ僕ら……」

 

「うおらァァァァ!!」

 

「ぎゃあああ!!」

 

長谷川と新八の制止を聞き止めず、神楽は思いきり下にいる浪人達にタンクをぶん投げた。

迫り来るタンクに、浪人達は逃げ出す。その中で、似蔵だけが逃げなかった。あわや似蔵にタンクがぶつかると誰もが思った瞬間。

 

ゴパッ

 

タンクは、似蔵によって一瞬で斬られていた。

 

「なっ……!!」

 

「んなバカな!化け物かアイツ!?」

 

「まともにやり合って勝てる相手じゃない!ここは逃げましょう!」

 

「よし!!」

 

「アンタらは最初から逃げてただろーが」

 

逃げ出す新八と長谷川に、志乃がツッコミを入れる。

志乃も彼らと共に逃げようとしたが、下から迫ってきた殺気に、すぐさまモップを突き出した。

 

「逃げるなよメイド侍ちゃん。せっかく会えたんだ。俺ももっと楽しみたくてねェ。もう少し俺と闘り合ってくれるかィ」

 

「お断りだよ。私は常に仕事に追われる、多忙なメイド侍だからね」

 

志乃はモップで似蔵を押しやり、後ろに跳躍して屋根を駆け下りる。そこを、新八と長谷川は転び落ちていた。

浪人達が屋根の頂上に到着して下を見下ろすが、志乃達の姿は見当たらず、別の場所を捜しに行った。志乃と女性と神楽は屋根にぶら下がり、新八と長谷川は下にあった屋根に顔面ダイブしていた。

浪人達の気配が遠のいたのを察し、屋根に着地する。ようやく落ち着いた五人は、ホッとした。女性が、助けに来た四人(そのうち一人はとばっちり)に話しかける。

 

「あの……貴方達、一体誰なんですか?何で私のこと……」

 

「貴女ですよね?僕らのウチの前に赤ん坊を置いていったのって」

 

「え?じゃあ貴方達……」

 

「安心してください、赤ん坊はちゃんと僕らが保護してるんで」

 

それを聞いた女性は、新八の肩を掴んだ。

 

「本当ですか!勘七郎は!勘七郎は無事なんですね!?」

 

「わわ、ちょっと‼︎」

 

赤ん坊の事を必死になって問い詰める姿に、新八は嘆息した。

 

「………………やっぱり、貴女があの子の母親なんですか。何があったか教えてくれますか?それくらい、聞く権利ありますよね?僕らにも」

 

********

 

橋田屋のビルの中を移動しながら、志乃達は勘七郎の母親ーーお房から事情を聞いた。

 

橋田賀兵衛の一人息子で、病弱な勘太郎の世話役として橋田屋に奉公していた彼女は、次第に彼に惹かれ、ある日彼と共に家を抜け出した。家を抜けてからは共に暮らし、貧しい生活ながら幸せな時間を過ごしていた。

 

しかし、勘太郎の病状が悪化し、勘太郎は賀兵衛に連れ戻される。その頃、彼女のお腹には勘太郎の子供がいた。お房はその後勘太郎に会うことを許されず、彼はそのまま亡くなり、程なくして勘七郎が生まれた。

 

すると、賀兵衛は実質孫にあたる勘七郎を橋田屋の跡取りにしようと、彼女から息子を奪おうとしてきたのだ。彼女は必死に息子を護ろうとしたが、追手の手が厳しく、親子二人捕まるならばと万事屋の前に赤ん坊を置いていったのである。

 

「……貴方達にはすまないことをしたと思っています。私の勝手な都合でこんなことに巻き込んでしまって」

 

「別に構わねーよ。それにしても、アンタ苦労したんだね。しっかし、あのジジイは紛れもない下衆らしいな」

 

志乃が伸びをして歩いていると、その前に大勢の浪人を引き連れた賀兵衛が現れた。

 

「下衆はそこの女だ。私の息子を殺したのは紛れもなくその女。その女さえいなければ、私の橋田屋は安泰だった。次の代にこの橋田屋を引き継ぎ、そうして私の生涯の仕事は完遂するはずだったんだ。それをそこの貧しく卑しい女に台無しにされたんだよ、私は」

 

ラスボス感満載で、志乃達の前に立ちはだかる賀兵衛。志乃も前に歩み寄り、モップを構えた。

 

「私がこれまで、どんな思いをしてこの橋田屋を護ってきたかわかるか?泥水を啜り汚いことに手を染め、良心さえ捨ててこの店を護ってきた、この私の気持ちがわかるか?」

 

「勘太郎様は貴方のそういうところを嫌っていました。何故そんなにこの店に執着するのですか?お金ですか?権力ですか?」

 

お房が問いかけたその時、両側の逃げ道を塞がれた。

 

「女子供にはわかるまい。男はその生涯をかけて一つの芸術品を作る。成す仕事が芸術品の男もいよう。我が子が芸術品の男もいよう。人によってそれは千差万別。私にとってそれは橋田屋なのだよ。芸術品を美しく仕上げるためなら、私はいくらでも汚れる」

 

賀兵衛の指示で、浪人達が一斉に迫り来る。志乃は構えをとって、一歩下がった右足に力を込めた。

すると次の瞬間、後ろにあったエレベーターのドアが開く。その中から、知っている気配を感じた。それを認めながら志乃はモップを握り締め、一気に振り抜いた。

風圧と威力で、浪人達を一掃する。浪人達は吹っ飛び、床に倒された。

その時、エレベーターから降りてきた男が彼女の背に声をかけた。

 

「オイオイ、俺のカッコいい登場シーンに何してくれてんだよ」

 

「遅いのが悪いんだよ、バーカ」

 

志乃はモップを肩に担いで、男を振り返った。男は何故か手にりんごを持って、それを齧っていた。

 

「これで面会してくれるよな?アッポォ」

 

「ナポォ」

 

いつの間にか勘七郎とすっかり仲良くなった銀時が、木刀を持って立っていた。


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