『◯月△日
今日、生まれて初めて親父に殴られた。
重い拳だった。それは己の背中一つで、俺達家族や様々な重責を背負って生きてきた男の拳だった。
自分の拳がひどく小さく見えた。仕事をやめ、二年と三か月ゲーム機のコントローラーしか握ってこなかった負け犬の拳だ。
「別になァ、上手に生きなくたっていいんだよ。恥をかこうが泥に塗れよーがいいじゃねーか。最高の酒の肴だバカヤロー」
そう吐き捨てて仕事に出かけた親父の背中は、いつもより大きく見えた。
今からでも俺は親父のようになれるだろうか……。初めて親父に興味を持った。二年ぶりに外に出た、自然と親父を追う俺の足。
マムシの蛮蔵、それが親父のもう一つの名前。悪党共を震え上がらせる同心マムシ……彼の顔が見たかった。働くということがどういうことなのか、彼を通して知ろうと思った。
ーーーーマムシは、ワンカップ片手に一日中公園で項垂れていた……。
マムシは一か月前にリストラ』
「い"や"あ"あ"あ"あ"あ"」
「ああっ!!ちょっ、何破ってんの!まだ全部読み終わってないのに!!」
工場長は泣きながら、息子の日記を破った。せっかく彼の背後から読んでいた志乃は、工場長に文句をつける。いいのか。息子の日記帳を勝手に持ってきた挙句破っていいのか。
志乃は、そんなことを疑問に思いながら、捨てられた日記帳を見る。表紙には、『太助日記帳』と書かれていた。……あれ?この名前どっかで見たことあるよーな……あれ?
工場長は、外で包囲する真選組に喚き散らす。
「お前らにわかるかァァ!!マムシの気持ちがァァ!息子の日記にこんな事書かれた、かわいそうなマムシの気持ちがァァ!!もう少しだ!!あとちょっとで息子も更生出来たのにリストラはねーだろ!おかげでお前、息子は引きこもりからやーさんに転職だよ!北極から南極だよお前」
「最高の酒の肴じゃねーか」
「飲み込めるかァァ!!デカ過ぎて胃がもたれるわァ!!」
土方の彼から借りた言葉に、工場長がツッコむ。何かよくわからんが、とにかくこの人にも事情があったのだろう。志乃は上辺だけ同情した。彼の気持ちはあまりわからなかったが。
工場長は砲台に足をかけて、涙ながらに続けた。
「こちとら三十年も
「腐った国だろうが、そこに暮らしてる連中がいるのを忘れてもらっちゃ困る。革命なら国に起こす前に、まず自分に起こしたらどうだ?その方が安上がりだぜ」
「うるせェェ!!てめーに俺の気持ちがわかってたまるかァァ!!」
どうやら、衝突は避けられないらしい。そう判断した土方は、
……やっぱ私信じない。あいつらによって江戸の平和が保たれてるなんて、絶対に信じない!
真選組の面々は、「蝮Z」の前の看板に縛り付けられた近藤、銀時、山崎の姿を見つけた。
ちなみに志乃はというと、保険として工場長の手元に置かれている。他の男が取り押さえ、金属バットを奪われてしまった。
「クク、こいつらがてめーらの仲間だってことはわかってる。俺達を止めたくば撃つがいい。こいつらも木っ端微塵だがな。クックックッ」
工場長が、勝ち誇った笑みを浮かべる。次の瞬間、沖田が何の躊躇もなく大砲を撃ち込んだ。
自分の所の局長と仲間がいるにも関わらず、あまりにもナチュラルな砲撃だった。
「総悟ォォォォォ!!」
「昔近藤さんがねェ、もし俺が敵に捕まる事があったら迷わず俺を撃てって。言ってたような言わなかったような」
「そんなアバウトな理由で撃ったんかィ!!」
志乃は、涼しい顔で仲間をあっさり撃った光景に、絶句していた。
今日帰ったら辞表出そう。こんなデッドオアアライブが横行する組織、辞めてやる!そう決意した。
仲間のために危うく命を落としかけた山崎が叫ぶ。
「撃ったァァァァァ!撃ちやがったよアイツらァァ!」
「何ですかァァあの人達!!ホントに貴方達の仲間なんですかァ!?」
「仲間じゃねーよあんなん!局長、俺もう辞めますから真選組なんて……アレ?局長は?」
山崎と銀時は無事だったものの、近藤の姿が見当たらない。
近藤は、屋根の破片に服が引っかかってぶら下がっていた。頭には木片が突き刺さっていたが。
「オウ、ここだ。みんなケガは無いか?大丈夫か?」
「局長ォォォォォ!アンタが大丈夫ですかァァ!?」
「まるで長い夢でも見ていたようだ」
「局長、まさか記憶が……ていうか頭……」
「ああ、まるで心の霧が晴れたような清々しい気分だよ。山崎、色々迷惑かけたみたいだな」
「いえ……ていうか局長……頭……」
近藤は先程の砲撃によって、記憶まで戻ったらしい。
山崎はずっと頭のことを言っていたが、もうどうでもいいやと諦めた。
爆破の衝撃で体を縛っていた縄も解け、自由になった近藤が逃げようとする。
「兎にも角にも、今は逃げるのが先決だ。行くぞ」
「局長、待ってください!まだ旦那と志乃ちゃんが!」
「いい。志乃だけでも助けて行ってくれジミー、ゴリさん。早くしないと連中が来るぞ」
自分を顧みず、他人の心配をする銀時。近藤はそんな彼を見下ろして舌打ちを一つ立ててから、彼が縛り付けられている看板を掴み、引っ張った。
「クソったれ!!普段のお前なら放っておくところだが、坂田サンに罪はない!記憶が戻ったら何か奢れよテメー」
「ゴリさん」
「あっ!何やってんだテメブフォ!!」
人質が逃げようとしていたのが一味に見つかり、近藤はさらに力を入れる。
しかし、様子を見ていた男は近くにいた志乃の旋風脚で沈められた。
「行くよ、近藤さん!!」
「オウ!」
「どおりゃあ!!」
「ふんごぉぉぉぉ!!」
志乃が銀時が縛り付けられている看板を渾身の力で蹴り飛ばし、近藤は彼女の蹴りで弱くなったところを引っ張り引き剥がした。三人は落下したものの、志乃は他の男達に押さえられ、逃げることはままならなかった。
それを見た土方が、発射命令を下す。工場に大砲が撃ち込まれ、追い詰められかけた工場長は、「蝮Z」の発射を促した。
「蝮Z」は超高出力の光線で、その手が逃げる銀時達にも襲いかかってきた。近藤は逃げられないと察し、せめて山崎と銀時だけでもと、彼らに体当たりした。
「局長ォォ!!」
山崎の悲鳴と共に、辺りを光が支配した。
********
光と煙が収まると、光線が走った後の地面は抉れ、何もかも跡形もなく吹き飛ばしていた。
真選組は物陰に隠れて何とか全員無事だったものの、山崎を庇った近藤は気を失い、彼の傍らで山崎が彼を呼ぶ。
その威力に、銀時はうつ伏せになりながら思わず息を飲んだ。
工場長は、勝ち誇ったように笑う。
「フハハハ!見たか、『蝮Z』の威力を!これがあれば、江戸なんぞあっという間に焦土と化す。止められるものなら止めてみろォォ!時代に迎合したお前ら軟弱な侍に止められるものならよォ!さァ来いよ!早くしないと次撃っちまうよ!みんなの江戸が焼け野原だ!フハハハハ、どうした?体が強張って動くことも出来ねーか。情けねェ……」
高らかに笑う工場長。
ふと、銀時の前に二人の影が立ちはだかった。
「どうぞ、撃ちたきゃ撃ってください」
「江戸が焼けようが煮られようが知ったこっちゃないネ」
「でも、この人だけは撃っちゃ困りますよ」
そこには、傘をさす神楽と、木刀を持った新八がいた。
突然子供が現れたことに工場長は驚いた。
「なっ……何だてめーらァァ!?ここはガキの来る所じゃねェ、帰れェ!灰にされてーのかァ!!」
「な……何で。何で、こんな所に……僕のことはもういいって……もう好きに生きていこうって言ったじゃないか。何でこんな所まで」
新八と神楽は黙って、何故と問うてくる銀時の頭を蹴り付けた。
「オメーに言われなくてもなァ、こちとらとっくに好きに生きてんだヨ」
「好きでここに来てんだよ」
「「好きでアンタと一緒にいんだよ」」
銀時は、思わず目を見開いて前に立つ二人を見る。
何故だ。記憶を失う前の自分は、ちゃらんぽらんな人間だと言われていながら、何故こんなに自分のために、ここまで誰かが集まってきてくれるのか。
新八と神楽を挟むように、真選組も前に出た。
「ガキはすっこんでな、死にてーのか」
「あんだと、てめーもガキだろ」
「何なんスか一体」
「不本意だが仕事の都合上、一般市民は護らなきゃいかんのでね。そういうことだ。撃ちたきゃ俺達撃て」
「そうだ撃ってみろコラァ」
「このリストラ侍が!」
「ハゲ!リストラハゲ!」
小学生みたいな挑発に見事乗っかった工場長は、砲口を新八と神楽、真選組に向けた。
「俺がいつハゲたァァァ!!上等だァ、江戸を消す前にてめーらから消してやるよ!」
「私達消す前に、お前消してやるネ!」
新八、神楽、真選組が一斉に駆け出す。
その背後から、新八に声がかけられた。
「新八、木刀持ってきたろうな?」
「え、あ……ハイ……。!!」
その声の主は、新八から木刀を袋ごとふんだくると、さらに速度を上げて走る。
その銀髪の侍は、袋から木刀を取り出した。
「工場長。すんませーん、今日で仕事辞めさせてもらいまーす」
「ぎっ……」
「銀さん!!」
「銀…………」
銀時の復活に、上から走ってくる彼を見下ろす志乃の目から、一粒の雫が零れた。
「ワリーが俺ァやっぱり、
銀時は屋根を蹴り付け、跳躍する。
工場長は空中に舞う銀時めがけて「蝮Z」を撃とうとした。
「死ねェェェェ坂田ァァァ!!」
「お世話になりました」
ニタリと笑みを浮かべた銀時は、木刀を砲口にブッ刺す。すると砲台にピキピキと亀裂が入り、エネルギーを巻き込んで爆発した。
爆風で、フワッと志乃の体が宙に浮く。空中で伸ばした手を、同じく手を伸ばした銀時が掴んだ。鼓膜が破れそうな程大きな爆発音と共に、銀時と志乃は落ちていった。
「わああっ!!」
「よっと」
志乃の体を引き寄せ、横に抱きかかえる。銀時は彼女を抱えながら、スタッと地面に降り立った。
志乃がゆっくり目を開くと、目の前に死んだ魚のような目をした銀時が、こちらを見下ろしていた。
「ケガねーか」
「う……うん」
「そーか」
銀時は志乃を降ろすと、さっさと歩いていく。その後ろをついていった。
そして、新八と神楽の間を通り過ぎた時。
「
志乃は新八と神楽とそれぞれ視線を交換して、彼を追って走り出した。
「……よかった」
志乃はボソッと呟いて、一人涙を拭った。
ちなみに銀時は、志乃を救出した際サラッと彼女をお姫様抱っこしていた。
この事実は、後に彼女の黒歴史となるのであったーー。
黒歴史っつーか、志乃ちゃんは普通の女の子が憧れるようなこと(素敵な男性と結婚したいとかキスしたいとかそんなん)に対する耐性が一切無いので、そーゆうものは自然と黒歴史に入っちゃうみたいです。
……この娘ちゃんと恋人とか出来るんだろうか。
次回、幾松登場です。