銀狼 銀魂版   作:支倉貢

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どーでもいいことは何でもかんでもすぐに忘れてしまう

ある日、志乃の元に一本の連絡が入った。

 

銀時が、交通事故に遭い、病院に搬送されたという。

 

志乃は真選組のバイトも早引きし、愛車のスクーターに乗ってすぐさま彼が搬送された病院へ向かった。とにかく、一分一秒でも早く彼に会いたかった。

 

********

 

病院に着くや否や、志乃は銀時が運ばれたという部屋の前まで全速力で走った。

前方のベンチに、お登勢、神楽、キャサリン、新八の姿が見える。

 

「みんな!!銀は!?銀は無事なの!?銀、死んでないよね?死んでないよね!?」

 

目が少し潤んでいる。声も若干震えていた。

連絡を貰った瞬間から、志乃は一気に怖くなった。

 

銀時が、いなくなりそうで。

それがとても怖かった。

 

志乃は新八に縋りながら銀時の無事を尋ねるが、生憎新八にもそれはまだわからない。それでもとにかく、志乃を落ち着かせようとつとめて優しく声をかけた。

 

「志乃ちゃん落ち着いて!!きっと大丈夫だよ、銀さんなら!」

 

「ホントに?ホントに大丈夫?」

 

「そんな心配いらんよ。車に撥ねられたくらいで死ぬタマかい」

 

新八に重ねて、お登勢も志乃を宥める。志乃の目には、涙が光っていた。彼女が涙を拭うのを見て、神楽は無事だったジャンプを見せながら言う。

 

「ジャンプ買いに行った時に撥ねられたらしいネ。いい年こいてこんなん読んでるからこんな目に遭うアル」

 

「コレヲ機会ニ少シハ大人ニナッテホシイモノデスネ」

 

「まったくだ」

 

お登勢とキャサリンが笑い合うのを見て、志乃は少しホッとした。

するとそこに、一人のチャラそうな男が入ってくる。

 

「いやー、そう言ってもらえると撥ねたこっちとしても気が楽ッス。マジスンマセンでした。携帯で喋ってたら確認遅れちゃって」

 

どうやら、銀時を撥ねたのはこの男らしい。彼はすぐさま、神楽とお登勢と志乃に袋叩きにされていた。

 

「てめーかァァコノヤロォォ!!銀ちゃん死んだらてめェ、絞首刑にして携帯ストラップにしてやっからなァァァ!!」

 

「オルァァァ!!飛べコルァァ飛んでみろ!出せるだけ出さんかい!!」

 

「許さねー!!てめっ、絶対許さねーぞォ!!たとえ太陽が西から昇ってきてもてめェを許さねェェェ!!」

 

病院だというのに騒ぎ立てる三人に、看護婦が扉を開けて注意した。

 

「うっせェェェェ!!ここどこだと思ってんだバカ共がァァ!!」

 

「いや、君もうるさい」

 

医者にもツッコまれていたが、新八達は一気に病室に雪崩れ込んだ。

部屋の中に、銀時が頭に包帯を巻いて、上半身を起こしてベッドの上にいた。深い外傷は無いらしい姿に、お登勢は一息吐いて煙草に火をつけた。

 

「なんだィ、全然元気そうじゃないかィ」

 

「心配かけて!もうジャンプなんて買わせないからね!」

 

神楽がまるで母親のように叱った後、志乃は安心したのか、涙を溜めて銀時に抱きついた。

 

「ぐすっ、死んでなくて良かった……ホントに良かった……ぅぅっ」

 

「心配しましたよ銀さん……えらい目に遭いましたね」

 

新八も、安心したように微笑んだ。

そんな中、銀時は嗚咽を飲み込んで泣く志乃の肩を掴んで、ゆっくりと引き離す。どうしたのかと志乃が鼻を啜って見つめると、彼の目がいつもと少し違うことに気付いた。

 

「……誰?」

 

「え?」

 

「一体誰だい君達は?僕の知り合いなのかい?それと、君は僕の妹なのかい?」

 

銀時の口から出たその問いに、一同は固まった。

 

********

 

「い"い"い"い"い"い"い"い"!!記憶喪失!?」

 

「ケガはどーってことないんだがね、頭を強く打ったらしくて。その拍子に記憶もポローンって落としてきちゃったみたいだねェ」

 

「落としたって……そんな自転車の鍵みたいな言い方やめてください」

 

我らがツッコミ要員新八は、医者にまでツッコミを入れる。

医者の話によれば、事故前後の記憶が無くなることは多いのだが、銀時の場合は自分のことも全て忘れてしまったのだという。

しかし、お登勢は信じなかった。

 

「てめェ嘘吐いてんじゃねェぞ。記憶喪失のフリして家賃誤魔化すつもりだろ」

 

「先生、さっきから病室に老婆の妖怪が見えるんですが、これも頭を打った影響なんですか?」

 

「坂田さん、心配いらないよ。それは妖怪じゃない。ここは病院だぞ?幽霊くらい出る」

 

「先生、違います」

 

記憶喪失でも、銀時らしさというのは全て失われているわけではないようだ。ホッとしたような、それでもまだ心配な志乃は、医者に問い詰める。

 

「ねぇ、先生!記憶を元に戻すにはどうすればいいの⁉︎もう一度同じ衝撃与えれば治る?」

 

「やめなさい、余計思い出せなくなる可能性もあるから。人間の記憶は木の枝のように複雑に絡み合って出来ている。その枝の一本でもざわめかせれば、他の枝も徐々に動き始めていきますよ。まァ、焦らず気長に見ていきましょう」

 

それはつまり、思い出せるかどうかは銀時自身次第だということだ。

志乃は、何も力になれない自分が悔しくて、涙が出そうになった。

 

********

 

取り敢えず退院した銀時を、まずは家に連れ帰った。その前で、銀時のことを色々話していた。

 

「万事屋銀ちゃん。ここが僕の住まいなんですか?」

 

「そーです。銀さんはここで何でも屋を営んでいたんですよ」

 

「何でも屋……ダメだ、何も思い出せない」

 

「まぁ、何でも屋っつーかほとんど何もやってないや。プー太郎だったアル」

 

「プぅぅぅ!?この年でプぅぅぅ!?」

 

「おまけに年中死んだ魚のよーな目ェして、私の差し入れで暮らしてたよ。生きる屍みたいなぐーたら男だったよ」

 

「家賃も払わないしね」

 

「アトオ登勢サンノオ金強奪トカシテマシタヨネ」

 

「それはアンタだろーが!!」

 

自分の罪を銀時に擦りつけたキャサリンに、志乃が殴りかかる。右ストレートは見事キャサリンの頬を捉えていた。

新八が粗方銀時のことを話して(かなりディスってたが)、彼に問いかける。

 

「どーです?何か思い出しました?」

 

「思い出せないっつーか、思い出したくないんですけど……」

 

「しっかりしろォォ!!もっとダメになれ!!良心なんか捨てちまえ!それが銀時だ!!」

 

なんか、無茶苦茶な励まし方だなぁ。志乃は神楽を見て、思わず苦笑した。

 

「大丈夫?銀」

 

「ああ……すまない、妹。君のことすら、何も思い出せなくて……」

 

しかし、銀時は何も思い出せないらしい。今だに妹呼ばわりする銀時に、志乃は訂正しようか迷ったが、妹分なので大して変わらないか、と一人で納得した。

新八はお登勢を振り返る。

 

「お登勢さん、どうしよう?」

 

「……江戸の街ぶらりと回ってきな。こいつァ江戸中に枝張ってる男だ。記憶を呼び覚ますきっかけなんて、そこら中転がってるだろ」

 

********

 

ということで、かつての盟友であった桂に会いに来た。

しかし、桂はペットのエリザベスと共に、何やらアハンな店の前で客引きをしていた。

 

「なに?記憶喪失?それは本当か?何があったか詳しく教えろ銀時」

 

「だから、そうするにも記憶が無いんだっつーの。ってかヅラ兄ィこんな所で何やってんの」

 

「ヅラじゃない桂だ」

 

志乃の質問にテンプレ通りの切り返しを挟んだ後、それに答えた。

 

「国を救うにも何をするにも、まず金がいるということさ。そこのお兄さーん!ちょっと寄ってって。カワイイ娘いっぱいいるよー!そうだ銀時、お前も寄ってけ。キレイなネーちゃん一杯だぞ。嫌なことなんか忘れられるぞ。何なら志乃もここで働くか?」

 

「これ以上何を忘れさせるつもりですかァ!!てか志乃ちゃんまだ未成年ですよ!?アンタらホントに友達!?」

 

銀時を客として、志乃を新しい従業員として店に入れようとする桂に、新八のツッコミが炸裂する。

志乃は地獄に堕ちろとばかりに首を切っていたが、一方の銀時はその甘い誘惑に乗っていた。

 

「何か思い出せそうな気がする……行ってみよう」

 

「ウソ吐けェェ!!」

 

銀時の後頭部を、志乃の飛び蹴りが捉える。だがここで、銀時が頭を抱えて叫んだ。

 

「あっ、今ので何かきそう!何かここまできてる!」

 

「本当か!思い出せ銀時!お前は俺の舎弟として日々こきつかわれていたんだ!」

 

「オイぃぃぃ!!記憶を勝手に改竄(かいざん)するなァ!!」

 

「どの辺アルか?どの辺叩かれたら記憶が刺激された?ここアルか?ここか?」

 

「いや、この辺だろ。アレ?この辺か?」

 

銀時は叩けば治るという、いつの間にか壊れかけのテレビのような扱いになっていた。

神楽と桂とエリザベスに殴られ蹴られ叩かれる銀時。最早集団リンチだ。そんな光景が街中で繰り広げられているのだ。通行人が足を止めないワケがない。

新八と志乃はこの状況がどうするべきかと頭を悩ませていたが、ふと視界の端に大きな影が入ってきた。

 

「か〜〜〜つらァァァァ!!」

 

パトカーが、土方の声と共にこちらへ爆走してくる。一瞬で危険を察知した志乃は、銀時を両手で抱え上げ、跳躍した。

次の瞬間、そこにパトカーがぶち込まれた。着地して銀時を下ろしてから、突っ込んできた土方と沖田に怒鳴る。

 

「あっぶねぇな!!ケガしたらどーしてくれんだよこのチンピラ警察!!」

 

「あん?何だ、そこにいんのはクソガキか。てめー、早引きした分の給料はちゃんとカットすっからなコノヤロー」

 

時給カットを言い渡した土方は、パトカーを運転する沖田に問いかける。

 

「殺ったか?」

 

「アリ?土方さん。こんな荷物ありましたっけ?」

 

沖田は、レバーの元に置いてある丸い物を持って、土方に問いかける。それは、桂の爆弾であった。

そこまで彼らにはわからなかったが、とにかく嫌な予感がした土方は、沖田に言った。

 

「……総悟逃げるぞ」

 

「え?」

 

次の瞬間、爆弾がパトカーを巻き込んで爆発した。しかし、土方らはなんとか無事だったらしく、逃げる桂とエリザベスを追いかけていった。

志乃は彼らを見送ってから、銀時に駆け寄った。新八と神楽も、彼の元へ歩み寄る。

 

「銀!大丈夫?」

 

「銀さん!!」

 

「銀ちゃん!」

 

「しっかりしてよ銀さん!」

 

「君達は……誰だ?」

 

銀時が自身を案じて駆け寄った彼らに発した言葉は、全てが振り出しに戻ったことを意味した。

 

********

 

一行は今度は、志村宅にお邪魔した。こたつに入り、事情を全てお妙にも説明する。

 

「まァそォ。それは大変だったわね。じゃあ、私のことも忘れてしまったのかしら?」

 

「スミマセン」

 

「……私のことは覚えてるわよね?」

 

「いや、スミマセンって言ったじゃないですか」

 

「いや、覚えてるわよ。ふざけんじゃないわよ」

 

お妙は微笑んだまま、金槌を取り出した。

 

「私は覚えているのに一方的に忘れられるなんて胸クソが悪いわ。何様?新ちゃん、これで私を殴って銀サンの記憶だけ取り除いてちょうだい」

 

「姉上、僕エスパー?」

 

記憶とは、そんな中途半端に切り取って消せるものなのだろうか。

志乃が首を傾げていると、お妙は銀時の胸倉を掴んでいた。なにやら不穏な空気が流れ、神楽と共にお妙を止めようとする。

 

「じゃあ仕方ないわ。是が非でも思い出してもらうわよ。同じショックを与えれば、きっと蘇るわ」

 

「姐御、勘弁してくだせェ。またフリダシに戻っちゃうヨ!」

 

「姐さん、落ち着いて!」

 

不意に、銀時の手が自身を殴ろうとするお妙の手を掴む。

 

「すみません。今はまだ思い出せませんが、必ず貴女のことも思い出しますので、それまでしばしご辛抱を」

 

真っ直ぐなキリッとした目で、お妙を見つめる。

こんなの銀じゃなァァァい!!志乃は頭を抱えて、思わず発狂しそうだった。

一方お妙は、何やら銀時にドギマギしていた。そして、落ち着いて座り直す。

 

「……もう過去のことはいいじゃない。後ろを振り返るより前を見て生きていきましょう」

 

「なにィィィ急に変わったよ!何があったんですか!?」

 

「昔の銀サンは永劫に封印して、これからはニュー銀サンとして生きていきなさい」

 

「姉上ェェ!それじゃ臭い物に蓋の原理です!」

 

「新八、今銀のこと臭い物呼ばわりしたよね……」

 

「あっ」

 

志乃は、ジト目でジーッと新八を見つめる。新八はたじろいで彼女の視線から目を逸らした。

お妙は何故か頬を染めて、照れている様子だった。

 

「あんな目と眉の離れた男のどこがいいのよ。あんなチャランポランな銀サンより、今の銀サンの方が真面目そうだし……す……素敵じゃない」

 

「何頬染めてんですかァ!!まさか惚れたんかァ!?認めん!俺は認めんぞ!!」

 

「アンタは親父かよ新八」

 

「あんな男の義弟(おとうと)になるなんて俺は絶対に嫌です!!」

 

「話を飛躍させるんじゃありません」

 

「そーですよ!今は目と眉が近付いてますが記憶が戻ればまた離れますよ!!また締まりのない顔になりますよ!!」

 

突如増えた声に、一同は固まる。新八の隣のこたつの中から、近藤が現れたのだ。

これがリアルのストーカーか。実際に見て落ち着いて考えてみるとキモいな。志乃は思わず引いた。

お妙は笑顔を浮かべながら、近藤の横顔の上に乗る。

 

「何をしてんだ、てめーは……」

 

「いや、あったかそうなんでつい寝ちゃって……あの、コレお土産にハーゲン◯ッツ買ってきたんで。みんなで食べてください」

 

「溶けてドロドロじゃないスか!アンタ一体何時間こたつの中にいたの!?」

 

溶けたハ◯ゲンダッツを差し出すものの、こんな状態では食べると言うよりかは飲むと言った方が正しいだろう。

新八の隣に座った近藤に、志乃は溜息を吐いて忠告する。

 

「こたつの中に潜り込んでると脱水症状になっちゃうよ、近藤さん」

 

「そうか、確かにそうだな……。これからは気をつけるよ、志乃ちゃん」

 

「ストーカーも止めてやりなよ。姐さんがカワイソウだよ、近藤さん」

 

「いくら止めても無駄だ。愛を求める男は止められないんだよ、志乃ちゃん」

 

ストーカーし続けてるだけのクセに何言ってんだか。こんな人が、泣く子も黙る真選組局長だなんて、認めたくないな。志乃は呆れて嘆息した。

近藤は、銀時に絡み始める。

 

「よォ、久しぶりだな。しばらく会わん内に随分イメージが変わったじゃないか。記憶喪失を利用してイメチェンを図り、お妙さんを口説こうって魂胆か。だがそうはいかんぞ。お前なんかより俺の方が目と眉が近いもんねェェェ!ブワハハハハ!!見てくださいお妙サンコレ、江戸中探してもこんな目と眉が近い奴はいないよ!!」

 

ガキか。アホらしい。お前一体いくつだ。

志乃は盛大な溜息を漏らした。そして、こんな大人にはなるまいと心の中で誓った。

銀時は、溶けたハーゲンダッ◯を不思議そうに見つめていた。

 

「こ……これは。何だろう、不思議だ……身体が勝手に引き寄せられる」

 

「!!あっ!!甘い物」

 

「そうだ!甘い物食べさせたら、銀の記憶が蘇るかも!」

 

「うらァァァァ食えコノヤロー!!」

 

「ぐぼェ」

 

神楽がハーゲ◯ダッツを銀時の口に無理やり押し込むと、新八はお妙を振り返って叫んだ。

 

「姉上ェェェ!甘い物です!とにかく、家中の甘い物を掻き集めてきてください!」

 

「え?何?」

 

「いいから、甘い物!」

 

「そんなこと言われたって……」

 

お妙がバタバタと廊下を走っていく。

 

「銀ちゃん!戻ってきてヨ、銀ちゃん!」

 

「う、う……ぼ……僕は……僕は…………俺は」

 

一人称が、僕から俺に戻る。一縷の光が差し込んだ。新八と神楽と志乃の表情に、笑顔が浮かぶ。

 

「銀!」

 

「銀ちゃん!」

 

「銀さっ……」

 

しかし次の瞬間、記憶が戻りかけた銀時の口に、お妙が何かを突っ込んだ。その勢いの強さに、銀時は倒れ込む。

 

「…………姉上。何ですか?それ」

 

「卵焼きよ。今日は甘めに作ってみたから」

 

あ。コレはマズイ。志乃は一瞬で青ざめた。

傍らで、近藤が溢れた卵焼きを「個性的な味」と評してもっさもっさと食べていたが、突然倒れる。

 

「「君達は……誰だ?」」

 

銀時の記憶喪失がリセットされ、近藤まで記憶を失う始末。最悪の事態に、新八と神楽は絶句し、志乃は思わず頭を抱えた。

……姐さん最恐かよ。

 

********

 

時刻はもう、夕暮れ時。

結局何一つ思い出せず、銀時は新八、神楽、志乃と共に家に帰っていた。

 

「……すみません。色々手を尽くしてくれたのに。結局僕は何にも……妹にまで、迷惑をかけてしまいました……」

 

「やめてくださいよ〜。銀さんらしくない。銀さんは90%自分が悪くても、残りの10%に全身全霊をかけて謝らない人ですよ」

 

「気にしないでよ、私ら家族みたいなもんなんだから。ね?神楽」

 

「そうネ。ゆっくり思い出せばいいネ。私達待ってるアルから」

 

「今日は家に帰って、ゆっくり休みましょ」

 

「そーネ、外よりウチの方が一杯思い出アルネ。何か思い出すかも……」

 

銀時を励ましながら歩いていると、家の前に何やら人だかりが出来ている。

人々の視線の先を見てみると、家に車が突っ込んでいた。

 

「飲酒運転だとよ」

 

「ありゃもう建て直さないとダメじゃないの?気の毒にね〜」

 

新八、神楽、志乃は絶句する。何故こうも悪い事ばかりが連続して起こるのだろうか。今日は厄日か?それとも自然の摂理か?

人だかりの中で、聞き覚えのある笑い声が聞こえた。振り返ると、そこには坂本が笑っていた。

……元凶はお前か!!

 

「アッハッハッハッハッ、すみまっせ〜ん。友達の家ば行こーとしちょったら手元狂ってしもーたきに。アッハッハッハッー。この辺に、万事屋金ちゃんって店はありませんかの〜」

 

「……アンタ何やってんの」

 

志乃は豪快に笑う坂本の元に、ツカツカと歩み寄った。

 

「おお!その声は吉乃か!久しぶりじゃの〜」

 

「吉乃じゃねェ志乃だァァァァ!!ついでに言うと金ちゃんじゃねェ、銀ちゃんだァ!!」

 

「あふァ!!」

 

相変わらずな能天気ぶりに志乃は苛立ち、桂の受け売りを使って坂本の顔を蹴っ飛ばした。

倒れた彼の上に乗り、マウントポジションで殴りつける。

 

「お前、ホント何なの!?手元狂って人の家破壊しといて笑い飛ばすし、毎回人の名前間違えるしさァ!てめェモジャモジャ頭のせいで脳味噌まで悪くなってんじゃねーか!?」

 

「おおう。な、なかなか豪勢な歓迎じゃの〜、アッハッハッ……ぶへらっ!?」

 

「うっせーよ、黙ってろ!誰もてめーみてーな災厄野郎歓迎してねーんだよ!!厄年か!?年中無休で厄年かコノヤロー!!」

 

「ちょっとちょっと!何してんの君ィィィ!!」

 

奉行に止められ、志乃はあまり怒りの収まらない状態で、坂本から引き離された。坂本はボロボロのまま署まで連行された。

銀時達は連行される坂本を見送ったが、ふと新八が独りごちる。

 

「……どうしましょ。家まで無くなっちゃった」

 

「…………もういいですよ。僕のことはほっておいて」

 

銀時は、隣で自分を見上げる二人を見ずに、言い放った。

 

「みんな、帰る所があるんでしょう?僕のことは気にせずに、どうぞもう自由になってください」

 

「銀さん?」

 

「聞けば、君達は給料もロクに貰わずに働かされていたんでしょう。こんなことになった今、ここに残る理由もないでしょうに」

 

銀時は話しながら、数歩前に出る。

 

「記憶も住まいも失って、僕がこの世に生きてきた証は、妹以外無くなってしまった。でも、これもいい機会かもしれない。みんなの話じゃ僕もムチャクチャな男だったらしいし。妹には迷惑かけるかもしれないけど、生まれ変わったつもりで生き直してみようかなって」

 

「ちょっ……ぎ、銀」

 

そう言って、銀時は新八と神楽を振り返った。

 

「だから、万事屋はここで解散しましょう」

 

銀時の言葉に驚いて、立ち尽くす二人。

志乃は呆然として彼の背中を見ていたが、銀時はそんな二人を置いて歩き出した。

 

「ウ……ウソでしょ、銀さん」

 

「やーヨ!私給料なんていらない!酢昆布で我慢するから!ねェ銀ちゃん!」

 

銀時は引き止めようとする三人を、もう一度振り返った。

 

「すまない。君達の知っている銀さんは、もう僕の中にはいないよ」

 

「銀さん、ちょっと待って!」

 

「無理ヨ!オメー社会適応力ゼロだから!バカだから!銀ちゃん!」

 

「銀さァァァん!」

 

歩き去る彼の背中に叫ぶ、新八と神楽。

しかし、再び銀時が足を止めることは無かった。


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