銀狼 銀魂版   作:支倉貢

38 / 205
またまたオリジナル回。バイト初日と思ってください。


警察のコスプレはパーティ会場だけにしろ

翌日。真選組の監視対象兼バイトとなった志乃は、寝ぼけ眼を擦ってのろのろと屯所にやってきた。

 

「……はざま〜す」

 

「おはよう、志乃ちゃん」

 

「やっと来たかクソガキ」

 

通された部屋には、近藤と土方が座っていた。その前に向かい合って、志乃も座る。

それを確認した近藤は、志乃に話しかけた。

 

「じゃあ早速なんだが、志乃ちゃんに渡すものがあるんだ」

 

「渡すもの?」

 

志乃がキョトンとして首を傾げると、近藤は綺麗に折り畳まれた隊服を渡した。

 

「バイトの時間は、一応真選組の隊士ってことになってるからね。これに着替えてほしいんだ。まあ簡単に言えば、メイド喫茶で従業員さんがメイド服着るようなもんだよ」

 

「その例えは何?私にメイド服着ろってか?これも隊服っぽい見た目だが実はメイド服ってか?」

 

「いや、着てくれるんならそれはそれで……」

 

「満更でもねー顔すんなァァ!!」

 

鼻の下を伸ばす近藤に、イラついた志乃がシャウトする。

ブツブツ言いながらも、服を広げてみた。

 

上は近藤や土方らが着ているようなシャツとベストと上着で、下は白いヒラヒラしたミニスカートになっていた。さらにベルトがついており、ここに刀などを差し込める輪っかもついていた。そして、靴下は黒のニーハイである。

 

志乃はその内のスカートを持って、近藤達に見せた。

 

「……スカート短すぎない?私は電波人間かコノヤロー」

 

「カワイイ女の子にはそれぐらいがちょうどいいって!」

 

「お前やっぱふざけてんな?せめてホットパンツにして。それがダメなら下に見えても大丈夫なヤツ履かせて」

 

「誰もテメーみてェなガキの下着なんざ興味ねーよ」

 

「悪かったな、色気もクソもないガキで」

 

土方はそう吐き捨て、煙草を吹かす。

それにイラついた志乃から羞恥心は消え去り、もういいとばかりに別室へ着替えに行った。

近藤は出て行った志乃を見送ると、土方を見た。

 

「トシ、何もそんなキツく言わなくても……」

 

「アンタが甘やかし過ぎるんだ。ガキはガキでも、あいつは"銀狼"だ。いつ俺達に牙を剥くかもしれねーんだぜ」

 

「しかし……俺には、志乃ちゃんがそんな凶暴な子には見えんぞ。あんなに若いのに、かぶき町中に友人がいるらしいじゃないか。そんなにたくさんの友達が出来る良い子が、人殺しなもんか。一族はそうなのかもしれんが、人を殺すような素振りも見せてない。今は見守ってやろうじゃないか」

 

なっ?と笑う近藤に、土方は嘆息して答えた。

土方は、彼女の内に秘める血の存在が、正直恐ろしかった。

 

そよ姫の時や、祭りの時や、最近は煉獄関の時。

 

戦いにおける戦闘能力と危険察知能力はさることながら、何より恐ろしいのは彼女の殺気だった。

普通の町娘があんな殺気を放てるわけがない。だから、他の娘とは違うと思っていた。

 

その勘は、当たっていた。

彼女は普通の娘ではなく、"銀狼"の一族の娘だった。

 

"銀狼"は、人斬りを生き甲斐とする一族。殺しに殺しを重ねて、屍の上でしか立てないと言われる程だった。

攘夷戦争の時の彼らの凄惨さも耳にしたことがある。

 

瞳孔は常に開き、天人を見つけたら一瞬で距離を詰め、斬る。銃弾もバズーカの弾も光線すらも、斬り伏せられる。もしくは、撃とうとする前に斬られる。

故に、彼らは最恐だった。

 

その一族の、末裔の女。

 

のんびり散歩をしたり、道行く人に笑いかけたり、幸せそうに団子を食べる年相応のあどけない姿を見ても、自分のどこかで"銀狼"の影が過ってしまうのだ。

良くないことだとは思っているものの、ふとそう感じてしまう。

 

どうしたらいいのかと頭を抱えていると、着替えてきた志乃が襖を開ける音がした。

 

「おっ!カワイイぞ、志乃ちゃん」

 

「ん……あっそ」

 

近藤にぐりぐりと頭を撫でられ、志乃は若干嫌そうだったが、その表情はどこか嬉しそうだった。

 

********

 

昼。集まった隊士らの前で、土方はこうなった経緯諸々を含めて、志乃を紹介した。

 

「ーーってことで、こいつは今日から監視対象兼バイトになった。おい、挨拶しろ」

 

「霧島志乃です。ヘンな目で見た奴はソッコーでぶちのめすからそこんとこよろしく〜」

 

笑顔で脅迫の言葉を述べた志乃に、隊士らは震え上がった。

しかし、男所帯の真選組に女の子が来たとあって、隊士らは大いに喜んだ。

 

その後の昼食でも、隊士らは志乃に甲斐甲斐しく話しかけ、志乃の緊張を解そうとしていた。

最初の方は志乃も若干鬱陶しそうに軽く返していただけだったが、親切に接してくれる隊士らに徐々に心を開いていった。

また、前々から面識のあった近藤や山崎や沖田とも仲良くなり、憎まれ口を叩ける程になった。

しかしただ一人、土方との溝はあまり埋まらなかった。

 

********

 

「オイガキ、今日はてめェの仕事教えてやる。来い」

 

志乃は土方に連れられ、パトカーに乗って江戸の町を見廻りに向かった。

パトカーの運転席には沖田が乗り込み、志乃は必然的に後ろに一人座ることになった。

助手席で煙草を燻りながら、彼女を見ずに土方は説明する。

 

「基本的には、俺と市中見廻りだ」

 

「ええ〜?チンピラと?」

 

「悪かったな」

 

あからさまに嫌がる志乃の顔がバックミラーに映り、土方のこめかみにピキッと青筋が浮かぶ。

ハンドルを握る沖田はちらりとこちらを見て、怪しげに笑った。

 

「安心しな嬢ちゃん。俺と一緒の時は首輪か手錠付けてやるぜィ。ありがたく思いやがれ」

 

「ありがたく思う節がねーよ。安心もしないね」

 

一体何なんだこいつは。あ、サディスティク星からやってきたドS王子か。

志乃はじゃあ仕方ないと肩を竦め、溜息を吐いた。

さらに、土方が釘を打つ。

 

「あと、他の連中との行動はダメだからな。俺か総悟、最悪の場合は近藤さんか山崎だ」

 

「何で?」

 

「お前が相手だと、甘やかして仕事ほっぽりだすのがオチだ」

 

「私のせいにしないでよ。そもそも私を監視に置くなら仕方なかったんでしょ?」

 

「別にテメーが悪いとは言ってねーよ。ったく、あいつらもあいつらだ。女が入ったってだけで色めき立ちやがって……」

 

土方は呆れて、溜息を吐いた。

この人も苦労してるな。志乃はこの日初めて、土方に同情した。

志乃は頬杖をついて流れる外の景色を眺めていた。すると、ふとある光景を目にした。

 

「ねぇ、止まって」

 

志乃が身を乗り出して窓の外を眺める姿に、不審に思った沖田は車を止める。

 

「どうしたんでィ?嬢ちゃん」

 

「あいつら……」

 

志乃が窓から凝視しているのは、二人組の男だ。

彼らは辺りを警戒するように、何かを両手に持って路地裏に入っていく。

志乃はすぐにパトカーから降りて、彼らの後を追った。

土方と沖田は、突如動き出した彼女を追って、車から降りた。

 

********

 

路地裏は一種の道みたいに入り組んでいて、すぐに見失いそうになる。

それでも志乃は彼らを見逃すまいと、足を止めることはなかった。

 

「くっそ……あいつら、どこ行った……?」

 

十字路で、ふと足を止める。キョロキョロと辺りを見回しても、人影を感じない。

しかし、確かに誰かいた。二人もいた。何かを運んでいた。

一体何を……?

考え込む志乃の背後に、男の気配がした。

志乃がそれに気付いて振り向く前に、男は後ろから彼女の口を布で押さえた。

 

「!?んんっ!」

 

もがく志乃は、咄嗟に腰に差してある金属バットに手をかけようとする。しかし、背後をとる男に右手を捻り上げられてしまった。

振り払おうと暴れる志乃の意識が、次第にぼんやりしてくる。

 

ーー何だコレ。まさか、薬……?

 

志乃は唇を噛み切って意識を取り戻そうとしたが、体から力が抜けていく方が早かった。

男は気絶した彼女を肩に担ぎ上げ、連れ去った。

誘拐現場には、彼女の金属バットだけが残されていた。

 

********

 

「チッ、あのクソガキどこ行きやがった……?」

 

「こっちも見当たりませんぜ」

 

土方と沖田は、志乃が入り込んだ路地裏を駆け抜けていた。

彼女を追って入ってから、かれこれ数十分が経過していた。いくら探しても、志乃が見つからない。

一旦、十字路で足を止める。カツンと土方の足に、何かがぶつかった。見下ろしてみると、それは金属バットだった。

土方がそれを拾い上げると、沖田もそれを見た。

 

「……コレ、確か嬢ちゃんのですぜ」

 

「まさかアイツ……」

 

土方は金属バットが指していた先に向かって走り出す。

路地裏に一人で入り込んだ志乃の姿は見つからず、代わりに金属バットだけが見つかった。

最悪の場合を想定した土方と沖田の足は、自然と速まった。

 

「クク……よく無事にここまで運び込めたな」

 

自分達とは別の男の声が、ふと彼らの耳に入る。

二人は足を止めて、息を殺しながら建物の影に隠れて様子を伺った。

声は、路地裏に裏口を持つ建物の中から聞こえてきた。ここは確か、監察の山崎が潜入している所だ。

二人はゆっくりと裏口に近付き、耳をそばだてた。

 

「これだけの爆薬と武器があれば、すぐにターミナルをぶっ壊せる。俺達の攘夷は必ずや多くの人の心を動かすだろう」

 

「でも、そんな簡単にいきますかね?警察……特に真選組の奴らが嗅ぎつけたら、たまったもんじゃないですぜ」

 

「だからこいつを攫ったんだろーが」

 

「くっそ、放せっ!!このっ!!」

 

男達の声の中に、聞き慣れた高い声が混じる。志乃だ。

 

「てめーら、私をどーするつもりだ!!」

 

「なーに、心配いらねェよお嬢ちゃん。お嬢ちゃんはねェ、おじさん達のために人質になってもらうんだ」

 

「人質?何ソレふざけてんの?私なんか人質の価値ないよ。諦めて別の奴使いな」

 

「そうはいかねェよ。お嬢ちゃん、おじさん達をつけてきたんだろ?それに、その格好……真選組のものじゃねーか」

 

「違うよ。コレはアレだよ、ホラ……コスプレだよ」

 

「紛らわしーんだよ!!警察のコスプレはパーティー会場だけにしろ!!」

 

「……まあ、お嬢ちゃんが真選組かどうかなんて、どーでもいいんだよ。とにかく、おじさん達の計画を知られちゃったんだ……生かしておくわけねーだろ」

 

「…………」

 

「お嬢ちゃんは人質としてたっぷり使ってやるよ。ターミナルを破壊した後は……お嬢ちゃんも、天人共と一緒に死んでもらおうか。天人に侵されたかわいそうな女の子の末路という見せしめでね……」

 

このままでは、ターミナルと志乃が危ない。土方と沖田はすぐに屯所に連絡をした。

声だけを聞いたため、実際何人敵がいるかわからない。いくら真選組の副長と一番隊隊長とはいえ、全てを相手には出来ないだろう。

二人は一旦路地から出て、店の前で隊士らの応援を待った。

 

********

 

その後、屯所に戻っていた山崎が現場に到着し、中でのことを報告していた。

 

「彼らは、政府関係機関から武器や火薬などを盗んでいた『三須怒(みすど)』の連中です。前々から幕府転覆を狙っていたと言われていましたが……実際は、攘夷としてターミナル爆破を狙っていました」

 

「そーか」

 

「それと、志乃ちゃんなんですが……彼らの一派が、爆薬を運んでいるのをちょうど目撃したらしく、捕らえられてしまったみたいです……」

 

山崎からの報告を受けた土方は、煙草を吹かして、テロリストの潜伏している建物を見上げた。

隊士らは、真選組紅一点の志乃が誘拐されたことに殺気立ち、今にでも突入したい気持ちを抑えていた。

 

「いいか、すぐに建物を囲むな。奴らに気付かれる。あれだけ多くの爆弾やら武器やらを全部運び込むには、入り口から出すしかねーはずだ。そこを叩く」

 

土方が隊士らに命令するが、ふと沖田が肩にバズーカを担ぎ、建物の3階辺りめがけて突然ぶっ放した。

 

ドォォン!!

 

突然の出来事に、その場の誰もが思わず絶句した。

 

「オイぃぃぃ!!何してんのお前!!」

 

「いや、まどろっこしーんで取り敢えずぶっ壊しちゃおうかと思いまして」

 

「ぶっ壊しちゃおうで済むかァァ!!多分死んだぞアイツ!!」

 

「死んでねーわゴルァァァァァ!!」

 

バズーカの一撃を受けた建物の瓦礫の上に、ボロボロの志乃が現れた。

両手を後ろ手に縛られていていながらも、元気そうに沖田に怒鳴りつける。

 

「てんめっ、何しやがんだ!!死ぬかと思ったわ!今までの記憶が走馬灯のように駆け巡りかけちゃったじゃねーかァァァ!!」

 

「おー、生きてたか嬢ちゃん。死んだと思ったぜ」

 

「ああ、ついさっき私もそう思ったよ!!アンタのおかげでね!!」

 

沖田と志乃が高低差をはさんで口論をしていると、志乃の首元に刀が回り込む。

彼女の縛られた手を掴んで引き寄せ、「三須怒」のリーダーが勝ち誇ったように笑う。

 

「ククク、手を出すなよ幕府の犬共。少しでも怪しいマネしやがったら、この娘を殺すぞ」

 

「今すぐそいつを放してもらおーか。てめェらは既に包囲されてんだ。諦めろ」

 

「諦める?この手に上等な人質がいるじゃねーか。諦めるかよ」

 

「三須怒」のリーダーは、志乃の手を掴んだまま引っ張り、立ち上がらせた。

志乃は肩越しにリーダーを睨み、嘆息する。

 

「ね〜、アンタも見たでしょ?私がいたのにも関わらず、バズーカぶっ放したじゃんアイツら。私を人質に使おうったって無駄だよ。諦めて私解放しろやコノヤロー」

 

「だーかーら、諦めねェっつってんだろ小娘。俺は諦めない!!ネバーギブアップ!!」

 

「うるせーな、元テニス選手の熱い男かアンタは。それとも少年漫画の主人公気取りか?」

 

志乃は首元に当てがわれた刀に冷たい視線を投げながら、口を寄せる。

 

「諦めないだけで世の中渡っていけるかよ。確かに、諦めないことは重要かもしれねーがな……」

 

下から見守る真選組の面々は、口を開く彼女に何をする気かとハラハラしていた。

 

「敵わねー敵に背ェ向けるくらいの柔軟性も持てや」

 

ーーバキィィンッ!!

 

そう言った瞬間、刀が真ん中でポッキリと折れる。「三須怒」のリーダーも、真選組も、何が起こったかわからなかった。

志乃の牙が、刀を噛み切ったのだ。

ようやくそう判断した「三須怒」のリーダーは、情けない悲鳴を上げてへたり込んだ。

 

「ひっ……ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「今だ!かかれェェェェ!!」

 

土方は彼女の行動に恐れを抱きつつも、隊士らに命令する。

当の本人は、口に入った破片を唾と共に吐き出し、縄を解こうともぞもぞと手を懸命に動かしていた。

 

「……えーと、ここはこうなってるから、こうして……ん?アリ?何かごちゃごちゃしてきた。あれ?マジか。え、ウソ。え!?」

 

解くどころか縄がこんがらがり、さらにわやくちゃになってしまった。

それでも何とか解こうと頑張る。

 

「成せば成る。成さねば成らぬ、何事も。成らぬは人の、成さぬなりけり……どこの人の言葉だっけ?」

 

ブツブツと独り言を続ける彼女の背後には、今だへたり込んでいる「三須怒」のリーダーがいた。彼の足元に、志乃が噛み砕いた刀の先が落ちている。

男はそれを拾い、ゆっくりと縄に悪戦苦闘する志乃の背後に近寄った。

 

「だー!!もうマジで縄嫌いだわ。ちょっとー、誰か切っ……」

 

自分の背中に何かが刺さる感覚を、脳が拾った。見下ろすと、胸まで貫通している。

突然のことに、頭が真っ白になりかける。それを奮い起こして、彼女は背後を振り返った。

「三須怒」のリーダーが、自分を刺したのだ。

それがわかった瞬間、志乃の体がぐらついた。

 

********

 

一方下で成り行きを見守っていた土方は、沖田によって破壊された3階の瓦礫のギリギリに立つ志乃が、背後の男に刺されたのを見た。

刃を体に埋め込まれたまま、志乃の体が前のめりに倒れていく。

 

「志乃!!」

 

土方が叫んだのと同時に、志乃は倒れ込むように落下した。すぐにその下に駆け込み、何とか彼女を受け止める。

隊士らが次々と突入していくのを横目に、土方は手を縛る縄を切り、彼女の容態を見た。

背中から胸を突かれ、貫かれている。本人の意識もぼんやりしているらしく、うっすら瞼は開いているものの、目の焦点が合っていなかった。

すると、プルプルと震える志乃の手が、背にまわった。

折れた刀を抜こうとしているらしい。

察した土方は、志乃の手を掴んだ。

 

「バカかテメーは!!死にてェのか!!」

 

「っるせぇ……私、は……こんな、とこ、で……。死なねーっつってん、だろ……ぐっ!」

 

土方が咎めるのも聞かず、膝立ちになってゆっくりと体から刀を抜いていく志乃。

その度に、血が止めどなく溢れ、新品の隊服を濡らしていく。

最後まで抜ききった志乃は、吐血しながら気を失うように倒れ込んだ。それを、土方が抱きとめる。

 

「チッ、このバカが!!オイ志乃!!起きろ!オイ!!」

 

「志乃ちゃん!!」

 

志乃を仰向けにして、肩を揺さぶる。志乃は死んだようにぐったりとしたまま、目を閉じていた。

山崎は真っ青になって、志乃の元へ駆け寄る。沖田は平然とバズーカをもう一発3階辺りにぶっ放した。

志乃が一瞬眉を寄せる。それを見た山崎は彼女を呼んだ。

 

「志乃ちゃん!!しっかり!」

 

「志乃ッ!!」

 

土方が彼女の名を叫ぶ。

それが届いたのか、志乃はゆっくり目を開け、口角を上げた。

 

「やっ、と……名前で……呼んだ、な……」

 

「喋んじゃねェ!!死ぬぞ!!」

 

「死なねェ……っつってんだろーが……」

 

志乃は震える手で土方の服を掴み、立ち上がろうと体重をかける。

足で地面を蹴り付け、自らの体重を支え始めた。

 

「志乃ちゃん!血が……!」

 

止めようとする山崎の刀を掴み、志乃は何とか立ち上がる。目線を上げ、山崎を見上げた。

 

「ザキ、兄ィ……刀貸して」

 

「何言ってんの!急いで病院に……!」

 

彼の態度に苛立った志乃は黙って腰元の刀を抜き、手にしっかり握り締めて走り出した。

彼女を案ずる声を背中で聞きながら、パトカーのボンネットに飛び乗り天井を蹴り付けて跳躍した。

 

「正義の味方、警察少女志乃ちゃんの初舞台なんだ。邪魔すんじゃねーよ」

 

志乃は楽しげにニッと笑うと、先程いた3階に着地し、建物の中へ入っていく。

中では真選組隊士らと「三須怒」の連中がドンパチをしていたが、彼女の目的はただ一つ。そんな彼らを横目に、志乃は目標ーーリーダーを見つけ出した。

リーダーは志乃が折った刀とは別のものを使い、隊士らと斬り合っていた。

 

「待てよ、オッさん」

 

志乃はそんな彼を呼び止め、リーダーの顔に突きを繰り出す。

リーダーは突然のことに驚きながらも、見事な反射神経でかわした。刀は壁に突き刺さった。

 

「なっ……き、貴様は」

 

「今日は私のデビュー戦なんだ。せっかくだから大物捕まえたいんだァ。大人しくお縄につけや」

 

「貴様は、俺に刺されたはずでは……!?」

 

「刺された程度で死ぬかよ。これでも、戦争好きな一族の端くれでね。傷には強いんだ」

 

志乃は笑顔を浮かべながら、両手を広げた。

 

「でも安心して。私も不死身じゃない。もう一撃食らえば確実に死ぬ。オッさん、一つ私とゲームをしないか?私が先に10本取るか、アンタが先に1本取るか」

 

刀を抜いてから、チャキ、と音を立てて持ち上げる。

刃を相手に向けながら、志乃はルール説明をした。

 

「ルールは簡単さ。アンタが私から1本取れば、アンタの勝ち。アンタが1本取る前に私が10本取れば、私の勝ち」

 

「小娘、貴様は自分の力を過信し過ぎだ。若者特有の思考で中二病と言うらしいが……いい機会だ、俺が世間の厳しさをみっちり教えてやろう!!」

 

リーダーは刀を構えて、全く戦闘態勢を取らない志乃に向かって駆け出す。

それを見てとった志乃も一歩踏み込んだ。

 

ガキィン!!

 

二人が交差し、斬り合い、通り過ぎた。

 

「世間の厳しさ?」

 

志乃がニヤリと笑うと、リーダーは脇腹や額、二の腕など計10か所からブシュッと血を流し、倒れた。

 

「そんなもん12年も生きてたら、何となくわかってくるよ」

 

志乃は振り向いて、倒れたリーダーを見下ろした。

 

「あと私は中二病じゃねーよ。私は、銀狼だ」

 

しかし突如ズキッと強い痛みが走り、思わず胸を押さえる。

 

「……アリ?……あはは。やばっ……」

 

志乃は薄笑いをしながら、ぐらりと倒れる。

次の瞬間、視界が真っ暗になった。

 

********

 

「ん〜…………む?」

 

志乃が目を覚ますと、まず最初に視界いっぱいに白い天井が広がっていた。頭を右左と動かして見てみると、どうやら病院であることがわかった。

体を起こすと、胸辺りが少し痛む。

あ、そっか。私貫かれたんだっけ。

胸元に手を当てると、包帯が巻いてあり、手当てされた状態であったことがわかった。

 

「!」

 

志乃は自分以外の気配に気付き、それを感じた方向を見やる。

そこには、時雪が志乃が横たわっていたベッドに突っ伏して眠っていた。

 

「……見舞い?」

 

首を傾げた瞬間、コンコンと扉を叩く音がする。すると次には、扉が開いていた。

 

「あっ、志乃ちゃん!起きたんだね!」

 

「志乃ちゃん!!ケガは大丈夫か!?」

 

「おー、生きてたかィ。流石でィ」

 

「ザキ兄ィ?近藤さんも総兄ィも?……?」

 

わらわらと雪崩れ込むように入ってくる真選組隊士らの中に、志乃は土方の姿を探したが、見つからなかった。

隊士らは志乃に殺到し、抱き締めたり頭をめちゃくちゃに撫でたりととにかくベタベタと触った。

それほど、皆に心配をかけたのだろう。志乃は苦笑しながら、隊士らを受け入れていた。

 

「あーもう!!ちょっとやめてよ……」

 

「ん……?」

 

騒ぎに気が付いた時雪が、ゆっくり目を開ける。目を擦って、体を起こした。

 

「志乃……?良かった、やっと起き……」

 

時雪は、見知らぬ年上の男達に志乃が抱き締められたり頭を撫でられたりしている光景に、思わず固まった。

 

「……貴方達、誰ですか。何をやってるんですか?」

 

「あ、どうも初めまして。俺は真選組局長の近藤勲と申し……」

 

「志乃から離れろロリコン共ォォォ!!」

 

「あぱァ!!」

 

近藤がにこやかに手を差し伸べるが、怒りに狂った時雪によって、木刀でぶん殴られていた。

 

********

 

その後、我を取り戻した時雪は、近藤に土下座していた。

 

「本当に、申し訳ありませんでしたァァ!!」

 

「いや、そんな謝らなくても……」

 

「志乃がお世話になっている真選組の局長殿に、勘違いとはいえ俺は何てことを!申し訳ありません!!この茂野時雪、切腹してお詫びを!!」

 

「オウ、なかなか良い心がけじゃねェかィ。いいぜェ、俺が介錯してやりまさァ」

 

「やめろォ!!てめっ、もしトッキーが死んだらアンタ殺してやっからな!!」

 

「やめてェェェ!!その負のスパイラル今ここで止めてェェェ!!」

 

時雪は、真選組を志乃に絡むロリコンと勘違いしたらしい。

切腹をと言う時雪に沖田が刀を抜いたが、志乃が突っかかり、それを山崎が最終的に治めるという形になった。

何とか落着した後に、今度は近藤が頭を下げる。

 

「謝るのはむしろこちらの方だ。志乃ちゃんを危険な目に遭わせ、挙げ句の果てにはケガまで……」

 

「いいよ別に。気にしてないから」

 

志乃は大丈夫だと言う代わりに、肩をぐるぐると回して見せた。

 

「それに、あのテロリスト共捕まったんでしょ?」

 

「あ、ああ……」

 

「なら余計いいじゃん。私のおかげだね」

 

志乃は近藤にウインクして、笑いかける。

近藤らも、それを見て安心したように微笑んだ。

 

********

 

それから志乃はすぐに退院し、時雪と共に帰路を歩いていた。

 

「志乃、晩ご飯何がいい?」

 

「んーとね、ハンバーグ!」

 

「わかった。じゃ、後で一緒に買い物に行こっか。あ、でも病み上がりだから……ごめん、家で待ってて」

 

「結局待つんかーい。……ま、いいけど」

 

時雪は志乃を家まで送ると、踵を返してスーパーへ向かった。

志乃が扉の前に立ち、鍵を開けようとすると、背後に気配を感じた。

 

「!」

 

「…………」

 

振り返ると、そこには私服姿の土方が立っていた。

 

「どーしたの?今日はオフ?」

 

「……お前、今暇か?」

 

志乃の問いはスルーされたが、仕方なく頷いて答えてやる。すると、土方は突然背を向けて歩き出した。

何だと志乃が首を傾げると、土方は溜息を吐いて肩越しに志乃を振り返った。

 

「来い」

 

********

 

志乃が連れてこられたのは、ある定食屋だった。

土方がカウンター席に座るのを見て、志乃も流れで彼の隣に座る。

 

「いつもの二つ」

 

メニューに目もくれず、煙草を吹かして言った。

しばらくすると、志乃の目の前に丼が置かれた。

 

「へい、土方スペシャルお待ち!」

 

志乃は思わず目を疑った。

何で?何で定食屋のメニューに土方スペシャルがあるんだ?

しかもどーして私はまたこれを食べさせられてんだ?

 

頭の中を疑問が埋め尽くすが、チラリとこちらに送られた土方の食えと言わんばかりの視線に、志乃は肩を落として割り箸を取った。

……目は口ほどに物を言うって、このことかコノヤロー。

 

「いただきます」

 

両手を合わせた後、土方スペシャルを一口食べる。

 

マヨネーズと白飯の混沌としたハーモニーに、志乃は顔をしかめた。

 

「……相変わらずすごい味」

 

「何言ってんだ、コレが絶品なんだろーが」

 

「おかしーな、何で私こんな味覚破壊丼食べれんだろ。……あ、耐性がついてんのか」

 

志乃の脳裏に、お妙のダークマターが浮かび上がった。あの砂みたいな卵焼きで舌が慣れているらしい。果たしてコレは喜ぶべきなのだろうか。

土方はガツガツとそれを食べながら、彼女に毒を吐く。

 

「相変わらず口の減らねーガキだ」

 

「相変わらずガキに無理難題を押し付けるチンピラだ」

 

「オイ。それって土方スペシャルを食わせることを指すのか?謝れコノヤロー」

 

「それ以外何を指すってのさ。大体私に何の用?私この後家で、ハンバーグ食べるんだけど」

 

「成長期のガキなら、これくらい食えるだろ」

 

口の中を、酸味のあるねっとり感が支配する。志乃はそれを水で飲み込んだ。

土方スペシャルを食べ切った二人は、一息吐いた。その息は、お互い正反対の意味を持っていたが。

志乃がグラスを手に取った時、土方が口を開いた。

 

「悪かったな」

 

「え?」

 

その意味を図りかねた志乃は、キョトンとして土方を見上げる。

土方は彼女をチラリと見ると、「あー、くそ……」と頭を掻き、一度言い淀んだ。

 

「とにかく……悪かったな。夏祭りの時も、今回も……今までも」

 

「は?何でアンタが謝んの」

 

頬杖をつき、顔をしかめる。土方は一度舌打ちしてから、答えた。

 

「思い返せば、お前に散々嫌な事してきただろ、俺は。夏祭りの時は、お前の髪を無理やり切ったし……お前のことを"銀狼"だと警戒し過ぎたり……今回も、警察の仕事とはいえ、ガキのお前を危険に晒した。……悪かったな」

 

「別に?あんなの嫌な事の内に入らないよ」

 

バッサリ切った志乃は、席を立ち、土方の袖をぐいぐい引っ張った。

 

「オイ、お前……」

 

「ほーら、次の店行くよ。土方スペシャルはアンタが奢ってよね。次は私が奢る番。ついてきて」

 

********

 

志乃が連れてきたのは、団子屋だった。

 

「おじさーん、団子二つちょーだい」

 

席に座るや否や、店主に注文する。

志乃が連れてきた席は、向かい合わせの二人用の席になっていて、土方を座らせてから、志乃は向かいの椅子に座った。

しばらくして、店主が団子を二皿運んできた。志乃は団子が刺さった串を一本手に取り、ぱくりと口に運ぶ。

一方土方は、団子を凝視していた。

 

「食べなよ。ここの団子絶品なんだよ?」

 

「オイ、マヨネーズはねェのか」

 

「あるわけねーだろ。自分でかけて食いな」

 

志乃はそう言って、もう一つ団子を口に含む。みたらしの少ししょっぱさが残る甘いタレに舌鼓を打った。

土方は店主を呼びつけて店の冷蔵庫からマヨネーズを貰い、それを団子にこれでもかとかけまくる。

店主はそれを見て発狂していたが、それを志乃が宥めた。

 

「ん、やっぱこうじゃねーとな」

 

「……アンタさ、絶対その趣向で女に逃げられるクチだろ」

 

「ほっとけクソガキ!!」

 

志乃に一喝した土方は、マヨネーズたっぷりの団子を食べ始めた。

自分のポリシーをどこまでも貫く土方に、思わず苦笑してしまう。

志乃は団子を皿に置いてから、土方を見やった。

 

「私の方こそ、悪かったね」

 

「あ?」

 

「アンタに、変な心配ばかりかけさせて」

 

嘆息してから、茶を飲む。

 

「私さ、ガキの頃から人と少し距離を置かれてたんだ。それこそ昔は何もわかんなかったけど、今ならわかる」

 

志乃は一息吐いて、自分の掌を見た。

 

「……怖いよね、近くに人斬りがいたら」

 

口まで運ぼうとして、土方の手がピタッと一瞬止まった。まるで、自分の心中を見透かされているような感覚だった。

しかし志乃はそれに気付いていないのか、さらに続ける。

 

「私は人を殺したことはないけど、顔を見たこともない父親も祖父も、その先祖も……私の兄貴だって、そうだった。たくさんたくさん、人を斬ってきた。別に家族が悪いとは思わないけど、少し哀しかった」

 

志乃は今度こそ土方を見て、自嘲気味に微笑んだ。

 

「だから、アンタが警戒すんのは当たり前。何もおかしくないよ?……今回は完全に隙を見せた私のミス。夏祭りの時は……むしろ感謝してる。アンタは私を助けてくれた、恩人だからね」

 

志乃は頬杖をついて、ニカッと笑いかける。そして、続けた。

 

「それにあれ以来さ、今までは髪伸ばしてたんだけど、やっぱ短い方が楽だな〜って気付いたわけ。だからこれからは短く切ろうかなって」

 

「……そうか」

 

「そう。だから、アンタが気にすることじゃないよ」

 

最後の一口を食べ終わった二人は、店を出る。

帰路につこうとしたところで、土方が彼女を呼び止めた。

 

「送ってやる。帰るぞ」

 

「え?いや、一人で帰れるし……ったく、もう」

 

志乃の言葉も聞かずつかつかと先を歩く土方。

その背中を追って、志乃も彼と肩を並べて歩いた。

 

「そーだ。私一つだけ、アンタに直してほしいことがあるんだ」

 

「あ?何だよ」

 

「私のことをクソガキ呼ばわりしないで」

 

志乃はビシッと土方に指を指しながら言った。

 

「アンタが呼び方を変えてくれるってんなら、私もチンピラ呼ばわりをやめたげる」

 

「……チッ。だからお前はクソガキなんだ」

 

「その呼び方やめろっつったろ。話聞けチンピラ」

 

不満げに口を尖らす。

土方は髪をガシガシ掻いて、志乃に問うた。

 

「なら、何て呼べばいい」

 

「クソガキ以外なら何でも。志乃とか、志乃ちゃんとか。あ、他の真選組の人らみたいに、嬢ちゃんって呼んでもいいよ」

 

「そーかよ。……なら、志乃」

 

「なぁに?トシ兄ィ」

 

初めての呼ばれ方に、若干戸惑う素振りを見せる土方。それに思わず、吹き出してしまった。

志乃の態度が気に食わなかったのか、こめかみをピクピクと動かしながらこちらを見下ろす。

 

「……何だ、トシ兄ィってのは」

 

「近藤さん、アンタのことトシって呼ぶでしょ?それを借りたんだ」

 

楽しげに微笑む志乃。

だがここでふと、彼女はとても重要なことを思い出す。

 

「あ、ごめん。道逆だわ」

 

「……………………」

 

********

 

「だから、悪かったってば。喋んの楽しくて、つい……」

 

ごめんね、と両手を合わせて許しを請うてくる志乃を無視して、土方は前を歩く。

しばらくすると、「万事屋志乃ちゃん」の看板を掲げた家が見えてきた。

 

「あ、ここまででいいから。ありがとね、トシ兄ィ」

 

志乃は土方の前に回り込み、礼を言う。

志乃の家を通り過ぎて、屯所に戻ろうとした彼の背中めがけて、何かが飛んできた。

それを気配だけで認めた土方は、片手でそれを受け止める。飛んできたそれは、彼の掌に収まる程小さかった。

手を開いて見てみると、マヨネーズの容器を(かたど)ったライターだった。

そして、背後から声が聞こえた。

 

「最近見つけたんだ。私は必要ないから、アンタにあげる」

 

「フン」

 

彼女を肩越しに振り返り、土方は煙草を一本取り出した。

貰ったライターで火をつけ、フゥっと煙を吹かす。

 

「仕方ねェな、使ってやるよ。ありがたく思え、クソガキ」

 

「大切に使いなよ、チンピラ」

 

最後にそう言葉を交わしてから、志乃は扉を開けて家の中に入っていった。




「三須怒」は某ドーナツ店から取りました。

志乃ちゃんは、元から土方のことは好きでした。銀さんに似てるので。
でも、出会い方が出会い方なんでツンデレが出ちゃってたみたいです。

土方のフェミニズムどこ行ったんだろ。あ、志乃ちゃんを女の子としてあまりちゃんと見てないのか。

次回、銀さんの記憶が無くなります。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。