翌日。志乃と銀時は、突如依頼人の沖田にレストランへ呼び出された。
しかし、そこには何故か土方も座っており、二人は顔を見合わせて取り敢えず向かいの席に座る。目の前の机には、マヨネーズがどっさり乗った
それを、席に着いた二人に土方が勧める。
「まぁまぁ、遠慮せずに食べなさいよ」
「……何コレ?」
「旦那、嬢ちゃん、すまねェ。全部バレちゃいやした」
「あーあ、総兄ィやらかしたの?何やってんのもー……」
「イヤイヤ、そうじゃなくて」
銀時は三人の会話を切り、マヨネーズ丼を持って見せた。
「何コレ?マヨネーズに恨みでもあんの?」
「カツ丼土方スペシャルだ」
「こんなスペシャル誰も必要としてねーんだよ。オイ姉ちゃん、チョコレートパフェ一つ!」
「お前は一生糖分摂ってろ。どうだクソガキ、総悟。ウメーだろ?」
「総兄ィ、何コレ猫のエサ?」
「違ーんだな、嬢ちゃん。こいつァ犬のエサだぜィ」
「えー、スゴイじゃんチンピラ!まさかカツ丼を犬のエサに昇華出来る奴がいるとは……」
「……何だコレ?奢ってやったのにこの敗北感……」
「アンタにゃ敗北がお似合いだよチンピラ」
「テメー、絶対俺のことなめてんだよな?そうだよな?だからそんな態度しかとらねーんだろクソガキ」
相変わらず仲の良い土方と志乃。土方は煙草を吸うと、話を始めた。
「まぁいい、本筋の話をしよう。……テメーら総悟に色々吹き込まれたそうだが、アレ全部忘れてくれ」
「んだオイ、都合のいい話だな。その感じじゃテメーもあそこで何が行われてるのか知ってんじゃねーの?」
「ケッ!大層な役人さんだねェ。目の前で犯罪が起きてるのに知らんぷりときた」
「いずれ
志乃はマヨネーズのあのドロっとしたねっとり感と格闘しながら、カツ丼土方スペシャルをもぐもぐと食べる。
土方も、カツ丼に手をつけた。
「大体、テメーら小物が数人刃向かったところでどうこうなる連中じゃねェ。下手すりゃウチも潰されかねねーんだよ」
「土方さん、アンタひょっとして全部掴んで……」
「……近藤さんには言うなよ。あの人に知れたら、なりふり構わず無茶しかねねェ。天導衆って奴ら知ってるか?将軍を傀儡にし、この国をテメー勝手に作り変えてる。この国の実権を事実上握ってる連中だ……」
「何でそんなこと私らに話すの?つーか話していいわけ?」
「本来なら一般市民に話すことじゃねーんだがな、仕方ねーだろ。あの趣味の悪い闘技場は、その天導衆の遊び場なんだからよ」
「!!」
志乃は、思わず目を見開く。
ーーそんな勝手な奴らのために、私の家族が殺しをさせられているのか。
突如、胸の奥に激しい怒りと憎しみが湧き上がってきた。
それを抑え込むように、志乃はカツ丼土方スペシャルにがっつく。
見事平らげた志乃は、丼を机に置いた。
「……ごちそうさま」
「?オイ、どこ行くんだ志乃」
志乃は立てかけていた金属バットを腰に差し、立ち上がって店の出口に向かおうとする。
銀時が咎めると、沖田と土方が座る隣で、志乃は立ち止まった。
「要件はアレだけなんだろ?わかったよ、全て忘れたさ」
「……嬢ちゃん」
「んじゃ、バイバイ」
何か言いたげな沖田を無視して、志乃は微笑を浮かべて店を出て行った。
沖田は彼女の背中を見届けた後、銀時を振り返った。
「……いいんですかィ、ほっといて」
「仕方ねーだろ。思春期のガキにゃ色々あるもんさ」
銀時も立ち上がり、志乃と同じように沖田らの隣まで歩いて、立ち止まる。
「オメーもオメーだ。あいつに変なもん見せやがって。女の子ってはめちゃくちゃナイーヴなんだよ。あーあ、ったくめんどくせーことしてくれたな。ありゃズタボロだぜ、確実にグレるな」
銀時はわしゃわしゃと煩わしそうに髪を掻き、レストランを出て行った。
********
夕方。コンビニ弁当を買って帰ってきた志乃は、鍵を開けて家に入ろうとした。しかし。
ガチャ
「ん?」
おかしい。鍵を開けたはずなのに、鍵が閉まっている。
時雪が帰ってきた?いや、それはない。彼はまだ数日実家に帰っているはずだ。
ーーまさか、誰か忍び込んだのか……!?
嫌な予感がした志乃は、すぐにまた鍵を開けて勢いよく扉を開けた。
「あ、おかえりなさい。志乃ちゃん」
居間のソファに、一人の男が腰かけていた。男は前髪で左目を隠し、レタスをむしゃむしゃと食らっていた。
懐かしい顔の出現に、志乃は驚いて彼を見た。
「アンタ…………」
「あれ?『ストーカーァァ!!』って殴ってこないの?うーん。嬉しいよーな、寂しいよーな……」
「なんで……アンタがここに居んだよ」
志乃は男ーー杉浦大輔を、呆然として見つめる。
対する杉浦は優しげな笑みを浮かべて、向かいのソファを指差して言った。
「まぁ、座りなよ」
「……いや、ここ私の家なんだけど?」
********
志乃は仕方なく杉浦にお茶を淹れ、彼に差し出す。
志乃はコンビニ弁当を、杉浦はレタスを食べながら話が始まった。
「俺さ、真選組やめたんだ」
「そーなの?」
「うん。俺元々あそこに長居するつもりはなかったし、そもそもあの人らに対して情もなかったからね」
杉浦はレタスを飲み込むと、志乃が淹れてくれたお茶を啜った。
「ん、美味しいよ」
「ありがと」
湯呑みを置いてから、杉浦は続ける。
「今、別のとこで元気にしてるよ」
「ふーん、どこ?」
「…………聞きたい?」
「じゃあ聞かない」
「そうだね、志乃ちゃんにはそっちの方がいいかも。流石"銀狼"の末裔だけはあるね。危険察知能力が高い」
銀狼。その名を聞いた瞬間、志乃の手はピクリと反応した。
チラリと杉浦を見る。杉浦は彼女の視線に気付き、ニコリと笑っていた。
こいつ……春雨の手の者か?志乃は慎重に、それを探りに出た。
「……何ソレ?聞いたことないね」
「あ、そう?じゃあ、志乃ちゃんはまだ知らないんだね?本当の自分のことを」
「本当の自分?少なくとも、私は自分のことは全部知ってるつもりだけど」
「そっか。なら、有名なのはお兄さんの方なのかな?」
志乃は思わず、バッと顔を上げてしまった。何故。何故こいつが、自分に兄がいたことを知っている?
「……アンタまさか…………」
「何だい?」
「…………鬼兵隊の奴か?」
敢えて高杉とは言わず、彼の組織していた鬼兵隊の名を使う。今はないらしいが、あながち間違ってはないだろう。
杉浦はポカンとしていたが、すぐに笑みを浮かべ、両手を軽く挙げた。
「流石志乃ちゃん。アタリだよ」
「!!」
「でも安心して。今回高杉さんは関わってないから。俺が個人的に、君に会いにきただけだよ」
「…………本当に?」
「本当だよ。だから、そんな警戒しないでよ。……志乃ちゃんは余程、高杉さんが嫌いらしいね」
「そこまででもない」
「そっか。それ聞いたら、高杉さんきっと喜ぶよ」
志乃は不服そうに、コンビニ弁当のマヨネーズが乗った唐揚げを口にする。マヨネーズの量は天と地の差程違うが、昼に食べた土方スペシャルを思い出した。
タルタルソースにしといてよ。志乃は心の中で不満を漏らした。
「……で、私に何の用があって来たの?」
「ああ、君の仲間が煉獄関で戦わされてるって聞いてね。心配して見に来たんだよ」
「!!」
こいつ、そんなことまで知ってるのか。
志乃は驚いたが、なるべく平静を装い、白飯の真ん中に置かれたカリカリ梅を口にする。口の中に酸っぱい味が広がった。
「その様子じゃ、君はもう知ってたみたいだね」
「フン、白々しい。どーせアンタも全部知ってたんでしょ」
「まあね」
悪びれもなく、杉浦は笑う。彼の態度に若干イラつきながら、志乃は本題に切り込んだ。
「んで?だから何?心配しなくても私は大丈夫だから。とっとと帰って」
「ねぇ志乃ちゃん。『獣衆』って連中知ってる?」
その言葉に、志乃は再び固まる。訝しげな彼女の目を見て、杉浦は続けた。
「徳川幕府開府以前に発足した傭兵集団でね。戦争での策略や謀略、戦闘員まで何でもこなす、戦闘のエキスパート。特に戦いっぷりが壮絶らしくってね。敵を殺すというよりかは獲物を狩るような荒々しさから、『獣衆』と呼ばれるようになったんだ」
「…………」
志乃は話を聞きながら、黙ってお茶を飲んだ。
「『獣衆』は、結成当初からたった五人しかいなかった。それだけの人数で、千騎百隊と同等の力を持っていたというんだから、怖いよね〜。人々は五人それぞれに、髪の色と動物の名前をくっつけた呼び名を作ったんだ。"銀狼"、"金獅子"、"黒虎"、"赤猫"、"白狐"。その呼び名は、以来一族当主の証として、今も受け継がれているって話だよ」
「…………」
「銀狼は、『獣衆』の棟梁を務める一族。剣を得物とし、敵陣に真っ先に斬り込み、狩っていった……。確か、今の当主の名前は……
ーー霧島刹乃って言うんだっけ」
「!?」
兄の名前が出たことに、志乃は思わず立ち上がった。
杉浦は驚愕の表情を浮かべる彼女に微笑を向けながら、続ける。
「攘夷戦争でその名を馳せた、地球最恐の剣士。その実力は、あの白夜叉にも勝ったっていうよ。俺は戦争には参加してなかったけど、一度彼に会ったことがある。ま、そう言ってもすれ違った程度なんだけどね。強くて気高くて、何より儚くて……君にとてもそっくりだった。だから、もしかしたら君が銀狼の妹なんじゃないか……って思ってた」
杉浦は、淡々と続ける。
「で、高杉さんに聞いたらどうだ。ビンゴだったよ。君は、『獣衆』最恐の剣士・銀狼の末裔なんだ。君がいくら否定しても、君にもその血が流れている。剣士としての血が、戦いを求める血がね」
志乃は身体中から力が抜け、ぺたりとソファに座り込んだ。
衝撃だった。
私は、銀狼。
信じられない。いや、信じたくないというのが正しいだろう。
私は、普通の侍の子供じゃなかった。私があんなに強いのも、全て銀狼の血筋だったからなのか。
色んな思いがぐるぐる巡るが、志乃は胸元の服を握り締め、気持ちを落ち着かせた。
私には四人の仲間がいる。同じ戦いを好む血を持つ仲間が。その仲間ーー小春たちが今、その実力を買われて殺し合いを演じられている。
それなのに……棟梁の自分が、仲間を傷付けられて、黙っていられるはずがない!
志乃の心を、燃え滾る炎のような怒りが支配しようとしていた。
杉浦はお茶を飲み干すと、腰を上げて店を出て行った。
「それじゃあ、またね」
********
杉浦との邂逅から、翌日。この日は雨だった。
万事屋銀ちゃんに遊びに来た志乃は、昨晩のことを新八と神楽から聞いた。
道信が、煉獄関の連中に殺されたというのだ。志乃は驚いたが、嘆息してソファに座った。
あんな危ない連中とつるんでいたのだ。逃げたところで、殺されるのは目に見えている。
当然だろうと思ったが、子供達と平和に暮らしたかった彼に想いを馳せ、嘆息する他なかった。
しばらくすると、そこに沖田もやってきて、道信が死んだことを報告しに来た。銀時は窓の外を眺めながら、溜息を吐く。
「何もこんな日にそんな湿っぽい話持ち込んでこなくてもいいじゃねーか……」
「そいつァすまねェ。一応知らせとかねーとと思いましてね」
「ゴメン銀ちゃん、志乃ちゃん」
「僕らが最後まで見届けていれば……」
「別にアンタらのせいじゃないでしょ。あんな危ない連中と関わってた時点で、ロクな死に方出来ないことくらい、あの人もわかってたって」
ソファに凭れかかり、天井を仰ぐ。
彼女の悔しげな目を見ながら、沖田も口を開いた。
「ガキ共はウチらの手で引き取り先探しまさァ。情けねェ話ですが、俺達にはそれぐらいしか出来ねーんでね。旦那、嬢ちゃん、妙なモンに巻き込んじまってすいませんでした。この話はこれっきりにしやしょーや。これ以上関わってもロクなことなさそーですし」
沖田が立ち上がり、去ろうとしたその時、万事屋の扉を誰かが開けた。
その音の方向に志乃が目を向けると、そこには道信が育てていた子供達がいた。
「……に、兄ちゃん、お姉ちゃん。兄ちゃん達に頼めば何でもしてくれるんだよね。何でもしてくれる万事屋なんだよね?お願い!先生の敵討ってよォ!」
一人の子供が銀時にドッキリマンシールを差し出すのを皮切りに、子供達は袋に詰め込んだたくさんのおもちゃを机の上に置いた。
「お金はないけど……みんなの宝物あげるから。だからお願い」
「僕、知ってるよ。先生……僕達の知らないところで悪いことやってたんだろ?だから死んじゃったんだよね。でもね、僕達にとっては大好きな父ちゃん……立派な父ちゃんだったんだよ……」
子供達の嗚咽が、室内に響く。
志乃は彼らを見つめていたが、ふと口角を上げ、銀時の机の上にあるドッキリマンシールを手に取った。
「わぁっ!ねぇ、コレってドッキリマンシールだよね」
「そーだよ、レアモノだよ。何でお姉ちゃん知ってるの?」
「だってさ……私も集めてるもん、ドッキリマンシール。コレくれるんなら私何だってやれちゃう。ついでにサービスもたくさんしちゃおっかな?」
「お姉ちゃん!」
「ホントに?ホントにやってくれるの⁉︎」
ドッキリマンシールに軽くキスをして、ウインクしてみせる。子供達に、希望の光が差し込んだ。
志乃は駆け寄ってくる子供達と視線を合わせ、しゃがみ込んだ。
「もちろん、何でもやってやるよ。頼み事は何?」
「お姉ちゃんお願い!父ちゃんの敵を討って!!」
「了解。任せてよ」
志乃はニカっと子供達に笑いかけ、彼らの頭を撫でた。
それから立ち上がった志乃の背中に、銀時は声をかける。
「オーイ志乃。それは俺のだぞ」
「何言ってんの?依頼は私が先にもらったんだから。今回は私の仕事。首突っ込まないで」
「……ったく、しゃーねーな」
ドッキリマンシールを渡すつもりはないと、志乃がそっぽを向く。
銀時は肩を竦めて、子供達のおもちゃの中からけん玉を手に取り、志乃と並んだ。
「仕事仲間の
「銀……ありがと」
お互いを横目に笑いかけながら、二人は部屋を出て行こうとした。
「ちょっ……旦那、嬢ちゃん」
「銀ちゃん志乃ちゃん、本気アルか」
沖田と神楽が咎めるが、それでも彼らの気持ちは変わらない。
「酔狂な奴らだとは思っていたが、ここまでくるとバカだな」
腕組みをして、土方が部屋の前に立っていた。二人を見ずに、続ける。
「小物が一人二人刃向かったところで潰せる連中じゃねーと言ったはずだ……死ぬぜ」
「オイオイ何だ。どいつもこいつも人ん家にズカズカ入りやがって」
「家賃も払えないクセにどの口が言ってんだか」
「ハッハッハッ、一体何を言ってるんだろうねこの娘は」
「いでででで!!てめっ、わざとやってるだろ!!絶対わかってやってるわ!!」
銀時が自分を小馬鹿にした志乃の頬を、強く引っ張る。志乃が何やら叫んでも、銀時はお構いなしに抓った。
それから手を離し、土方に言う。
「安心しろ。テメーらにゃ迷惑かけねーよ。どけ」
「別にテメーらが死のうが構わんが、ただ解せねー。わざわざ死にに行くってのか?」
「死にに行かなくても俺達ァ死ぬんだよ」
銀時の言葉を受けて、志乃もフッと笑った。
「私らにはね、心臓なんかよりも大事な器官が存在してんの。目には見えないけど、そいつは確かに私らの中にはあってさ。それがあるから、真っ直ぐ立っていられる。フラフラしてても、真っ直ぐ歩いて行けるんだ。こんなとこで立ち止まったら……魂が、折れちゃうんだよ」
「心臓が止まるなんてことよりそっちの方が一大事でね。こいつァ老いぼれて腰が曲がっても真っ直ぐじゃなきゃいけねー」
銀時と志乃はそう言って、店から出て行った。
そんな二人に、土方は呆れる。
「……己の美学のために死ぬってか?……とんだロマンティズムだな」
「なーに言ってんスか?男はみんなロマンティストでしょ」
「いやいや女だってそーヨ、新八」
「それじゃバランス悪過ぎるでしょ?男も女もバカになったらどーなるんだよ」
「それを今から確かめに行くアルヨ」
新八と神楽もそれぞれおもちゃを貰い、木刀と傘を持って銀時と志乃の後を追う。
「………………どいつもこいつも……何だってんだ?」
「全く、バカな連中ですね。こんな物のために命かけるなんて、バカそのものだ……」
「全くだ、俺には理解出来ねェ。ん?」
沖田も子供達のおもちゃを貰い、彼らについて行こうとしていた。それに、土方が気付く。
「……って、何してんだァ!?どこ行くつもりだァァ!!」
「すまねェ……土方さん。俺もまたバカなもんでさァ」
沖田は土方を振り返って笑うと、店の扉を閉めて出て行った。
残された土方は一人、頭を抱えるのだった。