銀狼 銀魂版   作:支倉貢

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自分のことって意外と知らなかったりする
夢と親友は拳で掴み取れ


この日、志乃はソファの上でゴロゴロしていた。

今日は暇だ。とにかく暇だ。かと言って、どこかへ遊びに行く(つて)があるわけでもない。銀時達も今日は店にもいないというのだから、暇なことこの上ない。他のメンバーもそれぞれの仕事が入っているため、今日も志乃だけが暇だった。

 

「あ〜〜、暇だァ〜〜〜〜」

 

今日何回目になるかわからない溜息を吐いた時、玄関のチャイムが鳴った。

依頼人!?志乃は跳ね起き、勢いよく扉を開けた。

 

「ハイ、万事屋で……って、ん?」

 

「よォ嬢ちゃん。久しぶりでィ」

 

「総兄ィ!?」

 

店を訪ねてきたのは、沖田だった。志乃は沖田を見上げながら、驚く。というのも、今日の彼はいつもの真選組の隊服ではなく、私服らしき着物を着ていたからだ。

 

余談だが、真選組では近藤と土方を除く全員が、志乃のことを「嬢ちゃん」と呼ぶようになった。

理由はとても単純で、同じく万事屋を営む銀時を「旦那」と呼ぶので、ならば志乃は「嬢ちゃん」と呼ぼう、ということである。

ちなみに近藤と山崎は「志乃ちゃん」、土方は一貫して「クソガキ」である。

 

「何?どうしたの総兄ィ」

 

「いや、今日はオフでさァ。やることもねーからちょいと遊びに行こうかと。嬢ちゃん今暇?俺と一緒に行かねーかィ」

 

「行く!!」

 

即答した志乃は、すぐに立てかけてあった金属バットを腰に下げ、沖田と共に店を出た。

やっと暇じゃなくなる。志乃はそれだけでも嬉しかった。

 

しかし、志乃はまだ知らなかった。何故沖田が、彼女(・・)を誘ったのかをーー。

 

********

 

沖田に連れられ、やってきたのはとある神社だった。鳥居に、「大江戸女傑選手権大会」と書かれた布が掲げられている。

志乃は、沖田の袖をくいくいと引っ張り尋ねる。

 

「ねぇここ何?何があるの?」

 

「まー、簡単に言えば女子格闘技ってヤツでさァ。コレが面白いのなんのって」

 

「へー」

 

楽しげな沖田と共に客席に向かうと、会場は物凄い熱気に包まれていた。

真ん中のリングを囲むように観客席が置かれ、どこからでも試合が見られるようになっている。リングの真ん中に立つ司会者が、叫んだ。

 

「赤コーナー!主婦業に嫌気がさし〜、結婚生活を捨て戦場に居場所を見つけた女〜、鬼子母神春菜ァァ!!青コーナー!人気アイドルからスキャンダルを経て、殴り屋に転身!『でも私!歌うことは止めません!!』闘う歌姫!ダイナマイトお通ぅぅぅ!!」

 

お通の姿を見た瞬間、志乃はアレ?と思った。目を擦ってもう一度見直すと、やはりお通がギターを持って立っていた。そのギターで春菜をぶん殴ったり、色々している。

お通がいる、ということは……志乃はチラッと見てみると、やはり新八率いる寺門通親衛隊が応援に来ていた。なるほど、だから銀時達は店にいなかったのか……。志乃は納得した。

そして再びリングを見てみると、今度はリング上に見覚えのある顔が乱入していた。

 

「えー、夢とはいかなるものか。持っていても辛いし無くても悲しい。しかし、そんな茨の道さえ己の拳で切り開こうとするお前の姿……感動したぞォォ!!」

 

「おおーっと、リング上に乱入者が!何者だァァ!?このチャイナ娘どこの団体だァァ!?」

 

「えー、私の名はアントニオ神楽……故あってお通の助太刀をするアル。かかって来いコノヤロー!ダーッ!」

 

まさかの神楽がリングに上がり、お通の助太刀宣言。何してんのあいつ。志乃は呆れる他なかった。

その隣に立つ沖田が、神楽にヤジを飛ばす。

 

「何やってんだァァ!引っ込めェェチャイナ娘ェ!目ェ潰せ目ェ潰せ!春菜ァァ!何やってんだァ、何のために主婦やめたんだ!刺激が欲しかったんじゃないの!?」

 

「ダメだよ、相手が神楽じゃ返り討ちに遭っちゃう」

 

志乃が冷静に沖田にツッコむと、ふと視界の端に見覚えのある銀髪が見えた。沖田と共に振り返ると、そこには銀時と新八がこちらを見て立っていた。

 

********

 

万事屋銀ちゃんメンバーと見事ばったり出会った志乃と沖田は、先程の鳥居付近で話していた。

 

「いやー、奇遇ですねィ。今日はオフでやることもねーし、大好きな格闘技を見に来たんでさァ」

 

「じゃーオメー、何で志乃と一緒に居んだよ。ガキにゃ刺激が強過ぎるだろーが」

 

「俺が誘ったんですぜィ。なぁに、ガキにもちょいとぐらい刺激が必要でさァ。しかし、旦那方も格闘技がお好きだったとは……俺ァ特に女子格闘技が好きでしてねィ。女共が醜い表情で掴み合ってるトコなんて、爆笑もんでさァ」

 

「なんちゅーサディスティクな楽しみ方してんの!?」

 

どんな時でもやはり、新八のツッコミのキレは下がらない。このクオリティを維持するため、彼は並ならぬ修行を積んできたのだろう。志乃は勝手に新八の修行姿を妄想していた。

沖田と仲の悪い神楽が、彼に言う。

 

「一生懸命やってる人を笑うなんて最低アル。勝負の邪魔するよーな奴は格闘技を見る資格ないネ」

 

「明らかに試合の邪魔してた奴が言うんじゃねーよ」

 

試合に乱入した自分を棚に上げる神楽に、銀時が頭を叩きながらツッコミを入れる。

一方沖田は、連れてきた志乃と話していた。

 

「どーだい嬢ちゃん。面白かったろィ」

 

「んー、まあね」

 

志乃は肩を竦めて短く答える。

中途半端に伸びた髪を風に靡かせながら、志乃はガシガシと頭を掻いた。

 

「ねー、これからどーするの?まだ行くとこある?」

 

「ああ、あるぜィ。そーだ、旦那方も暇ならちょいと付き合いませんか?もっと面白ェ見せ物が見れるトコがあるんですがねィ」

 

「面白い見せ物?」

 

「まァ、ついてくらァわかりまさァ」

 

沖田は、銀時達を振り返って言った。

 

********

 

沖田についていくと、路地裏からだんだんと地下へ降りていく。何やら怪しい雰囲気が漂う所へやってきた。

銀時が沖田に尋ねる。

 

「オイオイ、どこだよココ?悪の組織のアジトじゃねェのか?」

 

「アジトじゃねェよ、旦那。裏世界の住人達の社交場でさァ。ここでは表の連中は決して目にすることが出来ねェ、面白ェ見せ物が行われてんでさァ」

 

沖田の後をついていく志乃も、このピリピリした感覚に不快感を露わにしていた。何だか、嫌な予感がする。そんな気がした。

 

それを振り切り、沖田についていく。すると、ある空間にやってきた。

そこに入ってみると、興奮した観客の歓声が辺りを支配した。真ん中にある広いスペースを囲むように観客席が設けられ、そこには二人の男が立っていた。

どうやら、ここは地下にある闘技場らしい。

 

「何してんだろ、アレ……」

 

志乃が呟くと、その問いに答えるように沖田が口を開いた。

 

「煉獄関……ここで行われているのは」

 

闘技場の真ん中に立つ二人の男が対峙する。一人は、鬼の仮面を被って金棒を持っていた。もう一人は浪人らしく、刀を持っている。

二人は同時に駆け出し、すれ違いざまに斬り合った。

 

「正真正銘の、殺し合いでさァ」

 

しかし、浪人は血を流して倒れた。

 

「勝者、鬼道丸!!」

 

「こんな事が……」

 

「賭け試合か……」

 

ナレーションが会場内に響くと、歓声はさらに大きくなる。その中で、新八と銀時が呟いた。それを受け、沖田が続ける。

 

「こんな時代だ、侍は稼ぎ口を探すのも容易じゃねェ。命知らずの浪人共が、金欲しさに斬り合いを演じるわけでさァ。真剣での斬り合いなんざ、そう拝めるもんじゃねェ。そこに賭けまで絡むときちゃあ、そりゃみんな飛びつきますぜ」

 

「趣味のいい見せ物だな、オイ」

 

「フン、同感だよ」

 

志乃は頬杖をついて、会場を睨み据えながら銀時に同調する。神楽は、怒り心頭で沖田の胸倉を掴んでいた。

 

「胸クソ悪いモン見せやがって、寝れなくなったらどーするつもりだコノヤロー!」

 

「明らかに違法じゃないですか。沖田さん、アンタそれでも役人ですか?」

 

「役人だからこそ手が出せねェ。ここで動く金は莫大だ。残念ながら、人間の欲ってのは権力の大きさに比例するもんでさァ」

 

幕府(おかみ)も絡んでるっていうのかよ」

 

「ヘタに動けば、真選組(ウチ)も潰されかねないんでね。これだから組織ってのは面倒でいけねェ。自由なアンタらが羨ましーや」

 

これは、沖田からの依頼なのだろう。そう察した銀時と志乃は、断ろうとする。

 

「……………………言っとくがな、俺ァてめーらのために働くなんざ御免だぜ」

 

「私もパス。妙なとこで顔見知り作りたくない」

 

「おかしーな、アンタらは俺と同種だと思ってやしたぜ。こういうモンは、虫唾が走る程嫌いなタチだと……。アレを見て下せェ。煉獄関最強の闘士、鬼道丸……今まで何人もの挑戦者を、あの金棒で潰してきた無敵の帝王でさァ。まずは奴を探りァ、何か出てくるかもしれませんぜ」

 

「オイ」

 

断っているのに、押し付ける形で依頼する沖田。

 

「心配いりませんよ。こいつァ俺の個人的な頼みで、真選組は関わっちゃいねー。ここの所在は俺しか知らねーんでさァ。だからどーかこのことは、近藤さんや土方さんには内密に……」

 

沖田は口元に人差し指を当て、ニヤリと笑う。

志乃はそんな彼を憎々しげに見ながら問うた。

 

「もしかしてこのために私を誘ったの?ったく。万事屋の依頼だったら、こんなまどろっこしいやり方しなくても直接頼みに来ればよかったのに。私は大歓迎だよ?トッキーは家族の用事で数日間いないし、他の連中もみんなここしばらく帰ってこないって言われたから」

 

「え?じゃあ今志乃ちゃん一人なの?」

 

「そーだよ。だからしばらくは、依頼が入らない限り暇を持て余しまくってんの」

 

志乃が新八の問いに、ぐーっと伸びをして答える。沖田はやはりそうかと言うような表情で彼女を見下ろしていたが、伸びで上に挙げた志乃の手を不意に掴んだ。

突然のことに、志乃は何かと沖田を見上げる。沖田はそんな彼女に見向きもせず、強く引っ張って歩き始めた。

 

「いっ!?ちょっ!」

 

「大歓迎か、そーかそーか。なら、尚更やってもらわねェと困りまさァ」

 

「放せよ!大体関係ねーじゃん私らは!!」

 

沖田は闘技場に比較的近い所まで志乃を連れて行くと、ひょいと彼女の首根っこを掴んで持ち上げた。

 

「アレ見ても、アンタは関係ねェと言い張れんのかィ?」

 

「はあ?それどーいうこ…………」

 

志乃が闘技場を見てみると、そこには2丁拳銃を構えた女が、大勢の浪人達を次々と撃ち殺していった。

その女は金髪を靡かせ、冷酷な紫色の目で血を流し倒れる浪人達を見下ろす。最後の一人を撃ったところで、ナレーションが響き渡った。

 

「勝者、金獅子!!」

 

「うおおお!!いいぞ金獅子ィ!!」

 

「流石、地球最恐と呼ばれる『獣衆』の一員だァァ!!」

 

長い金髪を煩わしそうに掻き上げた女に、志乃は釘付けになった。彼女にトドメを刺すように、沖田が言う。

 

「見た事あるだろィ?あいつァ、アンタのとこの姉ちゃんだ」

 

「ハル……なんで……」

 

志乃の声が、震える。

2丁拳銃をしまったその女は、志乃の仕事仲間で家族同然の女ーー矢継小春だった。

 

「残念だが、アイツだけじゃねェ。アンタの他の兄ちゃん姉ちゃんも、ここで大勢の浪人を殺してんだィ。アンタにゃツライかもしれねェが、コレが現実でさァ。どうだィ?これ見ても、アンタは関係ねェと言い切れるのかィ」

 

「……………………」

 

志乃は絶句して、何も言えなかった。

ただ、目の前で殺人ショーを繰り広げた小春を信じられない様子で見下ろしていた。

 

********

 

それから志乃は、銀時達と共に鬼道丸を追っていた。

 

志乃は駕籠の中で、ずっと小春のことを考えていた。沖田の話によれば、小春の他にも彼女の仕事仲間があの煉獄関で戦っているらしいが、今それ以上を考えると自分がどうにかなりそうだった。その気持ちを鎮めるためにも、志乃は銀時達についていった。

 

ふと、新八が口を開く。

 

「あの人も意外に真面目なトコあるんスね、不正が許せないなんて。ああ見えて直参ですから、報酬も期待出来るかも……」

 

「報酬の半分は私にも頂戴よ。あ、でもアンタら人数多いから……仕方ない、6:4くらいにしといてやるよ」

 

「何言ってるネ志乃ちゃん。アイツから慰謝料も含めて、多めに請求するヨロシ。私アイツ嫌いヨ。志乃ちゃんに対する依頼だって、あんなの脅しとあまり変わらないアル。しかも、殺し屋絡みの仕事なんてあまりのらないアル」

 

「のらねーならこの仕事おりた方が身のためだぜ。そーゆー中途半端な心構えだと思わぬケガすんだよ。それに、狭いから……」

 

銀時達は、一人乗りの駕籠に四人乗って、鬼道丸を尾行しているのだ。狭いことこの上ない。

しかし、三人は降りるつもりはなかった。

 

「私は煉獄関(あそこ)にケリつけなきゃならないから、やるっきゃないもん」

 

「銀さんが行くなら僕達も行きますよ」

 

「私達三人で一人ヨ。銀ちゃん左手、新八左足、私白血球ネ」

 

「全然完成してねーじゃん。何だよ白血球って。一生身体揃わねーよ」

 

神楽の発言にツッコミを入れてから、銀時は駕籠の運び人にいちゃもんをつける。

 

「オイ!何ちんたら走ってんだ、標的見失ったらどーすんだ!!」

 

「うるせーな、一人用の駕籠に四人も乗せて速く走れるか!!」

 

「あん?俺たちはな、三人で一人なんだよ。俺が体で神楽が白血球、新八は眼鏡」

 

「眼鏡って何だよ!ってゆーか眼鏡かけてんの?どーゆう人なの」

 

「基本的には銀サンだ。お前らは吸収される形になる」

 

「嫌アル、左半身は神楽にしてヨ!」

 

「ハイハイうるさい。ってゆーか止まったよ」

 

呆れながら三人を宥めると、志乃は鬼道丸を乗せた駕籠が止まったのを見た。鬼道丸が、駕籠から降りる。それを見た四人は一斉に駕籠から降りた。しかし、銀時を踏場にする。

と、ここで運び人が去り行こうとする銀時達に代金を請求した。

 

「オイちょっと待て、代金!!」

 

「つけとけ!」

 

「つけるってどこに!?」

 

「お前の思い出に!」

 

テキトーなことを言いながら、銀時達は鬼道丸を追いかける。

鬼道丸を追いかけて辿り着いた先は、廃寺だった。その中から、悲鳴らしき叫び声が聞こえてくる。

 

「何なんだろ」

 

「……お前らはここで待ってろ」

 

「銀さん!!」

 

「銀!」

 

銀時は新八らを置いて、単身廃寺に駆け寄った。ボロボロで穴だらけの障子をゆっくりと開けると、中ではたくさんの子供達が遊んでいた。

思わぬ光景に、銀時は驚く。

 

「こいつァどーゆうことだ?」

 

前屈みになって中を覗く銀時の背後に、別の気配が近寄った。

 

「どろぼォォォ!!」

 

気配の主はそう叫び、銀時の尻にカンチョーをお見舞いした。

 

********

 

「申し訳ない。これはすまぬことを致した。あまりにも怪しげなケツだったので、ついグッサリと……」

 

「バカヤロー、人間にある穴は全て急所……アレッ?」

 

「うるさいから黙ってて」

 

この先銀時が言うことを察した志乃は、話が変な方向に行っては困るとばかりに、銀時の頭を蹴りつけた。

銀時にカンチョーを浴びせた和尚らしき男は、銀時を案じた。

 

「大丈夫なのか、彼は……」

 

「気にしないで。話続けて」

 

「あ、ああ……」

 

蹴った本人は何食わぬ顔で、和尚に続きを求めた。

 

「だが、そちらにも落ち度があろう。あんな所で人の家を覗き込んでいては……」

 

「まあ、それは私らも悪かったよ」

 

「スイマセン、ちょっと探し人が……」

 

「探し人?」

 

「ええ。和尚さん、この辺りで恐ろしい鬼の面を被った男を見ませんでしたか?」

 

「鬼?これはまた面妖な。では、貴方方はさしずめ鬼を退治しに来た桃太郎というわけですかな」

 

「ハン。三下の鬼なんて興味ないね、狙うは大将首さ。ま、その鬼が立派な宝持ってんなら別の話だけど」

 

「宝ですか……。強いて言うならあの子達でしょうか」

 

志乃が鼻で笑って答えた瞬間、目の前に鬼道丸が現れ、彼女に返してきた。

それに思わず、銀時、新八、志乃は驚く。

 

「うぉわァァァァァァ!!」

 

「ぎゃああああ!!」

 

「てっ……ててててめー、どーゆうつもりだ?」

 

「貴方方こそどーゆーつもりですか?闘技場から私をつけてきたでしょう」

 

「え!?ウソ!じゃ、ホントに和尚さんが!?」

 

「私が煉獄関の闘士、鬼道丸こと……道信と申します」

 

なんと鬼道丸の正体は、廃寺で子供達を育てている和尚だった。

その事実に、志乃はあんぐりと口を開けたまま道信を見つめた。

 

********

 

子供達が外で遊ぶのを眺めながら、銀時と道信は話していた。一方志乃は、子供達と遊んでいた。

 

「待てェェェ!ガキ共ォォォ!!」

 

「うわーっ!逃げろォォ!」

 

鬼ごっこで鬼役をしている志乃は、叫びながら子供達を追いかける。追いかけながらも、志乃は笑顔だった。

志乃はふと立ち止まり、銀時と話している道信を見やる。

 

彼らを養うために、道信はあんな危険を冒してまで戦ったのだろうか。いつ命を失ってもおかしくない、あんな狂った闘技場で。

そんな人殺しが、こんなにたくさんの子供達に慕われているなんて誰も思いもよらないだろう。

 

「……良い人だね、あの人」

 

「何言ってんのお姉ちゃん?先生は良い人に決まってんじゃん!」

 

志乃の独り言を聞いた子供達が、鬼ごっこをやめて彼女に近寄ってきた。

 

「先生はね、僕達を拾って育ててくれたんだよ!」

 

「泣き虫だけど、とても優しいいい先生なんだ!」

 

「……そっか。素敵な人なんだね」

 

「うん!僕達にとっては、大好きな父ちゃんなんだ!!」

 

それを聞いた志乃は、目を見開いて子供達を見た。

急に黙った志乃に、子供達がどうしたのかと覗き込む。

 

「お姉ちゃん?」

 

「………………ハイ、タッチ。あんた鬼ね」

 

「えっ?あああ!!ズルいよお姉ちゃん!!」

 

「あはは!悔しいなら捕まえてみな!!」

 

ーーいいな。父ちゃんがいて。

 

志乃の本音は、喉まで出かかった。しかしそれを呑み込み、志乃は再び子供達と鬼ごっこを再開した。

ふと、銀時が志乃を呼び止める。

 

「オイ志乃、帰るぞ」

 

「ん?はいよ〜」

 

「えー!!もう行っちゃうの?」

 

「もっと遊ぼうよ、お姉ちゃん!」

 

「悪いね、私も帰らなきゃ。あ、そーだ」

 

裾や着物を引っ張る子供達を宥めると、志乃は懐から一人の子供に名刺を差し出した。そして、彼に微笑む。

 

「私の名前は霧島志乃。頼まれたら何でもやる万事屋やってんだ。何か困ったことがあれば、いつでもおいで。サービスするよ」

 

志乃はそう言って子供達の頭を撫でていくと、銀時達の背中を追い、駆け出した。


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