夜中。志乃は、かぶき町を一人徘徊していた。
本来ならば、子供である志乃が出歩いていい時間帯ではないのだが。
「はぁ……面倒なことしちゃったよまったく……」
実を言うと数時間前、志乃は橘の特製ケーキ(と言っても黒焦げたわけのわからないもの)を勝手に食べてしまったのだ。
普段穏やかな橘だが、怒らせるとめちゃくちゃ怖い。志乃は見事橘の怒りを買ってしまい、家を追い出されたのだ。
ちなみにこんなこともしょっちゅうあるので志乃は慣れっこなのだが、肝心の泊まる場所がない。
志乃は今、それを探していた。
しばらくすると、真選組屯所の前に着いた。
この時間帯は皆寝ているのだろう。
「こっそり部屋借りよ……ふあああ……」
志乃は一度欠伸してから、目を擦って屯所の門を潜った。
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侵入にあっさり成功した志乃は、目についた部屋の襖をこっそり開ける。
すると、そこは真っ暗で何も見えなかった。
「……ま、当たり前か。こんな時間だもんね」
志乃はとにかく寝ようと"背もたれ"に体を預ける。
その"背もたれ"が何故か生温かい。
しかも動いたが、志乃は気にせず眠り始めた。
しかし。
「……ギャアアアアアアアアアアア!!」
この悲鳴により、志乃は無理やり叩き起こされたのであったーー。
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「何やってんの!!こんなとこで何やってんの志乃ちゃん!!」
「…………くかー……」
「寝ないで!?色々聞きたいから寝ないで!?」
近藤、山崎をはじめとした真選組隊士らが志乃を起こそうとする。
寝ぼけ眼を擦った志乃は、仕方なく起きてやった。
「も〜、なんだよ……こっちは眠いんだから……」
「いや、何で志乃ちゃんがここに……」
「追い出された。一日泊めて」
「何でそんなことなったの!?志乃ちゃん一体何やらかしたの!?」
「話すと長くなるから言いたくない。まあでも悪かったね、近藤さん。いきなり寄りかかっちゃって」
「あ、ああ。気にしなくても大丈夫だぞ志乃ちゃん!」
どうやら、先程凭れかかっていた背もたれは、近藤だったらしい。
志乃は欠伸をしながら、横になろうとした。
「あ!待ってくれ、志乃ちゃん!!」
と、そこで近藤が止めてくる。
「何」
「せっかくだから、志乃ちゃんも一緒に怪談聞かないか?」
「かいだん……?上り下りによる体脂肪燃焼率は……」
「いやそっちの階段じゃなくて怪談!!怖い話の方!!」
寝ぼけて意味のわからないボケをかます志乃に、近藤のツッコミが入る。
しかし、こんな夜更けだ。
子供は既に寝る時間で、夜更かしは成長にも良くない。
山崎が、近藤に言う。
「局長、志乃ちゃんはまだ子供ですよ。こんな夜遅くまで起きてちゃダメですから……」
「何言ってるんだ。子供にも夜更かしはたまには必要なんだよ。ねー、志乃ちゃん」
「そういうこと。とっとと話せよ怪談。面白くなかったらぶっ飛ばす」
「夜更かしと殴る気満々!?」
ダメだよ志乃ちゃん!!と叫ぶ山崎を無視して、志乃は話す番である隊士の袖をくいくいと引っ張った。
軽く脅された彼は若干震えていた。
山崎も最終的には諦め、怪談は再開された。
「あれは、今日みたいに蚊がたくさん飛んでる暑い夜だったねェ……。俺、友達と一緒に花火やってるうちにいつの間にか辺りは真っ暗になっちゃって。いけね、母ちゃんにブッ飛ばされるってんで帰ることになったわけ。それでね、散らかった花火片付けてふっと寺小屋の方見たの。そしたらさァもう真夜中だよ。そんな時間にさァ寺小屋の窓から赤い着物の女がこっち見てんの」
意外と本格的な話に、近藤たちはドキドキし始める。
一方志乃は真顔で聞き入るように話を聞いていた。
「俺、もうギョッとしちゃって、でも気になったんで恐る恐る聞いてみたの。何やってんのこんな時間にって。そしたらその女ニヤリと笑ってさ」
「マヨネーズが足りないんだけどォォ!」
「「ぎゃふァァァァァァ!!」」
悲鳴が上がった……ということは、これがオチなのだろう。
声が話していた隊士とは違うような気がするが、とにかくそう判断した志乃は感想を述べた。
「オチは『マヨネーズが足りないんだけど』?何ソレふざけてんの?面白くねーな……ていうか、大体怪談ってのは作り話が一番盛り上がるんだよ。実話だと、妙に自分霊感持ってますアピールしてるようなもんだからね」
「いや違うよ!!そんなオチなわけねーだろ!さっきのは副長だよ副長!!」
振り返ってみると、そこにはマヨネーズが大量にかかった焼きそばを持った土方が立っていた。
土方は志乃に気付いていないのか、隊士らと話を続ける。
「副長ォォォォォ!!なんてことするんですかっ!大切なオチをォォ!!」
「知るかァマヨネーズが切れたんだよ!買っとけって言っただろ!焼きそば台無しだろーがァ!!」
「もう充分かかってるから大丈夫。つーか何それ。最早焼きそばじゃねーよ、黄色いヤツだよ」
冷静なツッコミをした志乃を、土方が見る。
この時、土方は初めて志乃を認識した。
「何でテメーがここに居やがるこのクソガキ」
「うるせえクソガキ言うな。ぶっ飛ばすぞチンピラマヨラー」
「待て待て待て!!何で!?何でアンタら毎回そんな喧嘩腰なんだよ!!仲悪いの!?」
さらっとした流れで始まった険悪オーラに、山崎が必死で志乃を宥める。
志乃は山崎の説得に仕方なく金属バットを収めた。
傍らで近藤がビビりすぎて気絶していたが、眠気が戻ってきた志乃はうとうとし始めた。
「ったく……オイガキ、来い」
「……ん」
土方は目を擦る志乃の手を引き、隣の部屋へ連れてきた。
「ホラ。ここならうるさい連中もいねェから、寝れるだろ」
「ん……おやすみ……」
志乃は睡魔に勝てず、土方の隣に座ったまま彼に寄りかかって寝てしまった。
土方は溜息を吐き、眠った志乃を起こさないように抱き上げた。
首の後ろに手をまわすと、そこには相変わらず髪先しかない。
あの時、カラクリに捕まった志乃を救うため、仕方なく自分が切り落とした。
まだ残っていた長い横髪も、後ろ髪と一緒に綺麗に切り揃えられていた。
あれから女の髪を切ったで隊士らからあーだこーだとうるさく言われたが、本人はどうなのだろうか。気にしていないのか。
「……まあ、考えたところで無駄か」
そう片付けると、土方は志乃をゆっくりと畳の上に横たえさせた。
「にしてもあいつら……いい歳こいて怪談なんぞにハマりやがって。幽霊なんぞいてたまるかってんだよ」
煙草に火をつけた土方に、蚊が近寄る。
それを認めもせずに、土方は蚊を叩いた。
と、ここで何やら声が聞こえてきた。
「死ねェ〜死ねよ〜土方〜お前頼むから死んでくれよぉ〜」
自分に対する死ねコールだった。
幽霊だの怪談だのどうこうの話を聞いた土方は、まさかと思い勢いよく襖を開けた。
そこには、白い着物を着た沖田が、頭に3本蝋燭を立てていた。
彼は自身の背後に何か隠し持っていたが。
「……何してんだてめ〜。こんな時間に?」
「ジョ……ジョギング」
「ウソ吐くんじゃねェそんな格好で走ったら頭火達磨になるわ!!儀式だろ?俺を抹殺する儀式を開いていただろう!!」
「自意識過剰な人だ。そんなんじゃノイローゼになりますぜ」
「何を……」
返そうとした土方だが、ふと気配を感じ、右側にある屋根の上を見た。
そこに、女が居たのだ。
「どうしたんだィ土方さん?」
「総悟、今あそこに何か見えなかったか……」
「いいえ、何にも……」
一体どういうことだろうか。
しかし、土方は確かに屋根の上に女を見たのだ。
顔こそ見えなかったが、誰か確実に居た。
「ぎゃああああ!!」
その時、怪談をしていた近藤たちが居た部屋から、悲鳴が聞こえてきた。
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「ん〜〜……」
まだ眠い志乃は、畳の上で寝返りをうつ。
薄っすらと開いた視界に、光が差し込んできた。
まだ重たい体を起こし、起き上がる。
のそのそと歩いて日の光を浴びに縁側に向かうと、そこには木に逆さまで吊るされた銀時、新八、神楽がいた。
「えええええええ!?何やってんのアンタらァァァァァァ!!」
「助けてェェ!!志乃ちゃん助けてェェェェ!!」
志乃の姿を見た銀時が、涙ながらに叫ぶ。
一方志乃は、目覚め一発に見た景色に驚く他なかった。
「ちょっと待って何やってんのアンタら!マジでどういう経緯があったらそうなるの!?」
「話すと長ェんだよ!取り敢えず助けろ!!団子奢ってやるから」
「いつも奢られてる奴に言われたかねーんだよ!!」
この状況で日常的な言い合いをするとは、志乃もどうやら普通の思考回路を持っていないらしい。
しかし、友人がこんな状態になっているのは見過ごせない。
志乃は仕方なく沖田に駆け寄った。
「ねぇねぇ。何があったか知らないけど、もう許してやんなよ」
「俺もそうしてーんだが、土方さんがどーも許してくれねェんだィ。言っとくが俺ァ悪くねェ。俺は土方さんの命令で仕方なくやってんだぜィ。土方さんの命令で、仕方なく!」
「なるほど。なら、悪いのはあのチンピラか」
「そうだぜィ。だから、殺るならあの男にしてくれィ」
「ちょっと待てコラァァ!!あからさまに俺を悪役に仕立ててんじゃねーよ!!しかも何で俺の命令で仕方なくって2回も言った!アレか?大事なことだから二度言うアレか!?」
金属バットに手をかける志乃と、それを後押しする沖田。
関係の無い一般人を利用して上司を潰そうという作戦らしい。とんでもない部下だ。
とにかく志乃の説得で銀時らはなんとか無事下ろされ、ぐったりと倒れていた。頭に血が上ってかなりヤバかったらしい。
彼らに土方が言う。
「本来ならてめーらみんな叩き斬ってやるとこだが、生憎てめーらみてーのに関わってる程今ァ俺達も暇じゃねーんだ。消えろや」
「あー、幽霊恐くてもう何も手につかねーってか」
「かわいそーアルな、トイレ一緒についてってあげようか?」
「武士を愚弄するかァァ!!トイレの前までお願いしますチャイナさん」
「お願いすんのかいィィ!!」
大の大人が子供に付き添われてトイレに行く光景に、土方がツッコむ。
しかし、昨夜ぐっすり寝ていて状況を全く理解していない志乃が、土方に尋ねた。
「ねぇ、昨日何かあったの?」
「あ?あー……テメーは何も知らずにぐーすか寝てたもんな。知らなくて当然か……ったく、呑気なモンだぜ」
「何だろ、軽くバカにされた気分」
いつまで経っても彼女を小馬鹿にする土方に、志乃はこめかみをピクリと動かせた。
「ま、簡単に言えばここで幽霊が出たって騒いでんだよ」
「幽霊?」
「ああ。お前も他言しねーでくれ。頭下げっから」
「は?やめてよ。アンタが頭下げるなんてらしくないし、そんなアンタ見たくない」
志乃はわしゃわしゃと頭を掻き、土方を見上げる。
そして、フッと微笑んだ。
「言われなくてもわかってるよ。そんなの外に知れたらヤダもんね。誰だって秘密にしておきたいことがあるもんさ」
「…………まあ、そーいうこった」
恐らく、彼女なりの気遣いだろう。
そう判断した土方は、溜息を吐いた。
「しかし、情けねーよ。まさか幽霊騒ぎごときで隊がここまで乱れちまうたァ。相手に実体があるなら刀で何とでもするが、無しときちゃあこっちもどう出ればいいのか皆目見当もつかねェ」
「え?何?おたく幽霊なんて信じてるの。痛い痛い痛い痛い痛いよ〜。お母さ〜ん!ここに頭怪我した人がいるよ〜!」
「お前いつか殺してやるからな」
左腕を押さえて明らかに人をバカにした目を向ける銀時に、土方は軽く殺意が湧いた。
そこで沖田が、土方に問う。
「まさか土方さんも見たんですかィ?赤い着物の女」
「わからねェ……だが、妙なモンの気配は感じた。ありゃ多分人間じゃねェ」
「痛い痛い痛い痛い痛いよ〜!お父さーん!」
「
「おめーら打ち合わせでもしたのか!!」
今度は銀時に混じって、沖田も一緒に左腕を押さえる。
まるで予め練習していたかのような息ぴったりなウザさだ。
コントかよ。志乃は心の中でツッコんだ。
しかし、何か引っかかる。
赤い着物の女。本当に彼女が幽霊なのか?
幽霊だとしても、自分は今まで一度も幽霊を見たことがない。
本当にいるというのなら、人生に一度は見ても別にバチは当たらないはずだ。
だが、その赤い着物の女を直接見たワケでもないし、今の状況では何分証拠が少なすぎて確かめる手立てもない。
「ぎゃあああああああああああああ!!」
溜息を吐いたその瞬間、近藤の悲鳴が屯所内に轟いた。
その場にいる全員が、トイレへ向かう。
志乃も彼らと共にトイレに入ろうとしたが、新八に羽交い締めにされて止められた。
「ちょっ、何すんだよ新八!!」
「志乃ちゃんここ男子トイレ!!女の子は入っちゃダメ!!」
「何でよ!!神楽は入ってんじゃん!ズルい!差別?」
「いやだから良いってもんじゃないの!!とにかくダメだから!」
新八とやいのやいのと言い争っている間に、近藤は無事救出された。
しかし、志乃は少しはだけた近藤の服の下に、何やら赤いものを見る。
「!」
何だろうかと気になったが、一行が別室へ移動するのについていく内に、その疑問を忘れてしまった。