ここは、江戸にあるとある橋の上。
その手すりの前で、桂は僧の格好をして物乞いとして座り込んでいた。
そんな彼の隣に、ふと何者かの気配が現れる。
「誰だ?」
「……ククク、ヅラぁ。相変わらず幕吏から逃げまわってるよーだな」
「ヅラじゃない桂だ」
お決まりの切り返しを挟みつつ、お互い笠に隠れたその顔を見ずに、会話を続ける。
「何で貴様がここにいる?幕府の追跡を逃れて、京に身を潜めていると聞いたが」
「祭りがあるって聞いてよォ。いてもたってもいられなくなって、来ちまったよ」
蝶柄の着物を着たその男は、キセルを吹かしながら妖しく嗤う。
相変わらずな男の様子に、呆れたように桂が言った。
「祭り好きも大概にするがいい。貴様は俺以上に幕府から嫌われているんだ。死ぬぞ」
「よもや、天下の将軍様が参られる祭りに参加しないわけにはいくまい」
「!……お前、何故それを?まさか……」
「クク、てめーの考えているようなだいそれたことをするつもりはねーよ。だがしかし、面白ェだろーな。祭りの最中、将軍の首が飛ぶようなことがあったら、幕府も世の中もひっくり返るぜ……」
「あっ、ヅラ兄ィー!」
男と桂が話している最中に、橋の向こうから明るい声が聞こえてくる。
志乃が、小さな袋を持ってやってきたのだ。
「ヅラじゃない桂だ。何をしに来た」
「ハイ、これあげる」
ジャラッ
そう言って、志乃は桂の前に置いてある缶に、袋ごと小銭を入れた。
「それじゃ、私用事あるから。物乞い頑張って!」
志乃は笑顔で桂に手を振り、男の前をすれ違った。
男が、去り行く志乃を見つめる。
彼女はこの時その視線には気が付かず、そのまま橋を渡って行った。
「ほう……随分大きくなったじゃねーか。あんなに小さかった志乃が…………」
意味深に、男は口角を上げる。
人混みを駆け抜ける志乃の背中を、男はジッと見つめていた。
「貴様、まだ志乃を諦めていなかったのか。あいつは今、幸せに生きているんだ。いい加減放っておいてやれ」
「安心しろよ。お前が考えてるよーなこたァしねェ。……クククク、ハハハハハッ」
志乃を見つめ、狂ったように嗤う男の視線は、狂気を感じさせた。
しかし、当の本人はそれに一切気付かず、間近に迫った祭りに心を舞い上がらせていた。
********
その日、幕府の警察長官から依頼を受けていた志乃は、愛車に跨ってある場所に向かっていた。
その時、耳を
「⁉︎なっ、何コレうるさっ!」
志乃は思わず耳を塞ぎ、騒音の元が何かを探りに近付いていく。
すると、そこにはガシャコンガシャコンうるさい建物の前で、新八がお通の曲を気持ち良さそうに歌っている姿が見えた。
そこには銀時と神楽、さらにはお登勢の姿も見える。
「うぐっ!うるせークセに音痴かよ……最悪だな」
志乃は耳を塞ぎながら、騒音を奏でている新八の頭を蹴り飛ばした。
「うぇぶっ!?し、志乃ちゃん!?」
「るせーんだよこの音痴メガネ!!近所迷惑じゃボケェェェ!!」
「おー、志乃か。何やってんの?」
「こっちの台詞だわ!アンタらこそ何やってんだよ!」
いつものノリで声をかけてきた銀時に、志乃は怒りを新八から銀時に向ける。
しかし、銀時は志乃をスルーすると、マイクを取り合う新八と神楽の間に入っていった。
「待てコラ!アンタらのわけわかんねー歌聞いて耳痛くなるくらいなら私が歌う!貸せ!」
「あぁん!?割り込みかテメー!!順番は守りやがれ!」
「んだとォ!?だったらデュエットでどうだコノヤロォォォォ!!」
4人でマイクを取り合っていると、不意に建物のシャッターが開く。
するとそこには、大きなカラクリが立っていた。
「……え?何コレ」
「え?……これが平賀サン?」
突如現れたカラクリは銀時の頭を掴み、持ち上げた。
「いだだだだだ頭取れる!頭取れるって平賀サン!」
「おおー、いいぞ平賀サン!そのままそいつの頭もいじゃって〜」
「いや流石にそれはシャレにならないから!!何、志乃ちゃん銀さんに個人的な恨みでもあんの!?」
ツッコミを入れる新八を振り返り、志乃はキョトンとする。
「いや、特にないけどさ。バイオレンスによって生まれるハイテンションギャグ……これこそがこの小説の真髄だと思ってさ」
「さらっとメタ発言するなァァァ!!主人公が死んだらダメだろオイ!」
「何言ってんの、この小説の主人公は私だよ」
「いやあのね志乃ちゃん。二次創作とは原作という土台があって初めて成立するものであってね……」
「テメーもメタ発言してんじゃねェェェ!!つーか早く助けろ!!あああ!止めろォォォ平賀サン!!」
騒ぎ立てる4人の前に、一人の老人が現れた。
「たわけ、平賀は俺だ。人ん家の前でギャーギャー騒ぎやがってクソガキ共。少しは近所の迷惑も考えんかァァァァァ!!」
「そりゃテメーだクソジジイ!!てめーの奏でる騒音のおかげで近所の奴はみんなガシャコンノイローゼなんだよ!!」
「ガシャコンなんて騒音奏でた覚えはねェ!『ガシャッウィーンガッシャン』だ!!」
「いや、どっちも大して変わらないじゃん」
志乃が平賀の言い分に思わずツッコむ。
お登勢は呆れたように平賀に言った。
「源外、アンタもいい年してんだから、いい加減静かに生きなさいよ。あんなワケのわからんもんばっか作って、『カラクリ』に老後の面倒でも見てもらうつもりかイ」
「若い頃奥さんゲット出来なかったからってそれは……」
「うっせーよババア!クソガキ!何度来よーが俺ァ工場はたたまねェ!!つーか俺にも伴侶くらい居たわ!!帰れ!」
平賀はお登勢と志乃にそう吠えると、カラクリを振り仰いだ。
「オイ三郎!!構うこたァねェ、力ずくで追い出せ!」
「御意」
三郎はそう答えると、銀時の頭を持ったまま平賀にそれを投げつけた。
平賀の顎に銀時の頭がクリーンヒットし、2人仲良く倒れていった。
……立派なポンコツじゃねェか、あのロボット。
「……あ、私依頼受けて仕事行く途中だった。じゃあね」
銀時と散々絡んできた経験上、彼らに関わるとロクなことがない。
志乃はこれ以上面倒事はごめんと、スクーターに乗って去っていった。
********
「……ん、ここか」
志乃が再びスクーターを降りたのは、真選組の屯所の前だった。
志乃は依頼の手紙を開くと、さっさと中へ入っていく。
「ったく。せっかくの祭りなのに、何でとっつぁんから依頼が来んのさ……」
志乃は、祭りが大好きな少女だった。
道に並ぶ色とりどりの屋台から、空腹を誘ういい匂いが漂ってくる。
射的やヨーヨー釣りなど子供心をくすぐる遊びもあるし、何より夜空を飾る美しい花火が大好きだった。
それが祭りを見に来る将軍の護衛のためになくなるなど、彼女にとって残念なことはなかった。
「チッ……あのクソジジイのアホ、バカ、ボケナス……」
志乃は依頼主を罵りながら、真選組の連中がどこにいるのか探した。
人が大勢集まっている気配を察知し、そこに気配を殺して忍び込む。
ちょうど部屋では、真選組が会議をしていた。
隊士たちを前にして、土方が言う。
「いいか。祭りの当日は真選組総出で将軍の護衛につくことになる。将軍に擦り傷一つでもつこうものなら俺達全員の首が飛ぶぜ!そのへん心してかかれ。間違いなく攘夷派の浪士共も動く。とにかくキナくせー野郎を見つけたら迷わずブった斬れ。俺が責任をとる」
「マジですかイ土方さん……俺ァどーにも鼻が利かねーんで、侍見つけたら片っ端から叩き斬りますァ。頼みますぜ」
「オーイみんな、さっき言ったことはナシの方向で」
「じゃあ、早速……」
「いやだからナシの方向でっつってんだろ!話聞け!」
刀をスラリと抜いた沖田が、土方と距離を詰める。
沖田は土方に向かって刀を横に薙いだ。
しかし刀の一閃は土方には当たらず、代わりに彼の隣に気配を消して座っていた志乃のバットにぶつかった。
感心しながら、志乃は沖田の刀をいなす。
「おお〜、流石だね。結構上手いこと気配消してたと思ってたんだけど」
「テメー、いつから居たんでさァ」
「えっとね〜……『いいか。祭りの当日は真選組総出で将軍の護衛につくことになる』から」
「一番最初じゃねーか!!つーか何さりげなく会議に入ってきてんだよ!アレか?ピッキングか!?杉浦とやってること一緒じゃねーか!!」
「あんなピッキング野郎と一緒にしないで。……ん?あれ?あいつは?」
志乃はバットを仕舞って、キョロキョロと辺りを見渡す。
軽くストーカーになっている杉浦が、全く見当たらないのだ。
その答えを、山崎が言う。
「杉浦くんなら、今有給休暇を取ってるよ」
「ふーん……」
「ふーんじゃねーよ。何でテメーが
今度は土方が、志乃に強い姿勢で問いかける。
志乃は自分の口で答えず、手紙を差し出した。
土方はそれを奪い取るように受け取り、手紙を開いて目を通した。
「……ハッ。俺達もなめられたもんだぜ。まさか上が万事屋に依頼するなんてよ」
「ホント、わけわかんないよね。アンタら強いから警備は何も困らないはずなのにさ。せっかくたくさん屋台まわって楽しもうと思ってたのに……何かの陰謀だよ絶対。ま、どーでもいいけど」
むくれて座る志乃に、土方は手紙を突き返した。
それを志乃が受け取ると、土方は隊士らに言い渡した。
「いーかテメーら。今回の祭りには、俺達とこの万事屋が警備に当たることになった。こいつが戦力になるかどうかは別だが、とにかくそういうことだ。わかったな」
「何かその紹介ムカつく。戦いの腕を買われてるから役人から依頼が来たんでしょーが」
土方は志乃の文句を無視し、「さっさと挨拶しろ」と視線を送る。
それを察した志乃は、溜息を吐いてから口を開いた。
「どーも、今回依頼を受けて共に警備に当たることになりました万事屋でーす。年は12歳で、趣味は衆道本を読み漁ること。好きな食べ物は団子でみたらし団子推し。あ、でも三色団子も美味しいよね。もし私に団子奢ってくれたら依頼料半額にしま〜す。てことでヨロシク☆」
12歳の女の子の趣味が衆道ってどーいうことだよ!
みたらし団子推しっつってんのに三色団子に浮気してんじゃねーか!
つーか最後に確実に依頼者が損する宣伝してんじゃねーよ!
やたらツッコミ所の多い挨拶を、隊士らは取り敢えず心の中で入れるにとどまった。
土方は頭を抱えて嘆息すると、煙草を吸って言った。
「ま、つーことだ。それからコイツはまだ未確認の情報なんだが、江戸にとんでもねェ野郎が来てるって情報があんだ」
「とんでもねー奴?一体誰でェ」
「攘夷浪士……だよね?あっ、桂小太郎?でも最近大人しいじゃん」
志乃の言葉に、土方は首を縦に振る。
「ああ。だが以前、料亭で会談をしていた幕吏十数人が皆殺しにされた事件があったろう。あらぁ奴の仕業よ。攘夷浪士の中でも最も過激で最も危険な男……高杉晋助のな」
「……!」
志乃はその名を聞いた瞬間、背筋が凍るような感覚に襲われた。
「マジかぁ……こりゃあ、今年は最悪の祭りになりそうだね……」
志乃は苦しげな声は、誰の耳にも入らなかった。