「ん〜何がいいかな〜」
駄菓子屋の前で、志乃は腕組みをしながらお菓子を眺めていた。
駄菓子というものはとてもお手頃な価格の上、美味しいものが多い。志乃が団子の次に駄菓子が好きな理由である。
「あ、志乃ちゃん」
「おっ?よォ神楽。何?また酢昆布?」
店の前で、酢昆布を買って出てきた神楽とそれに付き添う定春とばったり出会った。
「志乃ちゃんも食べるアルか?」
「そうだね〜、おばちゃん!私も酢昆布頂戴」
神楽に便乗して、志乃も酢昆布を購入した。
そして、酢昆布をしゃぶりながら肩を並べて歩く。
「ん、なかなか美味いじゃん酢昆布」
「何言ってるアル。酢昆布はこの世で一番美味い食べ物ネ」
「……もっと他にもある気がするけど」
他愛ない会話をしながら、2人揃ってかぶき町内の公園に訪れる。
そこには、ブランコに乗った少女とそれに詰め寄る憎たらしい顔のガキンチョ2人がいた。
「てめー見ねェ顔だな。どこのモンだ?この辺の公園はなァかぶき町の帝王よっちゃんの縄張りなんだよ!ここで遊びたきゃ、ドッキリマンのシール3枚上納しろ小娘!!」
「何ですか?バックリマン?そんなものが城下では流行っているんですか」
「バックリじゃねーよドッキリだよ!いや、ゲッソリだったよーな気もするな」
「違うよよっちゃん、バツアンドテリーだ」
「いやいや違うヨ。ザックリマンの間違いアル」
「いや、ボッタクリマンだよ」
神楽と志乃がガキンチョの会話に入っていくと、定春がよっちゃんの頭にザックリ食らいついた。
「ギャアアアアアア!!ザックリやられた」
「てっ……てめーは」
「ここいらのブランコは、かぶき町の姉妹女王神楽と志乃のものアル」
「遊びたければ、酢昆布一年分と団子500種類上納しなガキども」
神楽と志乃の登場に、ガキンチョたちは吠えながら逃げ出した。
その時、ブランコに乗っていた少女が2人に声をかけた。
「助かりました。かぶき町の女王さん方。ありがとうございます」
「いいってことヨ。それより、ここにはもう近付かない方がいいネ」
「そうだよ。江戸で最も危険な街だからねここは」
「待ってください」
背を向けてカッコよく去ろうとする神楽と志乃に、少女が呼びかける。
少女は、神楽と志乃が咥えている酢昆布を指差していた。
「それ……何を食べていらっしゃるんですか?」
********
神楽と志乃と少女は、公園のベンチに座って、酢昆布を食べていた。
「ガペペ。何ですかコレ酸っぱい!じいやの脇より酸っぱい!」
「いや、比べるもん間違ってない?何、じいやの脇より酸っぱいって⁉︎」
「その酸っぱさがクセになるネ。きっとじいやの脇もそのうちクセになるネ」
「なりませんってか嫌です。城下の人はこんなものを食べているんですね。フフ、初めて見るものばかり」
珍しそうに酢昆布を眺める少女に、志乃が問うた。
「お嬢さんアンタ他所者?どこから来たの?」
「私、あそこから来たんです」
少女が指差した先には、大きな城があった。
「城?」
「へェーでっかい家アルな〜。銀ちゃん前に言ってたヨ。あそこ昔はこの国で一番偉い侍がいたって。でも天人が来てからただのお飾りになっちゃって、今では一番かわいそうな侍になっちゃったって」
「そうですね。もうこの国の人は誰もあの城を崇めたりしないもの。見栄えだけのハリボテの城なんて、いっそ壊れてしまえばいい。そうすれば、私も自由になれるのに……」
悲しげな表情の少女は、そのまま城を眺める。
彼女の横顔を見ながら、志乃は少女の正体を計りかねていた。
おそらく、相当な身分の人間だろうということはわかる。
酢昆布を知らないのだ。きっと、この国のもっと偉い人……。
しかし、困っている人を見かけたら声をかけずにはいられない。
志乃は酢昆布を齧って、微笑んだ。
「……お嬢さん、何かお困りごと?私らで良かったら何でも相談に乗るよ。万事屋小町って私らのことだから。ね!神楽」
「そうヨ。万事屋神楽とは私のことネ」
「フフ、随分たくさん名前があるんですね。うーん……困りごと……そうですね、じゃあ……今日一日、お友達になってくれますか?」
********
その頃。真選組副長・土方は自販機の前でしゃがんでいた。
「あー、暑い。何で
「そんなに暑いなら夏服作ってあげますよ土方さん……」
背後から聞こえた杉浦の声に嫌な予感を覚えた土方は、次の瞬間飛んできた沖田と杉浦の一閃をかわした。
「うおおおおおお!!」
「危ねーな、動かないでくだせェ。ケガしやすぜ」
「危ねーのはテメーらそのものだろーが!何しやがんだテメーら!!」
「なんですかィ。制服ノースリーブにしてやろーと思ったのに……」
「ウソつけェェ!!明らかに腕ごともってく気だったじゃねーか!!」
「そんなことしませんよ〜、あはははは」
「オイッ!!目が笑ってねーぞ!見え見えのウソついてんじゃねーよ!!」
暑くなっても、真選組は相も変わらず平和ではないらしい。
江戸の平和は彼らによって本当に保たれるのだろうか。
どうやら沖田が真選組の隊服の袖を切り落とした夏服を売り込んでいるらしい。
悪ふざけが生み出した産物だと土方が言い切るが、そこへ近藤がやってきた。
「おーう。どーだ調査の方は?」
「……………………」
土方が黙ったのには理由がある。
沖田が提案した夏服を着ていたからだ。
誰も着ないと思っていたのに……。
「潜伏したテロリスト捜すならお手のモンだが、捜し人がアレじゃあ勝手がわからん。お姫さんが何を思って家出なんざしたんだか……人間、立場が変われば悩みも変わるってもんだ。俺にゃ姫さんの悩みなんて想像もつかんよ」
そう言いながら、土方は捜しているそよ姫の写真を見る。
そよ姫とは、神楽と志乃が出会ったあの少女だった。
「立場が変わったって、年頃の娘に変わりはない。最近お父さんの視線がいやらしいとかお父さんが臭いとか色々あるのさ」
「お父さんばっかじゃねーか」
「江戸の街全てを正攻法で捜すっちゃ、無理がある話ッスよ。ここは一つ、パーティでもパーッと開いて姫様をおびき出しましょう!」
「そんな日本昔話みてーな罠にひっかかるのはお前だけだ」
「大丈夫ッスよ土方さん。パーティはパーティでもバーベキューパーティですから」
「何が大丈夫なんだ?お前が大丈夫か?」
「局長ォォ!!」
杉浦と土方が訳のわからない会話をしていると、近藤を呼びながら山崎が駆け寄ってきた。
沖田の提案した夏服を着て。
「!!どーした山崎!?」
「目撃情報が。どうやら姫様はかぶき町に向かったようです」
「かぶき町!?よりによってタチの悪い……」
********
それから、友達になった神楽と志乃とそよは、色々な場所に遊びに行った。
駄菓子屋に行ったり、パチンコ屋に行ったり、池でカッパを釣ったり、プリクラを撮ったり。
たくさん遊んだ後、3人は団子屋で一服していた。
「スゴイですね〜。女王サン方は私よりも若いのに色んなこと知ってるんですね」
「まーね」
「あとは一杯ひっかけて『らぶほてる』に雪崩れ込むのが今時の『やんぐ』ヨ。まァ全部銀ちゃんに聞いた話だけど」
「2人はいいですね。自由で。私、城からほとんど出たことがないから。友達もいないし、外のことも何にもわからない。私に出来ることは、遠くの街を眺めて思いを馳せることだけ……あの街角の娘のように自由に跳ね回りたい。自由に遊びたい。自由に生きたい。そんなこと思ってたら、いつの間にか城から逃げ出していました」
「…………そよ」
「でも、最初から一日だけって決めていた。私がいなくなったら色んな人に迷惑がかかるもの……」
そよが話している途中に、こちらへ歩み寄ってくる足音が聞こえる。
志乃がふと気配に顔を上げると、そこには土方がいた。
「その通りですよ。さァ帰りましょう」
「………………」
どうやら、そよを連れ戻しに来たらしい。
そよが黙って立ち上がる。
それを、志乃と神楽がそよの手を掴んで引き止めた。
「何してんだテメーら」
神楽と志乃は土方の問いに答えず、ニタリと笑ってアイコンタクトを取る。
次の瞬間、神楽が咥えていた団子の串を吹き付けた。
土方がそれを払った隙に、神楽と志乃はそよの手を引いて逃げ出した。
「オイッ待てっ!!」
「待てと言われて待つバカがどこにいんだよ‼︎神楽、私が先導する!そよをよろしく!」
「わかったアル!」
「確保!!」
土方の指令が飛ぶと、彼女らの前にパトカーと真選組が現れる。
志乃は金属バットを抜きながら、神楽とそよを守るように立ちはだかった。
「邪魔だよっどけどけェェ!!」
真選組隊士らを一蹴して、障害を取り除く。
その隙に神楽はパトカーに飛び乗り、それを台にしてそよを抱えて屋根の上に飛び上がった。
志乃は神楽たちが逃げたのを見届けて、真選組隊士らと対峙する。
「私の友達に手ェ出すってんなら、容赦しねぇよ」
金属バットを振るい、次々と真選組を襲う志乃。
彼女の前に、杉浦が躍り出た。
金属バットと刀がぶつかり、金属音が響く。
「やぁ。またやりあえるなんて、やっぱ俺たち運命なんじゃない!?」
「生憎、てめーとの運命なんざ興味ねーんだ……よっ!」
志乃は杉浦の刀を受け流し、腹に向けて振り抜く。
それは刀によって受け止められてしまったが、杉浦は今まで受けたことのない強烈な一撃に吹き飛んだ。
「うわっ!?」
「杉浦!?」
志乃は真選組を睨みながら、金属バットを持ち直す。土方がそんな彼女の前に立った。
「どけ、ガキ。てめーらがどーやってそよ様と知り合ったのかは知らねーが、あのお方はこの国の大切な人だ。これ以上俺たちの邪魔するならてめーもしょっぴくぞ」
「…………うっさい」
「あ?」
静かに、だが確実に。
土方に対して、敵意を向ける。
バットを肩に置いて、大勢を前に堂々と立ってみせた。
「そよはな、私らの大切な友達なんだ。約束したんだ。今日一日……私らと友達になるって。それに、まだまだ一日は終わってない…………だから私は、そよを……友達を護る。友達を助けるのに、理由なんざいらねーかんな」
退く気配を見せない志乃に、土方はついに刀に手をかけようとした。
それを見て取った志乃も、負けじと金属バットを握りしめる。
その時。
「もうやめてください、女王サン」
「!?」
後ろから聞こえてきた声に、志乃は驚いて振り返った。
そこには、神楽と一緒に逃げたはずのそよが。
「そよ……?」
「女王サン。ホントにありがとうございました。たった半日だったけれど……とても楽しかった」
「そよ……帰っちゃうの?」
「はい。これ以上、女王サンや皇帝サンに迷惑をかけられません」
「迷惑なんかじゃない!!友達を助けるのに理由なんかいらない!!それに……そよ言ってたじゃん!!自由になりたいって!私、まだそよの願い事叶えてあげられてない。万事屋は何でもやる仕事だよ!?私らなら出来る!!」
「女王サン」
そよの声が、志乃を押さえつける。
志乃はそよの気持ちを察して、拳を握った。
せっかく出来た、新しい友達。
それがすぐにお別れなんて、嫌だった。
でも。でも。
「……わかった」
「ありがとうございます、女王サン」
俯いて唇を噛む志乃に、そよは別れを告げようとした。
「女王サン。最後に、私と約束してくれませんか?」
「約束……?」
「お姉サンにも言いましたけど……一日なんて言ったけど、ずっと友達でいてね」
「!」
それから、そよは真選組に連れ添われ、城へ戻っていった。
********
それから数日後。
志乃が昼寝をしている間に、万事屋のポストに新聞が投函されていた。
その一面には、酢昆布を咥えるそよの姿があった。
次回、帰ってきた泥棒猫とお瀧の話です。