銀狼 銀魂版   作:支倉貢

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雪山ネタには遭難が付き物

「志乃!オイ起きろ!」

 

「ん……」

 

体を揺さぶられ、ゆっくり瞼を開く。視界に広がるのは、一面の銀世界だ。志乃は横向きに雪の中に倒れていたらしい。チラリと目だけを上に向けると、土方が志乃を見下ろしていた。

 

「……あれ。何でトシ兄ィこんな所にいるの」

 

「何でも何もあるか。俺達遭難しちまったんだぞ」

 

「遭難?へー、そうなんだー。…………遭難!?」

 

「オイ今のは無自覚か。それとも狙ってたのかどっちなんだ」

 

寝起きでぼんやりしていた頭が覚醒し、事の重大性に驚く。辺りを見渡してみても、あるのは木と雪のみ。スキー場にいたはずなのに、そのスキー場すら見当たらない。

状況を嘆くより先に、腰を上げて立ち上がる。

 

「…………マジ?」

 

「あァ。他の連中もいたにはいたんだが……将軍様だけが見つからなかった」

 

「何それ最悪じゃん」

 

「あァ最悪だよクソッタレ!!」

 

苛立ち任せに叫び、地団駄を踏んだ土方に対し志乃は冷めた目を向けていた。今のは何だ。癇癪か?しかし深く考えることなく、雪山の少し高い所へ集合した。

みんなで木の枝を持ち寄り、土方のライターで火をつける。焚き火を作った志乃達は、それを中心に円になって座った。

 

「…………さらし首だ。ことこうなった以上、ここにいる奴全員さらし首だ」

 

「ふざけんな、善良な市民巻き込んどいてさらし首?俺達ゃ商店街のくじでスキー旅行来ただけだ。地獄旅行はてめーらだけで行け」

 

「じゃあその旅行券には将軍をスノボーにしてもいい券も入ってたか」

 

「しらねーよ。気づいたら勝手にアイツが下になってたんだ」

 

「そういやアイツ昔言ってたアルヨ。上に立つ者は下の者の気持ちしらねばならんとか」

 

「下の者ってスノボーになってんだろーが」

 

「そうか、じゃあトシが俺をボードにしてたのも、局長として下の者の気持ちを知れと……そーいう事だったのか」

 

「そうだね!!俺の場合はそうだね!!」

 

「どちらにせよこのままパンイチで放っておけば、将軍様の命はないわ」

 

「あのお姉さん、目の前でパンイチでほっとかれてる奴がいんだけど」

 

「どうかしら、体を温めるには裸で抱き合うのが一番って言うじゃない。裸の人を探索に向かわせましょう」

 

「誰か毛布持ってきて。俺のハートをくるむ毛布を」

 

「将ちゃん助けるにしろみんなまとめて打ち首になるにしろ、まずは私達の安全を確保しないと助けられるものも助けられないよ」

 

「わかってらァ、俺達遭難してるんだぜ」

 

「確かに志乃の言う事も一理ある。それではメンバーを安全確保組と将軍探索組の二つに分けよう。ウン、心配いらん。将軍は俺達にとっては打ち倒すべき相手だが、こんな状況で立場身分をどうこう言っても仕方ないからな。みんな今までの事は忘れ、一個の人間としてこの危機に立ち向かおう!!今から俺はただのリーダーだ!!胸に飛び込んできてもいいぞむしろ志乃は飛び込んできてくれ!!」

 

バッと両手を広げ……られない桂は、声を張り少し遠くでみんなと円になっている志乃に呼びかける。桂は現在、雪だるまの中に閉じ込められている状態だ。手足を出すことすら難しい。

 

「まァ将軍の事はいざとなったらアイツになすりつけるとして、俺達はどーします」

 

「あの……聞いてる!?そろそろリーダーここから出してくんない」

 

「あー、寒っ……。総兄ィ、寄ってもいい?」

 

「しょーがねェなァ、今回だけだぜィ」

 

「あっちょっ、まっ……お兄ちゃんの目の前でイチャイチャすんのやめてくんない!?そして助けてくんない!?」

 

うるさい桂を放置して、話を進めていく。現在いる小高い丘を行動の基盤とし、火を焚いて煙を上げ続ける。寒さをしのげる場所を作り、残りのメンバーで将軍を探索する方針だ。

その案に、新八が不安を唱える。

 

「探索って、だんだん雪も激しくなってきてるし危ないですよ」

 

「だからこそ行かなきゃならねえだろ。煙を印にすれば戻ってこれる」

 

「でも危険すぎます。新たな犠牲者が出たらどーすんですか」

 

「じゃあ平等をきしてジャンケンで決めよう」

 

そして、公平な判断の下、将軍探索組になった者はただ一人。

 

「「いってらっしゃ〜い」」

 

近藤だ。

 

「近藤さん、くれぐれも気をつけてな!」

 

「……いや、気をつけてっていうか、何もつけてないんだけど」

 

「え!?何!?今何か言った!?」

 

「いや……あの、何か忘れてません?」

 

吹雪の風に掻き消されるような、小さな呟きをなんとか耳に入れる。微かな訴えを、志乃は吹雪のごとく冷たく叩き落とした。

 

「忘れ物?そんなんある?ないでしょ。それに、あったとしてもこの吹雪じゃ見つからないよ」

 

「いや、その……あっホラ!将軍様も身体が冷えきってるだろうし、身体を温めるものが必要だと思うんだよね〜着物とか〜〜」

 

「オイオイしっかりしろよ。着物ならあんだろう。お前の腰に」

 

「…………」

 

志乃の隣に並んだ銀時が、近藤をさらに絶望の淵に誘導する。この真冬の中、吹き荒れる冷たい風と雪に、近藤の心までもが冷えていく。

 

「もー、近藤さんのおっちょこちょい。緊急事態なんだから、もっとしっかりしてよ」

 

「あ……ハハハハ、いっけね。コイツはうっかりしてた」

 

もう救いの手は差し伸べられない。諦めて将軍探索に向かおうとしたその時、彼を引き止める者がいた。彼の腹心である土方だ。

 

「ああ、ちょっと待て。考えたら近藤さん、何も着てねーぞ」

 

「!!」

 

「ああ、ホントだウッカリしてた」

 

「オイみんな、各々着てるもんを一部近藤さんに貸してやってくれ。全員の合わせりゃ寒さもしのげんだろう」

 

土方の提案により、皆から衣類が近藤へ渡される。その全てを装着した彼は、改めて山の中へ歩き出した。ーー手のみ重装備になって。

 

「それじゃあ近藤さん、気をつけてね」

 

「う……うん」

 

全員分の手袋をはめた手で、近藤は親指を立ててみせた。

見かねた桂が雪だるまの頭部分(ヘルメット)を差し出すも、近藤に無言で投げ飛ばされたのは、語るほどの話ではない。

 

********

 

探索班(こんどう)を見送った残りの安全確保班は、吹雪をしのげる場所を探していた。しかし、いくらゲレンデの近くとはいえ、ここは人気のない山の中。手頃な小屋すら見つからない。

 

「あー……さっむ……」

 

縮こまる身体をぶるりと震わせた志乃は、肌を突き刺す寒さに完全にやられていた。身体の内側から冷えきってしまっているように感じる。

そんな中、沖田が雪を固めて何かを作っているのを目撃した。

 

「総兄ィこれ……かまくら?」

 

「あァ、まーな」

 

「オイどうした、何か食いもんでも探してんのか犬公」

 

一人せっせとかまくらを作る沖田に、神楽が絡んできた。その際、沖田に見せつけるように、志乃の腕に抱きつく。志乃は親友との戯れに対し特に何の反応も示さなかったが、沖田の目がわずかに細められた。

 

「てめーと一緒にすんな。俺ァ拾い食いはしねェ」

 

「絶対だな?絶対拾わないんだな?おっと、ポケットから酢昆布が落ちちまったぜい。へへ、どうしよっかな〜」

 

「「うがああああ!!」」

 

ポトリ、と雪の上に落とされた酢昆布に、銀時と新八が必死の形相で食らいつく。見事酢昆布に釣られた男二人に対し、志乃は呆れた顔で見下ろした。

 

「何釣られてるアルか銀ちゃん新八!!恥ずかしいからやめてヨ!!」

 

「一回地面に落ちた時点でこれは自然に還った。この食糧は俺のものだ」

 

「違うネ私のネ!」

 

酢昆布一箱を取り合う三人を眺め、土方は溜息をつく。

 

「オイ何やってんだバカども。邪魔すんならさっさと自然に還れ。ったく、貴重な食糧で遊びやがって。ーーおっと、マヨネーズが落ちちまった。どーしよっかな」

 

ボトリと雪の上に落とされたのは、マヨネーズが詰まったチューブ。しかし、誰もマヨネーズを求めてスライディングをしない。

何がしたいんだ。一体コイツは何がしたいんだ。呆れと共に苛立ちがむくむくと湧き上がり、志乃は地面に落ちたマヨネーズを蹴飛ばした。

 

「うがぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「これで邪魔者は消えた」

 

「よくやったなァ嬢ちゃん」

 

「なんか無性に腹が立って」

 

こっちは寒さのせいで、ツッコむ元気もなくなっているというのに。くだらないボケに振り回されている場合ではないのだ。緊急事態なのに、いつものようにバカを始める一行に、志乃は何度目かの溜息を漏らした。

 

「沖田さん、ひょっとしてそれってかまくらですか」

 

「こんな人里離れた所に小屋なんてあるわけねーだろ。だが雪だったら腐る程ある。だったら雪の中にこもって風雪をしのげばいいだろ」

 

「そんな事できるの?かまくらってすごいね」

 

雪遊び経験ほぼゼロの志乃が素直に感嘆すると、銀時と神楽がニタニタと笑い出した。

 

「おやおや、聞きましたか神楽さん。彼ら、雪をしのぐために雪の中に穴ごもるらしいですよ」

 

「プクク、いよいよ田舎の猿どもが獣らしくなってきたアルナ。雪の中に入って寒さなんてしのげるワケないネ!んなもん冷凍庫に入るようなもんアル」

 

「フリーザ様の冷徹な攻撃は懐に入ってもしのげやしねーんだよ!!部下でありながら故郷の惑星ぶっ壊されたベジータの苦しみ忘れたか!!」

 

二人に嘲られた沖田は、不服そうにジロリと彼らを見上げる。そこまで言うのなら入ってみろ、と言われるものの、かまくらの有能性を知らない二人はいやらしい笑みを刻んだままだった。

試しに銀時と志乃、神楽の三人で入ってみると、そこは極寒の外と比べて天国のようだった。分厚い雪で固められた内部は外の風を受け付けず、中に入った銀時と神楽を優しく包み込む。

 

「へー、かまくらって結構中あったかくなるんだね」

 

「そうだろう。入口が狭いから中の人間の熱が内にこもるんだ。フタをすればもっと暖かくなる」

 

「まァお前らには貸さねーけどな。もっといい寝床があるらしいから」

 

今度は沖田が仕返しとばかりにニタリと笑ってみせた。しかし、銀時と神楽は寝転んだまま動かない。

 

「べ……別に全然いいけど。こんな狭くて薄暗い所、御免こうむるぜ」

 

「こんな所じゃ寝返りもうてない」

 

「そう言う割にはすごいリラックスしてるけど」

 

「うっせーな、アイツらが入れっつったからわざわざゴロゴロしてやってんだよ。わかったか志乃」

 

何でコイツこんな上から目線で物を言えるんだろう。志乃の目が呆れの色を帯びる。志乃がかまくらから撤退したのを確認すると、銀時は神楽を肩車して、立ち上がった。

 

「よっこらせっと。よし、じゃあ俺らも寝床探すか」

 

「どっから出てきてんだァァァァ!!」

 

勢いよく立ったせいで、かまくらの天井が見事突き破られる。かまくらを壊しておいて、銀時は白々しくキョトンとしてみせた。

 

「え?いや入口は狭いから別から出た方がいいかなと思って」

 

「ふざけんなテメーらわざとだろ完全に悔しくて壊したろ!!」

 

また口論に発展しそうな銀時と土方。こんな非常事態だというのに、犬猿の仲は協力をも拒むらしい。事態の悪化を食い止めるため、志乃が叫ぶ。

 

「あーもーいい加減にしろよバカ共!!こんな事に使う体力があるんなら早く寝床確保しろよ!!さっきより吹雪ひどくなってきたし!!てめーら全員まとめて凍え死にてーのか!!」

 

「おーい志乃、こっちだこっち」

 

風雪の最中に、聞き馴染みのあるムカつく声を捉える。振り返ると、雪だるまから手足を突き出した桂がこちらへ手招きしていた。

 

「こんな時までケンカしてちゃダメだよ〜!俺のかまくらにみんな入れてやるから早く来い」

 

そう言って桂が示しているのは、かまくらというか木のうろ。まるで熊が冬眠用に使うような場所であった。

 

「いや……何ここ。何この穴。絶対中に熊いるじゃん。何見つけてんの」

 

「安心しろ、獣なら俺がもう追い払った」

 

「えっ?本当に熊の巣だったんですか!?」

 

「ハハハ。熊などこんな所にいるものか」

 

桂に続き、銀時と新八、志乃がうろの中を覗く。そこには、血で汚れた超巨大なスニーカーが一足置いてあった。

 

「ただの、ビッグフットだ」

 

「…………」

 

「ーーただのビッグフットなんてこの世に存在しねェェェェ!!」

 

真顔で未確認生命体の名を連ねた桂は、何食わぬ顔でうろの中に入っていく。衝撃に震える三人は未だ喚き散らしていた。

 

「なんでこんな所に伝説のUMAが生息してんだァァ!!なんでビッグフットがスニーカー履いたんだァ!」

 

「いや、確定はできないがな。俺も動揺してたからな。実際はちょっと足の大きなだけのおじさんだったかもしれん」

 

「いや完全確定だよね明らかにデカ過ぎるよね!!」

 

「俺が一晩の宿をと頼み込んだんだが全くきく耳ももってくれなくてな。ならば一筆と手紙を画鋲で止めて上靴に入れておいたらどうにか気持ちが伝わったらしい」

 

「何も伝わってねーよ足画鋲で血だらけになってんでしょーが!!」

 

あまりの超展開に頭がついていけない。桂はさらに、巨大スニーカーの中に入り込み、そこで寝そべった。

 

「こんな素敵な(ベッド)まで残していってくれた」

 

「それただの臭ェスニーカー!!」

 

「これに入っていれば、まず凍死する事はあるまい……いだっ!!背中に何か刺さったァァっ!!誰だァァこんな所に画鋲を入れた奴はァァァ!!」

 

お前だよ。そうツッコもうとした時、重い足音が遠くから聞こえてきた。

しかも足音は、どんどんこちらへ近づいてくる。命の危機を感じた志乃達は、画鋲に痛み悶える桂を放置し、一目散に外へ出た。

急いで木から離れ、冷たい風が吹き荒れる中、歩き出す。しばらくして、桂の悲鳴が遠くの方から微かに聞こえてきた。

 

長時間寒い所にいるせいで、だんだん体温までもが低下していく。いよいよヤバい、と全員が最悪を覚悟すると、再び一行を引き止める声があった。

 

「みんな〜こっちこっち。いい場所見つけたわよ!!」

 

「姉上!!」

 

お妙が見つけたのは、先程の木のうろよりもっと大きい洞窟だった。それを気付いたみんなは次々と洞窟の中へ入っていく。

 

「こんな所に洞窟があったなんて」

 

「寒さは大して変わらねーが、どうやら雪だるまになる事だけは避けられそうだな」

 

「ええ、ここでなら食事もなんとかなりそうだし」

 

「えっ、ホントですか」

 

寒さをしのげるだけでなく、食糧確保もできるとは。先程の桂とは大違いだ、と期待を胸にした瞬間、ドシャッと音を立てて、地面に何かが落ちる。

 

下に視線を向けると、お妙があるものを踏みつけていた。

頭頂部から背中にかけて棘が生えており、腕にはコウモリのような翼、口には鋭い牙を携えている異形のもの。これを生物と呼んでいいものかもわからない。それがお妙の背後に山のごとく積み上げられていた。

頬を引き攣らせて、新八が尋ねる。

 

「……姉上。それ何ですか」

 

「チュパカブラスよ」

 

……いやお前もかィィィィ!!志乃は心の中でシャウトした。

 

何故この山にはこんなにUMAが生息しているのだ。世界中でも珍しいものなのに、何故極東の山に二種類も存在しているのだ。ツッコみたい事が多すぎて、まとめられない。

ここがチュパカブラスの巣だとか、その先に超古代文明都市があるとか、そんな話は右から左へ受ける間もなく流されていく。考える事を放棄した彼らは、洞窟の外へ出る選択をしたのだった。


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