たまには羽を伸ばして遊んでもいいと思うんだ。
プールではしゃぐのは子供だけではない
夏休みの子供達がキャイキャイはしゃぎまくる。
そう、ここは室内プール。多くの家族連れで賑わっている中、志乃は更衣室から足を踏み出した。
「おおーっ!これがプールか……」
お妙に
「オーイ志乃」
初めてのプールに浮き足立つ彼女を呼び止めたのは、海パン姿の杉浦と凛乃。彼女同様薄手のパーカーを着ており、凛乃も今日ばかりは傘を手放していた。
「あんまうろつくなよ。妙な連中もつけさせんな。帰ったら怒られるの俺なんだからよ」
「はーい」
「…………………………」
気怠そうに杉浦が忠告する中、凛乃は辺りを隈なく警戒するように見る。生体兵器として生まれた彼は、未だに癖が治らないのか、散歩の時でさえ外に注意を配っている。
そんな彼の頭に、杉浦は軽くチョップを噛ます。
「あんまキョロキョロすんな。ここにゃテロリストなんざいねェから安心しろ」
「はい……」
「あっ!ねぇねぇ、アレがあの流れるプール!?行きたい!行ってきます!」
「えっ?あっ、オイ!」
きゃっほーい!と元気に走り出した志乃は、二人にパーカーを預けてプールに入る。浮き輪に体を通してふよふよと流れ行く彼女は、年相応な笑顔を見せて楽しそうだった。
思えば前回のオリジナル長篇では、初っ端から好きな男を取られそうになり、誘拐された挙句凛乃とステゴロガチバトルを繰り広げた。
色々あっても霧島志乃は、まだ12歳の女の子なのだ。こうしてプールではしゃいでいる姿も悪くない。嘆息した杉浦は、隣の凛乃を振り返る。
「凛乃、どーだ?お前も入ってこいよ」
「いえ……私は泳げませんので」
「はあ!?お前泳げねーのかよ。だったら尚更行けよ!そして泳げるようになってこい。じゃねーと水中戦でまともに戦えねェだろが」
「………………」
杉浦にダメ出しされた凛乃は、注意された小犬のようにわかりやすく落ち込む。これが前章で、志乃相手に引くくらいのえげつない殴り合いを繰り広げた男とは思えないほどだった。だが、杉浦は思っていても敢えて口出ししなかった。
「まァ取り敢えず、浅いプールで練習するか……」
「ハイちょっとオニイサン達〜」
「あ?」
肩に手を置かれ、振り返る。手の主は、何故かここにいる銀時だった。
「……え?お前何してんの」
「いやこっちのセリフなんだけど。何でテメーらが志乃と一緒にいんだコラ。てめーら元々敵同士じゃなかったっけ?そこお兄ちゃんの立ち位置じゃなかったっけ?何でてめーらがその立場になってんだコラ代わりやがれバカヤロー」
「つくづくめんどくせェ兄貴だなお前は。志乃と一緒にプールなんて羨ましいって素直に言いやがれ」
「別にィ?俺はアイツのお兄ちゃんだから特に羨ましくないしィ?志乃の水着姿が意外とエロいなんて考えてないしィ?」
「誰も何も言ってねーよ」
だんだんと話が逸れていく。妙な絡みをしてくる銀時がかなり面倒に感じてきた。杉浦の隣に立つ凛乃が、改めて銀時に問いかける。
「銀時様、こちらで一体何を?少なくとも客には見えませんが……」
「知り合いに頼まれてな。監視員のバイトしてんだよ」
「えっ……働いてたのか!?お前が!?」
「ちょっと前まで
「誰がニート同然だコラ!少なくともお前よりは稼いどったわ!」
「テメェ労働ナメんじゃねーぞ!世界をぶっ壊す宗教で儲かるわけねーだろが、あくせく働いてる俺達の身にもなりやがれ!!」
さてはこの二人、仲が悪いな?プールで繰り広げられる器の小さい口喧嘩を眺めていた凛乃は、その結論に辿り着いた。
二人の口喧嘩を止めることなく、それでも黙って眺めている青年。
そんな彼らに声をかける勇者が一人。長谷川である。
「ちょっとちょっと!何モメてんの銀さん!すいません、一体何があったんですか……って」
「……あの、どちら様だろうか。見た目からしてまるでダメなオッさんの
「えっ」
「もしや貴方が志乃様の仰っていた『プールで楽しそうに遊ぶ子供達を舐め回すように見つめ下半身の健康を保っているロリコンもしくはショタコン』という奴か」
「待って初対面なのに何で有りもしない疑いをかけられるの?もしかしなくても志乃ちゃんの知り合い?」
「何故あの御方の名を貴様が知っている?……さては貴様、志乃様に並々ならぬ邪な感情を向けているというのか?確かに本日の志乃様は肌を露出した格好をなされているが……あぁ、なんてことか。あの御方が美しすぎるせいで、その魅惑の虜になったのか。流石は志乃様……なんと罪深き御方」
「さてはアンタあのドS娘に洗脳されたクチだな?何してんのあの娘マジで」
志乃は凛乃を引き取ってから、彼に人間としての生き方を学ばせていた。
その合間合間に、自分と彼との絶対的な主従関係の指南を盛り込み、今や凛乃は志乃の優秀な飼い犬として調教されていた。志乃に依存し、彼女なしでは生きられない体に仕立て上げた。
初対面でこれが初絡みとなったが、長谷川の彼に対する評価はマイナス一直線だ。当然といえば当然である。
「あれっ。マダオと銀じゃん。何してんの」
男4人で固まるむさ苦しい集団に、プールから戻ってきた志乃が声をかけた。
これにより、銀時と杉浦の口喧嘩も一旦休戦となる。
「よー志乃」
「やっほ、銀。で?何してんの」
「長谷川さんに頼まれてプールの監視員のバイトだよ。それよりお前」
「何?」
言葉を切った銀時は志乃を、いや正確には志乃の胸元を凝視する。
「案外デケェな。普段サラシでよくわかんねェけどお前もちゃんと成長してんだな。お兄ちゃんは安心したぞ」
「死ね!!」
銀時の腹に、志乃の渾身のボディブローが入った。水着姿であるため何の防御もなく身構える準備もできなかった銀時は、水面を巻き上げる風圧と共にプールへ吹き飛ばされる。そのまま滑り台を破壊し、子供用プールに血が滲み出た。
銀時を瀕死状態に追い込んだ当の本人は、プリプリと怒りながら大股で歩く。その先に、見覚えのある姿を見かけた。
「志乃ちゃん?」
「んげっ」
前方にいるのは、水着姿の九兵衛とお妙。二人の、特にお妙と目が合った瞬間、志乃の表情が青ざめる。逃げようとしたが、その前にお妙に両肩を掴まれた。
「ふふ、やっぱり私の目に狂いはなかったわ。とても似合ってるわよ、志乃ちゃん」
「ハハ…どーも」
「うん、とても可愛らしいぞ」
「ありがとう九さん…」
きゃっきゃと女子特有のテンションで盛り上がる二人。その間にサンドされた志乃は兄譲りの死んだ目をしていた。
先述したが、そもそも志乃の水着はお妙にプレゼントされたものだ。ただでさえ桂というバカ兄と、おばあちゃんポジとなっている日輪のせいでタンスの肥やしが増える一方だというのに、このメンツにお妙が加わればさらに面倒な事になる。これも全て奴らのせいだ。いや、違うか。自分が可愛すぎるせいか、と志乃は思い直した。
「志乃てめェ久しぶりの絡みだってのに兄貴をぶん殴るたァ何事だ!!」
「黙れロリコン野郎がァァ!!久々の絡みで妹の胸が成長してるか見た時点で死刑に決まってんだろが!!生きてるだけありがたいと思えクソ兄貴!!」
血塗れの銀時が戻ってくるなり、兄妹喧嘩が勃発する。その時、水中からザバァと音を立てて近藤が出現した。シュノーケルを装着した姿で、高笑いしながらカメラを構える。
「フハハハハ!俺に任せろ志乃ちゃん!!今のセクハラの証拠はバッチリカメラにおさえたからね!!ウチの娘に手を出そうとする愚かな若造は俺が現行犯逮捕するからね!!」
「てめーがな!!」
「ぐはァ!」
志乃にサムズアップしながら現れたストーカー男は、お妙のドロップキックにより物理的に沈静化された。いつ誰がお前の娘になった、とかツッコミを入れたかったものの、敢えてスルーする。
ストーカーが一人撃退されたところで、新たなストーカーが現れる。
「若ァァァァァやりましたぞォォ!!今の警察の不祥事バッチリおさえました!!これでストーカーは消えます!!作戦成功ですよ!!」
「そんな作戦立てた覚えはない!!」
「ぐぎゃふ!!」
続けざまに、最後のストーカーが現れた。
「やったわ銀さん!!ついに録った、私録ったの!!銀さんのヨコチ……」
「オメーだけ全然関係ねーだろが!!」
「ごぱァァァ!!」
一度ギャグが成立すれば、同じ手のものが3回続くもの。これぞお笑いの基本、「三段落ち」である。
近藤、東城、あやめのストーカー3人組が踏み潰されたが、そのせいでプールが血に染められていく。子供達は悲鳴を上げてプールから上がり逃げ出した。
「……なんか、いつも通りって感じだね」
「……そーだな」
「?」
この騒ぎのせいで、客は完全にいなくなり、身内だけの貸切パラダイスとなった。
********
「っしゃあ行くよー!!」
掛け声をかけてから、ビーチボールを叩く。
ふわりと舞ったボールはお妙の元へ落ち、それを打ち上げて月詠、九兵衛と転々と移動していく。
九兵衛がトスを上げたボールを受けたのは凛乃だ。
「……!」
上空から落ちてくるボールに対し、鋭く勢いをつけて叩き込む。
しかし、力が強すぎたせいで、ボールが破裂してしまった。
「あ」
ペシャリと水面に落ち、漂うそれを見下ろす。
ポカンとした表情でこちらを見てくる視線に耐え切れず、凛乃は顔を伏せた。
「申し訳ありません……」
「あー……ごめん凛乃。力加減がまだ難しいよな。姐さん、私これ弁償するよ」
「まァ、そんなのいいのに。凛乃ちゃんになんだか悪いことしちゃったかしらね」
「いえ、貴女は何も……」
「なに、誰にでも失敗はある。次成功すればいいだけだ」
「心配せんでもわっちが持ってきたビーチボールもある。これを使え」
しょんぼりと肩を落とす凛乃に、九兵衛が声をかける。続けて月詠もビーチボール片手に彼を慰めた。
美女(中身は問わない)3人に相次いで慰められている……。プールサイドのベンチに腰掛けていた杉浦は小さく会釈する凛乃を眺めながらそう思った。
人間初心者である彼は、図体とは裏腹にとても純粋な性格である。それが弟属性として機能し、女子組の庇護欲をそそっているのだろう。
あと顔もいいし。これも全て親愛なる姉上から血を分けていただいた恩恵だ。杉浦は、己の元肉体に絶対の自信を持っていた。
悦に浸る彼に、耳障りな声がかかる。
「オイお前の片割れ女共に襲われてっぞ。いいのかほっといて」
「うるせェ話しかけてくんな非モテのプー太郎」
「あぁ!?てめェ誰の妹のおかげで生きてられてると思ってんだコラ!立場ってモンがあんだろ!」
「何でこの二人こんな仲悪いの?つーか俺を挟んで喧嘩しないで」
同じベンチに並んで座ってた長谷川が、二人のギスギスした雰囲気に耐え切れずついに口を挟んだ。
銀時と杉浦は、徹底的に馬が合わないらしい。冒頭近くで顔を合わせた時もそうだったが、どちらかが相手への余計な一言を挟み、それに報復する。まさに売り言葉に買い言葉のペースでどんどんと悪い方へ進展していく。
杉浦は、敬愛する姉を自分から奪った
対する銀時も、
二人の「嫌い」は見事に合致していた。
間に挟まる長谷川の心労も無視し、二人の険悪ムードは徐々にヒートアップしていく。次第に互いに掴み合って、その余波が長谷川に直撃していた。
「上等だてめーそんな細腕で俺とやり合おうってのか、あぁん!?こっからプールにぶん投げてやろうかコラ」
「ハッ!口で敵わねェと知るやすぐに手を出すか。そんな体たらくで姉上の弟子を名乗ってんじゃねェよクソが」
「あだだだだ痛い痛い痛い!ちょっ、頼むから髪掴むなって!ただでさえ頭皮薄くなってんのにこれ以上はイヤぁぁぁ!!」
互いの羽織だけでなく長谷川の髪まで掴み合う始末。もうどうにも止まらない。長谷川が諦めた瞬間だった。
ダァン!
銀時達の足元に、一発の銃弾が撃ち込まれた。
突然の事に、思わず三人は固まり、弾が飛んできた方向を見る。
「オイ。さっきから呼んでるのが聞こえねーのか
拳銃をこちらに向けた、咥えタバコのいかにもガラの悪そうなオッさん。
「海パン……貸してくれや」
ドスのきいた声で要求してきたのは、まさかの海パン。
こんな見た目をしていようと、彼は幕府の警察庁長官なのである。このクレイジー野郎を、銀時はよく知っていた。彼の、いや彼らのせいで散々な目に遭い、嫌な記憶として脳に刻まれているからである。
「ちょっと連れがよう、急に水練やりてェなんざ言い出してよう。キャバクラの方が絶対いいっつってんのに、もの好きなヤローだよったく。それでな、急だったもんでパンツがねーんだわ。プールだったら貸し出しなり売るなりしてるだろ。ねーんだったら3秒以内にてめーらがパンツを脱げ。1……」
2と3をすっ飛ばして引き金を引かれ、再び銃弾が彼らを襲う。
それを制する新たな声がかかった。
「片栗虎。手荒なマネはよせ。余計な心配はいらん」
オッさんこと松平の背後から、もう一人現れる。ほっかむり姿の男に、銀時は既視感を覚えていた。彼の反応を見て、杉浦と長谷川もつられて表情が青ざめる。
男はバサッと衣服を脱ぎ去った。ブリーフ一丁でも、ただならぬオーラを発するこの男こそ。
「将軍家は代々水練の時も、もっさりブリーフ派だ」
ーーし、しょ……しょっ…………将軍かよォォォォォォォォォォォォ!!