銀狼 銀魂版   作:支倉貢

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新メンバーを加えたら旅をしろ
寿限無を暗唱できるのは子供だけ


この日、志乃は銀時達と共に志村宅に来ていた。そこで目にしたものは。

 

「さるお方だ」

 

九兵衛の頭の上にちょこんと可愛らしく乗っている、子猿だった。

キョトンとしたような表情に、こちらを見てくるくりんとした黒い目。小さい手を九兵衛の頭の上につく姿に、志乃は一発でノックアウトされた。その猿の可愛さに。

 

「えっ……待って、超カワイイ」

 

「いや、第一声それ?こっちは事情も全てスルーしてんのよ?お前は可愛ければ世界が滅んでいいの?」

 

「カワイイは正義。それが私のポリシー」

 

「随分極端で残虐なポリシーだな」

 

隣でグチグチ言ってくる銀時には、取り敢えずビンタしておく。

九兵衛より事情を詳しく聞くとこうだ。この猿は、そよのペットを母親に持つ猿。生まれてきたはいいものの、悪さばかりで全く言うことをきかず、困り果てた家中の面々が柳生家に猿の教育係を任命したのだ。

 

「要するに厄介者押し付けられたってワケね。かつての将軍家御指南役が(えて)公御指南役たァ、盛者必衰の理だねェ」

 

頬杖をついてボリボリとせんべいを食らっていた銀時の頭に、パン!と黒くて臭い何かが打ち付けられる。

 

「…………臭っ。何だコレ」

 

「銀、もしかしてそれ糞じゃないの?あのお猿ちゃんの」

 

「気をつけろ。無礼な振る舞いは勘で感知し、クリント・イーストウッド並みの早撃ちで糞を投げつけてくるぞ。素行は悪いがプライドだけはセレブなんだ」

 

「ウンコ投げつけてくるセレブがどこにいるよ‼︎六糞木ヒルズ⁉︎」

 

「ばっちいオェ‼︎」とえづきながら、銀時は糞のついた頭を志乃の着流しに擦り付ける。対する志乃は悲鳴を上げぶん殴っていたが、お構いなしだ。

そんな二人すらさらにお構いなしで、新八と神楽、お妙と九兵衛は話を続ける。

 

「九ちゃん、銀さんの言う通り、将軍家の人達厄介払いしただけできっと連れ戻すつもりなんてないわよ」

 

「そうだったとしても、勅命なら仕方ない。従うのみだ」

 

「こんな大変な猿の面倒、ずっと見るつもりアルか」

 

「悪さはともかく反省だけは覚えたぞ」

 

「メッ、反省‼︎」と九兵衛が言うと、猿は九兵衛に頭を下げる。しかし背後に隠した手で、新八の頭に糞を投げつけていた。

 

「反省しながらウンコ投げつけてきてんですけど。万引きGメンに捕まった主婦並みの薄っぺらさなんですけど」

 

「事がこうなった以上、彼の行いは将軍家だけじゃない、柳生家にも降りかかる。責任をとっていずれにとっても恥じない立派なセレブ猿に育てるつもりだ。ただ一つ、問題がある。実はこのさるお方、まだ名前がないんだ」

 

このさるお方は元々、将軍家の縁者に譲る約束だったらしく、名はそちらに任せるということだったらしい。それが破談になった今でも、彼には名前がない。

 

「しかし、世話をしていく以上、名前がないと困る。それも将軍家の耳に入っても恥ずかしくないような、立派で縁起のいいものがいい」

 

「猿の名前なんて何でもいいだろ。『モンキッキー』でいいんじゃね」

 

すぐさま、銀時の頭に糞が叩きつけられる。気に食わないようだ。

 

「オイ……ウンコの通訳がないと意思表示できないのかコイツは」

 

「だから何で私だァァ‼︎てめーの服で拭けやゴラァ‼︎」

 

再び糞を服になすりつけようとする最低な兄に、志乃はワンツーパンチを繰り出す。今度、クリーニング代を銀時に請求しようと決めた。

 

「縁起がいいか……『寿限無』なんてどうかしら。寿命が限りないっていうことよ。長生きしてって願いを込めて」

 

お妙の提案が気に入ったのか、猿はまた銀時に糞を投げつけた。

 

「……つーか何?肯定の時もウンコ投げてくんの?そして何で全弾俺?名前つーか俺が気に食わねーだけだろ。もう『ウンコ投げ機』でいいだろ」

 

「なるほど、『(ウン)』が飛んでくるだけにそれは縁起がいいな」

 

銀時の提案にも乗る九兵衛。だが、肝心の名前がかなりヤバいことになりかねない。新八が口を挟む。

 

「運の前にとんでもない汚物が飛来してきてんでしょ。表現が直接的過ぎます。もっと柔らかくしましょ」

 

「じゃあ『ビチグソ丸』は?」

 

「どこ柔らかくしてんだァァァァァ‼︎」

 

続いて神楽の出した案は、さらに悪い方向へ向かうものだった。

 

「ウンコは柔らかくしなくていいの‼︎表現をもっと柔らかく遠回しにしろって言ってんの‼︎」

 

「オイぃぃぃホントにビチグソ飛んできたぞ、何とかしろォ‼︎」

 

「遠回し……あ、じゃあ『一昨日の新ちゃんのパンツ』でどうかしら」

 

「ついてましたかァァ⁉︎何とんでもねェ事暴露してくれてんですか姉上ェェェェ‼︎」

 

「流石にそれは可哀想アル。微妙にぼやかして『新八の人生』でいいんじゃないアルか」

 

「パンツどころか全身クソまみれになってんだろーが‼︎」

 

「オイいい加減にしろ、全身クソまみれは俺の方なんだよ‼︎」

 

この間、銀時がさるお方のウンコ流星群の餌食になっていたことを、ここに書き記しておく。いたいけな少女の服を汚した罰だ。志乃は「ザマァ」とばかりに口角を上げていた。

九兵衛が一度、全ての名前を書き並べた。

 

「なるほど、それじゃあ『寿限無寿限無ウンコ投げ機一昨日の新ちゃんのパンツ新八の人生ビチグソ丸』だな」

 

「長ェェェェェよ‼︎なんで全部採用してんですか‼︎」

 

「いや、せっかくみんなが考えてくれたんだし。それに縁起のいいモノはたくさんあった方がいいに決まっている」

 

「一つも縁起なんてよくないよ‼︎ほとんどウンコ並んでるだけだよ‼︎」

 

「しかしこれでは縁起がよくても立派ではないな。ここからはもうちょっと格式の高いカンジにしていきたいんだが」

 

「まだやんの⁉︎こっから格式上げるって相当な難題だよ‼︎魔王が勇者になるくらいの荒技だよ‼︎」

 

さらにこの間、銀時がついに猿とのボール当て鬼ごっこをならぬウンコ当て鬼ごっこを始めていた。これには当然、志乃の笑みも深くなるばかりである。

話し合いに参加した志乃も、意見を出した。

 

「まぁ確かに『ビチグソ丸』のフレーズに勝てるような格式高い名前は難しいかもな。んー……やっぱ超カッコいい名前とか……」

 

「じゃあ『バルムンク=フェザリオン』とかどうアルか」

 

「急に中二臭くなったけど⁉︎猿の名前だよ‼︎猿の‼︎」

 

バルムンク=フェザリオン

通称 漆黒の風

暗黒騎士団ファキナウェイの団長。普段は冷戦沈着だが、仲間がピンチの時は熱くなり、周りが見えなくなってしまうのがタマにキズ。

宿敵魔教皇ビチグソ丸は実の父。額の第三の目はその時覚醒したもの。

後の凶帝カイザーファキナウェイ。

 

「誰だコレぇぇ⁉︎知らねーんだよこんな設定‼︎ビチグソ丸いつから魔教皇になったんだよ‼︎」

 

必殺技

ダークファキナウェイ←→AB(第三の目覚醒時のみ)

ヘルズファキナウェイ↑↓XA(ただしその時しか出せない)

 

「なんで必殺技コマンドがあるんだよ!その時ってどの時だ」

 

やたらと中二臭い設定のあるキャラクターが生まれたものだが、これはあくまで猿の名前を決めるものである。

お妙が神楽の意見を受け、口を開く。

 

「うーん。確かにカッコイイけど、途中からファキナウェイに頼り過ぎじゃないかしら」

 

「いや、そこ名前と全然関係ない所だからね!脳内設定の所だからね‼︎」

 

「それにやっぱり闇の力を駆使するっていうのはあんまり縁起がよくない気がするわ」

 

「闇の力なんて使えないからね、そんなんないからね」

 

お妙は神楽の意見を踏まえて、新たな名前を提案した。

 

「こんなのはどうかしら」

 

53番 アイザック=シュナイダー

通称 光の皇子

バルムンクの双子の弟。

捨てられた兄とは対照的に何不自由なく暮らすが、父ビチグソ丸の闇に気づき、ラグナロックシェパード戦役においてバルムンクと和解、バンドを組む(後のB'z)。

 

「(後のB'z)じゃねーだろ‼︎何とんでもねェ嘘吐いてんだ‼︎親父の闇放ったらかして何でバンド組んでんだよ」

 

カード特性

・バッドコミュニケーション

相手のアタックカードが全て手札になる。

・愛のままにわがままに僕は君だけを傷つけない

愛のままにわがままに松本以外のカードを全滅させる。

 

「オイぃぃぃぃカードゲームなのか格闘ゲームなのかどっちなんだァァ‼︎」

 

新八のツッコミも虚しく、この破天荒な会話は続いていく。

 

「流石アネゴアル。コレでバルムンクも光の道へと進んだネ」

 

「進んだんですか、バンドマンとしての道を進んだだけじゃないの⁉︎」

 

「うむ、これでビチグソ丸の脅威は去ったな」

 

「去ってないよ‼︎放ったらかしだもの‼︎放ったらかしてB'zになっただけだもの‼︎」

 

「よし、こっからが本番だね。次は何にしようか」

 

「まだやるんですか、とんでもない長さになってますけど‼︎」

 

「そうねー、次は……」

 

こいつら真面目に名前を考える気あんのか。ツッコみながら、新八は先行きが早速不安になった。

 

********

 

「よしっ、できた」

 

日は傾き、夕方。九兵衛が、最終的に決まった猿の名前を書き上げた。

 

『寿限無寿限無ウンコ投げ機一昨日の新ちゃんのパンツ新八の人生バルムンク=フェザリオンアイザック=シュナイダー三分の一の純情な感情の残った三分の二はさかむけが気になる感情裏切りは僕の名前を知っているようで知らないのを僕は知っている留守スルメめだかかずのここえだめめだか……このめだかはさっきとは違う奴だから池乃めだかの方だからラー油ゆうていみやおうきむこうぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺビチグソ丸』

 

「長ェェェェェェよ‼︎途中から完全にしりとりになってんじゃないすか‼︎最後に至っては何コレ⁉︎復活の呪文になってんだろーが‼︎」

 

本家の寿限無よりも長い名前になってしまったような気がする。そもそも寿限無の全てを覚えていない志乃にとってはどうでもよかった。寿限無を覚えるくらいなら、これはノミのピコ全文を覚えていた方がはるかにマシである。

 

「格式云々の話はどこいったんですか」

 

「真名というのは魂の名。これを他人に知られれば魂をいいようにされてしまう怖れがある。これだけ長ければ、いかなる者もお前の魂は汚せない」

 

猿を両手で抱え、九兵衛は満足そうに微笑む。

 

「よかったな。寿限無寿限無ウンコ投げ機一昨日の新ちゃんのパンツ新八の人生バルムンク=フェザリオンアイザック=シュナイダー三分の一の純情な感情の残った三分の二はさかむけが気になる感情裏切りは僕の名前を知っているようで知らないのを僕は知っている留守スルメめだかかずのここえだめめだか……このめだかはさっきとは違う奴だから池乃めだかの方だからラー油ゆうていみやおうきむこうぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺビチグソ丸」

 

「長ェェェェェェよ‼︎どう考えても長ェよやっぱり‼︎193文字も使っちゃってるよ‼︎」

 

「色々大変そうだけど頑張ってね……。寿限無寿限無ウンコ投げ機一昨日の新ちゃんのパンツ新八の人生バルムンク=フェザリオンア」

 

「いい‼︎もういい‼︎律儀に最後まで言わんでいいですからァ‼︎」

 

「あんまウンコばっか投げてちゃダメアルよ、寿限無寿限無ウンコ投げ機一昨日の新ちゃんのパンツ新八の人生バルムンク=フェザリ」

 

「オイぃぃぃぃぃ‼︎いい加減にしろよ‼︎全く話が進まないだろーが‼︎つーかアンタらよく覚えてんな‼︎」

 

「みんな、本当にありがとう。必ずセレブ猿にしてみせるよ‼︎いくぞ、寿限無寿限無ウンコ投げ機一昨日の新ちゃんのパンツ新八の人生バルムンク=フェザリオンアイザック=シュナイダー三分の一の純情な感情の」

 

「早く行けェェェ‼︎頼むから早く行けェェェ‼︎」

 

最近長篇続きで長らくツッコミから離れていた新八が、久々に仕事をしたためか、肩を弾ませている。これを、「夏休み明けって不健康な生活しまくったせいで体が怠いよね現象」という。

 

「だ…………大丈夫なんですかね。……あんな長い名前つけちゃって」

 

「心配いらねーよ師匠。九さんと寿限無寿限無ウンコ投げ機一昨日の新ちゃんのパンツ新八の人生バルムンク=フェザリオンアイザック=シュナイダー三分の一の純情な感情」

 

「もういいわァァァ‼︎」

 

夕焼け空に新八の本日最後となるツッコミが響いた時、猿の糞まみれになって廊下で倒れている銀時に、小さく哀しげな風が吹いた。

 

********

 

それから九兵衛は、寿限無寿限無ウンコ投げ機一昨日の新ちゃんのパンツ新八の人生バルムンク=フェザリオンアイザック=シュナイダー三分の一の純情な感情の残った三分の二はさかむけが気になる感情裏切りは僕の名前を知っているようで知らないのを僕は知っている留守スルメめだかかずのここえだめめだか……このめだかはさっきとは違う奴だから池乃めだかの方だからラー油ゆうていみやおうきむこうぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺビチグソ丸の躾を開始した。

最初はそれこそ四六時中糞を投げつける悪戯猿だったものの、九兵衛はその的として自分を差し出したのだ。それを全て躱してみせることで、猿を自分に執着させる。

それが功をきしたのか、結果猿は九兵衛に懐いたという。

それはそれは仲睦まじく、今ではまるで本物の弟のようにいつも隣におき、可愛がっているのだとかーー。

 

「チキショォオォオオオオオオ‼︎」

 

万事屋で叫ぶのは、九兵衛の世話係兼ストーカーポジションの変態・東城歩。ガンガンとテーブルに拳をぶつけ、心底悔しそうに泣きながら絶叫する。

 

「あんな猿公(えてこう)なんぞに遅れをとるとは、東城歩一生の不覚ぅぅぅう‼︎奴が来るまでは若の隣は常に私の指定席だったのに」

 

「お前の指定席は電柱の影だろ」

 

「あの肩に乗り小鳥のように(さえず)っていたのは私だったのに」

 

「お前が乗ってたのは場末のソープのマットの上だろ」

 

銀時の二度にわたる的確な指摘(冷たいツッコミ)も無視して、東城は未だ喚く。

 

「今じゃ私の居場所はロフトのカーテンのシャーの奴のコーナーしかない‼︎今の私はまるで余ったカーテンのシャーの奴と同じだ‼︎どのカーテンにも引っ掛けてもらえずカーテンが動く度右に左にシャーッ、道場とロフトの(はざま)をシャーッ、生と死の(はざま)をシャーッ。結局私は死ぬまでシャーし続けるシャーの奴と同じだ、シャーないんだよ私は‼︎でもしゃーないだろシャーなんだから‼︎」

 

「シャーシャーうるせェェェェェ‼︎」

 

いい加減耳障りになってきた銀時が、東城の頭に踏みつけるような飛び蹴りを浴びせる。

傍観する志乃は、床と東城の頬が擦れて痛そうとかこれっぽっちも思わない。本当にシャーって音がしたね、おめでとうとしか思わない。

 

「一体何をしに来たんだテメーは。結局前と何も変わってねーだろうが。さっさとソープでシャーしてこい」

 

銀時に続いて、新八も東城に言う。

 

「そうですよ、お猿さんにヤキモチなんてみっともないですよ。九兵衛さんにとってはいい傾向じゃないですか。姉弟(きょうだい)なんて言ってたけどそれって母性愛ってやつの目覚めなのかもしれませんよ。九兵衛さんの奥底に眠っていた女性の性が、か弱い存在を護り世話する事によって、芽吹き始めてるのかもしれない。東城さんだって女の子に戻ってほしいって言ってたじゃないですか。チャンスかもしれないんですよ」

 

「そうネ!九ちゃん今まで見たことのない顔してたアルヨ」

 

さらには神楽まで諭すように言うが、東城はそれを一蹴した。

 

「うるせェェェアアア‼︎てめーらに何がわかるんだよ‼︎じゃあ訊くけどてめーら知ってるかァ⁉︎猿のケツってさァ、漫画やイラストじゃサラリと可愛く描かれてるけどさァ、リアルだとなんかボコボコしててスッゲ気持ちワリーんだぞォォォ‼︎エライ事になってるんだぞォォ‼︎」

 

「何の話してるんですかこの人」

 

「あの汚ねぇケツを若の肩に擦り付けてると思ったら………………私は……私は…………あ"あ"あ"あ"あ"あ"‼︎羨ましいですよね」

 

「オイ神楽、志乃。そいつのケツボコボコにしてやれ」

 

どっちにしたってただの変態に変わりはなかった。銀時に命令された二人は「あいあいさー」と緩く返事をしてから、東城の尻をキツく蹴りまくる。

 

「いだァ‼︎あふっ、ちょっゴメ‼︎違うちょっこの娘達マジッ洒落になってね‼︎すんまっせん間違いました、そうじゃないんです‼︎そんな事言いに来たんじゃないんです‼︎」

 

「何。要件があるなら一番最初に持ってきて。じゃないと今度はそのケツ金属バットで叩くから」

 

「ガキの使いより過激‼︎」

 

確かに尻を金属バットで、さらに剛力を誇る銀狼によって殴られれば、ただじゃ済まないだろう。ある意味拷問に近い代物だ、と東城は身を震わせた。

フゥと息を整えて、続ける。

 

「………………これはまだ若には話していないんですが、若にとっては悪い報せ、私にとっては吉報があるんです。将軍家から、あの猿を返せとの命がきているんです」

 

そういえば、と志乃も話を聞きながら思い出す。あの猿は元々、将軍家の縁者に譲られるものだった。なるほど、九兵衛に躾けられたあの猿の噂を聞き、それならば、という話になったのだろう。

 

「そっ……そんなの今更ズルイアル!厄介払いしたクセに。勝手な都合で命他人(ひと)に押し付けて、勝手な都合でその命引き剝がしてくつもりアルか‼︎」

 

同じくペットを飼っている神楽としては、納得いかないだろう。対する志乃は、人間などそんなものだと肩を竦めていた。

以前の九兵衛ならば問題なかっただろうが、今の猿を溺愛するあの様子では……彼女が酷であることは容易に想像できる。

次の瞬間、東城が鮮やかな土下座をキメた。

 

「お頼み申すっ‼︎この話っ、そなたらから若につけてくれませんか‼︎」

 

またもエゴの匂いが漂う話に、神楽は苛立つ。

 

「はぁ⁉︎オイお前まで何勝手な事‼︎」

 

「だってェェェェェ‼︎そんな事言ったら絶対嫌われるじゃんんんん‼︎」

 

「私達はお前が何言って嫌われようが興味ないからな。つーか元々お前が九さんに嫌われてるのは事実だろ。疑いようのない真実だろ。私達がそんな役買ってやる筋合いもねェ。わかったらさっさと九さんに直接言って玉砕してこい東城さん(ストーカー)

 

「志乃殿ォォ‼︎貴女という人には血も涙もないんですかァァァ‼︎絶対ゴスロリ似合うのにィ‼︎」

 

「それとこれとは関係ねーだろ‼︎お前マジでケツボコボコにすんぞ‼︎」

 

何なんだ。長髪の年上の男にはコスプレ趣味のバカしかいないのか。呆れを通り越して腹が立ってきた志乃は、腰に挿した金属バットを抜いて、東城を四つん這いにさせるべく背中を蹴りつける。

その時、開いていた扉に誰かの気配を感じた。

振り返ってみるとそこにはーー九兵衛とあの猿がいた。


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