銀狼 銀魂版   作:支倉貢

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過去ばかり振り返りすぎてもダメ

一方その頃。銀時は杉浦の正体の手がかりを求め、桂を訪れていた。

 

「銀時!久しぶりじゃないか!最近まためっきり出番がなかったから、こうしてずっとスタンバッて……」

 

「知るかンなモン。ヅラ、杉浦大輔とかいう野郎の情報を全て吐け」

 

久々の出演に歓喜する桂を足蹴に、銀時は用件を伝えた。

曲がりなりにも桂とは付き合いの長い銀時は、彼の扱いも心得ている。

こういう時は相手にせず、こちらの用件さえ済ませてしまえばいい。それが終わればひたすら放置だ。そうしなければ、彼の面倒なノリに延々と付き合わされる。

 

「ヅラじゃない桂だ!しかし待て、今何と言った?杉浦大輔?」

 

「あぁ。そいつが志乃に毒を盛りやがった。だから俺が殺しに行く」

 

「ちょ、ちょっと待て銀時!志乃が巻き込まれたのか⁉︎そうなのか⁉︎」

 

「だからそうだっつってんだよ。いーからさっさと情報よこせ。じゃねーと肩慣らしにお前フルボッコにすんぞ」

 

「フルボッコじゃない桂だ」

 

事態を察し始めた桂も、腕を組んでようやく話を進めようとする。

 

「しかし、相手は杉浦だ。並大抵のことで勝てるかどうか……」

 

「どーいうことだよ。アイツ剣もまともに扱えねーじゃねーか」

 

「確かに杉浦の剣術は最低だ。だが奴はかつて攘夷戦争において、敵を錯乱させる呪術を駆使し、天人共を一掃してしまったという天才呪術師だ」

 

呪術師、と聞いて銀時はどこか納得したような感覚を覚えた。杉浦は銀時達の目の前で医者の体を遠隔操作で乗っ取ってみせた。そんな芸当ができるなんて普通の人間ではないと思っていたが、呪術師となれば話がつく。

それに、この小説では一切触れていないが、銀時は陰陽師達と闘り合った経験もある。陰陽師と呪術師など似たようなものだ、八雲がいい例ーーそう思うことにした。

 

「さらに奴は最近、巷に溢れる浪士達を操り、何か良からぬことを企んでいるらしい。それが幕府に対するクーデターかどうか、わからないが」

 

「……野郎の狙いは何だ」

 

「知らん。だが一つだけ言える。あの男は、俺達志乃の兄を敵にまわした。もしあの男の狙いが志乃たった一人だというのならば、杉浦は己にとって、最悪の道を選んだということだ」

 

それもそうだな、と桂の言葉に納得する。かつて攘夷戦争で名を馳せた銀時達に喧嘩を売るなど、アホとしか言いようがない。もし杉浦が名のある剣士ならばまだしも、並より少し上程度なら銀時は負ける気がしなかった。

しかも、杉浦は銀時にとって大切なものーー志乃を傷つけた。何よりも大切な妹に手を出された兄の気持ちは、もちろんだが穏やかではない。早々に殺してやりたいと思っている。

 

「銀さァァん‼︎」

 

遠くから、新八と神楽がこちらへ駆け寄ってきた。切らした息を整えつつ、必死に銀時に訴える。

 

「志乃ちゃんが病院を抜け出して、一人杉浦さんの元へ!」

 

「暗号もアイツの居場所もわかったアル!早く行かないと志乃ちゃんが‼︎」

 

「何⁉︎志乃がか⁉︎」

 

桂が反応したより早く、銀時が動き出す。

 

「行くアルヨ、銀ちゃん‼︎」

 

「こっちです!」

 

先導する二人に並んで、銀時も回転する足を早めた。

 

ーー志乃……!

 

********

 

ガキィン‼︎

 

二つの刀がぶつかり合い、一方は弾かれてしまう。太刀を横に振り切ろうとする前に、杉浦は指を鳴らし、再び床に仕掛けた呪術を発動した。

 

「うくっ‼︎」

 

苦しげな呻き声を上げた志乃だが、すぐに持ち堪えて杉浦に斬りかかる。

先程より、呪術の威力が弱くなった?……いや、違う。

 

「チッ!この力にもう慣れたってのかよ……!どんだけ順応性の高い奴なんだ!」

 

「ハハッ!二度も同じ手がきくかよ、バーカ‼︎私は、霧島天乃(ぎんろう)の娘だ!」

 

確実に仕留めようと襲いかかってくる太刀筋を、杉浦は全神経を集中させて躱していく。呼吸する暇や、瞬き一つもできない、容赦ない連撃。刹那、ピッ、と志乃の太刀が頬の皮を薄く切った。

 

あぁ、本当によく似ている。俺の惚れた、あの(ひと)に。

その真っ直ぐに見つめてくる目も、でたらめで無作法で、気まぐれな太刀筋も。それはコイツが、実の娘だからか。

でも、認めたくはない。母親のことを何も知らないクセに。顔も見たことがないクセに。母の命と引き換えに生まれたクセに。

この娘が、霧島天乃(ぎんろう)の娘だと名乗るのが、ひどく気に入らない。

 

「黙れ……」

 

「……何だと?」

 

「黙れっつってんだ‼︎」

 

不意に、杉浦が掌を志乃の顔面にかざす。どこからか力が起こったのかわからぬまま、次の瞬間、志乃の体は後方に吹っ飛ばされていた。

ドサッと床に叩きつけられ、ゴロゴロと転がる体。痛みに顔を歪めつつ、体を起こそうと肘をつくと、腹を思いっきり踏まれた。

 

「あがっ……!」

 

「お前が……母親の名を……いや、姉上の名を口にするな。俺の愛しい姉上……霧島天乃の名を……‼︎」

 

「っ、あ!くっぅ……」

 

ぼやけた視界で捉えた杉浦の目は、深い憎悪の炎を燃やしていた。その元凶である志乃を、逃がすまいとさらに強く踏みつける。

右手を覆っていた毒は既に肩まで侵食し、全く動かなくなっている。

 

「あぁあ……っ……、何故……だ……っ」

 

「……?」

 

「何故、お前……は……その姿に、なってまで……銀狼の体を、失ってまで……私に、こだ、わる……っ」

 

苦しげな声で尋ねる志乃に、杉浦は嘲笑を浮かべて見下ろす。

 

「何故、だと……?そんなの決まってる。お前が……俺の姉上を奪ったあの男と、似ているからだ」

 

********

 

ーー杉浦……いや、刹乃が生まれ物心ついた頃。刹乃は、"銀狼"の息子として様々なことを学んだ。

 

謀略の編み出し方、剣術、人の心の壊し方……人斬り一族の血を引く者として、刹乃は幼いながら、最恐の人殺しになるための教育を受けた。

刹乃にとって、それは普通だった。

"銀狼"の一族は一妻多夫制で、代々女が強い家系。その中で刹乃は男として、女達を護るための道具として育てられた。

当時、母は既に隠居し、現在はその長女が形式上当主となっていた。

しかし、その当主という女が、これまた不思議な女だった。

 

ある日、刹乃が自室で本を読んでいると。

 

「よっ。相変わらず本ばっか読んでるな、刹乃は」

 

ポス、と軽く頭を叩かれ、振り仰ぐ。自分と同じ銀髪に赤い目。

特徴を挙げるとすれば、無地の藤色の着流しの上に、派手な桜柄の上着を纏っている点だろうか。

しかし、下の着流しは袖が無いだけでなく、裾は膝上。そこから覗く手足はスラリとしており、女の魅力に溢れている。

 

この女こそ、当時の"銀狼"当主であり、刹乃の姉・霧島天乃。彼女は歴代の当主の中でもひときわ変わり者だった。

冷酷無比である銀狼の直系の生まれながら、ひたすら身内や他人に甘い。

さらに当主でありながら病弱で、一族の誰もが彼女に良い印象を持たず、当主に相応しくないと言われる始末。しかしそのくせ、剣術だけは一族の誰よりも強かった。

刹乃はそんな姉が苦手で、いつも距離を置いていた。

 

「……お久しぶりです、殿」

 

「なんだよ、堅っ苦しいなァ〜。姉ちゃんと呼べと何度も言ったはずだ!」

 

「当主であらせられる貴女様にそのような口のきき方をしては、私が殺されます故」

 

「そうか。誰だお前を殺そうとした奴。名を言え。即刻叩きのめしてやる」

 

「大御所様が嘆いておられましたよ。『アレのブラコンシスコンには困ったものだ』と。我々の一族に、家族の情など不要。我々は、人を殺していればそれで良い。そうですよね?殿」

 

感情のない目で天乃を見上げれば、彼女から言葉ではなくチョップが返ってきた。

 

「……⁉︎」

 

「バカ。いいか刹乃。そんな哀しい事、二度と姉ちゃんの前で言うな。姉が弟妹達を労って何が悪い?わたしは何も悪いことなどしていない」

 

「ですが、銀狼一族の掟によれば……!」

 

「まだそんなもん読んでたのか。こんなん、わたし達には必要ねーんだよ!」

 

「あっ!」

 

声を荒げた天乃は、刹乃から強引に本を奪い取り、腰の太刀で斬り捨てた。

紙はハラハラと宙を舞い、庭の地面に落ちていく。

 

「何てことをするんですか‼︎」

 

「まったく……どうやら改革はこれっぽっちも浸透してないようだな」

 

怒りの表情で自分を睨みつける弟と視線を合わせ、天乃は彼の頭を優しく撫でた。

 

「いいか、刹乃。わたし達は今まで人を斬ることばかり考えていた。争いの絶えない世界なら、もしかしたらそれでもよかったのかもしれない。でも、今の時代は平和だ。そんな時代に、わたし達は何を糧に生きていけばいいのだろう?」

 

「……え?」

 

刹乃は生まれて初めて、自分の生きる意味について問われた。

自分達はただ、人を斬っていればそれでいいと思っていたから。そう教えられていたから。

天乃は哀しげに目を伏せ、弟の頬に手を添える。

 

「今までみたいに、人を殺し続ける?何の罪もない人々を傷つける?そんなことをしたら、この世界では悪となり、わたし達ははみ出し者として世界から嫌われてしまう……。わたしは、そんなのは嫌だ。せっかくこの世に生まれてきたんだ。ただ人を殺すだけの人生なんて、つまらないしひどく哀しい。この業を、末代まで続けたくない。きっと、もっと、わたし達は幸せになれるはずなんだ。だから……」

 

ずいっと顔を近づけ、刹乃の瞳一杯に、天乃の勝気な笑顔が映る。

 

「わたしは、お前達が幸せになれる生き方を示してみせる。みんなと手を取り合って、生きていく……そんな世界を、わたしが作るんだ!」

 

「‼︎」

 

ニッと無邪気な子供のように笑んだ天乃は、腰を上げて庭を眺めた。

 

「そのために、まずこの掟からぶっ壊そうと思う」

 

「⁉︎そ、そんなことをしては……‼︎」

 

「あぁ、全員から反発を食らうだろうな。現に、一族の中でもわたしを排して妹を担ごうとする動きもある」

 

「……わかってて、泳がせているのですか?」

 

「いや、それがそいつらの生きる糧だと、生きる意味だと言うのなら、わたしは止めない。きっとわたしも何か間違っていて、そいつらも何か間違っているんだ。何かを新しく創造するなら、それがいい。白でも黒でもない、灰色ぐらいがちょうどいいんだ。きっと」

 

刹乃は呆然として、年の離れた姉を見上げた。

すごい人だ。この人は常に未来を考えて、俺達の幸せのためを思ってくれている……。

眩しい。眩しいよ、姉上。でも……どうか、俺を連れてってほしい。姉上の見ている世界を、俺にも見せてほしい……!

 

「…………姉上」

 

「?」

 

「私……も……姉上の夢、応援します。姉上のお力になれるかはわかりませんが……でも…………」

 

「刹乃っ!」

 

俯きがちにぽしょぽしょと呟いていた刹乃の体は、不意に持ち上がった。

突然のことに刹乃は驚いたが、そんな間も無く天乃の両腕と胸に閉じ込められる。

 

「ありがとな、刹乃!流石わたしの末弟だ!」

 

「あ、あああ姉上⁉︎ちょ、放し……」

 

「ふふふっ!もう逃がさないぞ刹乃!お前は今日からわたしのものだ!」

 

「ええっ⁉︎」

 

めちゃくちゃな発言に困り果てる弟を放って、姉はにししと悪戯が成功した子供のような笑顔。

こうして彼は、霧島天乃という女に嵌っていった。

 

********

 

初めて聞いた、母の話。

志乃は戦闘中で、自分が不利な状況下にあるのも忘れて、ただ杉浦ーー刹乃の話に聞き入っていた。

 

「……それから数年後、"あの男"は突如俺の前に現れた……」

 

絞り出すような声で、杉浦は続けた。

 

********

 

天乃の改革はもちろん上手くいかず、居場所を失くした天乃はよく家を空けるようになった。久々に帰ってきたかと思えば、すぐに出て行ってしまう。

「自分もついて行きたい」と何度も天乃に頼んだが、彼女はそれを拒否し、次第に刹乃の居場所もなくなっていた。

 

そんなある日。

いつもと同じような夜のはずが、一生忘れられない夜になった。

彼の身に何が起こったのか。

 

端的に言うと、一族郎党皆殺し。

あの強かった父が、誰にも負けなかった母が、何度挑んでも勝てなかった姉兄達が、次々と死んでいく。

何もできない彼の目の前で、理不尽とも言える殺戮は行われた。

こんな時に限って、天乃はいない。どこにもいない。助けを求めたくても、手は届かない。

 

「これで最後か」

 

男達の格好は、皆一様だったのを覚えている。それが異様と言えばそうなるが、命の危機に瀕している彼にとっては、そんなことは些細な事に過ぎなかった。

振り上げられた刃が、炎の光に当たってオレンジ色に煌めく。

 

嫌だ。

 

嫌だ。

 

怖い。

 

怖い。

 

助けて。

 

助けて。

 

助けて。

 

「姉上ェェェェェェェェェェェェェェ‼︎」

 

涙混じりの絶叫が空に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「刹乃ォォォォォォォォォォォ‼︎」

 

耳を劈くような叫び声で、名が呼ばれる。

刹那、刹乃に刃を向けていた男は大量の血を吹き出して倒れた。

揺らめく炎の中、いつもの綺麗な顔を乱して、弟を心配そうに見つめる姉が立っていた。

 

「姉上ェ‼︎」

 

「刹乃っ!無事か、よかった……!」

 

安堵したように刹乃を抱きしめた天乃は、すぐに周りを見渡す。

辺り一帯は全て炎に包まれ、逃げ場など見当たらない。

風に吹かれて宙を舞う塵に顔をしかめながらも、天乃は刹乃を抱く手を緩めなかった。

 

「……遅くなってすまない。他のみんなはもう手遅れか……。もっとわたしが、早くここに来ていれば……いや、わたしがこの村を離れなければ……!」

 

「……姉上…………?」

 

普段の彼女が絶対に見せない、険しい表情。

天乃は刹乃の肩に手を置き、視線を合わせた。

 

「刹乃、よく聞け。敵の狙いはわたしだ。わたしが奴らの注意を引きつける。だからお前は地下通路を通って逃げろ!」

 

「⁉︎嫌です!姉上と離れるなんてもう嫌だ‼︎」

 

「駄々捏ねんな‼︎いいから早く行け‼︎」

 

「いやだァァ‼︎」

 

感情のままに叫んでしまったのが、いけなかった。

炎に紛れて隠れていた二人は見つかり、あっさりと囲まれてしまう。

天乃は太刀を振るい、敵を次々と打ち倒していく。

 

「刹乃‼︎早くこっちに……」

 

弟の手を引き逃げようと背を向けた瞬間、天乃は背後からのとてつもない殺気に振り返ることができなかった。

咄嗟に、刹乃を押し飛ばす。次には、足に痛みが走った。

 

「ぐっ!」

 

「姉上‼︎」

 

足に針を撃ち込まれ、自由が効かなくなる。天乃は倒れ込みつつも刹乃を背に庇い、彼を護ろうとした。

じりじり、と男達が天乃と距離を詰めていく。

同じ格好をした男達の中から一人、頭らしき男が現れた。

笠と烏の面との間から、冷たい視線が天乃を射抜く。

彼の狙いは、はじめから天乃たった一人だった。

なのに何故、一族抹殺を実行したのか。

それは、彼女に深い絶望を与え、「"銀狼"としての彼女」を殺すためである。

 

「……何で……。どうしてお前が、こんなマネを……」

 

荒い呼吸を繰り返す天乃が、リーダー格の男に尋ねる。その声は、掠れていた。

 

「天乃…………私は貴女に出会うずっと前から、貴女のことが好きでした。貴女を手に入れたくて、私はありとあらゆる手段で貴女を殺そうとした……。でも、貴女を殺すことはできなかった」

 

ゆっくり近づいてくる男から後ずさりをして離れる。天乃は恐怖に震える刹乃を押しやり、早く逃げろと促した。

男の語り口は止まらない。

 

「貴女はとても強いお人だ。幾度となく壊しても、その目は、その心は決して屈することはなく、美しい。まさに、気高い狼。ですが……………………だからこそ、潰し甲斐がある」

 

「‼︎」

 

天乃が目を見開いた瞬間、左肩を貫かれる感覚が走った。天乃はすぐに左手で、肩を貫通する刀を握りしめ、太刀で男の脇腹を突く。

しかし切っ先が男の服を切る前に、上体が押し倒され、強く踏みつけられる。

 

「くっ……‼︎」

 

「姉上ッ‼︎」

 

「来るな、刹乃‼︎早く行けェェ‼︎」

 

逃げようとした足を止めた刹乃だったが、男の仲間に囲まれてしまう。天乃は怯えてへたり込んだ弟を救うべく、男に叫んだ。

 

「やめろ‼︎あの子だけには手を出すな‼︎」

 

「…………ほう。まさか銀狼である貴女が、弟のために命乞いをするとは。珍しいものを見せていただきましたが、それはそれ、これはこれ。……あの弟を殺せば、ようやく銀狼としての天乃(あなた)は死ぬ」

 

「‼︎やめろ‼︎頼む、やめてくれ‼︎わたしならどうなっても構わない‼︎だから頼む、あの子だけは、あの子だけは傷つけないでくれっ‼︎」

 

初めて聞いた、姉の絶叫。刹乃は怖くて、ただ耳を塞ぎたかった。

姉の前に立つ男は、腰の短刀を抜いて、彼女の首に当てがう。

 

「……それが貴女の願いですか」

 

「……………………」

 

「それさえ叶えば、貴女はどうなってもいいと?」

 

「ああ、もちろんだ。約束する」

 

「………………その童を解放しなさい」

 

男の命令で、刹乃を囲んでいた影が遠のく。

立ち上がった刹乃は天乃に駆け寄ろうとしたが、彼女の目に制された。早く逃げろと、目で訴えかけてきたのだ。

刹乃は涙を滲ませながらも、震える足を叩いて走り出した。

 

その後、姉がどうなったかは、知る由もない。

 

********

 

「……それから俺は、銀狼として生きていた。姉上を救うために。あの時俺を庇って行方知れずになった、姉上を取り戻すために。俺は攘夷戦争に参加し、己の力を磨きつつ、名を上げていった。そうすれば、姉上を狙った連中が何なのかわかる。姉上を終わらせようとしたあの男の正体が掴めるはずだと」

 

「……………………」

 

杉浦は、足蹴にしている姉の娘に視線を移す。

 

「そこで俺は銀時達と出会い、必然的にお前とも出会った。初めてお前を見た時は驚いたよ……姉上に瓜二つだった。あの時失った姉上が、生まれ変わって俺の元へ帰ってきたとばかり思っていた……」

 

西日はさらに傾き、明かりのない倉庫はさらに暗くなる。それでも、二人の目には互いの顔が見えていた。

 

「……………………だが…………霧島刹乃の身体を奪われ、成長していったお前を見た時…………俺は愕然としたよ。お前は姉上に似るどころか、段々あの男に似てきやがった……。俺から全てを奪った、あの男に……!」

 

「⁉︎ぅ、ぐっ……!」

 

乗せられた足に体重をかけられ、志乃は苦しげに目を瞑る。

左手で杉浦の足首を掴むも、毒の侵食がそろそろ右半身を覆い尽くし、身動きが取れない。

そんな彼女を愉悦の表情で眺めながら、杉浦は懐から新たな短刀を取り出し、鞘を払う。

 

「心配するな。お前の父親も母親も既にこの世にいない……俺が復讐したいのはお前だけだ。そのためなら、お前を覚醒させて、お前の周りにいる連中全員を殺させることも厭わなかった。だが……おかげでその手間が省けそうだ。バイバイ、志乃」

 

短刀を両手で構えた杉浦が、志乃の喉元めがけて振り下ろす。

しかし、杉浦の目に映ったのはーー。

 

「…………ッ⁉︎」

 

どこか物憂げな色をした目で笑いかける、姉だった。


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