「……ん」
目を覚ました志乃は、まだ少し霞がかかった頭を何とか動かそうとした。
しかし、ぼんやりした頭ではまともに状況を判断することも出来ない。
おまけに手には頑丈な枷がはめられ、ビクともしない。完全に捕まったらしい。
何とか状況判断が出来るほどにはなった頭だけを頼りに、志乃はゆっくりと体を起こした。
「っつぅ……どこここ……」
「目覚めたか、銀狼」
「!!」
何者かの気配を感じた志乃は、咄嗟にバックステップでその気配との距離をとった。
そこには、マントを羽織り、眼鏡をかけた天人がいた。陀絡だ。
「……誰アンタ。ロリコン?」
「流石、かつて攘夷戦争でその名を馳せた銀狼だ。危険察知能力は優れているようだな。戦が終わっても、その血は本能のままだな」
「誰だっつってんの。話聞けボケナス」
志乃は陀絡を罵倒しながら、枷をはめられた手を前に出し、腰に提げているはずの金属バットに手を伸ばす。
しかし、そこには何もなかった。
「あり?」
「バカだな。相手が最恐と謳われた人斬りだってのに手を打たねェ奴がどこに居るんだ」
「さっきから何言ってんのおっさん。銀狼とか最恐とか何とか。中二病ですか?いい歳して中二病ですか?うわ、痛い!」
ゲラゲラ笑う志乃の腹に、陀絡はイラついて蹴りを入れた。
痛みに耐えかねた志乃は咳き込み、蹲る。
「とぼけるなよ銀狼。俺達は前々からてめーの辺りをずっと探ってたんだ。この星最恐の戦闘集団『獣衆』。その棟梁を務める一族。銀髪を振り乱し、爛々と輝く赤い目は血の色のみを映すという。それが、"銀狼"……てめーのことだろ」
「はァ……?知らないよそんなの。私は銀狼なんて名前じゃない。私の名前は霧島志乃。かぶき町で万事屋やってるただの一般人だよ」
立ち上がった志乃は、陀絡と堂々と睨み合う。
それは少女ながら、その背後には猛獣が潜んでいた。
気を抜けば、すぐにそれは牙を剥く。
故に、陀絡は気を張り詰めていた。
そんな時、陀絡の背後から手下の天人が現れる。
「陀絡さんちょっと。表に妙な奴等が来てまして」
「妙な奴等?適当に処理しとけ。俺ァ今忙しいんだ。銀狼。いい機会だ。てめーに俺達が何か教えてやるよ」
陀絡は黙って自分を見上げる志乃に、ニヤリと笑った。
********
一方、船の前。
船に連れ去られた新八、神楽、志乃を救うべく、銀時、桂、小春、橘が現れた。
……海賊のコスプレをして。
「だァーから、ウチはそーゆの要らねーんだって!!」
「つれねーな。俺達も海賊になりてーんだよ〜連れてってくれよ〜。な?ヅラ」
「ヅラじゃない。キャプテンカツーラだ」
「そうそう。私達幼い頃から海賊になるのを夢見てきたわんぱく小僧でねェ。失われた秘宝"ワンパーク"というのを探してんのよ!ね?ヅラ」
「ヅラじゃない。キャプテンカツーラだ」
「知らねーよ。勝手に探せ」
「んなこと言うなよ〜。俺手がフックなんだよ。もう海賊かハンガーになるしかねーんだよ〜」
「知らねーよ何にでもなれるさお前なら」
何度も突き返しているというのにこのザマだ。
一人はずっとキャプテンカツーラだと名乗っているし、一人は一言も喋らないし何より目付きが怖い。
天人は呆れて、去ろうとした。
「とにかく帰れ。ウチはそんなに甘い所じゃな……」
カチャ、という金属音がした。
天人が振り返ろうとするが、その前に銀時と桂が左右から剣を天人の首に当て、いつの間にか前方に立っていた小春は天人の額に拳銃を突き付け、橘は天人の笠の下から槍の穂先を忍ばせていた。
「とことん冷たい奴等だな、お前等」
「面接ぐらい受けさせてくれよォ」
「ホラ、履歴書もあるぞ」
「しかも、ちゃ〜んと4枚ね」
********
一方その頃。
甲板上では、志乃は天人達に押さえられ、同じく捕まっていた新八と神楽をただ見ているしかなかった。
水をぶっかけられ、目が覚めた新八はふと上を見る。
そこには、陀絡によって、気を失っている神楽が海の上に吊り下げられている様だった。
「神楽ちゃん!!」
「オジさんはねェ不潔な奴と仕事の邪魔する奴が大嫌いなんだ。もうここらで邪魔な鼠を一掃したい。お前らの巣を教えろ。意地張るってんならコイツ死ぬぞ」
「何の話だよ!!」
「とぼけんな。てめーが攘夷志士だってのは分かってる」
「はっ!?」
「違う!!コイツらは攘夷志士なんかじゃない!!」
「てめーらのアジト教えろって言ってんだよ!!桂の野郎はどこに居んだ!!」
「新八!!」
志乃は新八と神楽を助けようと必死に抵抗するが、大勢で押さえ付けている天人達はビクともしない。
「何言ってんだよお前ら!!僕らは攘夷志士なんかじゃないし、桂さんの居場所なんて知らない!!神楽ちゃんを離せ!!ここは侍の国だぞ!!お前らなんて出てけ!!」
「侍だァ?そんなもんもうこの国にゃいねっ……」
陀絡と神楽の視線が交差する。
神楽は自由な両足で、陀絡の顔を蹴っ飛ばした。
「ほァちゃアアア!!」
神楽は自由になったものの、その反動で海に落ちていく。
「神楽ちゃ……」
「神楽!!」
「足手まといなるの御免ヨ。バイバイ」
あわや、神楽が海に落ちて行こうとしたその時。
「待てェェェ!!待て待て待て待て待て待て待てェェェ!!」
待てとたくさん叫びながら船の脇を駆け抜けていく男が居た。
男は落ちていく神楽を抱え、甲板に躍り出る。
その男は、誰もが待ち望んだ我らがヒーロー・銀時だった。
「こんにちは坂田銀時です。キャプテン志望してます。趣味は糖分摂取、特技は目ェ開けたまま寝れることです」
「銀さん!!」
「銀!!」
「てめェ生きてやがったのか。フン、だが……あの青髪のひ弱なガキは死んだみたいだな」
「死んでないわよ、アホ」
甲板に現れた2つの影に、天人達は構える。
そこには、金髪を靡かせた小春と、黒髪の橘が立っていた。
「ハル!!たっちー!!」
「志乃ちゃん!!怪我してない!?大丈夫?」
「何とかねー!」
「無事で良かった」
「おやおや。獣衆の一族がぞろぞろと」
次の瞬間、爆発音が鳴り響く。
すぐに、手下が陀絡に報告に来た。
「陀絡さん、倉庫で爆発が!!転生郷が!!」
「俺の用は終わったぞ。後はお前達の出番だ。銀時、小春、剛三。好きに暴れるがいい。邪魔する奴は俺が除こう」
「てめェは……桂!!」
「違〜〜う!!キャプテンカツーラだァァァ!!」
桂が船の上から、爆弾を両手に現れた。
そして、天人の手下達に爆弾を次々と投げつける。
志乃の腕を掴む天人達に、小春が二丁の拳銃を、橘が槍を手に走り出す。
「その汚ねェ手を志乃ちゃんから離しなさいクソ共がァァァ!!」
鬼の形相で、天人達の脳を次々と撃ち抜く小春。
傍らでは、橘が槍を振り回し、敵を斬りつけたり突き飛ばしたりして突破口を開いていった。
危機感をもった天人は、左右から志乃のこめかみに銃を当てる。
「く、来るなァァ!!金獅子!!来たらこの小娘をころ……」
最後まで言い切る前に、小春の2つの銃弾が天人の心臓を射抜く。
天人は2人同時に倒れ、志乃は自由となった。
********
「ハル!!たっちー!!うわぁぁぁん!!」
「志乃ちゃーーーん!!」
小春の抱きつきが、志乃のダメージを受けた腹にジャストミート。痛いことこの上ない。
志乃は痛みを呑み込みながらも、助けてくれた2人に感謝を述べた。
「あー、一時はどうなることかと思った」
「こっちの台詞よ!!というか何で私を連れてってくれなかったの!?そしたら、時雪くんよりは役に立ったのに!!」
「いや、だってハルは仕事に行ってたじゃん」
「サボるのは良くない」
2人の釘を刺された小春は、項垂れた。
「ねー、たっちー。おんぶ」
「……」
小春を他所に、志乃は橘におんぶを要求した。
橘は黙って屈む。
橘の背に乗った志乃は、小春を呼んで帰路に着いた。
「……ねぇ、ハル。たっちー。一つ聞きたいんだけど」
「何?志乃ちゃん」
「『獣衆』って、何?」
志乃の質問に、ピクッと反応する小春と橘。
小春はそれを隠すように笑顔を浮かべて言った。
「さぁ?誰に言われたのソレ」
「うんとねー、天人。眼鏡かけためちゃくちゃとっつきにくそうな奴」
「そいつ中二病だったんじゃない?」
「あ、やっぱりそうだったんだ!」
志乃は、「やっぱアイツ中二病だったんだ〜」と一人納得していたが、小春と橘は険しい表情で帰路についていた。
『獣衆』とは。
"銀狼"とは何か。
それは、また次の機会にてーー。