銀狼 銀魂版   作:支倉貢

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老人と若者は持ちつ持たれつ

四天王の一人・お登勢が、次郎長にやられた。

その噂を聞きつけた志乃は、すぐにスクーターに飛び乗って、かぶき町にある病院に向かった。

 

あの時、何も起こらなければいいなんて思ってしまったから。そんな考えがグルグル頭の中でループして、まともな思考が維持できない。

それでも、志乃はフルスロットルでスクーターを飛ばした。

 

********

 

病院に到着するなり、受付を済ませずに集中治療室へ足を速める。廊下にあるベンチに座る新八と神楽の姿が見えてきた。

 

「師匠、神楽!」

 

「!志乃ちゃん‼︎」

 

志乃を見るなり、新八が立ち上がる。荒い呼吸を整えつつ、汗を拭った。

 

「バ……バーさんは……大丈夫、なの……⁉︎」

 

新八は黙って、チラリと視線を投げる。集中治療室の前の窓に、キャサリンとたま、お瀧の背中が見えた。

ゆっくりと、彼女らの元歩み寄る。集中治療室の中では、慌ただしく医師達が動き回っていて、その真ん中のベッドにはお登勢が横たわっていた。

 

「…………‼︎」

 

息が止まったかのような感覚に襲われた。いつも笑っていた彼女のこんな姿を見るのは初めてで、一気に怖くなった。

隣に立っていたお瀧が、膝から崩れ落ちる。ぎゅっと強く拳を握りしめ、啜り泣く声が静かな病院に響いた。

 

死んだように眠るお登勢から、目が離せない。

いつかこんな日が来るとは思っていた。でも、それはあまりにも唐突すぎて、言葉も出ない。志乃は愕然として、お登勢を見つめていた。

 

********

 

ーー自然と思い出されるのは、お登勢に初めて出会った時のこと。

 

「この度、かぶき町にやってまいりました。霧島志乃といいます」

 

開店前のスナックで、志乃はこうべを垂れる。目の前に座るババアはジッとこちらを見つめて返した。

 

「そうかい。……こんな歳でかぶき町(ここ)にやってくるなんて、相当苦労してきたんだね」

 

「え……」

 

「何でわかるのかって?わかるさ。アンタのその渇き切った目ェ見てたら、なんだかそう思えてきてねェ」

 

「…………」

 

志乃はかぶき町に来る前、今まで自分の保護者であり庇護者でもあった銀時と別れた。それから一度役人に捕まったものの、何とか逃げ出して「獣衆」と共にかぶき町に根を下ろしたのである。

 

渇いた目。そんなに乾燥していたか、と見当違いに受け取り、志乃はゴシゴシと目を擦る。

お登勢は紫煙を燻らせて志乃の頭を撫でた。

 

「ここに住んでるガキなんて、どいつもこいつもすれてやがるからね。アンタはどうだか知らないが……まァ、困ったことがあればあたしに相談しな」

 

「……はい。ありがとうございます」

 

「そんな畏まらなくてもいいんだよ。アンタはまだ子供なんだから。背伸びなんて必要ないよ」

 

「…………?はい……あ、じゃなくて……うん」

 

コクリと頷くと、お登勢も満足そうに微笑む。

思えば、お登勢はこの時から彼女の心を理解していたのかもしれない。兄と別れ、捕まり、誰も信じられなくなった悲しみと苦しみを。

だがこの時の彼女は、自分を偽り続けたせいで自分の心にさえ気づかず、ただ流されて頷いていた。

 

********

 

それから二日後。

お登勢の意識はこの間、ずっと眠り続けていた。その間も志乃は張り付くように病院に居座り続け、お登勢の回復を待ち望んでいた。

隣には新八と神楽が座り、それぞれぼんやり宙を見つめている。たまはからくりであるため休息は必要ないが、お瀧とキャサリンのやつれようは見ていられなかった。

 

皆、お登勢が心配で眠れないのだ。寝て起きた時、既にお登勢が息を引き取ってしまっていたら。そんな最悪の状況ばかり考えてしまって、体は疲れているのに休む間もない。

志乃は一度立ち上がって、ベンチに腰掛ける新八と神楽を見下ろした。

 

「……一旦帰ろう、二人共。……バーさんならきっと大丈夫だよ。それに……みんなまで倒れたら……バーさんきっと悲しむよ」

 

「帰る家なんてもうありゃしないよ」

 

「!」

 

「アンタ達の居場所はもう、かぶき町(ここ)にはない」

 

花束を手にした西郷が、見舞いに来ていた。西郷は志乃に花束を投げ渡し、お登勢を見やる。

 

「バカな奴だよ。あれほど逃げろって言ったのに……」

 

「……⁉︎」

 

「あの時の電話……もしかして……」

 

新八も立ち上がり、西郷を見上げる。

志乃には当時の彼らの状況は何一つ知らないが、西郷がお登勢を護ろうとしたことは察した。

 

「すまなかったなんて言うつもりはないよ。私ゃ……何もできなかった。それにこれからも……何もするつもりはない。アンタらに言わなきゃいけない事がある。明後日、アンタらの店は私達四天王勢力によって打ち壊される。明後日だ。それまでに荷物まとめてこの街から出ていきな」

 

突如言い渡された通告に、その場にいる誰もが驚愕した。

 

「な……なんでそんな事っ……‼︎」

 

「聞こえなかったかい。もうこの街にアンタらの居場所はないって。街中がアンタ達の敵なんだよ。かぶき町(まち)そのものがアンタ達の敵なんだ」

 

「ガキでも人質にとられたか」

 

西郷は手当てが終わった銀時の方に向き直った。

 

「お登勢一人で済む話だったんだが。連中、どうやら私を試すつもりらしい……それともボロが出るのを待っているのか。…………断るつもりはないよ。私にも……私の護らなきゃいけないモンがあるんでね」

 

「西郷さん……」

 

「パー子。コイツらの事、頼めるかい」

 

「…………心配いらねェ。もう店はたたむつもりだ。あとは、好きにやってくれ」

 

「ぎっ……⁉︎」

 

志乃は思わず、言葉を失った。

視界が真っ白になりかける。彼女の意識を覚まさせたのは、銀時の襟を掴んだキャサリンだった。

 

「テンメェェェ‼︎」

 

「キャサリンさん!」

 

「オ登勢サンニコンナマネサレテソノ上店マデ潰サレテ尻尾マイテ逃ゲルツモリカァァ‼︎」

 

キャサリンは銀時を廊下の壁に強く押し付ける。志乃はキャサリンを止めようとしたが、その剣幕に何も言えず立ち尽くす。

 

「………………戦えってのか。冗談よせよ、次郎長一人でもこのザマだってのに。その上もう一人化物相手どって何ができるってんだ」

 

「オ……オ前ガソンナタマカヨォォ!見損ナッタヨ‼︎コンナフニャチン野郎トハ思ワナカッタ、アホノ坂田‼︎出テクナラテメーダケ出テイキナ‼︎私ハ……私ハァァァ‼︎」

 

「やめえ、キャサリン‼︎」

 

志乃の代わりに、キャサリンの絶叫に負けないくらいの大声で彼女の言葉を遮ったお瀧。お瀧も強く拳を握りしめて、肩を震わせて悔しさを滲ませていた。

 

わかっていた。何故お登勢が、たった一人で次郎長の元へ行ったか。銀時やキャサリン、ここにいる全員を護るためだ。

そんなこと、みんなわかっていた。でも、その結果はここにいる全員を苦しめるだけだった。

 

銀時もそれを知っていて、突き放すように言う。

それでも死にたいなら、勝手に残って死ねと。どうせ万事屋もお登勢のスナックもたたむのだから、自分達は赤の他人だと。

 

項垂れるキャサリンの手をほどき、銀時は背を向けて歩き出す。

 

「待ってヨ銀ちゃん‼︎」

 

「銀さん‼︎」

 

「…………すまねーな」

 

一言詫びて、

 

「……俺ァもう、何も……護れる気が…………しねェ」

 

ポツリと呟いて、銀時は歩き去った。

銀時は、お登勢が次郎長に斬られた後、怒りのままに彼と一戦したという。しかし結局敗北し、「お登勢を護る」という彼女の死んだ夫との約束は果たせなかった。

誰もが彼を案じてその背中を見送る中、たった一人、志乃だけは違った。

 

「……………………」

 

銀時は何か、隠していると。そう思えてならなかった。

 

********

 

新八、神楽、キャサリン、たま、お瀧が一旦帰った病院。お登勢は何とか命の危機を脱したものの、現在も眠り続けている。彼女の横たわるベッドの隣では、銀時が椅子に座っていた。

志乃はずっと、病室の外の壁に寄りかかっている。部屋の中に入らなくても、気配だけで全てわかってしまった。

時間の経過と共に、溜息の数だけが増えていく。幾度嘆息したかなど忘れた頃、こちらに歩み寄ってくる気配を感じた。

 

「流石のお前さんも、四天王には敵わんか」

 

「…………てめェは」

 

その気配の正体は、勝男。勝男は病室の入り口の縁に背中を預け、銀時を見下ろしていた。

 

「ごっついやろ、ウチのオジキ。まさかホンマにお登勢手にかけるとはのう。ワシの命を助けりゃ事態を沈静化できる思うたか知らんが、残念じゃったのう。もう何もかも遅い。戦争はもう止まらへんで」

 

「え?銀こんな奴助けたの?」

 

「別に助けたわけじゃねーよ」

 

大笑いする勝男を見向きもせず、志乃と銀時は言葉を交わす。一方的に切り捨てた銀時は、勝男の腹の傷を指で掴み、抉った。

 

「ぬごォォォォォ!」

 

「うわ、痛そ」

 

血を流して悶絶する勝男に、志乃は他人事のように呟いた。いや、他人事なのだが。

 

「勘違いすんなよオイ。俺ァてめーを助けたワケじゃねェぞ。腹割って話がしたくてな、色々と。もう少し割るか」

 

「銀、そのまんまそいつの腹真っ二つに裂いちゃえ」

 

「だったらてめーでやれクソガキ」

 

「いだだだだなんじゃァァァ‼︎何が聞きたいんじゃ‼︎」

 

「次郎長がババア殺るとは思わなかったってどーいう事だ。一体ババアと次郎長の間に何があった」

 

「話さなかったら全身の穴に団子詰めるよ」

 

痛みで脅す銀時(あに)と、言葉で脅す志乃(いもうと)。何この兄妹怖い。勝男は青ざめながらそう思った。しかしこのままでは自分の体が危ない。

 

「お前ら知らんのか。お登勢とオジキはガキん頃からの馴染み、幼馴染いうやっちゃ。昔、酔っ払った勢いで一度だけ、オジキが昔話してくれた事があっての」

 

子供の頃からヤンチャばかりしていた次郎長を、悪さする度に怒鳴り散らしていたのがお登勢だったらしい。

極道の世界に足を入れた暴れん坊の彼を周りは見放していく中、お登勢だけは次郎長が曲がらないように、隣で彼を叱咤し続けたという。

 

その甲斐あってか、次郎長は侠客でありながら街の顔役になるほどの人気者になった。(おとこ)の中の侠・次郎長はお登勢の助けにより生まれたと言っても過言ではない。

当時の次郎長は喧嘩をすれば敵無し。しかし、そんな無敵の次郎長が、人生でたった一度だけ敗北をきっした男がいた。

 

彼の名は寺田辰五郎。かぶき町のもう一人の顔役で岡っ引。そして、お登勢の旦那である。

 

彼は喧嘩が強く一本筋の通った男で、大層な人気者だったそうだ。

岡っ引と侠客、立場の違いから一度は大喧嘩したが、街を護らんとする志は同じ。二人が親友になるのは、そう時間はかからなかった。

 

ただ一つ不幸だったのが、二人の惚れたお登勢(おんな)が、同じだったということ。

 

次郎長は、彼女の幸せを願って手を引いた。侠客をやっている自分では、お登勢を幸せにできないと。大切な幼馴染を、親友に託した。

 

だが、辰五郎はお登勢を幸せにすることができず、彼女を一人残して死んでしまった。

それも攘夷戦争の最中、次郎長を弾丸から庇って。

 

戦争から帰還した次郎長の元には、残していった女と女の産んだ娘が待っていた。

しかし、その頃から次郎長は新規事業に躍起になり出し、娘など目もくれず、商売のためなら手段も選ばず汚いマネも平気でするようになった。

 

「言っとった…………。『俺にはもう、父親にも侠にもなる資格はねぇ』ってな。誰のために何のために修羅となり果ててまでこの街に立つんか。全部捨ててまでオジキをこの街に縛るんは何か。ババアまでやってもうた今、わしもようわからんようなってもうた」

 

平子は、この街から次郎長を解放しようとしている。父親を自分の元へ取り戻そうとしている。

勝男も、それに乗った。もう一度、侠の中の侠・次郎長に会うために。

 

「わしゃ極道じゃ。わし拾ってくれたオジキのためなら、その娘んためなら、喜んで腹に穴でも何でも開けたる。それが仁義ゆうもん思うとる。…………だが……ホンマにこれで、合っていたんかのう……。わしゃこれでホンマにあの親子に仁義通した胸張って言えるんかのう。あの親子……これで、ホンマに幸せになれるんか」

 

「どうやってもなれないよ」

 

着流しの中に腕を入れ、勝男に背を向けて病室から出る。

 

「「俺/私達が潰すからな」」

 

勝男は二人の行動を見透かして、ニヤリと笑う。

 

「…………やっぱりガキ共に芝居うっとったな。無茶やで。たった二人で四天王相手取るつもりか」

 

「もう約束破るワケにはいかねーんだよ。アイツらまで死なせたら俺ァ、バーさんにも旦那にも顔向けできねェ」

 

「ってことだからダサがりジョー、バーさんのことは頼んだ」

 

「なんでお前がそれ知っとんのじゃァァ‼︎」

 

「その髪型見たら十中八九ほとんどの人はダサがりジョーって呼ぶよ。私は一般論に従ったまでだ」

 

「それはお前らアホ兄妹だけや!一般常識と一緒にすんな!」

 

銀時だけでなく志乃にまでダサがりジョーと呼ばれ、勝男は怒りに拳を震わせる。その時、掠れた声が病室から聞こえてきた。

 

「ついでにバーさんの死に際を最後まで見届けてやるもんじゃないのかい。銀時、志乃……アンタらの死に際なんて……あたしゃ見たかないよ」

 

ベッドの上から、お登勢が二人の背中を見やる。二人は、病室の外からお登勢を振り返り、小さく笑ってみせた。

 

「バーさん、溜まった家賃は必ず返す」

 

「もし足りなかったらその分は私が出す」

 

「「だから……待ってろ」」


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