銀狼 銀魂版   作:支倉貢

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コンクリは固まるとシャレにならない

周囲に悲鳴が飛び交う中、志乃はポカンとして銀時を見上げていた。隣に立つ新八は、絶望の表情を浮かべている。

 

「な……な……何をしとんのじゃおのれはァァァァァァァ‼︎極道娘の暴走止めようとしてたのになんでアンタが先に暴走してるワケ⁉︎」

 

「い……いや、流石にね、妹が殴られそうになってるのに見過ごすのは兄としてどうかと思ってね」

 

「ちょっと‼︎私のせい⁉︎」

 

助けてもらったはずなのに、何故か罪をなすりつけられる。こんな最低な大人にはならないと、志乃は固く誓った。

 

「流石はアニキ〜舎弟(こぶん)のピンチを捨て置けないなんて〜惚れ直しました〜。これで、是が非でも次郎長と大喧嘩するしかなくなりましたね〜。わしと一緒に次郎長に真っ赤な花を飾って、日本一の大親分になりましょうや〜」

 

今度は平子が、ニタリと笑う。銀時はブルブル震えて、平子の括った髪を掴んで振り回した。

 

「てめーはァァァァァァァァ俺ハメやがったなァァ‼︎復讐劇に俺を加担させるため、芝居うってわざとピンチに陥りやがったなァァァ‼︎冗談じゃねーぞ、誰が次郎長なんかと喧嘩するか誰が大親分になるかァァ!誰が……」

 

「てめーらこんなマネしてタダで済むと思うなよ、戦争だァ‼︎」

 

「戦争なんざするかァァァァァ‼︎」

 

銀時がもう一人残っていた舎弟の男を蹴っ飛ばす。今この瞬間、戦争の火蓋は切って落とされた。

銀時は錯乱状態に陥り、店のレジを開ける。

 

「騒ぐんじゃねェよ落ち着け。取り敢えず落ち着いてドラいモンを探せ」

 

「アンタが落ち着けェェェ‼︎」

 

「大丈夫だ。要はここで争った形跡を抹消し、次郎長の耳に届かぬようにすればいいんだ」

 

「じゃあバラして海にでも捨てる?」

 

「やめろォォ‼︎この小説をR18指定にするつもりかァァァ‼︎」

 

笑顔で物騒な提案をする志乃に、新八のツッコミが炸裂する。そして、神楽がダミ声でポリバケツを携えて現れた。

 

「大丈夫だよ〜銀太くん〜。それならコレ……(ダミ声)」

 

タリララッタラ〜

 

「生コンクリートォ(ダミ声)」

 

「何をしようとしてんだァァァ‼︎」

 

神楽が持ってきたポリバケツには、生コンクリートがたっぷり入っていた。

 

「うるさいジャイ安之助とスネ大蛇丸をこれに入れ海に沈めれば、半永久的に黙らせることが可能なんだ。これでしずか御前は君のものさ(ダミ声)」

 

「んなワケねーだろしずか御前もドン引きだわ‼︎」

 

「流石ドラいモン。できればでき杉蔵も入れたいからもう一つ用意してよ」

 

「オイぃぃぃぃ何マジで入れてんだァ‼︎ちょっとォォォどんどんマズイ事になってるから‼︎本物の極道になってるから‼︎」

 

ダメだ、みんな頭がおかしくなっている。

志乃はこちらに近寄る気配を感知し、サッとビルの影に一人身を隠す。気配の主は、犬を散歩させていた。

 

「オヤジ〜〜いつものドッグフード頼むわ…………ん?なんやごっつい事になっとるやんけ。何かあっ……」

 

現れたのは、黒駒勝男。彼がちらりと見た先には、生コンクリートに気絶した舎弟を埋めている光景。誰がどう見ても、この世の終わりと思える光景だった。

志乃は他人のフリをして、その場から逃げ去った。

 

********

 

かぶき町町内会会議場は、古い寺で行われている。そこには四大勢力の中の三つ、お登勢、西郷、華陀が向かい合って座っていた。

 

「……なんだってんだい、こんな所呼び出して。ゴミの分別なら破った覚えはないよ」

 

「破ってるじゃないの、なんで私達美女二人に腐臭漂うゴミババアが混ざってるワケ。空気読みなさいよ、アンタが呼び出されたのは焼却炉よ」

 

「お前に言われたくないんだよ、分別不可能な工場廃棄物が」

 

開口一番、憎まれ口を叩き合うお登勢と西郷。華陀もその様子を見て、口を開く。

 

「フッ……相変わらずそうで何よりじゃ。忙しい所呼び出してすまんのう。だがちと待て。役者が一人足らぬ」

 

そう。寺には、四つの座布団が敷かれている。その内一つだけ、空席なのだ。お登勢もそれを一瞥する。

 

「……次郎長かい。ムダだよ、ここ二、三年公の場に姿見せたことないんだから」

 

「……そうか。どうせなら四天王全員で話がしたかったんじゃが。まァ事が事じゃ。奴がおらぬ方が話がしやすいかもしれぬ。そち達に集まってもらったのは他でもない。かぶき町の現状を話し合うためじゃ」

 

そう切り出して、華陀は話し始めた。

 

「今この街が例年にないほど緊張状態であることはそち達も存じていよう。いつの間にやらできた我等四勢力。くだらぬ争いを続け、今やその溝はかぶき町を瓦解せんまでに大きくなってしまった。このまま捨て置けば間違いなく戦争が起こる。そのようなくだらん事態はここにいる誰もが望んでいないであろう」

 

「よく言うわね。一番派手にやってたのは華陀、アンタと次郎長のトコじゃないのよ」

 

西郷の言う通り、華陀がカジノを建てる以前、かぶき町の賭場の一切は次郎長一家が取り仕切っていた。しかし華陀が現れ、カジノを建て大儲けしだし、次郎長一家とは随分モメていたという。

 

「それはそちも同じじゃろう、西郷。噂に聞いておるぞ。そちが攘夷浪士、落ち武者共を囲い、次郎長一家に拮抗しうる勢力を築きつつあると」

 

「はぁ⁉︎」

 

「妙な格好をしているとはいえ、いずれも屈強な力を持った兵隊。次郎長一家の支配をはねのけ、今や独立した自治権を持った、オカマ帝国を築きつつあると」

 

「何勝手なこと言ってんのよ‼︎私は行き場を失った連中に居場所を提供してやっただけで……」

 

「だが次郎長一家の再三にわたるみかじめ要求をはねのけ、何度も連中とモメているのは事実であろう」

 

華陀の詮索に西郷は反論するが、次郎長一家とモメていたという話を持ち出され、何も言えなくなってしまう。華陀は、今度はお登勢に矛先を向けた。

 

「そしてお登勢」

 

「あたしゃそんなくだらない争いに興味はないし、参加した覚えもないよ」

 

「興味はなくても、そちは昔からのこの街の顔役。住民達と密接に繋がり、色々と相談に乗り、世話を焼いていると聞く。そのための駒が、万事屋なる怪しげな者達。相手が次郎長一家であろうとそこが誰のシマであろうとお構いなし。好き放題暴れ回っているらしいではないか」

 

「知らなかったよ、あたしにそんな便利な手駒がいたなんて。ついでにこの街が誰それのシマだなんだと勝手に区分けされてることもね。この街は誰のもんでもありゃしない、何しようと勝手だろ。あたしもアイツもこの街で筋通して勝手に生きてる。ただそれだけさね」

 

「……そちは相変わらずシンプルでわかりやすいのう。だが、それでは気に食わぬ者もおる。そもそも我等はいつぞやから四天王などと呼ばれ、互いに牽制し合う仲になっておったか。始まりは一体何であったか」

 

かつて、ならず者の街を牛耳る一人の王がいた。

しかし、時が移る中で街には新しき三つの勢力が台頭し始め、さらに今"もう一つの無視できない勢力"が現れた。

王はこれが気に食わず、街を我が物にせんと争いが起こる。やがて争いの中で三つの勢力も疑心暗鬼となり、互いを敵と認識し、争いは街全てを包む。

その隙に、新たに現れた"あの勢力"が、街を乗っ取らんとその牙を向けたらーー街は、"その勢力"に奪われる。

 

「…………要はそういうことではないか?我等は敵対する必要などない……我等の敵は……次郎長と『獣衆』……そしてその棟梁、"銀狼"ではないか」

 

華陀がそう言い切ると、お登勢と西郷の表情が固まった。

『獣衆』とその棟梁、銀狼。つまり華陀は、志乃達を敵とみなしているのだ。

西郷はすぐに声を上げた。

 

「な……何言ってんの⁉︎次郎長はともかく、どうして志乃ちゃん達まで!」

 

「そち達は奴等がどれだけ恐ろしい者共か知らぬのか?『獣衆』といえば、そちや次郎長も参加した攘夷戦争でその名を馳せた最恐の戦闘集団。特にその棟梁……銀狼は、トップクラスの実力を誇るという。確かに一見無害そうに見えるが、混乱に乗じていつ我等にその牙を向けるか知れたことではない」

 

「あの娘達はそんなことしないわよ!大体、アンタが恐れてる"銀狼"だって、まだ12歳の子供なのよ⁉︎」

 

「だが調べたところ、あの娘、どうやら一族の中で最も厄介な女の娘らしいではないか」

 

厄介な女。華陀がその名を告げようとしたその時、別の気配が現れる。

寺の障子にいつの間にか一人の男が寄りかかっていた。

 

「……なるほど。三人仲良く手を組んで、邪魔者共を消そうってかい」

 

三人が、声の方に振り向く。男は彼らの元へと足を向けた。

 

「待たせてすまねェな。邪魔者の登場だ」

 

「じ……次郎長」

 

男ーー次郎長は、残っていた空席の座布団に胡座をかいて座り込む。

 

「構わねーよ。気にしねーで話を続けな。三人組んでオイラと『獣衆』の小娘を消すってところまでだったか」

 

「……そのような事は一言も申しておらん。これ以上のくだらぬ争いは御免じゃが、止めようにも止まらぬ暴れん坊が一人おると申したのじゃ」

 

華陀がそう言うと、次郎長はニヤリと笑って顎に手をやる。

 

「オイラなら迷わず()るね。世の中には死ななきゃ治らねェバカってモンがいるのさ。間違っても話し合いの場なんて設けちゃいけねェ。見な、てめーらの雁首、揃ってオイラの得物の射程範囲に入ってるぜ」

 

次の瞬間、背後から次郎長の首に短刀があてがわれる。短刀の持ち主は、華陀の率いる兵隊の一人だった。

 

「孔雀姫のペットか」

 

「退け、ただの戯言じゃ」

 

華陀が孔雀の羽の扇子で指示を出すと、兵は大人しく退いた。

 

「いやいや、お前さんの判断は正しい。オイラの殺気に反応するたァなかなか躾が行き届いてるじゃねーか。だが悪いがオイラァ年くってからこっち、小便も殺気もキレが悪くなっちまってな。もうとっくに得物は納めたのにボタボタ後から零れ落っちまって、今じゃ四六時中ダダ漏れよう。年はとりたくねーもんだ。たとえば今……」

 

ボトッ、と。次郎長の背後に立っていた兵の手が、剣と共に床に落ちた。

 

「本気でお前さんを殺りにいったのも、気づかなかっただろ?」

 

抜き身も見せず、次郎長は一瞬で兵の手を斬り落としたのだ。それを皮切りに、華陀の軍勢が障子を壊して現れる。

 

「やめろと言っているのが聞こえぬかァァ‼︎」

 

刹那、左右から次郎長一家とオカマ軍団が現れ、それぞれの主を護らんとぶつかり合う。

しかし、本格的に戦争が始まろうとした瞬間、御堂に鎮座していた仏像が飛んできた。仏像を投げたのは西郷だった。

仏像は次郎長の座っていた場所に落ちる。仏像の落下地点にいた次郎長はのしかかってきたそれを、あっさりと斬ってしまう。

一方、手勢を一人も持たないお登勢は、一人争いの中から逃げ出していた。溜息と共に、煙を吐く。

 

「……やれやれ。こんな化け物達を一体どうやって止めるっていうんだい。いい策があるなら、ぜひお聞かせ願いたいもんだよ」

 

この騒動を前に、華陀が提案する。

 

「見た通りじゃ。力はより大きな力を以って封ずるしかあるまい。我が案はこうじゃ。これより四天王配下四つの勢力に属する者は、かぶき町での一切の私闘を禁ずる。これに反した勢力は、残る三つの勢力の力を以ってして、一兵卒に至るまで叩き潰す」

 

つまり、互いが互いを抑え合い、これ以上争いが起こるのを止めるという法案だ。

 

「……ククク。そいつは結局、てめーら三人が組むことと変わりねーじゃねえか。徒党を組めば、この次郎長の(タマ)がとれるとでも思っているのか」

 

「勘違いをするな。これは争いを産むための法ではない。争いを産まぬための法」

 

「全ての勢力の抑止力となる法ってかい。喧嘩一つできないなんてつまらん街になっちまうね」

 

「戦争を回避するにはそれしかないというのなら、仕方ないわね」

 

「クク、正気かてめーら。上等じゃねーか。我慢比べってワケかい……」

 

腰を上げた次郎長は、御堂を出て縁側を降りる。

 

「せいぜいオイラより先にボロが出ねェように気をつけるこったな」


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