沖田から目を離すな。お瀧の言葉の意図を未だ図りかね、志乃は六角事件の資料に目を通していた。
確かに報告書にも不審な点が多い。巧妙に誤魔化されているようだが、勘のいい志乃は誤魔化せない。
しかし、こんな時に限ってお瀧は忍者の仕事でいない。赤猫の力を借りるなんて、よっぽどの依頼なのだろうか。それとも、はたまたそこまででもないものか。
恐らく後者は可能性としてはなかった。お瀧は仕事中、携帯の電源をオフにしている。それは危険な場所に潜入していることを指し、彼女が何をしているのか一発でわかるためだ。
そして今、お瀧の携帯に何度連絡しようとしても、繋がらない。電源が切れているのだとわかるのは案外早かった。
「どーするかなぁ……」
「みぃ?」
資料を閉じ、元の場所に戻す。資料室を出てから、志乃はある人物に電話をかけた。
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その日の夕方。バイト終わりの志乃は、スクーターに跨って帰ろうとしていた。着流しの中にはトトもいて、一緒に家に帰るのだ。その時、屯所の中から私服姿の土方が呼び止める。
「志乃、総悟知らねーか?」
「え?今日は一度も見てないけど」
「そうか。何度連絡しても繋がらねーんだが……」
「……………………」
不審に思って、自分も沖田の携帯に電話してみる。数度コール音が鳴っても、繋がらなかった。
携帯から耳を離して、目を落とす。お瀧の不在、沖田の失踪。何か繋がりがあると志乃の勘が叫んでいた。
「嫌な予感がする」
「?」
「私、探してみるよ。それにちょっと調べたいこともあるし」
「そうか……」
何か言いたげな土方を振り返って、志乃はニッと笑いかけた。
「一緒に行く?」
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「ーーってこと」
「何が『ってこと』?」
待ち合わせ場所のレストランで、目の前に座る男に志乃が一連の流れを説明する。茶髪の男は不機嫌そうに志乃の隣に座る土方を睨みつけた。
「何なんだこの男は。志乃の彼氏か?」
「私が彼氏と認めた男は世界でトッキーだけだ。他は知らん」
「じゃあ婚約者?」
「私が人生で惚れた男は過去に二人だけだ。他は知らん」
「お前ら何の話してんだ。さっさと本題に入れバカども」
土方のツッコミが入り、話は一旦中断される。男は腕組みを解いて、懐から一枚の写真を志乃に手渡した。志乃がそれを受け取ろうとすると、ガシッと掴んでくる。
「志乃、俺は依頼料なんていらない。この後俺と一緒にホテルに行ってくれればそれでいい」
「ガキを何に誘ってんだてめーは‼︎オイ志乃、こいつホントにお前の知り合いなんだよな⁉︎さっきから黙って聞いてりゃただのロリコンじゃねーか‼︎」
「金は払うから帰れ」
志乃が一刀両断して、どこからともなくクナイを男に投げつけた。
実を言うと最近志乃は、忍者であるお瀧の進言により、体中に暗器を仕込むようになった。いつ何時変な輩に襲われても問題ないように、クナイや手裏剣、メリケンサックにスタンガンまで常備している。
クナイは見事男の額に命中し、血を流して机に倒れ込んだ。
「……大丈夫なのかコレ」
「大丈夫大丈夫、あの人あぁ見えて元お庭番衆だから」
倒れた男ーー風魔ミサトに見向きもせず、志乃は写真を見つめる。そこにはオカマが写っていた。
「そいつは創界党首魁天堂紅達が弟、天堂蒼達。兄の方は六角事件で命を落としたが、弟の方はあの中で生き残っていたらしい。そいつが近頃創界党を復活させたという噂は耳にしたぞ」
「へぇ〜、弟がオカマってものすごい家族だね。私なら真っ先に殲滅するわ」
「お前鬼か」
「鬼じゃない狼だよ」
「知るかそんなモン‼︎」
ツッコミを受けながらも志乃は注文したアイスメロンソーダを飲み、写真を机の上に置いた。そして、続きをミサトに要求する。
「んで?そいつが何か動き出したワケか」
「……恐らく、な。狙いは何だか知らんが、六角事件をタネに何かしでかそうとしているらしい。内容は知らんがな」
「!」
土方と志乃が、互いを一瞥する。間違いない。この創界党の動向に、沖田は巻き込まれたのだ。
いや、巻き込まれたというべきではないか。恐らく連中の目的は、創界党を壊滅させた沖田並びに真選組への復讐。そのためにまず沖田を襲ったのか。
しかし、沖田は真選組最強と呼び声高い男。そんな彼が、簡単に捕まるわけがない。となると、六角事件の関係者か何かを人質にでもとられたかーー。
志乃は自分の頭の中で可能性を展開し、切り捨てて真実を見出そうとしていた。しかし。
「っ〜〜〜〜……だーーーーっ‼︎くっそォォォォォォ‼︎何かわかりそうでわからないこの微妙な感じが腹立つ‼︎」
考えれば考えるほど泥沼にはまっていきそうだ。志乃はガシガシと髪を掻きむしって叫んだ。深い溜息と共に机に突っ伏し、脱力する彼女を横目に、今度は土方が尋ねる。
「とにかく、総悟が何を隠してるかは後でみっちり訊くとして……オイ風魔、創界党の居場所を教えろ」
「は?黙ってろ俺が話しているのは志乃だけだ。どこぞの馬の骨とも知れん奴が気安く俺に話しかけるな」
「こんの野郎ッ……‼︎」
ピキッと青筋を立てて、咥えていた煙草を噛み締める。怒りの矛先を向けられているにも関わらず、ミサトは嘲笑を浮かべた。
突然志乃が顔を上げ、残っていたメロンソーダを飲み干して立ち上がる。懐から財布を取り出し、三万円を机に置いた。
「ありがとミサトさん。依頼料だ。今ちと持ち合わせがなくてね、コレでお願いしたい。行こう、トシ兄ィ」
「オイ志乃……?」
「早く」
こちらを振り返ることもせず、ツカツカと歩き去っていく志乃。曲がり角を曲がった時にチラリと見えたその横顔は、凛としていた。煙草を灰皿に押し付け、火を消す。彼女を追って、土方も席を立った。
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店の外に出た二人は、スクーターを走らせていた。空はすっかり暮れて、星が瞬いていた。
先程から、志乃はずっと黙ったままだ。何かを考えているようにも、前をジッと見つめているだけにも見える。運転している彼女に掴まって、後部座席に乗っていた土方が、その空気に耐え切れず話しかけた。
「……志乃」
「何?」
「何かわかったのか」
信号が赤に変わる。スクーターを止めた志乃は、前を向いたまま答えた。
「どーにも、嫌な予感がしてね」
「嫌な予感?」
「トシ兄ィ、一度近藤さん達に連絡して。そーだな……パトカーは使わねー方がいいな。全員私服で、廃ビルに向かえって」
淡々と言い出す志乃に、土方は珍しく困惑した。まるで、これから先何が起こるか見透かしているようだ。しかし、それもすぐに落ち着く。志乃の勘が当たっているかどうかなんて、確認する手立てもない。でも沖田が失踪したのは事実だし、今のところ頼れるのは目の前の少女しかいなかった。
「……わかった。お前の勘を信じる」
「ありがとう」
この先にある廃ビルに、きっと沖田がいる。そしてーーお瀧も。青に変わった信号を一瞥し、志乃はアクセル全開で走り出した。