銀狼 銀魂版   作:支倉貢

149 / 205
恩返しはいつの間にかしてるもの

地雷亜の首の後ろには、蜘蛛の入墨が入っている。その蜘蛛の腹にクナイが突き刺さり、さながら蜘蛛の腹から血が流れているようにも見えた。

 

「蜘蛛が、血に消えゆくか。存外、期待していたほどの感慨はないな。己を、殺すなどという事は」

 

ーー俺は、俺を殺したいんだ。

 

地雷亜の言っていた事を思い出し、月詠は目を見開く。その時、外から一つの気配が現れた。

 

「地雷亜。お前の最後の獲物は、お前自身だったってワケかい」

 

「全兄ィ!」

 

いつの間にか、外には月が昇っていた。月光に照らされた全蔵を見て、志乃が「どうしてここに」と問うような視線を向ける。しかしその疑問はすぐに消え去り、先程の全蔵の言葉の意味を探った。

 

「……どういうこと?」

 

地雷亜(おまえ)の狙いは、手塩にかけて鍛え上げた己の弟子(ぶんしん)を殺すことなんかじゃねェ。最愛の弟子……己自身に、殺される事だったんだろ」

 

月詠の瞳が揺れる。呼吸が浅い地雷亜が、顔だけを全蔵に向けた。

 

「……か……頭の息子……か。一度会うたな。親父殿と仲間の仇……再びとりに来たか。残念だったな。一足……遅かったわ」

 

「………………仇なんざ……とうの昔にとる気は失せたぜ。地に落ち踠く蜘蛛なんざ、潰す気にもなりゃしねェよ段蔵」

 

「…………フッ、全て調査済みというワケか」

 

全蔵は地雷亜を見つめたまま、彼の真相を語り始めた。

 

蜘蛛手の地雷亜。本名、鳶田段蔵。

伊賀の郷士の元に生まれ、幼少の頃より忍術を修め、その才能は神童と呼ばれるほどのものだった。

伊賀では郷士達が年中覇権争いを繰り広げている場所。鳶田家はそんな伊賀でも有数の大家。その上、嫡男が頗る腕が立つとなれば、彼等も黙ってはいない。

幾度に亘る小競り合いの末、業を煮やした郷士達は結託し、鳶田家を急襲した。生き残ったのは段蔵と、年端のいかない妹だけ。

段蔵は一族郎党を皆殺しにされていながら、その類稀なる忍術の腕より、生き恥を晒させられることになる。妹を人質にとられ、憎むべき仇に忠誠を誓わされることになったのだ。

 

それから彼は滅私奉公の文字通り、己を捨てて仇のために働いた。いや、捨てるしかなかったのだ。一族を根絶やしにされた仇に仕えるという、憎しみ哀しみ、恥辱の念から逃れるために。己という存在を忘れきり、ただ目の前の任務を機械的に遂行していくしかなかった。彼はそんな自分に陶酔することで、苦しみからも逃れようとした。

だが……そんな兄の姿を見ていられなくなったのだろう。彼の妹は段蔵を自由にするため、崖から飛び降り自ら命を絶った。

どれだけ獲物を食らっても、どれだけ自分を痛めつけても、自責の念も憎悪の念も消えない。妹を護れなかった。その痛みはいつまでも彼を苦しめた。

 

「そうして足掻き続け、お前が辿り着いたのがここ。お前は最も自分が忌むべき方法で、お前自身を殺そうとした。己が手塩にかけて育てた最愛の弟子を敵として、その手にかかって死ぬ。それが妹を護れなかったお前が自身に課した罪。お前はずっと、自分に罰を与え続けていただなんだろう」

 

「…………お前……」

 

まさか、彼にそんな過去があったなんて。志乃は未だ血を流す地雷亜を見下ろした。

 

「……………………違うな。ただ……怖かっただけさ……。お前さんの言う通り……俺はまた失うのが怖くて…………荷を負うことをやめたただの臆病者。ゆえに、惹かれたんだ」

 

ーーわっちは、吉原を、日輪を護りたいんじゃ。

 

「小さき背中で……荷を一身に背負おうとする、その童に。ゆえに、己の全てを伝授しようとしたんだ。傷つけたくなかった……俺のように」

 

失う苦しみを味わうくらいなら、最初から何も背負わなければいい。居場所も仲間もいらない。己を捨て、護ることだけ考えればいいと。

だが、そんな地雷亜の思いとは裏腹に、月詠の周りにはいつの間にか仲間が、居場所ができていた。彼女は、背負う苦しみからも背負われる苦しみからも逃げない強さを持っていた。

月詠が、自分の元から遠く離れていくようで怖くて。その手を引き戻そうと、自分と同じ目に遭わせていた。

 

「俺は……結局お前も、妹も……何も護ってなどいなかった。俺が護っていたのは……自分だけだ。そんな自分に……愛想が尽きた。ただ…………それだけの事さ」

 

語り続ける地雷亜の呼吸が、またさらに浅くなる。

 

「生きるとはままならぬ……ものだな。もう何も……背負うまいと思ったのに、いつの間にかまた荷を背負いこんでいる。もう誰にも背負わせまいと思ったのに…………いつの間にかまた何かを背負わせている。月詠、つまらぬものを背負わせたな。……………………すまなかっ……た」

 

それまでぎゅっと口を噤んでいた月詠が、一歩進み出る。倒れた地雷亜の腕を引き、肩に背負った。

師匠を支えて、月詠は歩き出す。

 

「……………………‼︎」

 

「…………もっと、早くに話をしてほしかった。わっちにも、遠慮なくその荷分けてほしかった。そうしたらきっと……また違った答えが出せたはず……。…………弟子を荷ごと背負うのが師匠の役目なら、弟子の役目は何じゃ。師を背負えるまでに、大きくなることじゃ。軽い……軽いのう。……師匠…………ぬしはこんなにも軽かったんじゃな」

 

吉原全体が見下ろせる、楼閣。その空には、今宵も月が昇っていた。

 

「見えるか、師匠」

 

月明かりに、月詠の美しい横顔が照らされる。地雷亜の目にはその姿が、かつて自分の隣で笑っていた妹に見えた。

 

「ああ、見え……る。今まで……見たことがないほどの……綺麗な、月だ」

 

師を支えて、共に月を見上げる二人。その師弟の背中を、銀時と志乃、全蔵が眺めていた。

いつか、自分もあんな大きくなれるだろうか。今は隣にいる兄や仲間達に頼ってばかりで、何も返せてないけれど……いつか、きっと銀時達をも背負えるまでに、強く大きくなりたい。そう思った。

全蔵がふと、呟く。

 

「…………大した弟子だな。師匠を背負えるまで大きくなるのが弟子の務めか……。俺ァ親父(ヤロー)にゃ背負われてばかりで…………そんなマネ、ついぞしてやれなんだ」

 

「………………俺もだ」

 

********

 

「志乃ちゃん!」

 

「……ハル」

 

吉原を包んでいた火がようやく全て消し止められた頃、志乃は小春と再会した。小春の煌びやかな衣装も、煤や埃だらけ。所々、返り血も見受けられた。

 

「月詠は?」

 

「怪我してたけど……大丈夫。銀が助けたよ」

 

「そう……ならよかったわ」

 

胸を撫で下ろした小春に、志乃は月を見つめながら尋ねた。

 

「ねェ、ハル」

 

「?」

 

「私……何か変じゃないかな?」

 

「え?」

 

変。そう訊かれて、小春は改めて志乃を見た。

いつもの藤色の着流しに、背中まで伸びた銀髪。夜風に靡いて、月光を反射した。

 

「いえ……特に何もないわよ……?」

 

「そっか。ならいいや。おかしな事訊いてゴメンね、ハル」

 

「ええ……」

 

ニコ、と笑った志乃は、髪を揺らして背を向けて歩き出す。その背中を眺めていた小春は、月明かりと相まってとても幻想的に思えた。

そういえばいつか、月を見て何を連想するか、と考えたことがあった。その時彼女が思い浮かべたのは、月詠と志乃。どうして、月というよりも太陽のようなあの娘が思い浮かぶのだろう?小春はずっと疑問に思っていた。

 

「…………まさか……⁉︎」

 

嫌な予感が、彼女の脳裏を過る。去っていく志乃の背中に、思わず手を伸ばした。

しかし。

 

ーーゾッ‼︎

 

「ッ‼︎」

 

背筋を襲った悪寒に、伸ばした手を下ろす。アレは何の恐怖だったのか。何に対する怯えだったのか。

少なくとも小春は、その悪寒はまるで、凶暴な肉食獣が牙を剥いて襲いかかってくるような……言うなれば、そんな感覚だった。

まさか……まさか……。

 

「志乃ちゃん…………っ」

 

ようやく消えたと思った、全ての不安。ずっと心の奥底にしまい込んでいた心配が、再び目を覚ました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月。その下に立ち、仰ぎ見る彼女は、赤い目に静かなる狂気を宿していた。

誰にも、彼女の狂気に気づくことはできない。誰にも彼女の本心を探ることはできない。その赤い目は、何を映しているのだろうか。

 

喩えるならそう、決意。

 

自分の全てを受け止め、受け入れ、前に進む覚悟。

 

自分の全て。それは失くした過去のことでも、家族のことでもない。彼女はそこまでまだ知らない。

 

だから、彼女が受け入れる自分の全てとは……"銀狼"の血。

 

 

ドクン、と彼女の赤い瞳の奥が、黒くなる。

 

小春が月を見て彼女を連想するようになったのは、小春の勘が鋭いことを指していた。

 

今の彼女はまさに、月を見上げて遠吠えをする、狼。

 

 

そうして覚醒の時は、一歩一歩近づいていくーー。

 

********

 

傷が完全に癒えてきた数日後。

 

「ダメだ」

 

「………………」

 

いつものように、こっそりと吉原へ忍び込もうとしたその矢先。

目の前に現れて腕組みして見下ろしてくるのは、銀時、新八、神楽。志乃は渋い表情で三人を見上げていた。

 

「何で」

 

「ダメだ」

 

「それはもうわかったから!理由訊いてんだよ!」

 

何度通ろうとしても、ダメの一点張り。志乃はもう疲れていた。

 

「わかってんのか志乃?あそこにはお前にゃまだ早いお店がたくさんあるんだ。だからダメだ」

 

「そうネ、志乃ちゃんはまだまだピュアな女の子アル。そんな子には刺激が強すぎるアル」

 

「ってことだから志乃ちゃん、さぁ団子食べに行こうね」

 

「ぅぐっ……そ、その手には乗らねーよ‼︎」

 

背中を押して三人揃って押し出され、志乃の怒りはピークに達していた。ちなみに新八が団子の単語をチラつかせた時、思わず流されかけた。

 

「ふざけんなよ何なのみんなして‼︎ただ単に友達に会いに行くだけじゃねーか‼︎」

 

「お前は昔から女にはモテてたからな。あちらさん達に気に入られてパックリ食われたらたまったもんじゃねェんだ」

 

「だから何の話⁉︎」

 

「とにかく!志乃ちゃんは帰るネ!」

 

「やーだっ‼︎」

 

ギャーギャーと喚き合うこと数分。志乃が駄々を捏ねに捏ねまくって、ようやく銀時達が折れた。ただし、「吉原に行く時には必ず銀時と行く」ことを条件とされた。

 

********

 

訪れたのは日輪が経営する、茶屋ひのや。

 

「日輪さーん‼︎晴太ー‼︎」

 

「姉ちゃん!来てくれたんだね!」

 

久々の再会を果たし、志乃と晴太は強く抱き合う。店には小春も来ていて、壁に寄りかかってキセルを吹かしていた。

あれから、小春は吉原の復興に力を尽くし、家に帰ってこなかった。作業が難航しているのだと思って志乃も何も連絡を入れなかったが、こうして会うのは久々だった。

晴太と一度離れて、小春に向き直る。

 

「久しぶり、ハル」

 

「…………」

 

話しかけても、小春は黙って煙草を吸うだけだ。その目は何か考え込んでいるようで、感情を読み取れない。ふと、小春のキセルを持つ手が下ろされた。

 

「志乃ちゃん。……いいえ、我が棟梁よ」

 

背中を壁から離し、名を呼んでから言い直す。志乃を真っ直ぐ見下ろしてから、膝をついて胸の前で指を絡めた。

 

「謹んで申し上げます。この度金獅子・矢継小春、吉原の新たな楼主となるべく、万事屋を辞職したく願います」

 

「!」

 

「‼︎」

 

「えっ⁉︎」

 

志乃だけでなく、銀時達も驚く。新八が一歩前に出て尋ねた。

 

「どういう意味ですか、矢継さん⁉︎」

 

「棟梁……ご存じの通り、吉原は我が故郷にございます。私はかつて吉原を抜けた身でありながら、ここの者達はこんな私を温かく迎えてくださった……。私は、彼女達に恩返しがしとうございます。そのため、獣衆及び金獅子の名を使い、吉原に巣食う犯罪者共を私の名で抑えたいのです。どうか、お許しを」

 

小春が深く、志乃に頭を下げる。志乃はしばらく彼女の旋毛を見下ろして黙っていたが、フッと頬を綻ばせた。

 

「構わん。我ら獣衆の名をこの街で存分に轟かせ、犯罪者共を抑えよ」

 

「はッ‼︎」

 

小春は顔を上げて志乃の微笑を見てから、再び深くお辞儀をした。志乃は一度頷いて、続ける。

 

「他の者と奉公先には私が言っておく。だからお前はそのまま吉原に残れ。よいな」

 

「仰せのままに、我が棟梁よ」

 

「ごめんなさいね、志乃ちゃん」

 

日輪が、団子を一皿志乃に差し出す。それを受け取った志乃はすぐにいつものあどけない笑顔に変わり、もぐもぐと団子を食べ始めた。

 

「本当は志乃ちゃんに早めに相談するべきだと思ったんだけど……小春がやると言ってきかないもんだから」

 

「なっ……日輪!」

 

珍しく頬を赤らめた小春に、日輪がクスクスと笑う。志乃も今まで見たことのない表情の彼女に言った。

 

「へー、ハルも随分強情になったんだね」

 

「っ……も、もう……」

 

「強情も何もこいつ昔っから目ェ合ったら絡んでくる面倒なチンピラみてーな……」

 

パァンパァン!

 

「どおおおおお⁉︎」

 

銀時が口を挟むと、即座に小春の銃弾が飛ぶ。間一髪避けた銀時に、小春は舌打ちした。

 

「チッ、残念」

 

「残念ってどーいう意味だコラ!オイこっち見ろ‼︎」

 

「きゃー助けてー、銀時に襲われるー」

 

「うるせー黙れ‼︎誰がてめェみてーなビッチに興奮するかよ‼︎なぁ一発殴っていい?やっちゃっていい?ねぇ」

 

「一発やる?やっぱり貴方私のカラダを狙って……」

 

「うぜえ‼︎こいつ心の底からうぜえ‼︎」

 

小春に小馬鹿にされ続けている銀時が、怒りに拳を震わせる。新八と神楽は志乃の耳を塞ぎながら、軽蔑の目で銀時を見つめた。

 

「銀さん、志乃ちゃんのいる前でそんな会話に発展するのはちょっと……」

 

「マジキモいアル。しばらく私に話しかけないで」

 

「オイお前ら何でそんなに冷たいの⁉︎今日に限って誰も銀さんの味方はいないの⁉︎」

 

「銀、ドンマイ」

 

「お前もかよォォォ‼︎もう嫌だ悲しいわ俺‼︎なぁ志乃お前ならわかってくれるよなぁ、な⁉︎」

 

「ちょ、放してよ銀。絡みがウザい」

 

「志乃ォォォォォォォォ⁉︎」

 

復旧続く吉原の空に、銀時の哀れな絶叫が響く。

晴れた空に昇る太陽。志乃はそれに負けないくらい眩しい笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー地雷亜篇 完ー

 




ハイ終わりました地雷亜篇。……え?銀時が不憫?わかってますよそんなこと。

あの……ツッキーの酒グセのとこはすいません、力尽きました。もう無理走れない。肩と背中と首が痛い。何これスマホの辛さの三重奏?いらないいらない。

えー、今回やたらと謎を含んだものになったと思います。

松陽が口にしていた澪という女、そして銀狼の覚醒。
これらの正体も後々明らかになりますので、どうぞお楽しみに。

ちゃんとこの先上手く書けるかなぁ……。常にダダ滑り状態のこの小説だから、ちょっとやそっと滑った程度じゃへこたれませんけど。

次回は歯医者の話ですかね。そのあとは六角事件やって、ホウイチ篇と陰陽師篇を簡略化して、クリスマスと年賀状とバレンタインと季節関係なしにやってから、かぶき町四天王篇かな。うわぁ死ぬ!

ま、とにかく頑張っていきます!これからもどうぞよろしくお願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。