見渡す限り、死体、死体、死体。
そんなものが一面転がる場所など、戦場しかない。死んだ後、葬られずに残った死体には、死肉をついばみに鴉達が空を飛ぶ。
そのうち一つの死体に座り込み、おにぎりを食らう一人の子供がいた。白髪の天然パーマ、大きな赤い目をした彼は、身の丈に合わない刀を肩に置いていた。
そんな彼の小さな頭に、ポン、と優しく手を置く人物がいた。
「屍を食らう鬼が出ると聞いて来てみれば………………君がそう?また随分と、可愛い鬼がいたものですね」
子供はその人物を見上げた。背丈が自分より遥かに大きい、大人の男。細い手に色素の薄い長い髪は、女のようにも見えた。
男は自分を見下ろして、優しく微笑む。
「
「連れて来なくて正解でした」と笑う彼の手を払いのけ、子供はいつものように刀を抜いた。
普通の大人ならこれを見た瞬間、すぐに恐れ慄き、逃げ出そうとする。子供はそれを斬り、荷を剥ぎ取るのだ。
しかし、目の前の男は全く動じない。
「
今まで見てきた大人は、皆自分を気味悪がっていた。なのに、この男は全く違う。
「そんな剣もういりませんよ。
男が剣の柄に手をかける。それを見た子供は身構えたが、男は剣を鞘ごと抜き、ヒョイと投げつけてきた。それを受け取ると、男は背を向けて去っていく。
「くれてあげますよ、私の剣。
子供の視線が、男の背中に向けられる。不思議な大人だった。あんな大人は初めてだった。
「敵を斬るためではない。弱き己を斬るために。己を護るのではない。己の、魂を護るために」
去っていく男の背中を、子供の小さな足が、自然と追いかけていた。
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怒号を上げて、銀時の猛攻が地雷亜を襲う。血を吹いて吹っ飛ばされても、クナイの糸が自由を奪い、さらに滅多打ちにされる。息もつかせぬ攻撃の嵐に、地雷亜はダウン寸前だった。
銀時が地雷亜の左足を殴りつける。地雷亜がよろめいた瞬間、クナイが自身の右足にも突き刺さった。そして、両者の得物同士が激しくぶつかり合う。地雷亜の腕には木刀の一撃が叩き込まれ、銀時の腕にはクナイが刺さった。
緊迫する攻防に、月詠と志乃は戦いを見守る他なかった。
「銀時ィ‼︎」
「銀‼︎」
カラカラ、と木刀が床に落ちる。荒い呼吸が静かな空間に響く中、地雷亜が信じられないように呟いた。
「何故だ……何故、お前が俺と拮抗する力を。一人では荷も負えぬ脆弱な存在が……。己を捨てることもできん連中に……己の居場所欲しさに仲間も斬れん連中に……何故……」
彼にとって、銀時の強さは信じられないものだった。
自分は、全てを捨てて戦ってきたのに。自分の存在も、居場所も、仲間も全て。獲物のために、月詠のために。
「なのに何故、何故なんだ」
「まだわかんねーのかよ」
地雷亜の疑問に答えたのは、黙って戦いを見守ってきた志乃だった。
「アンタが捨ててきたもんの中には、大切な荷も混ざってたんだよ。仲間を捨てた?違う。仲間を失うのが怖かっただけだろ。一人で戦ってきた?違う。最初から一人であれば、孤独になる苦しみもねーからだろ。己を捨てた?違う。お前は背負う苦しみからも背負われる苦しみからも逃げた、ただの臆病者だよ。荷を全て捨てて一人で生きる道を選んどいて、結局それにも耐え切れず……弟子をも
志乃の言葉に、地雷亜は目を見開いた。今までの自分を全て否定されたような……そんな感覚に陥っていた。
彼女の言葉に続いて、銀時も口を開いた。
「
「吐かせェェェ‼︎貴様に何がわかるぅぅぅ‼︎」
「てめーに、師匠の名を語る資格はねェ。てめーに……荷ごと弟子背負う、背中があるかァァァァァ‼︎」
ゴッ‼︎
銀時と地雷亜が、互いに額をぶつけ合う。壮絶な頭突き対決を制したのは……銀時だった。グラリと地雷亜が、床に崩れ落ちる。銀時はそれを認めてから、クナイの糸を解いた。
ようやくついた決着に、志乃も安堵の嘆息を洩らす。緊張感がとけ、ホッとしたのも束の間だった。
背を向けた銀時に、倒れたはずの地雷亜が立ち上がり、クナイを向けていたのだ。先程の頭突きで額は割れ、血が流れている。
「地雷亜、やめろっ‼︎」
肩で息を続ける地雷亜に、銀時は振り返らずに諭した。
「…………もうやめとけ。………………てめーの巣には、何もいやしねェよ。獲物も……餌も……虫ケラ一匹。そこにいんのは最初からたった一匹の蜘蛛だけだ。遥か地上の月の光を仰ぎ見て、空に向かって糸を吐き続ける、哀れな
「……………………フッ。…………何を世迷い言を。そんな事は、とうの昔に知ってるさ」
最早地雷亜は虫の息。それでもクナイを向けようとする彼に、月詠が叫んだ。
「やめろォォォ‼︎地雷亜ァァァ‼︎」
ドウッ‼︎
肉を刺すように音と共に、血が床に滴り落ちる。次の瞬間、地雷亜のうなじから大量の血が噴き出た。ゆらりと倒れたその後ろには、月詠の姿が。
「…………いい……それで…………それでいい…………」
掠れた声で、地雷亜が言った。