銀狼 銀魂版   作:支倉貢

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誰しも荷を背負って生きている

見渡す限り、死体、死体、死体。

そんなものが一面転がる場所など、戦場しかない。死んだ後、葬られずに残った死体には、死肉をついばみに鴉達が空を飛ぶ。

 

そのうち一つの死体に座り込み、おにぎりを食らう一人の子供がいた。白髪の天然パーマ、大きな赤い目をした彼は、身の丈に合わない刀を肩に置いていた。

そんな彼の小さな頭に、ポン、と優しく手を置く人物がいた。

 

「屍を食らう鬼が出ると聞いて来てみれば………………君がそう?また随分と、可愛い鬼がいたものですね」

 

子供はその人物を見上げた。背丈が自分より遥かに大きい、大人の男。細い手に色素の薄い長い髪は、女のようにも見えた。

男は自分を見下ろして、優しく微笑む。

 

(みお)が知ったら騒ぐでしょうね。彼女、子供好きですから」

 

「連れて来なくて正解でした」と笑う彼の手を払いのけ、子供はいつものように刀を抜いた。

普通の大人ならこれを見た瞬間、すぐに恐れ慄き、逃げ出そうとする。子供はそれを斬り、荷を剥ぎ取るのだ。

しかし、目の前の男は全く動じない。

 

(それ)も、屍から剥ぎ取ったんですか。童一人で屍の身ぐるみを剥ぎ、そうして自分の身を護ってきたんですか。大したもんじゃないですか。だけど、」

 

今まで見てきた大人は、皆自分を気味悪がっていた。なのに、この男は全く違う。

 

「そんな剣もういりませんよ。他人(ひと)に怯え、自分を護るためだけに振るう剣なんて、もう捨てちゃいなさい」

 

男が剣の柄に手をかける。それを見た子供は身構えたが、男は剣を鞘ごと抜き、ヒョイと投げつけてきた。それを受け取ると、男は背を向けて去っていく。

 

「くれてあげますよ、私の剣。(そいつ)の本当の使い方を知りたきゃついてくるといい。これからは、(そいつ)を振るいなさい」

 

子供の視線が、男の背中に向けられる。不思議な大人だった。あんな大人は初めてだった。

 

「敵を斬るためではない。弱き己を斬るために。己を護るのではない。己の、魂を護るために」

 

去っていく男の背中を、子供の小さな足が、自然と追いかけていた。

 

********

 

怒号を上げて、銀時の猛攻が地雷亜を襲う。血を吹いて吹っ飛ばされても、クナイの糸が自由を奪い、さらに滅多打ちにされる。息もつかせぬ攻撃の嵐に、地雷亜はダウン寸前だった。

銀時が地雷亜の左足を殴りつける。地雷亜がよろめいた瞬間、クナイが自身の右足にも突き刺さった。そして、両者の得物同士が激しくぶつかり合う。地雷亜の腕には木刀の一撃が叩き込まれ、銀時の腕にはクナイが刺さった。

緊迫する攻防に、月詠と志乃は戦いを見守る他なかった。

 

「銀時ィ‼︎」

 

「銀‼︎」

 

カラカラ、と木刀が床に落ちる。荒い呼吸が静かな空間に響く中、地雷亜が信じられないように呟いた。

 

「何故だ……何故、お前が俺と拮抗する力を。一人では荷も負えぬ脆弱な存在が……。己を捨てることもできん連中に……己の居場所欲しさに仲間も斬れん連中に……何故……」

 

彼にとって、銀時の強さは信じられないものだった。

自分は、全てを捨てて戦ってきたのに。自分の存在も、居場所も、仲間も全て。獲物のために、月詠のために。

 

「なのに何故、何故なんだ」

 

「まだわかんねーのかよ」

 

地雷亜の疑問に答えたのは、黙って戦いを見守ってきた志乃だった。

 

「アンタが捨ててきたもんの中には、大切な荷も混ざってたんだよ。仲間を捨てた?違う。仲間を失うのが怖かっただけだろ。一人で戦ってきた?違う。最初から一人であれば、孤独になる苦しみもねーからだろ。己を捨てた?違う。お前は背負う苦しみからも背負われる苦しみからも逃げた、ただの臆病者だよ。荷を全て捨てて一人で生きる道を選んどいて、結局それにも耐え切れず……弟子をも自分(てめー)と同じ道に引きずり込もうとする自分勝手な屁タレ野郎だよ」

 

志乃の言葉に、地雷亜は目を見開いた。今までの自分を全て否定されたような……そんな感覚に陥っていた。

彼女の言葉に続いて、銀時も口を開いた。

 

月詠(コイツ)はもう、てめーなんかよりよっぽど強ェよ。臆病者の相手は臆病者で充分だ。てめーの相手は、この俺で、充分だ」

 

「吐かせェェェ‼︎貴様に何がわかるぅぅぅ‼︎」

 

「てめーに、師匠の名を語る資格はねェ。てめーに……荷ごと弟子背負う、背中があるかァァァァァ‼︎」

 

ゴッ‼︎

 

銀時と地雷亜が、互いに額をぶつけ合う。壮絶な頭突き対決を制したのは……銀時だった。グラリと地雷亜が、床に崩れ落ちる。銀時はそれを認めてから、クナイの糸を解いた。

ようやくついた決着に、志乃も安堵の嘆息を洩らす。緊張感がとけ、ホッとしたのも束の間だった。

背を向けた銀時に、倒れたはずの地雷亜が立ち上がり、クナイを向けていたのだ。先程の頭突きで額は割れ、血が流れている。

 

「地雷亜、やめろっ‼︎」

 

肩で息を続ける地雷亜に、銀時は振り返らずに諭した。

 

「…………もうやめとけ。………………てめーの巣には、何もいやしねェよ。獲物も……餌も……虫ケラ一匹。そこにいんのは最初からたった一匹の蜘蛛だけだ。遥か地上の月の光を仰ぎ見て、空に向かって糸を吐き続ける、哀れな蜘蛛(てめー)だけだ」

 

「……………………フッ。…………何を世迷い言を。そんな事は、とうの昔に知ってるさ」

 

最早地雷亜は虫の息。それでもクナイを向けようとする彼に、月詠が叫んだ。

 

「やめろォォォ‼︎地雷亜ァァァ‼︎」

 

ドウッ‼︎

 

肉を刺すように音と共に、血が床に滴り落ちる。次の瞬間、地雷亜のうなじから大量の血が噴き出た。ゆらりと倒れたその後ろには、月詠の姿が。

 

「…………いい……それで…………それでいい…………」

 

掠れた声で、地雷亜が言った。


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