金属バットを振り抜いた志乃が、腕を下ろしてバットを肩に置く。天井まで殴り飛ばされ、床に落ちた地雷亜を冷たい目で見下ろしていた。
「あー、スッキリした」
「……し……志乃……」
彼女の名を呼んだ月詠。彼女を縛り付けていた蜘蛛の巣を銀時が払い、倒れた彼女を抱きとめた。
「…………ぬしら……何故、こんな所に…………来た。そんな身体で…………逃げろと……言ったのに……バカ者共め。どうして………………なんで……」
銀時は月詠を横に抱き上げ、彼女を地雷亜から離れた部屋の隅に下ろした。
「…………死にゃあしねェよ、俺ァ。死にゃあしねェよ……誰も。もうこの
志乃は銀時が月詠を安全な場所に置くまで、ぶっ飛ばした地雷亜の様子を伺っていた。舞い上がった埃の奥で、地雷亜が起き上がるのを感じ、金属バットを構える。
「……ククク、よもやあれほどの手傷を受けていながら生きていようとはな。俺が張った糸を辿り、
「チッ、しぶとい野郎だ。
まぁ、それでくたばるなら、あの時とっくに仕留めていたか……。
溜息を吐いた志乃の肩に手を置いた銀時が、それを押して志乃を退がらせた。
「志乃、月詠を頼むぞ」
「あぁ」
「……待て、銀時‼︎」
地雷亜に挑もうとする銀時の背を、月詠が呼び止める。
志乃は月詠の隣にしゃがみ込み、懐から綺麗な手拭いとガーゼや湿布、包帯を取り出した。彼女の顔についた血を丁寧に手拭いで拭き取り、彼女を真っ直ぐ見つめた。
「ツッキー、もう一人で抱え込むのはやめてよ」
「…………」
「一人じゃ立ち向かえないことがあるなら、泣いて助けを乞えばいいんだよ。縋ったっていいんだよ。泣きたい時に泣く、笑いたい時に笑う。……それでいいんだよ」
血を拭う手を止めず、志乃は語り続ける。
「あんたが泣いてる時は、私らがそれ以上に泣き喚くよ。あんたが笑ってる時は、私らがそれ以上にデカイ声で笑うよ。……そんな仲間が、あんたにはいるじゃないか。肩を貸して荷を背負って、隣で一緒にいてくれる仲間がいるじゃないか。それ以上何がいるってのさ」
優しい声音で、月詠に語りかける志乃は、まるで母親のようだった。手当てをしながら、月詠に微笑みかける。
「
「志乃…………」
しかし志乃の言葉も、地雷亜は吐き捨てるように嘲笑う。
「お前達が……荷を負うと?月詠の荷をお前達が共に担うと。クク……わからんのか。月詠にとっての荷はお前達以外の何者でもない。お前達がいなければ、月詠はこんなに苦しむことはなかった。お前達がいなければ、月詠はこんなに醜くなる事はなかった」
不意に地雷亜が、床を強く蹴りつけ跳躍する。いつぞやのように、クナイを大量に辺りに撒き散らした。
「全ては、貴様等が消えれば済む事だァァ‼︎」
クナイが床に突き刺さる。自分の巣を作った地雷亜は、着物を脱ぎ捨て、戦闘服に着替えた。
「月詠、腹が空いただろう。今、特上の餌を用意してやる。月を追い迷い込んだ、この哀れな虫ケラ共をな」
「ケッ!どこまでもとことん気色悪ィな、変態」
あの時と同じように、宙に張り巡らせた糸の上に乗った地雷亜。彼を見上げて、志乃は毒を吐いた。
月詠は未だ銀時を案じていたが、彼の雰囲気に思わず口を噤む。
「てめェがどこで誰を裏切ろうがかまやしねェ。将軍だろうがどこぞの主君だろうが、どうぞ好きにやりゃいい。だが一度師と名乗っておきながら、てめェ……弟子裏切ったな。ガキん頃からてめーを信じてた…………ずっとてめェ追いかけてた
銀時がここまで怒りを露わにするのを、正直志乃は初めて見た。
幼い頃から銀時達に育てられた彼女にとって、彼は兄妹どころか親も同然。
しかし、志乃は彼の過去を何一つ知らないし、彼が今までどんな風に生きていたかなんて、全く知らなかった。
かつて銀時にも、師がいたのだ。彼が死体から物を剥ぎ取って生きていた時、その生き方を変えてくれた深い恩のある師が。
地雷亜は、銀時の目を見ていた。未だかつてかかった事のない、得体の知れないもの。あの眼は、獲物の目でも餌の目でもないーー大蜘蛛の目。
「…………地雷亜。巣にかかったのはてめーの方だ。俺の巣……土足で踏み荒らしたからには、生きて出られると思うな。薄汚ェ体液ぶち撒いてくたばりやがれ」
「フッ、喰い合いか。面白い、どちらが巣の主かその身をもって知るがいい‼︎」
糸を伝って、変幻自在に地雷亜が動き回る。
やはり、糸の張り巡らされたこの場では地雷亜が上か。見守る志乃がそう思ったその時、突如銀時が外に向かって走り出した。
「糸のない外に逃げるつもりか‼︎甘いわ、いかなる場所とてたちどころに巣に変わる‼︎どこに行こうと無駄だ‼︎」
地雷亜が糸を跳び回って、銀時を追いかける。銀時はそのまま外に出ると思いきや、出口のすぐ近くでブレーキをかけた。
「甘ェのはテメーだ」
地雷亜が得物の届く範囲まで近づいた瞬間、銀時が木刀で地雷亜を叩き落とした。
ーーそうか!銀の奴、不規則な地雷亜の攻撃の軌道を絞るため、狭い出口へ誘導を……。
確かに最初に戦った時、空を飛び回る地雷亜の攻撃が読めずに苦戦したことを思い出す。
やった、と志乃がガッツポーズをしたのも束の間、埃からクナイが飛んできた。
銀時がそれを掌で受け止め、クナイが彼の手を貫通する。それに続いて、地雷亜もクナイを両手に襲いかかってくる。
突き出されたクナイを掠め、糸を地雷亜の腕に絡ませた。それは銀時の腕とこんがらがり、急いで引き下がろうとしても、銀時がついてくる。
「つ〜かまえた」
お互いの手が糸に絡まったまま、銀時は地雷亜の腹を木刀で突いた。
「さァ晩餐会の時間だ。たらふく食わせてもらうぜ」