蜘蛛手の地雷亜。
変幻自在の糸を操り、どんな場所でもまるで自分の巣のように縦横無尽に闊歩し蹂躙する。偸盗術、暗殺術をもって彼の右に出る者はなかったという忍者。
「だが、奴の真に恐るべき所はそんな所じゃねェ。その、忠誠心さ」
「忠誠心?」
水を飲みながら、志乃が尋ねる。全蔵は酒をコップに注ぎ、彼女を見ずに答えた。
「忍ってのはな、てめーら侍と違って主君への忠誠心なんぞ持ち合わせちゃいねェんだ。信じるのは鍛え上げた己の技のみ、その技を買ってくれるのであれば誰の下であろうとつく。いわば技を売る職人みてーなもんだ。俺達お庭番にしても根っこはそうさ。将軍直属の隠密などと大層な看板を掲げちゃいるが、早い話、一番高く俺達の技を買ってくれたのが将軍だっただけという話さね」
しかし、地雷亜は違った。病的なまでに将軍に固執し、そのためだけに働いた。
彼が仕えたのは今の将軍ではなく先代の将軍ではあったが、将軍のためとあらばどんな汚い仕事でもどんな危険な仕事でも、その身を捨てるように働いた。さらに隠密活動のために、自分の顔まで焼き潰し……正体を自在に変えるために、自分という存在までも捨てたのだ。
「滅私奉公……」
「そう……聞こえはいい言葉だが、一つの事しか見ねェ奴ってのは、気づかぬうちに闇に足を取られていることがあんのさ」
「うげ……何つー奴だよ」
水で喉を潤しながら、思わず引く。元々人殺しを生き甲斐とし、尽くすことを知らない獣衆の出身である彼女には、その忠誠心が全く理解できなかった。
20年前の天人襲来。国交とは名ばかりの天人の強硬姿勢に、幕府は簡単に折れた。
しかし、技巧派集団であるお庭番衆はそうはいかなかった。戦いを主張とする主戦派と、将軍の意に沿おうとする穏健派に分かれて派閥争いが起こった。
当然、戦々恐々の将軍にとって、主戦派は邪魔な存在になる。そこで、非情な下知が下された。主戦派は一族郎党に及ぶまで根絶やしにされたのだ。
手を下したのはもちろん、地雷亜。仲間を殺すなどという汚れ仕事ができるのも、武闘派の連中相手にそんな事ができるのも、彼以外にいない。
そして地雷亜は将軍に召された時、なんと彼を殺そうとしたのだ。彼にとって、将軍はただの獲物。それに餌を与えて肥え太らせ、最終的に食すためのものだった。
しかし、それは全蔵の父が将軍の影武者になったことで、将軍暗殺はなんとか免れた。地雷亜はお庭番衆に囲まれ瀕死の重傷を負いながらも奮闘し、逃げのびた。その時全蔵の父は忍者の命である足を負傷してしまい、隠居して後進の指導に回ったのだ。
「
その責を負う義務が、後輩の自分にもあると、捜していたのだという。
地雷亜の忠誠心とは、獲物に対する忠誠心。そしてその歪んだ忠誠心は今、弟子の月詠に向かっている。
「奴は己の獲物……己の作品を完成させるためなら、何の犠牲も厭わない。獲物の周りにあるもの全て餌にされるだろう。そうして手塩にかけて作り上げた作品を自ら壊した時、奴は至上の喜びを得るのさ。ウカウカしてたらてめーらも餌にされちまうぜ。今度は知らねーから」
「…………」
俯いた銀時を見つめていると、外から悲鳴が上がった。何事かと外に出てみると、焦げ臭い匂いが立ち込める。
火の手があちこちから上がっていたのだ。空を見上げると、炎が空中に張られた糸を走り、次から次へと建物に火をつけていった。
「
「……ワリー。わざわざ助けて連れてきてやったココも、蜘蛛の巣の中だったようだな」
「………………願ったり叶ったりだよ。蜘蛛の巣にかかっちまった獲物が、生き残る唯一の術を教えてやろうか。蜘蛛を食い殺すんだよ」
「……銀」
「銀さん、志乃ちゃんんん‼︎」
三人の元に、新八、神楽、晴太が駆け寄ってくる。
晴太は両手に銀時の着物とブーツ、木刀、そして志乃の金属バットを持ってきていた。
「これは、一体何が起きてるんですか⁉︎」
「ツッキーを攫った連中と関係アルアルかー⁉︎」
「銀さん、火は百華のみんなが消し止めるって!その怪我じゃ心配だから、早く逃げてくれって母ちゃんが‼︎」
「ありがとよ」
銀時は晴太の髪をくしゃりと撫でると、着流しを肩にかけ、ブーツを履いた。志乃も晴太から金属バットを受け取り、肩に担ぐ。
「師匠、神楽、火の方は頼むよ」
「いいか……一人たりとも死なせんじゃねェ。ヤバくなったら街なんぞほっぽり捨ててみんなで逃げろ!」
背中を向けて歩き出す二人に、神楽が叫んだ。
「な……何言ってるアルか、銀ちゃん、志乃ちゃん?そんな身体でどこ行くアルか‼︎一番ヤバいのは銀ちゃん達……」
紡ごうとした言葉が、不意に途切れてしまう。
銀時の木刀を握る手が、震えていた。ギュッと力を込めて、強く握りしめているようだった。
「…………銀……ちゃん?」
それを見てしまったら、もう何も言えない。銀時は怒っている。それを察してしまったから。
志乃は振り返って、新八達に笑ってみせた。
「ちょっくら、変態ぶちのめしてくる。大丈夫、銀は私が何があっても護るよ」
「志乃ちゃん……!」
ウィンクしてから、先を歩く銀時に並んだ。お互いを見ず、言葉だけを交わす。
「私にも野郎一発殴らせろ。そしたら、もう手ェ出さねーから」
「……好きにしろ」
銀時から許可を得た志乃は、金属バットを帯に挿した。
銀時は、自分に生きる道を示してくれた、とある偉大な師匠を知っている。
「………………気に入らねェ」
何度挑んでも太刀打ちできなかった、とても強い師匠を。
「全くもって、気に入らねェ」
それでも優しく笑って、側にいてくれた師匠を。
「
愛する娘を残して、無念にも逝ってしまった師匠を。