銀狼 銀魂版   作:支倉貢

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美しくても醜くても女は女

「し……師匠」

 

「…………⁉︎」

 

喉を押さえて立ち上がった志乃は、驚愕の色を写した目で男と月詠を見る。

 

ーーあの男は、ツッキーの師匠だったのか。にしても何だあの顔は。一体、どうなってやがる……?

 

次々と湧き上がる疑問に対する答えは出ない。

 

「……師匠……何故ぬしが…………生きている。何故ぬしが、こんなマネをしている⁉︎」

 

普段冷静な月詠の声が震える。吉原に襲いかかる巨悪の正体が、かつての師だったのだ。その衝撃は、銀時や自分よりも大きいだろう。しかし、男の態度は変わらない。

 

「知れたこと。お前に会うためさ、月詠」

 

「会うためだァ?」

 

第三者の声に、男が振り返る。赤い目を鋭く光らせた志乃がそこにいた。

 

「だったらこんなまどろっこしいマネしねーで、直接会いに行きゃあいいだろーが。お前はツッキーの師匠なんだからよォ、会いに行ったところで誰にも拒絶されねーだろ……」

 

ドブッ

 

突如、左肩と腹に激痛が走る。男にクナイを投げつけられたと悟るのは、早かった。

 

「志乃‼︎」

 

銀時が志乃を案じて駆け寄る。刺さったクナイを引き抜くと、血が吹き出て虚脱感に襲われた。体がガクッと崩れ、それを銀時が支えた。

銀時に睨まれた男は、口角を上げたまま月詠を振り返る。

 

そしてーー彼は月詠を作品と称した。月詠は、彼が心血を注いで作り出した一個の芸術品だと。

 

「死を装い吉原から消えた後も、ずっと見ていた、月詠(おまえ)だけを。頼るものを失くし一人で必死に吉原を護るお前の姿、本当に美しかった。まるであの月のように。私を滅し公に奉じる時人は、肉体も善も悪も超越し、その美しい魂だけを浮かび上がらせる」

 

彼女という作品は、彼なしでは完成しなかった。しかし、師が存在しても完成しなかった。

心に依り所を持つ者が、己を捨てられるわけもない。頼る者のない孤独に耐え得る強き心を持ってこそ、初めて己を捨てられる。

 

「お前はあの時、俺という存在を失うことで、一度完成したんだ。そう、それで終わりになるはずだった。お前さん達が現れるまではな」

 

男はチラリと銀時と志乃を一瞥してから、月詠に歩み寄り、彼女の首に手をかけ持ち上げた。

 

「まさかかような者達に心を許し、あろうことか共に鳳仙まで倒してしまうとは。月詠、お前は何もわかっていない。お前に必要なのは、依るべき所、頼るべき者などではない。孤独と、その剣を向けるべき敵だ」

 

銀時が木刀で男に斬りかかるが、男は銀時を振り返らずにクナイでそれを受け止めた。

 

「見ていろ月詠。今お前の目の前でお前を護る者達は消える。そして夜王に代わるお前の新たな敵がここに生まれるんだ。この地雷亜がな」

 

「銀時ィィィィ!逃げろォォォ!」

 

月詠が叫んだ瞬間、地雷亜の背中から、無数とも言える数のクナイが飛び出した!

四方八方に飛び出したそれは敵味方に関係なく降り注ぐ。志乃も痛む左肩を無理矢理動かし、金属バットで襲いくるクナイを弾いていった。

 

「‼︎」

 

「フフッ、逃げられはしないぞ。既にお前さん達は、俺の巣の中だ」

 

上空に気配を察知して、夜空を見上げる。宙に、地雷亜が浮いていた。

 

「なっ……⁉︎」

 

驚くのも束の間、クナイが飛んでくる。

跳躍してそれをかわすと、背後に殺気を感じた。それと同時に、背中にクナイが突き刺さる。

 

「ぅがっ!ぐっ……」

 

よろけたところに、クナイが今度は太ももに刺さった。

絶え間ない攻撃と宙を舞う地雷亜のスピードに、ついていけない。目で追うのがやっとだ。

 

「軌道が、読めねェ!」

 

離れて戦う銀時も、地雷亜の動きに翻弄されている。銀時でも勝てない相手に、自分が勝てるのか。

何か打開策はないのか……!空を見上げた志乃は、月明かりに照らされて光るものを見た。それは空中を走り、その先にはクナイが繋がっている。

 

ーーまさか野郎、この糸を伝って……⁉︎

 

先程の大量のクナイは、地雷亜がこの場を自由自在に飛ぶための糸を張り巡らせるためだったのか。

 

「志乃、こっちだ‼︎」

 

銀時も同じことを考えていたらしく、先行して走る。クナイの刺さっていない場所なら、糸もないはずだ。クナイはコンテナに刺さっているから、その先の海のすぐそばなら、何もない。そこへと走る。

しかし。

 

「蜘蛛の巣というものはな、かかったと気づいた時にはもう何もかも遅いのさ」

 

銀時の横を、地雷亜が通り過ぎる。その次には、銀時が血を吹き出して倒れ、海に落ちようとしていた。

月詠の悲鳴が上がる。

 

「銀時ィィィィ‼︎」

 

「仕上げだ。お前の死をもって、月は……満ちる。あの世で眺めるがいい。俺の美しい月を」

 

地雷亜が、銀時にとどめをさそうとクナイを振り上げる。その時。

 

「てめェェェェェェ‼︎」

 

怒号と共に、強烈な殺気が飛んできた。

月をバックに跳び上がる、銀髪の少女。彼女が赤い目に怒りを宿らせ、金属バットを振りかざしていた。

刹那、志乃は渾身の力で金属バットを振り下ろした。コンクリートの地面は壊れ、破片が飛び散る。しかし、潰したと思った奴の姿がない。

 

「騒ぐな、小娘」

 

声が、背後から聞こえる。振り返った瞬間、全身を鋭い痛みが襲った。

腕、肩、手足、腹、胸に至るまで、クナイが突き刺さる。よろめきながらも踏ん張った彼女に、地雷亜は腰に挿した小太刀に手をかけた。

 

ブシャアアアアッ!

 

「すぐに、兄の元へ逝かせてやる」

 

首の根元から、大量の血飛沫が夜空に舞う。今度こそ志乃の意識は薄らぎ、背中から海に落ちた。

 

********

 

「ーーちゃん!しっかりして、志乃ちゃん‼︎」

 

視界に映ったのは、今にも泣き出しそうな小春の顔。体が重く、鉛のようだった。

 

「志乃ちゃん!よかった、気がついたのね‼︎もう三日三晩も眠りっぱなしだったのよ……?」

 

「……ハル……ここは」

 

「吉原の私の家よ」

 

「吉原……?」

 

体を起こすと、鈍い痛みが全身を襲う。それに耐えて、なんとか布団の上に座れた。そしてすぐに、気を失う前のことを思い出す。

 

「そうだ……私、海に落ちたんだ……銀は?銀はどうなったの?」

 

「銀時なら、さっき目が覚めたって日輪から連絡が入ったわ」

 

「……そっか、よかった……」

 

心配事が一つ減って、ホッとする。しかし、まだそれは尽きない。

あの後月詠がどうなったのかもわからない。あの地雷亜という男に攫われたのか、それを知る手立てもない。

というか、そもそも何故自分は助かったんだ?

 

「ねぇハル、なんで私助かったの?」

 

「それは……」

 

********

 

吉原の一角にある、ブスッ娘クラブという看板が掲げられた店。その名の通り、ブス専門のキャバクラである。志乃は包帯だらけの体を引きずって、そこにやってきた。

その店の前で、兄の姿を見つける。

 

「あっ銀」

 

「志乃……お前も無事だったか」

 

「無事、ってほどじゃないけどね。まぁ、生きてるよ」

 

肩を竦めて答えると、「小春に訊いたのか」と問われ、頷いた。

そう。二人は、この店に来ているという男に用があって来たのだ。彼は海に落ちた銀時と志乃を助け、ここまで連れてきたという。

店に入ると、「いらっしゃいませ〜」とブスのキャバ嬢が出迎える。それを押しのけて店の奥に進むと、探していた男が一人のキャバ嬢の顎を掴んで上向かせていた。

 

「俺はね、整ったビルより崩れかかった廃墟や得体の知れない洞窟に美を感じるんだ」

 

「え」

 

「おたくスンゴイ廃墟じゃん、人っ子一人いないじゃん。どうしたのコレ巨神兵でも攻めてきたの。何この二つの洞窟何でこんな上向いてんの。差していい?電子レンジのコンセント差してチンしてもいい?」

 

「キモい」

 

意味不明な言葉でキャバ嬢を口説いているその男を、銀時と志乃が蹴っ飛ばす。テーブルやらその上に乗っていた酒やら諸共吹っ飛ばされて、壁にヒビまで入っていたが、気にしない。

志乃は両手を腰に当てて、男を見下ろした。

 

「何今の口説き文句。一切キュンとこなかった。大体御託を並べる暇があったら、」

 

グイ

 

「えっ」

 

先程男に口説かれていたブスの腕を掴み、引っ張る。彼女の頬に、志乃は軽く唇で触れた。

 

「好きならまどろっこしい事なんかしねーで、キスすりゃいいだけの話じゃねーか」

 

「「「キャァアアアアアア‼︎」」」

 

相変わらずのイケメンっぷりに、ブス達も黄色い歓声を上げて騒ぎ出す。そして、我先にと次々に志乃に抱きついた。

一方蹴られた男ーー服部全蔵は、頭を摩って起き上がった。

 

「てめェらァァァ‼︎命の恩人に何しやがんだ‼︎海からテメーら拾ってここまで引きずってくんのどれだけ大変だったと思ってんだァ⁉︎」

 

「何が命の恩人だテメーコノヤロー。人が死にかけてる時に高みの見物キメこんでた奴に言われたくねーんだよ」

 

「何で俺がお前らのピンチに助けに入る理由がある。それに俺ァ別嬪の女にゃ興味ねーんだ」

 

「オイそれって私が別嬪じゃねーってかコラ、あん⁉︎」

 

全蔵の言葉にキレた志乃が、彼の胸倉を掴んで前後に揺さぶる。彼女の口ぶりに、銀時はキョトンとしていた。

 

「何、お前コイツのこと知ってんの?」

 

「あァ、前に会ってね。えーと、名前は……あ、木嶋くんだっけ」

 

「服部って言ってんだろーがァァ‼︎お前いつになったら俺の名前覚えんだ、いい加減にしろよクソガキ‼︎」

 

相変わらず人の名前一つ覚えられない志乃に、今度は全蔵がキレた。当然である。

銀時が本題を切り出した。

 

「てめー、あんな所で何してやがった。月詠は?あの後どうなった」

 

「ちょいと野暮用でね。別嬪さんの方は連れていかれちまったぜ」

 

「どこに行った」

 

「さあな、別嬪には興味ねーって言ったんだ」

 

「だーから私に喧嘩売ってんだろ、え?よしぶっ飛ばす。表出ろコラ」

 

どうやら彼は、自分達を助けただけらしい。銀時は舌打ちを一つ立てて、背を向けた。

 

「オイどこに行く。言っておくがテメーじゃ地雷亜(ヤロー)には勝てねーぞ。そんな身体じゃなくてもな」

 

「……別嬪にゃ興味ねーが、ブサイクとオッさんには興味津々らしいな」

 

「全兄ィ、奴のこと知ってるの?」

 

「ぜっ、全兄ィ?」

 

「全蔵だから全兄ィ。で、知ってるの?」

 

志乃に急かされ、全蔵は語り出した。

 

「………………蜘蛛手の地雷亜。俺の一世代上だが、お庭番最強と謳われた親父に匹敵する力を持っていたと言われている。だがそんな腕を持ちながら、奴はお庭番を追放された。そのあまりに危険な性質ゆえに。悪いこたァ言わねェ。あの女は諦めろ。地雷亜(やつ)の巣にかかっちゃ、もう救えやしねーよ」


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