「狐よ。年貢の納め時だ。神妙にお縄を頂戴しろ」
「小銭形の旦那。その台詞、十年で聞き飽きやしたよ」
狐は溜息を吐くように肩を竦め、腕を組んで小銭形を見下ろした。
「アンタもしつこいお人だ。何度撒いてもまた前に現れ、何度潰しても這い上がってくる。もういい加減諦めなさったらどうでございやしょう」
「そいつがハードボイルドって奴さ。『固ゆで卵』は簡単には潰れない。それに俺は盗人って奴が嫌いでね。俺はガキの頃、盗人共に家族を皆殺しにされてる。お前と同じ急ぎ働きの凶賊だよ、狐」
志乃は黙って、葉巻を咥えた小銭形を一瞥した。
「そんな連中が許せなくて、こんな仕事に就いた。……そんな時に、妙な盗人に会った。弱き者から金品をせしめる悪党だけを狙い、血も流さず盗んだ金も決して私利私欲には使わない、キレイさっぱり還元しちまう。法からはみ出そうとも決して自分の流儀は犯さない、義賊・狐火の長五郎」
小銭形は昔を思い出しながら、狐に数歩歩み寄る。
「………………狐。なんで堕ちた?あのお前が、なんでこんな……」
「そこまでにしときなせェ、旦那。同心が泥棒に滅多なこと言うもんじゃねーよ。それに……堕ちたとは盗人に言うこっちゃねェ。あっしら盗人は、ハナから堕ちた薄汚ェ連中でございましょう」
「狐……お前……」
「その通り」
突如聞こえてきた、第三者の声。志乃達が振り返ると、見覚えのある狐の面と忍装束。
「所詮義賊などともてはやされたところで、奪う盗む、卑しき所業を行う事に変わりはなし」
「殺さず犯さず貧しき者から盗まず?どれほど取り繕ったところで、盗人は盗人」
入り口から、ぞろぞろと同じ格好をした連中が現れた。
「なっ……」
「コイツは……狐が、8匹⁉︎」
「いえ……アレも含めると9……一体どういうことですか……?」
志乃と八雲が、8匹の狐と階段上に立つ長五郎とを見る。
狐の中の一人が、長五郎を見上げて言う。
「やはり貴様の仕業か、長五郎。出した覚えもない犯行予告状、必ずや我等への誘いの文と受け取った」
「いやいや、こちとらもうお勤めからは手ェ引いて、しっとり隠居生活楽しんでたってーのに。最近覚えのねェ罪科が次々と増えていくもんでね、おちおち寝てもいられねーってんで起きてきちまったい」
話を聞いていた志乃は、ハッとして8匹の狐を見つめた。
「まさかお前ら……狐の名を騙る偽物か?」
「残念ながら偽物にはあらず。我等全て『狐』の名と技を継ぎし者、盗賊団『九尾』」
「『九尾』……⁉︎」
狐達がそう名乗った瞬間、小春は目を見開いた。
「知ってるの?ハル!」
志乃が彼女を見上げて尋ねると、小春はコクリと頷く。
「瀧から聞いたことがあるわ……。盗賊団『九尾』……古くは戦国時代より、敵国へ間者として送られた、乱波透波の流れを組む偸盗術のプロ集団よ」
「"
小春の言葉に、八雲も乗せる形で呟く。敵が小太刀を抜いたのを認めた志乃、小春、八雲は、臨戦体勢に入りつつあった。
「長五郎、旧き同胞よ。ようやく会えたな」
「京より姿を消して三十年……まさかお前が義賊などと呼ばれるようになっていようとは」
「子供一人殺すこともできず、逃げ出した憶病者が偉くなったものだな」
「江戸で築いたその虚栄を崩してやれば、スグに出てくると踏んでおったわ。三十年前の裏切り、きっちり落とし前つけてもらおう」
「裏切り?知らんねェ。裏切るもクソも、元々お前達を仲間などと思ったことは一度もない」
「ほざけ下郎がァァァ‼︎」
長五郎の一言を皮切りに、狐達が一斉に襲いかかる。志乃も金属バットに手をかけたその時、長五郎が金の油揚げ像を押し込んだ。
「旦那方ァ‼︎早く階段へ‼︎」
壁から突如、煙らしきものが流れ込んでくる。それを認めた瞬間、煙を伝って部屋全体に炎が巻き上がった!
階段へ避難していた志乃達はなんとか無事だったが、狐達は炎に巻き込まれてしまった。
「なっ、何だよコレ!」
「金の油揚げ像を護る
長五郎が叫んだものの、時既にお寿司。あっ間違った、遅し。驚いている間に、階段が坂になった。
さらに今度は壁から油が吹き出てきて、志乃達にかかる。その上油を伝って火の手がすぐそこまで迫ってきた。
「何なのよココぉぉ‼︎たかが盗難防止のために殺人現場作り上げるつもり⁉︎」
「こんな油塗れで落ちたら一瞬で火だるまですよ!」
「うわちゃちゃちゃ!熱いッ‼︎熱いっていうかもう痛い‼︎」
絶叫しながら走っていると、炎の中から4つ飛び出してきた。狐達の生き残りだ。そのうち二人が、小春と八雲の後ろに降り立つ。
「ハル!ジョウ!手加減すんなよ‼︎」
「「了か……うぎゃ‼︎」」
小春が拳銃を、八雲が拳を握ったところで、二人は油で滑って顔面からすっ転ぶ。その隙に、狐二匹は彼らを通り過ぎた。
「何してんのォォアンタらァァァ‼︎」
二人を振り返る志乃にも、二刃が迫る。その時、小春と八雲が志乃の両足首を掴み、引っ張った。
「ぐぎゃっ!」
狐二匹が小太刀を振り抜いた瞬間、引っ張られた志乃は坂に顔面ダイブする。おかげで刃は狐達の互いの体を斬り裂いた。
「やった!二人とったわ!」
「狙い通りですよ」
「ブワッハハハハ、完璧だな完ぺ……って、うぉぉぉい!今度は向こうに二人行ったぞ!」
残り二匹の狐が、ハジに迫る。志乃は両手を広げて、逃げるハジに叫んだ。
「もういい、体当たりだ‼︎体当たりしろ‼︎大丈夫!下で受け止めてやっから!」
「ええ⁉︎」
「できるだけ敵巻き込んで飛び降りてこい!」
「ホントでやんすね‼︎絶対!絶対受け止めてくださいよ‼︎」
「大丈夫だからァァ‼︎早くしろォ!」
「よーし‼︎じゃ、いくでやんす!はァァァァァァァ‼︎」
意を決して飛び降りてハジ。しかし、狐には一擦りもせず、志乃にそのままアタックした。
「なんでだよォォ‼︎」
顎をぶん殴られた志乃は白目をむいて倒れ、ハジ諸共落ちそうになる。一番前を走る小銭形が仲間のピンチを悟るが、敵が近くまで迫っていた。
「ええい!迷うか、仲間が優先だ!銭な……」
男らしく仲間を助けようと、先程も披露した銭投げをしようとした。だが、突如飛び降りて行き着く先は八雲。
「なんでだよォォ‼︎なんであそこで仲間に体当たり⁉︎どんな選択肢ですか!」
「いや……怖かったから」
「逃げてきたんかいィィ‼︎」
倒れた挙句ズルズル滑るこの状況では、立ち上がれない。なんとか坂の縁に掴まって落ちるのを防ぐ。しかし、すぐそこには敵が。
その時、ふと敵の狐の体が宙を舞った。八雲が振り返ると、階段上に固定した紐に掴まった長五郎が。
「早く掴まりなせェ」
「はい!」
八雲はすぐ後ろにいた小春の手を引き、長五郎に手を伸ばす。しかし、彼の背後にいたもう一匹が、長五郎を突き刺した。
「狐ェェェェ‼︎」
「まさかもう一匹潜んでいたというのですか……⁉︎」
グラリと倒れた長五郎は、そのまま炎に落ちそうになる。紐を握っていたため落下は免れたが、危険な状態にあった。
「『九尾』が九人で編成された盗賊団であることを忘れたか?お前が抜けた穴を埋めていないとでも。悪いがはるか前より後ろで隙を伺わせてもらったぞ。こうしてお前の背中に刃を突き立てる日を、あれからずっと思っていた。今でもこの目に焼き付いているぞ。押し入った屋敷の子供と千両箱を抱え、我々のいる屋敷に火を放ち、一人逃げるお前の背中」
それを聞いた時、小銭形の記憶がフラッシュバックした。
********
屋敷から遠く離れた橋の上。自分を抱えて逃げてきた男は、自分に千両箱を渡してこう言った。
『いいか、この千両箱を死んでも離すなよ。こいつがあれば、親戚だろうが他人だろうがお前を悪いようにする奴はいねーはずだ。だが金はあまり一気にはたくなよ。チビリチビリ小銭で渡していけ』
男は自分の頭を撫でて、去っていった。その背中を、別れ際に言ったあの言葉を、自分は一生忘れない。
『いいな、負けるんじゃねーぞ。男は強く、はーどぼいるどに生きろ』
********
「おおおおお‼︎」
小銭形が気合いの怒号と共に、小銭を投げる。紐が狐の腕に巻きつき、宙に引っ張られた。
「なっ!」
驚く狐の眼下には、金属バットが。
「せいぜい、美味い油揚げになりな」
左足で踏み込み、バットをフルスイングする。バットは見事狐面を捉え、かっ飛ばされた狐は炎の中に消えていった。
敵を全て倒した小銭形は、長五郎の救出にあたっていた。紐を手繰り寄せ、長五郎を引き上げる。
「……………………す……すまねーです、旦那。今まで……黙ってて……」
「……………………人が悪いじゃねーか……。命の恩人を今まで散々追い回してたのか」
「へッ……旦那の追跡なんざ、痛くも痒くもねーや……。アンタは詰めが甘すぎらァ。敵に毎日愚痴こぼすなんざ、同心失格じゃないですかィ」
「……フフ。そうか……どうりで捕まらねーはずだ」
狐火の長五郎。それは、小銭形の命の恩人であり、彼の行きつけの屋台の親父だった。彼はずっと、小銭形を見守っていたのだ。
「旦那……アンタ結局最後まであっしを捕まえられなかったですねィ。あっしの完全勝利だ」
「いや、俺の勝ちだ。生きて連れて帰る。牢屋に入る前に、カミュに一杯付き合ってもらうがな」
長五郎は、フッと笑った。
「カミュじゃねェ。焼酎だ」
刹那、長五郎を釣り上げていた紐が、プツリと切れた。
********
あの後、炎の跡から狐の遺体は一体も見つからなかった。狐が生きているのか死んでいるのか、それを知る術は今はない。
志乃はある人物を探して、夜のかぶき町を徘徊していた。こんな時間だと同心に補導されそうな気もするが、見つかるかどうかのハラハラドキドキが、子供心には堪らない。
歩いていると、おでんと書かれた暖簾がかかった屋台があった。
「こんな所に屋台なんてあったっけ……あっ」
暖簾の影に、見覚えのある白い着流しを見つける。その隣には、黒い羽織が見えた。用があるのは、白い着流しの方だ。
暖簾を潜り、早速白い着流しの正体を叩く。
「オイコラ、こんなとこで何してんだクソ兄貴」
「あでっ」
叩かれた頭を摩って、弱冠酔っている銀時が志乃を見上げる。
「んだよ……志乃か」
「んだよじゃねーよ。お前が酔い潰れたら、誰が背負って帰ると思ってんだ」
「親父ー!焼酎一杯」
「聞けよ‼︎」
溜息を吐いて、志乃は黒い羽織の隣に回って座る。こうなれば、銀時が酔い潰れるまで待ってやろう。
「ん?」
「あっ、旦那?」
黒い羽織と、志乃の視線が交差する。黒い羽織の正体は、ついこの間出会った小銭形だった。
「久しぶり〜」
「あん?お前ら知り合いなのか?」
「まあね」
相変わらず焼酎片手にカッコつける小銭形に、志乃は思わず吹き出した。元気そうで何よりだ。
ふと、屋台の親父が、志乃に牛すじを差し出す。
「ホイよ、嬢ちゃんはコレでいいかィ?」
「わあっ、ありがとう!」
志乃は笑顔で皿を受け取る。その時、初めて親父の顔を見た。志乃の表情が、親父を見つめたまま固まる。
「……ああああああああっ‼︎」
満月の夜に、志乃の叫び声が響いたーー。
次回、たまクエ篇いきます。あっはっは。
迷〜走は続く〜よ〜、ど〜こま〜で〜も〜♪