銀狼 銀魂版   作:支倉貢

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文字でしか伝えられない気持ちもある

この日、志乃はまたまた暇だったので、銀時の元に遊びに行った。すると何故かすぐに新八の家に向かうこととなった。

机の上に置いてある饅頭を頬張り、中に入っているこしあんに舌鼓を打つ。

 

「あん?新八の様子がおかしい?」

 

銀時が問いかけると、お妙は一度頷いてから続けた。

 

「そうなんです。最近はウチに帰ってきても、スグに部屋に篭ってしまってロクに話もしないし。それに朝方まで寝ないで、部屋で何かシコシコやっているようなんです」

 

「シコシコ?」

 

志乃が復唱すると、すかさず銀時が志乃の頭をパンと叩いた。しかし話の途中なので、抗議の声を上げることもなく、頭をさすりながらジロリと銀時を睨む。

 

「そうなの。部屋の前に丸めた紙みたいな物が散乱していて……一体何をしているのかしら」

 

「部屋に乗り込んで直接訊けばいいじゃん」

 

一番安易で単純な解決策を志乃が打ち出すと、またもや銀時がパンと頭を叩いた。

 

「何すんだよ!」

 

「お前は取り敢えず黙ってろ」

 

「はァ?」

 

わけがわからず、志乃は首を傾げる。銀時だけでなく、お妙にも窘められた。

 

「志乃ちゃんは大人の男の人とずっと一緒だったからわからないかもしれないけど、新ちゃんみたいな思春期の男の子には色々あるのよ」

 

「そうなの?」

 

「そういうものなのよ。とにかく難しい年頃だから、こういう事は男の銀さんに訊いた方がいいかと思って。ちょっと様子を見てきてもらえます?」

 

「ほっとけよ。男はな、年頃になると家族とか鬱陶しくなる時期があんだよ。そうやって自立していくの」

 

「グダグダ言わないの。ほら、行くよ」

 

志乃は立ち上がって、銀時の着物を引っ張って立たせようとする。

まだまだ未熟ながらも、新八は志乃にとって尊敬する師匠だ。師匠が困っているのに黙っているわけにはいかなかった。

しかし、銀時はテコでも動かない。志乃はブスッと頬を膨らませ、着物から手を離した。

 

「しゃーない。私、様子見に行ってくるわ」

 

背を向けて部屋を出ようとしたその時、志乃の隣を猛然と銀時が駆け抜け、新八の部屋に向かっていた。

 

「…………どんだけ私に行かせたくないんだよ」

 

廊下を走る銀時の背中が小さくなっていくのを見つめながら、志乃はボソッと呟いた。

 

********

 

銀時よりずっと遅れて、ようやく新八の部屋の前にやってきた。途中何だか怪しい格好をした女性らとすれ違ったが、取り敢えず無視を決め込む。

そして、堂々と部屋の襖を開けた。

 

「よーっす、師匠〜」

 

「うわっ⁉︎し、志乃ちゃん……」

 

「そんな驚かないでよ。傷つくわ〜……」

 

部屋に一歩踏み込むと、そこにはたくさんのお通グッズが並べられていた。襖にも壁にも貼られている。流石オタクだ。

部屋の奥にある机の前に、新八は座っていた。さらにその前には、銀時が寝転んで写真を見ている。

銀時の背後にまわって肩越しに、志乃も写真を覗き込んだ。写真には、とても可愛いツインテールの女の子が写っていた。

 

「誰コレ?」

 

「知らね。新八の文通相手だとよ」

 

「文通?」

 

銀時の言葉を受けて、志乃は机に向かう新八を振り返る。

 

「じゃ、師匠は夜な夜な手紙を書いてたの?」

 

「んだよ、青くせーことやってんなァ」

 

人の家で平気でゴロゴロするだらしない兄が、妹の言葉に乗せる形で言う。

新八が二人に注意を頼んだ。

 

「姉上には言わないでくださいよ。女の子と文通なんて知ったら色々とアレなんで」

 

「アレなんでって何だよ。何かやらしい事でも考えてんのか」

 

「うわー、師匠キモい」

 

「かっ……考えてねーよ‼︎そっそーいう風に思われるのが嫌なんだよ」

 

今間があったぞ。間が。それはつまり少なからず下心はあるということか。

訝しげな志乃の視線に、新八は咳払いをした。

 

「僕はただ、純粋な気持ちで彼女と交流したいだけです。だって、あの広大な海を漂って僕に届いた手紙ですよ。何かの縁があるんですよ。でも姉上が知ったら、ふしだらだとか怒られるに決まってますもん」

 

「んなことねーよ。意外とそういうのは理解あるんじゃねーの、お前の姉ちゃん」

 

「姉弟なら信じてやんなよ。大丈夫、姐さんは何があっても姐さんだよ」

 

「いや、ないから」

 

新八が銀時と志乃の発言をバッサリと切り捨てる。その時、スーと襖が開いた。

 

「新ちゃん」

 

「!姉上⁉︎」

 

「お茶とお菓子持ってきたから、よかったら食べて」

 

お妙が新八を気遣って、茶と菓子を持ってきたのだ。

しかし、部屋に差し出されたお盆の上に乗っていたのは、何故か穴の開いたこんにゃくとローション。大切な事なので要点をおさらいしよう。茶と菓子と称して、お妙が穴の開いたこんにゃくとローションを持ってきたのだ。

そして、目も合わせずに襖に手を置く。

 

「……新ちゃん。新ちゃんはどんなになっても……私の……弟だから」

 

その言葉を最後に、パタンと襖を閉じた。

 

「ホラな、わかってくれてるだろ」

 

「どんな理解のされ方してんだァァァ‼︎」

 

他人事のように言う銀時に、新八のシャウトが炸裂する。

流石は我らがツッコミ隊長。文通ほったらかしでツッコミを入れる。

 

「アンタ人の姉ちゃんに何話したんだァァ‼︎何でお茶としてローション出てくんだよ、何でこんにゃくに穴開いてんだよ!完全に勘違いしてるよ、一回も目ェ合わせてくれなかったよ‼︎どーしてくれんだァこれから超気まずいだろーがァ‼︎」

 

「まァまァ落ち着きなよ師匠。ローションがアリなら文通もアリでしょ。やったね、お悩み解決」

 

「全然良くねーんだよ‼︎文通バレた方がはるかにマシだったわ‼︎つーか何ナチュラルにこんにゃく食ってんの‼︎」

 

他人事のようにもちゃもちゃとこんにゃくを食べる志乃にも、師匠からツッコミが入った。うーん、手厳しい。

志乃はこんにゃくの最後のひとかけらをパクリと口に含み、味気ないそれを咀嚼した。

 

「んで?どんな文章書いてんの?」

 

新八の肩越しに紙を奪い取り、それを眺めてみた。

『はじめまして』から始まりやたら長い自己紹介へと続いていく。パッと一目見た志乃は、それを指で弾いて返し、一刀両断した。

 

「何これ。長いし普通だし面白くない」

 

「べ……別にいいでしょ、奇をてらったって仕方ないでしょ手紙で」

 

「奇をてらわないでどーすんのさ。相手は手紙を海に流してランダムで文通相手探すよーな奇のてらい方してんだよ?」

 

銀時も、志乃の背中越しに手紙を眺め、ウンウンと頷く。

 

「そうだぜぱっつぁん。そもそも奇抜なことが好きな奴ってのはな、飽き性が多いんだ。おそらく三行以上の文章は読まねーよ」

 

二人の助言を聞いて、新八は納得して手紙に目を落とした。

 

「……確かに、僕の手紙は長い上に要点がよくわからないですね」

 

「向こうの情報がロクにない以上、こっちの事をわかってもらうしかないだろ。自己紹介なら三行で収まる」

 

「あと写真もいるよね。向こうに合わせてこっちも写真送らなきゃ」

 

「そうか、そういやそうだ。でも自己紹介なんてたったの三行で出来ますか?」

 

「出来るだろ。とにかくシンプルにわかりやすくしねーとよ。こんなんどうだ?」

 

そう言って銀時が提案したのは。

 

 

志村新八|眼鏡買い替えました

 

 

そして志村新八の上に、眼鏡の写真を置く。

もちろんすかさず新八のツッコミが飛んだ。

 

「何の単行本だァァァァ‼︎コレ単行本の表紙の裏のアレだろコレ、よく見たことあるわ!何で著者近影眼鏡しかねーんだよ!」

 

「著者は姿見せると作品の人気が下がる場合があるから」

 

「失礼なこと言うんじゃねーよ!」

 

眼鏡の著者近影に文句をつけてから、今度は文章にもツッコミを入れる。

 

「つーか文章三行どころか一行しかないでしょーが!写真も文章も眼鏡にしかふれてねーよ」

 

「色々書こうと思ったんだけどな、眼鏡しかなかったんだよ凹凸(おうとつ)が」

 

「ホラ、師匠って平面に眼鏡だけ転がったような人間じゃん。他に凸凹(でこぼこ)ないじゃん。出来るだけ引き伸ばしたけどこれが限界。これ以上はムリ」

 

「どんだけつまんねー人間だよ‼︎ていうか志乃ちゃん僕のことそんな風に思ってたの⁉︎」

 

弟子に散々バカにされて、新八のツッコミに若干怒りが混じる。当の本人は、テヘペロとばかりにウインクして舌をチラリと出し、コツンと頭に拳をやった。

銀時が、新八を窘めるように言う。

 

「いやでも、これ位の方が想像の余地があって深いカンジなんだよ。オシャレなカンジに」

 

「どこが⁉︎眼鏡買った報告しかしてねーよ。つーか買ってないからね、眼鏡なんて」

 

「わかった、じゃあこうしよう。著者近影と名前はそのままにして」

 

 

めがねを

買い替え

たんだなあ

ぱちを

 

 

「深みが一気に増しただろう、三行になったし」

 

「みつを風になっただけだろーが‼︎1ミリたりとも深さ増してねーよ!眼鏡買っただけだからね、つーか何度も言うけど買ってないからね眼鏡」

 

「話を面白くするためにはちょっとした脚色も必要なんだよ」

 

「全く面白くなってないから‼︎もっと鮮やかな色塗ってよ‼︎」

 

チッ、注文の多い奴だ。志乃はボリボリと頭を掻いて、溜息を吐いた。

 

「しゃーねェ。コレなんてどーよ」

 

 

たくさんのメガネを送って頂き

ありがとうございました

Sと一緒にかけます〈新八〉

 

 

そしてこの前に、またまた眼鏡の著者近影を入れる。

 

「ジャンプの目次になってんだろーが‼︎何でバレンタインみたくなってんだよ‼︎何でたくさんのメガネが送られてきてんだよ‼︎S(スタッフ)って誰だァ‼︎」

 

S(スタッフ)じゃない、S(しんぱち)だよ」

 

「結局新八しか眼鏡かけてねーだろうが!何にも状況打破出来てねーよ」

 

新八は二人の案をバッサリ切り、ツッコミはさらに続く。

 

「つーか完全に主旨ズレてるでしょ、こんなもん送ったら、あの娘から手紙じゃなくてメガネ受け取ったみたいになってるでしょコレ。一旦原点に立ち帰りましょ‼︎振り出しからやり直しましょ‼︎」

 

原点に立ち帰る。それを聞いた志乃は、ピコンとあるヒントが浮かんだ。

 

「そーだよ‼︎原点だよ師匠。アンタの言う通り、最初に戻って考えればいいんだよ」

 

「え?」

 

「思い出してみなよ師匠。アンタ、この手紙の一体どこに魅かれたわけ?」

 

キョトンとする新八に、志乃はくつくつと笑いながら写真を手に取った。

 

「奇抜な手紙の送り方でも、簡潔な文章でもねェ。写真(コレ)だろ」

 

「うっ‼︎」

 

写真に写る、別嬪さん。それと志乃の核心を突く言葉に新八は言い淀んだが、反論を試みる。

 

「ちっ、違うよ!僕はそんな人を見た目で判断……」

 

「じゃあ聞くけど、アンタもしこの娘がブサイクだったら文通しようと思った?」

 

「………………」

 

今度こそ新八は何も言えなかった。志乃は口角を上げ、一気にたたみかける。

 

「そうさ、つまりいくら頭悩ませて名文送ろーが何しよーが、結局最後にモノを言うのは…………写真(みため)なんだよ‼︎」

 

「うぐっ……否定出来ない」

 

写真を突きつける志乃は、何故か勝ち誇った表情を浮かべる。

さながら犯人を解き明かした名探偵のようだが、そこでカッコつけても何も解決してねーぞ。と、銀時は心の中でツッコむ。

 

しかし、見た目がモノを言うならば新八に勝ち目はないだろう。

何故なら彼は、地味、冴えない、眼鏡という黄金の三原則を兼ね備えている男だ。何に対しての三原則かは置いておくとして、とにかく別嬪さんに相手されるかどうかと考えると、間違いなくされない。

銀時はおもむろに、机の上に置いてあったカメラを手にした。

 

「新八、眼鏡を取れ」

 

「‼︎ムッ……ムダですよ、眼鏡なんか取ったって僕なんか」

 

「新八、健全な魂ってのはなァ、表にも現れるもんだ。安心しろ。お前はいい(もん)持ってる」

 

「銀さん…………。やります、僕やってみます!」

 

銀時の励ましで前を向いた新八は、眼鏡を外し髪を整え、一昔前のアイドルのような格好になった。

 

「どうですか‼︎こういうカンジで」

 

しかし、庭に出た二人は、桜の木の下で眼鏡の写真をひたすらに撮る。

 

「銀、もうちょい左」

 

「ハイ笑ってー、新八君」

 

「僕を撮れよォォォォ‼︎新八君こっちィィィ‼︎」

 

銀時の背中から眼鏡を覗いて指示を出す志乃を、蹴っ飛ばした。志乃はそのまま前のめりに倒れ、ドミノ倒しのように銀時諸共倒れ込む。

 

「何すんのさ!私らは何も間違ったことしてないよ⁉︎」

 

「そうだ、新八の成分の95%は眼鏡だ。どっちかっつーともうこっちが新八だろ」

 

「5%しか僕の居場所ねーのかよ‼︎」

 

「何言ってんの、残りは3%が水分で2%がゴミだよ」

 

「ゴミの中に入ってんの⁉︎もしかして2%しかないの⁉︎つーかコレさっきと寸分違わねーだろうが‼︎違う意味で振り出しに戻ってるだろ‼︎」

 

最早人間扱いされていなかった新八。つまり普段の彼は、人間をかけた眼鏡だったのだろう。

それでもめげずにツッコミを入れる新八だが、もちろん二人には認識されない。

 

「あっコレなかなか良いんじゃない、銀」

 

「おおっ、確かにこの桜の木にかかってる一枚は良いな。サマになってる」

 

「新八にかけろォォォ‼︎」

 

新八のツッコミすらスルーするスキルをフルに発揮し、二人はさらにいい写真を目指してシャッターを切り続ける。

 

「だがイマイチ決定打に欠けるな」

 

「あたりめーだろ、本体ねーんだよ!」

 

「もっといいモチーフないかな?」

 

首を捻りつつ、アレコレに眼鏡をかけて試してみる。そしてついに、理想的なモチーフが現れた。

 

「よし、これだ」

 

「何でィこれ?つーか嬢ちゃん、近藤さん来てねーかィ?」

 

「おー、いいよカッコいい。あ、近藤さんは知らない」

 

沖田の質問やら疑問を取り敢えずかわし、銀時はシャッターを切る。もちろん、沖田には眼鏡をかけてもらった。

 

「全くの別人だろーが‼︎」

 

「かなりカッコよく撮れたな、新八」

 

「新八じゃねーよそれ、何?死んでいい?」

 

「まぁまぁ師匠。嫌な事は飲んで忘れちゃいなよ」

 

「忘れられるかこんなの‼︎ていうか志乃ちゃんのせいでもあるんだからね⁉︎僕がこんな惨めな気持ちになったの!」

 

志乃はしゃがみ込んだ新八に合わせて、屈んで背中をポンポン叩き、慰める。それが逆効果だったらしく、新八はさらにいじけてしまうのであった。


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