ここは真選組屯所。この時間は会議中のはずだが、副長の土方は、隊士らに迫られていた。
「副長ォォォォ!!局長が女にフラれたうえ、女を賭けた決闘で汚い手使われて負けたってホントかァァ!!」
「女にフラれるのはいつものことだが、喧嘩で負けたって信じられねーよ!!」
「銀髪の侍ってのは何者なんだよ!!」
土方は煙草を吹かして言った。
「会議中にやかましーんだよ。あの近藤さんが負けるわけねーだろが。誰だ、くだらねェ噂垂れ流してんのは」
「沖田隊長がスピーカーでふれ回ってたぜ!!」
「杉浦も見たって言ってた!!」
「俺は土方さんに聞きやした」
「俺も土方さんに探せって言われたから探しに行って、偶然見ただけだから」
事の発端達は、悪びれる様子もなく笑う。それに土方は頭を抱えた。
「総悟に喋ったのと杉浦に任せた俺がバカだった……」
「何だよ、結局アンタが火種じゃねェか!!」
「偉そうな顔してふざけんじゃないわよ!!」
「って事は何?マジなのあの噂!?」
「うるせェェェぁぁ!!」
詰め寄られた土方は、逆ギレして机を蹴っ飛ばした。
「会議中に私語した奴ァ切腹だ。俺が介錯してやる。山崎……お前からだ」
「え"え"え"!?俺……何も喋ってな……」
「喋ってんだろーが現在進行形で」
たったこれだけの事で人の人生を終わらせるとは、何て理不尽な上司だろうか。そしてその怒りを向けられた山崎が不憫でならない。
そこへ、近藤が入ってきた。
「ウィース。おお、いつになく白熱した会議だな。よ〜〜し、じゃあみんな、今日も元気に市中見廻りに行こうか」
近藤の右頬に、バッチリ殴られた痕が残っているのを見た隊士達が、近藤を見て固まる。
「ん?どーしたの?」
理由の根源は特に気が付いていないらしく、首を傾げる。土方が、心労を吐き出すように溜息をついた。
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志乃は、暇潰しに町に散歩に出かけていた。散歩というものは良いもので、歩くことで健康にも繋がるし、何より新たな出会いがたくさんある。
「今日はどの道廻ろっかな……ん?」
歩いている途中、傍らに立っていた電柱に目を向ける。電柱にはチラシが貼ってあり、そこにはこう書かれていた。
『白髪の侍へ!!てめェコノヤローすぐに真選組屯所に出頭してこいコラ!一族根絶やしにすんぞ 真選組』
それはまさに、脅迫文。真選組といえば、この間遭遇したチンピラのような警察だ。今一度誰かに問いたい。この人ら本当に警察?
志乃がポカンとしてチラシを見ていると、頭上から手が伸びてきて、チラシを破った。手の主を振り仰ぐと、そこには土方とバケツを持った沖田がいた。
「ん?」
「あっ。こないだのチンピラ警察だ」
「誰がチンピラだコラァァァ!!」
「いだあっ!?」
志乃の発言に、土方は志乃の頭をぶん殴る。殴られた頭を摩りながら、土方に抗議した。
「何すんだよ!!警察のクセに一般市民に手ェ出すとか最低だな!アンタの部下もそうだけど、最近の警察は一体どーなってんの!?」
「出会い頭にチンピラ呼ばわりするとかてめーこそどんな教育受けてきたんだ!!よし、今すぐ屯所に来い。みっちり再教育してやる」
「土方さん、こんな子供を連れ込んで一体何するんですかィ。年端もいかねェガキを調教するたァ、それこそ
「……そうなの?」
「てめーと一緒にすんじゃねーよサディスト!!そしててめーも引くな銀髪のガキ!!」
沖田のギリギリアウトな発言に、志乃は両手で体を隠すように交差させる。まあ、こんな茶番はどうでもよくて……志乃は土方に問う。
「アンタら何してんの?見廻りか何か?」
「まァそういうこった。ガキが首突っ込むんじゃねーよ」
「さっきのチラシ、何だったの?」
「だから、ガキが首を突っ込むな……」
「実は、うちの局長の近藤さんって人が、女を賭けた決闘で卑怯な手ェ使われて負けたらしいんでさァ。んで、その相手を探してんだ」
「へー」
「って、オイぃぃぃぃ!!何勝手に喋っちゃってくれてんだよォォォ!!」
土方の言葉を完全にシカトして、沖田が理由をベラベラと志乃に喋る。
近藤……どこかで聞いたことあるよーな、ないよーな……。頭を捻った志乃の脳裏に、ふと最近の出来事が思い出された。
「あ。私その人知ってる」
「ウソォォォ!?何で知ってんだよ!!」
「だって、アンタのとこの杉浦って部下がその局長って奴を私に探させたもん」
「杉浦のヤロー……堂々と仕事サボりやがって……!!」
「ついでに言うけどさ、あの人私の外出中に店の中に侵入してきたんだよね」
「杉浦ァァァァ!?」
「あのピッキング野郎のやりそうな事でさァ」
沖田が淡々と言う横で、土方が空に向かって叫ぶ。側から見たらただの危ない人だ。志乃は一歩下がった。
沖田はしばらく志乃を見ていたが、ある事を思いついた。
「そうだ。土方さん、このガキにその銀髪の侍になってもらって連れ帰りゃいいじゃないスか。ホラ、これ持ちな」
「え?木刀?」
「オイガキ、今すぐその木刀でそいつの頭かち割ってくれ」
「身代わりって事?ヤダ。言っとくけど、やったのは銀だよ。確か今日は仕事が入ったって言ってたから、今どこに居るのか分かんないけど」
「だから誰だよそれ」
「銀は銀だよ。これ以上言うとプライバシーの侵害になるから」
「おーい、兄ちゃん達危ないよ」
ふと上から降ってきた声に土方と志乃が上を向くと、木材をまとめたものが降ってきた。二人は間一髪でそれをかわす。
「うぉわァアアアァ!!」
「よっと」
「あっ……危ねーだろーがァァ!!」
「だから危ねーっつったろ」
「もっとテンション上げて言えや!分かるか!!」
「うるせーな。他人からテンションのダメ出しまでされる覚えはねーよ」
頭上からの声の主は、ハシゴから降りてきて、ヘルメットを外した。
「あ"あ"あ"あ"あ"!!てめーは……池田屋の時の……」
「?」
「あっ、銀」
「ん?おお、よォ志乃」
土方と沖田を無視して、声の主ーー銀時は志乃を見下ろして片手をヒョイと挙げた。
「銀、何だかこの人達アンタの事探してたって」
「あ?そーなのか?……えーと、君誰?」
志乃の言葉に、銀時の注意がやっと土方に向けられるが、銀時は全く覚えていない様子。そして、何も考えてない目で土方を見つめながら、彼の肩に手を置いた。
「あ……もしかして多串君か?アララ、すっかり立派になっちゃって。何?まだあの金魚デカくなってんの?」
「オーーーイ!!銀さん早くこっち頼むって」
「はいよ。じゃ、多串君、志乃。俺仕事だから」
「うん、頑張ってね〜。また今度差し入れ持って遊びに行くわ」
「おう。差し入れはショートケーキでよろしく」
「ふざけんな高ェだろーが!」
ハシゴを登る銀時の後ろ姿に、志乃は空き缶を投げつけたくなった。
毎度毎度妹から金をせしめるとはどんな兄だ。ハシゴ壊してそっから落としてやろーか。そのまま地獄に堕としてやろーか。
「行っちゃいましたよ。どーしやす多串君」
「誰が多串君だ。あの野郎、わずか二、三話で人のこと忘れやがって。総悟、ちょっと刀貸せ」
「?」
「え……ちょっと!銀に何すんの!!」
志乃の声を無視し、土方は沖田から刀を借りるとハシゴを登っていった。
刀を二本持った。それが何を意味するか分かっていた志乃は、銀時を案じながらジッと屋根の上を見上げていた。
だが、上を向き続けて首が痛くなったため、すぐに帰った。
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後日。あの後怪我を負ったという銀時を一応見舞いに、志乃は万事屋銀ちゃんを訪れていた。
「よォ銀」
「あだだ……何だよ、志乃か」
「何だよって何だ。こっちはわざわざアンタのために差し入れ持ってきてやってんのにさ」
「オイ……ショートケーキだろうなァ。それ以外だったら追い出すぞ」
「ホラ」
志乃は、手に持っていたビニール袋を机に置く。銀時がそれに手をかけ中身を見ると、そこにはいつも通りパンの耳が入っていた。
「アンタなんかに金かけて出すモンを出したくねーんだよ。それなら私が自分で食うね」
「………………」
期待を見事裏切られた銀時は、涙混じりに志乃を追い出した。有言実行とはまさにこのことだろう。
志乃は溜息を吐いて、自分の店に帰った。
敢えて言わなかったのは照れ隠しのつもりなのだろうか。志乃が渡したビニール袋の中には、パンの耳の下にちゃんとショートケーキが入っていた。
次回、デカい犬が現れます。