「銀っ‼︎」
「銀さんんんん‼︎」
志乃と部屋から出てきた晴太が銀時を呼ぶ。志乃は廊下の手すりから身を乗り出した。
銀時の木刀が振り下ろされる。鳳仙がそれを左手でやすやすと受け止めたのを見て、今度は刀を繰り出した。
しかし、その前に鳳仙が銀時の顎を蹴り上げる。さらに傘を振り上げ、志乃と小春が立っている渡り廊下ごと銀時を潰しにかかった。
「うわ、っ……」
「志乃ちゃん‼︎」
足場が崩され、志乃の体がよろめく。小春は咄嗟に志乃を抱き寄せ、日輪のいる部屋の前まで連れ出した。
鳳仙の一閃は渡り廊下を真っ二つに割り、破片が下へ落ちていた。
「銀‼︎」
小春の腕から抜け、壊れた渡り廊下のギリギリに立って叫ぶ。埃が収まってくると、志乃は傘の先に目を凝らして注目した。
銀時は二刀で鳳仙の一撃を受け止めていたのだ。しかし、その剣がブルブル震えているのが見えた。
もし今、銀時が一瞬でも力を抜いたらーー確実に潰される。
高みの見物をしていた神威が、銀時に拍手を送った。
「スゴイスゴイ。あの夜王相手に10秒もつなんて。コイツは面白くなってきた。頑張ってよお兄さん、俺応援したくなってきちゃった」
「なめんじゃねェクソガキ、10秒どころか天寿を全うしてやるよ。孫に囲まれて穏やかに死んでやるよコノヤロー」
「貴様の天寿などとうに尽きておるわ。この吉原に、この夜王にたてついた時からな」
鳳仙が傘を下ろす手にさらに力を込める。破片だらけの床すら押し潰さん勢いだ。
「あ"あ"あ"あ"あ"‼︎」
腹の底から叫び、足元にあった木片を踏み付ける。鳳仙が壊した柱を軸にシーソーのように上がり、鳳仙に迫った。
鳳仙が木片を手刀で防いだ隙に、銀時は傘を跳ね上げ木刀を振るう。傘を床に突き刺し、それを支えに跳躍した鳳仙は銀時の顔を蹴り付けようとした。
銀時は背面跳びでその場を離れ、鳳仙と距離をとる。着地したその瞬間に鳳仙の傘が襲いかかり、銀時はそれをかわす一方となった。
もう一度あの一撃を食らえば、今度こそ体がもたない。
鳳仙が、傘を再び床に突き刺した。銀時はそれをかわすと、ふと鳳仙が傘を支えに跳び上がっているのを見た。
蹴りがくる、と察した銀時はすぐさま木刀を出し、鳳仙の蹴りを防いだ。後方に跳躍し、蹴りの衝撃を和らげる。その時に木刀も刀も落としてしまい、ついに銀時は壁に体を叩きつけられた。
そしてそこに鳳仙の手が伸び、銀時の顔を掴んで壁に強く押し付ける。
「銀‼︎」
「銀さん‼︎」
手すりに手をかけ、今にでも飛び出そうとする気持ちを抑え込む。痛みに声を上げる兄を黙って見てられなかった。しかし、銀時の言葉が彼女を制する。
来るな、と。手ェ出すな、と。
こういう時、いつも逆らえる兄の言葉に逆らえない。
その間にも、鳳仙は銀時の頭を握り潰さんと力をかける。
「所詮、我等天人から国さえ護れなかった貴様ら侍に、我が鎖、断ち切ることなど出来るはずもなかったのだ」
「あがァァァ‼︎」
「やめろォ‼︎」
ついに抑えきれなくなって、志乃は手すりを乗り越えようとした。
しかし、彼女の首根っこを引っ張って止める手があった。
「やめなさい」
「ハル……ッ⁉︎」
志乃は小春を振り返り、辛そうな表情を浮かべる彼女を見つめる。
「無駄よ。あの男に……鳳仙に、敵うはずがないわ。戦ったところで死ぬだけよ」
「…………」
「……アイツもバカね。何でこんなこと…………っ……」
「ハル…………」
手を離し、小春は膝から崩れ落ちる。紫色の目から、ポロポロと涙を零していた。
志乃は黙って小春を見下ろしていた。ぎゅっと着物を握りしめ、小春の元へツカツカと歩み寄る。
小春が顔を上げると、その綺麗な顔に志乃は思いっきり手を振り上げーー。
パァンッ‼︎
大きな音が、楼閣に木霊する。小春の白い頬に、赤い痕が出来ていた。
ヒリヒリするそこに手をやり、志乃を見上げる。
「……志乃ちゃん?」
「戦ったところで死ぬだけだと?」
いつもよりワントーン下がった声。小春は驚いて、志乃を見つめた。
「そんなの関係ねェだろ、
「志乃……ちゃん……」
「上等だ。どんな強ェ敵が相手だろーが、私らは負けねェ。そうだったろ?昔も、今も」
涙で化粧が落ちたぐしゃぐしゃの顔に、ニッと笑ってみせる。その時、何かが肉を突き刺す音が聞こえてきた。
それに気付いて志乃と小春は、下を見る。鳳仙の右目にキセルが刺さっていた。
「負けてなんかいねェよ、
「きっ……貴様ァァァ‼︎」
動揺した隙をついて、鳳仙を蹴っ飛ばす。銀時はズルズルと壁に凭れて座り込んだ。
小春も、驚きに目を見開いていた。あんな状況で、鳳仙に反撃に出るなんて。
「ハル」
志乃が、銀時を見つめたまま小春に言った。
「ハルは昔、銀と一緒に戦ったんでしょ?なら知ってるよね、坂田銀時の強さを。私は見たことないから何とも言えないけど、でもなんとなくわかるよ。私の兄貴は強いって」
「…………」
「白夜叉の噂を聞いてるからじゃない。信じてるんだ、
顔を上げて、志乃は小春を見つめた。
「今までずっと、護られてきた。だから今度は、私の番だ」
「志乃ちゃん……」
小春の目に、再び涙が滲む。
その時、ドゴォッと大きな破壊音が響いた。
すぐに二人は、お互いから銀時の方へ振り向く。銀時の白い着流しが、血で染められていた。
「ぎっ…………‼︎」
衝撃のあまり、小春が目を見開く。志乃の赤い瞳も、揺れていた。
「おっ……お……お兄ちゃァァァァァァァァん‼︎」