銀狼 銀魂版   作:支倉貢

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ハイ来ました吉原炎上篇‼︎
挨拶は手短に早速行きますよ!



吉原炎上篇 光は誰にでも等しく降り注ぐ
財布の管理はしっかりと


この日、志乃はリベンジとして銀時を散歩に誘った。もちろん、パフェを奢るという餌付で。

しかし。

 

「オイ志乃、今日こそはパフェ奢ってくれんだよな?そうだよな?」

 

「うるさいなァいちいち確認しないでよ!」

 

甘党かつダメ男の兄は、五分に一度のペースで何度も同じ事を尋ね、念を押してくる。前回連れていった際、一度もレストランに立ち寄らなかったことを未だ根に持っているのだ。

それにしても、12歳の女の子にパフェを強請る20代の男。側から見て、こんなに情けない光景はない。

歩いていた銀時に、ドンと少年がぶつかった。

 

「おっとごめんよ」

 

少年は右手を軽く挙げて謝り、そのまま通り過ぎた。

路地裏に隠れた彼を見送ってから、志乃は銀時と視線を交換した。

 

「やったか」

 

「当然」

 

志乃はニヤリとほくそ笑んで、巾着袋を見せた。少し揺らすと、ジャラジャラと音がする。相当金が入っているらしい。

少年が入っていった路地の前で、志乃はわざとらしく大声で中に入っている金を数え始めた。

 

「えーと?ひーふーみーよー。おおったくさん入ってんじゃん」

 

「パフェ食ってパチンコでも行くか」

 

「いえぁっさー!」

 

「それっ俺の金っ……あっ……」

 

テンションが上がって、拳を上げる。

路地裏から出て二人を追いかけた少年に、志乃はそのまま振り上げた拳を少年の脳天に打ち据えた。

 

「コソ泥がァァァ!」

 

ドゴッ

 

「ぎぃやあああ‼︎」

 

********

 

スリから見事財布を奪い返した銀時と志乃は、少年にパフェを奢らせていた。

 

「相手が悪かったな。俺から財布スろうなんざ百年早ェ。ツメが甘ェんだよ」

 

「盗みってのはね、相手の懐に手ェ忍ばせる度に、知らず知らずてめーの懐からも大事なもんが零れ落ちてるもんなんだよ」

 

目の前で悠々とパフェを貪る二人を恨めしげに見つめつつ、少年は許しを請うてくる。

 

「もっ……もういいだろ、パフェ奢ったんだから。みっ、見逃してくれよう‼︎」

 

「さーてな……頼み事するなら筋を通さにゃ筋を」

 

「え?」

 

「とぼけないで。財布に入ってた金返しな」

 

志乃はパフェをもくもく食べながら右手を差し出し、ちょーだいとポーズをとる。

そのニタニタした笑顔がムカつき、少年は反論した。

 

「金って……アンタらの財布ハナから空っぽだったろ‼︎」

 

「しらばっくれてんじゃねーぞ小僧。7、8万入ってたはずだ。家賃払うつもりだったんだから」

 

「私の財布も10万近く入ってたよ。さァ返しな」

 

「アンタら子供にパフェ奢らせた上たかるつもりかよ、どーいう大人だ‼︎」

 

志乃は少年の反論の一切を無視して、彼の首根っこを掴み銀時と共にレストランを出ようとした。もちろん、警察に突き出すためである。

 

「アンタ自分(てめー)子供(ガキ)って知ってるんじゃん。ならアンタはもう立派な大人だよ」

 

「その通りだ。大人はちゃんと罰を受けて責任とらんと」

 

「待ってェェェェェ‼︎待ってアニキ、アネゴ‼︎お願い」

 

「誰がアニキとアネゴだ。俺達ゃてめーみてーな小汚い弟持った覚えはねーよ」

 

「待ってくださいィィ‼︎オイラ……どうしても金が入り用なんス‼︎」

 

「知らねーよ。さっ警察に出頭しましょーね」

 

「すみませんでしたァァァ‼︎お願いします許してくださいィィ‼︎」

 

多くの客で賑わうレストランに、少年の叫び声が響いた。

 

********

 

それから、銀時と志乃は少年に連れられ、地下に行っていた。そこにいたのは。

 

「旦那、旦那」

 

「ウチで楽しんでかない〜?」

 

化粧やら着物やらで、綺麗に着飾った女達。彼女らが、銀時と少年に集っていた。

銀時が抱きついてくる彼女らを振り払おうとしつつ、歩く。

 

「ハイハイ後で行くから後で‼︎」

 

「どうせ来るなら今でもいいでしょ」

 

「放せ、俺ァ積極的な女嫌いなんだよ」

 

一方、志乃は信じられなかった。あの銀時に、こんな大勢の綺麗な女性が集るなんて。

 

「銀、おめでとう。モテ期だね」

 

「んなわけあるかァァ!オイ志乃、助けろ!」

 

銀時は我関せず状態で拍手を送った志乃に、助けを求める。もちろん彼女はめんどくさがったが、困っている兄のため仕方なく助けてやった。

疲れて肩で息をする銀時に目を向けつつ、少年に尋ねる。

 

「ねぇ、何なのここ」

 

「地下遊郭、吉原桃源郷。中央暗部の触手に支えられ、幕府に黙殺される超法規的空間。常夜の街」

 

「……?」

 

少年に説明されても、志乃はいまいちピンとこなかった。それでもここが、あの煉獄関と同じく、闇の場所なのだということは理解した。

それでもわからないことは、兄に訊くのが手っ取り早い。

 

「ねぇ銀、ゆーかくって何?」

 

「よし、お前は帰れ。今すぐにだ」

 

説明するのが面倒な銀時は、彼女を帰るよう促す。その態度が気に食わなかった志乃は、意地でもついていってやることにした。

銀時がチラリと見上げた建物から、一人女の影が見えた。彼に倣って見上げてみると、確かにそこにはとても綺麗な女が街を見下ろしていた。

志乃が彼女を見上げるのを見て、少年が言う。

 

日輪(ひのわ)太夫。この街一番の花魁だ。気に食わなきゃどんだけ金積まれようが、殿様だろうが相手にしねェ。高嶺の花だよ」

 

「綺麗な人だね……」

 

「あの女はもうオイラが先にツバつけてんだ」

 

「?」

 

話が全く見えない。普通ツバをつけられたらもうおしまいだと思うが。志乃の思考回路は残念ながら、正常に機能していなかった。

少年は持っていた金を男に手渡していた。

 

「オイ、何だそりゃ」

 

「決まってんだろ、ここは遊郭だ。女買うんだよ」

 

「は?」

 

「日輪太夫買うために、オイラは金が必要なんだよ」

 

……え?どういうこと?何?ゆーかくってそんなところなの?つーか女買うってどゆこと?え?え?え?

 

志乃の思考回路はわやくちゃになり、既にショートして煙が上がっていた。

 

********

 

これ以上吉原桃源郷(ここ)にいるのは志乃の教育上よろしくないと判断し、銀時は少年と彼女を連れてスナックお登勢に帰ってきた。

事情を説明すると、お登勢とキャサリンはゲラゲラ笑った。

 

「ダーッハッハッハッ‼︎こんなちんちくりんが色街一番の花魁おとすって⁉︎」

 

「ガキガ発情シテンジャナイヨ‼︎ウチニ帰ッテ母チャンノミルクデモ飲ンデナ‼︎」

 

「笑い事じゃありまへんで。つか、んな事許される思とるんかお前」

 

未だに笑うお登勢とキャサリンを、お瀧が呆れて窘める。

カウンター席では志乃が、「いろまちって何?おいらんって何?はつじょーって何?」と袖を引き、銀時を質問攻めにする。

対する銀時は頭を抱えていた。

色事に関する知識が皆無である志乃にとって、新たな知識を求めたいと思うのは自然なことだとは思う。しかし、流石の銀時でも答えにくかった。

これで志乃が余計なことを覚えてしまえば、桂や小春から袋叩きに遭うのが目に見えている。現にお瀧も、志乃をやんわりと窘めていた。

 

「志乃。そーいうことはな、大人になってからにしィ」

 

「大人になったらわかる?」

 

「せやな、あとは保健の教科書買おか」

 

「うん!」

 

志乃の性教育は後回しにするとして、とにかく少年の事情を聞いた。

 

少年ーー晴太は、子供の頃親に捨てられた孤児(みなしご)であった。

物心ついた時には、彼を拾ってくれた老人が彼を育てていた。その老人も三年前に亡くなり、その際、老人にこう言われたという。

 

『恥じるな晴太。お前は捨てられたんじゃない、救われたんだ。お前の親は、闇の中からお前を救ってくれたんだ。誇りに思え、お前の母は今も、常夜の闇の中一人日輪(にちりん)の如く、燦然と輝いておるわ』

 

晴太の母とは、先程銀時と志乃が見た、日輪かもしれないというのだ。

つまり、晴太は母に会うために、彼女を買おうとしていたのだ。

 

事情を聞いたお登勢が溜息を吐く。

 

「本末転倒だよ。母親に会うためにそんなマネして。母ちゃん喜ぶと思うかい。働いてきな、ここで」

 

顔を上げた晴太に、お登勢はフッと笑いかけた。

 

「花魁買えるだけの金なんて出しゃしないがね、少しは足しになるだろうさ。だからスリなんて、もう二度とすんじゃないよ」

 

晴太は目に涙を溜め、勢いよくお登勢に頭を下げた。

 

「ありがとうございます‼︎」

 

「よかったね、晴太」

 

志乃が晴太の肩に軽く手を置くと、晴太は涙を袖で拭い、満面の笑みで頷いた。

 

********

 

あれからしばらく経った。志乃は鉄の空を見上げながら、団子を食べていた。

 

晴太はその後、スナックお登勢で働き始めた。週一のペースで貯まった金を吉原に持っていく日課に変わりはないものの、それでも普通の子供らしくなってきた。

志乃も晴太を気にかけ、スナックお登勢に顔を出すようになった。

志乃からすれば、まだ8歳の晴太はまさに弟のような存在。周りを年上ばかりに囲まれて過ごした志乃にとって、こんなに嬉しいことはなかった。

頻繁に会いに行くため、たまに真選組のバイトすらほっぽり出し、後で土方に殴られるということも多々あった。

 

しかし晴太に会うのは、ほぼ口実のようなものだった。実際は、お瀧に会いに行っていたのだ。

 

お瀧が動く時。それは、棟梁の命令で敵の懐に忍び込み、情報を盗み出す時。また、人を探す時。

 

今回のお瀧の目的は、後者だった。

 

探していたのは、「獣衆」において代々"銀狼"の右腕を務めてきた一族、"金獅子"。その末裔、矢継小春。

 

小春がいなくなったのは、一週間程前だった。奉公先の団子屋から一本の連絡があったのがきっかけだった。

 

小春が、何者かに連れ去られた。

 

バイト中だった志乃は、その連絡が入るなりすぐに小春の奉公先へ向かった。しかし着いた時には既に、小春はいなかった。

店主や友人である鈴から事情を聞いて情報を集めたが、小春の誘拐犯の尻尾は、未だ掴めない。

そのまま、一週間が経過していた。「獣衆」総出で探しているものの、音沙汰すらない。時雪とその弟妹達も協力しているものの、全く手がかりは得られなかった。

 

そんな中、晴太と出会った。その時、志乃は一つの確信を得た。

 

小春が、もしかしたらこの吉原桃源郷にいるかもしれない。

 

そもそも小春は、元遊女であった。彼女の母・矢継春香は吉原でも有名な花魁で、その美しさに男達は魂を奪われ死んでいくとまで称された程だったという。そんな彼女が産んだ子こそ、小春なのだ。

もちろんそれは上にバレてしまい、春香と小春は狙われてしまう。春香は次代の金獅子を死なせまいと吉原を抜け出し、素性を隠して小春を育てた。

しかしついに春香は追っ手に殺され、遺された小春はその容姿を買われ、そのまま吉原に連れ戻された。それから小春は禿として、遊女として生きることになったのだ。

 

攘夷戦争を機に小春は吉原を逃げ出し、それ以来吉原とは縁を切ったように見えたが。

 

「……まさか」

 

小春を誘拐したのは、吉原に関係する者か。そんなはずはーーと切り捨てようとした考えを、寸前で止める。

過去の経験からして、自分の勘は恐ろしい程当たる。以前真選組と鬼兵隊の戦いの時も、そしておそらく今回も。

その勘を頼りに、志乃はいつも動いてきた。

 

「よし、行くか」

 

立ち上がった志乃は、少し動きにくい着物を整え、カラコロと下駄の音を立てて歩き出す。

彼女は今まさに、花魁の格好をしていた。


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