ハイスクール・フリート ―霧の行く先― 作:銀河野郎のBOB
本日7月19日は、マッチこと野間マチコさんのお誕生日です!
マッチといえば、晴風クラスNo.1のイケメンさん!
ミミちゃんを筆頭に、多くの女生徒から羨望の眼差しで見つめられていましたね。
(本人に自覚はないようですが)
そしてシュペー戦で見せた戦闘力の高さも見逃せません。
本業の見張りも含めて、全12話通してめちゃくちゃ活躍していた印象があります。
今回はそんなマッチのお話です。
それでは、どうぞ!
2017年7月17日午後3時半
-マチコside.-
今日の授業が終わった。
私、野間マチコは机の上に広げていた教科書とノート、そして筆記用具を片付け始めた。その手は少し急ぎ気味、といった様子だ。
野間
≪念のため、今日も早めに寮に戻ろうかな≫
ここ数日、私はある“悩み”を抱えていた。今のところそのことで何か実害を被ったりしているわけではないが、あまりいい心地のするものではないためできれば早めに解決したいと思っているのが本音だ。しかし私自身があまり人と関わりたがらない性格なため、今まで誰にも話すことが出来ずにいた。
野間
≪話したところで解決できる類ではないだろうし、とりあえず今は急いで――≫
???
「野間さーん! 一緒に帰るぞなー!」
片づけを終えて席を立とうとした時だった。大きな声が私を呼びかけてきた。声がした方を向いてみると、紫がかったクセっ毛をサイドテールで纏めた少女が満面の笑みで佇んでいた。
勝田聡子さん、私と同じ晴風クラス、航海科の子で航海員、私が気兼ねなく話せる数少ない友人の一人だ。
勝田さんは笑顔を崩すことなく私の返事を待っていた。彼女からのお誘いは正直悪くない話だ。しかし一緒に帰ってしまうと、私の“悩み”に彼女を巻き込む可能性が高くなってしまう。私は名残惜しさを押し込んで、彼女の問いに答えた。
野間
「勝田さん、申し訳ないが今日は一人で帰らせてほしいんだ」
勝田
「おや、何か用事ぞな?」
野間
「い、いや。そういうわけじゃないんだが……」
勝田
「んんー?」
彼女の更なる問いかけに、私は言葉を濁らせることしかできなかった。私に対して疑惑の目を向け始める勝田さん。常日頃からいろんな人とコミュニケーションを取っていればこうならずに済んだだろう。この時ばかりは私の性格を少し後悔していた。
勝田
「もしかして、何か悩み事でもあるぞな?」
野間
「え、いや、そんなことはないぞ……」
勝田
「野間さん、私に話してみるぞな。きっと力になるぞな!」
野間
「え、えと……」
ずいずいと迫ってくる勝田さんに私は普段では考えられないほど動揺していた。さらにこれまでの付き合いで、こうなってしまった勝田さんは自分から引き下がることはないことを私は知っていた。
つまり、私に残されていた選択肢は一つしかないということだった。
野間
「わかったよ。話すよ……」
勝田
「おぉ、やっと観念したぞな。さぁ、どんとくるぞなー!」
野間
「じ、実はだな――」
私は勝田さんに“悩み”を明かした。
それは「最近学校からの帰り道に誰かにつけられている気配がする」ということ。一言でいうなら「ストーカー」に悩まされていた。それを感じるようになったのは一週間ほど前からだった。最初は気にも留めていなかったが、二日、三日と続くとさすがに私も気にならずにはいられなかった。わかっているのは、学校の教室を出てからしばらくするとその気配を感じることから、「ストーカー」は横須賀女子海洋学校の生徒、しかも同級生である可能性が高いということ、ただついてくるだけで私に何かをしようとする気配が全く感じられない、ということくらいだ。
実は一度だけその気配の正体を見破ろうと試みたのだが、その日に限って“運悪く”「ストーカー」は現れなかった。それ以降の詮索を諦めたが、次の日の帰り道にはまた気配がした。それ以降も「ストーカー」は上手に隠れながら私の後をつけていて、そろそろ私だけではお手上げという状態になっていた。
野間
「――というわけなんだ」
私は現状を勝田さんに説明し終えると、一つため息をついた。普段やっている見張りの仕事のように短い言葉で説明することができなかったため、長い説明で少し疲れてしまっていた。やはり話すということが私は苦手のようだ。
事情を知った勝田さんは「ストーカー」という言葉に最初は驚いていたが、その後は真剣な表情で考えていた。その表情を見て私は少し安心感を得ていた。
野間
≪やっぱり、誰かに話しておいてよかったかな≫
しばらくすると、勝田さんは突然座っていた机から立ち上がり、私の腕をつかんだ。
勝田
「野間さん、とりあえず今日は急いで寮に戻るぞな」
野間
「あぁ、理解が早くて助かる」
この時、私は勝田さんの存在がとても頼りになると感じていた。
そう、この時だけは……。
勝田
「そして戻ったら、部屋で作戦会議ぞな!」
野間
「……ん?」
勝田さんの言葉を私はすぐに理解できなかった。しかし勝田さんはそんなことはお構いなしに話を続けていた。
勝田
「そうぞな。航海科のみんなも呼んで協力してもらうぞな! みんなで知恵を出せば、ストーカーなんて敵じゃないぞな」
野間
「ま。待ってくれ勝田さん。私は別にストーカーを捕まえようとは――」
勝田
「よーし。善は急げぞな! 野間さん、早く行くぞなー!」
勝田さんは私の手を引っ張ったまま教室を足早に出ようと促す。私はそれに逆らうことは出来ず、彼女に引っ張られていくしかなかった。
野間
≪これは、面倒なことになりそうだ……≫
7月18日午後3時半
今日も授業が終わり、私はいつものように帰宅する準備を始めた。しかしこれから行われることを考えていた私の心はあまり穏やかなものではなかった。
野間
≪正直余計なお世話でしかないんだが、今さら断るわけにはいかないからな……≫
勝田
「野間さーん! お待たせぞなー!」
すると昨日と同じように勝田さんが声をかけてきた。私は右手をあげてそれに応える。しかし唯一昨日と違っていたのは、彼女の後ろに数人を伴っていたことだった。
宇田
「やっほー、きたよー」
八木
「今日はよろしくね」
山下
「私もできる限り頑張るよ」
内田
「もしもの時は私がストーカーをぶん投げてあげるからね」
晴風クラスの航海科メンバーのみんなだ。勝田さんと同様に変わり者である私に優しく接してくれる心強い仲間たちである。4人とも勝田さんの呼びかけに二つ返事で了承してくれたらしい。
それと、もう一人。
等松
「心配しないで。マッチのことは私が守るから!」
野間
「あ、あぁ。よろしく頼むよ」
なぜかついてきた主計長の等松さん。どこかで今回の話を聞いたらしく、飛び入り参加してきた。勝田さん以上に私の側に寄り添ってくれる優しい人だが、なぜか私に対して猛烈に告白めいたことをよく言ってくるのが玉に瑕である。
勝田
「それじゃ皆の衆、昨日打ち合わせした通りに行動するぞな」
等松、宇田、山下、内田
「おー!」
勝田さんたちは気合十分といった様子で声をあげていた。私はその様子に今日何度目かのため息をつく。
すると、八木さんが私の側に寄ってきた。
八木
「ごめんね野間さん。うるさくて迷惑かもしれないけど、みんな野間さんのことが心配なんだよ。だから今回だけは許してほしいな」
私の様子に気が付いたのか、彼女だけは優しい言葉をかけてくれた。
野間
「ありがとう。みんなの気持ちはよくわかっているよ。今日はよろしくな」
八木
「うん。ありがとー」
そう言うと八木さんは勝田さんたちの輪の中へと戻っていった。
勝田さんや他のみんなも私のことを思ってこんなことをしているのだ。こんな私のために、みんなが本気になってくれている。そう考え直すと、嬉しさがこみ上げてきた。
野間
≪とりあえず、彼女たちの気持ちに報いてやるとするか≫
私は勝田さんたちについていくように、教室を出ていくのだった。
所変わってここは海洋学校のエントランス。教室を出た私は一人になっていて、先ほどまで一緒だった勝田さんたちの姿はない。しかし私の右耳には彼女たちの声が聞こえていた。
八木
[通信良好。みんな、配置についた?]
勝田
[勝田等松の指揮班、配置についたぞな]
山下
[内田山下追跡第一班、こっちも配置についたよ]
宇田
[宇田八木追跡第二班、オッケーだよ]
耳に取りつけたワイヤレスのイヤホン、これはみんなとの通信手段となっている。
今回の作戦の内容はいたってシンプルだ。私が囮となって「ストーカー」を誘導し、指揮班の指示で追跡班が「ストーカー」を取り押させる、というものだ。その割には自前で小型の通信機を用意したり、位置情報アプリをフルに活用したりとなかなか本格的な道具が用意されている。なんでも等松さんが手配したらしい。それに戦力としても柔道有段者の内田さんがいるので心強い。
勝田
[それじゃ野間さん。まずは校門を通って真っ直ぐ進むぞな]
早速勝田さんから指示が飛んできた。私から声で返答することはできないので、とりあえず指示通り校門を出て真っ直ぐ進むことにした。
そして校門を出て数分後のことだった。私の背中に何か突き刺さるような視線を感じた。すぐに後ろを振り返ったが、他のたくさんの学生たちに紛れているのか視線の主を特定することはできなかった。
野間
≪今日は引っかかってくれたようだな≫
私は前に向き直すと、少し足早に歩き出した。すると勝田さんから再び連絡が入った。
勝田
[どうやら引っかかったみたいね。野間さん、次はこの先の十字路を左に曲がって市街地に入ってほしいぞな。そこから本格的に作戦を開始するぞな]
私は縦に首を振り、指定された十字路に向かう。背中に感じる視線は変わらず私の後をつけているようだ。いつもの「ストーカー」で間違いないようだ。
十字路を曲がってしばらく進むと、横須賀の市街地に入った。巨大なフロート都市である横須賀市街には大小問わず多くの道が入り組んでいる。そこに「ストーカー」をおびき寄せて背後から追跡班が確保するというわけだ。
市街地に入ってからも変わらず視線を感じ続けていた。ずっと視線を受け続けるのは不快なのに違いはないが、同時に私は視線の主である「ストーカー」のことが気になっていた。
野間
≪どうして私を何日も追いかけているんだろうか……。それにこの視線、なぜだか恐怖を感じない。むしろ、不安を感じる?≫
そう考えていると、今度は追跡班から通信が入った。
山下
[追跡第一班、現在野間さんの後方、距離50だよ。まだストーカーの正体は掴めず、どうぞ]
宇田
[こちら第二班、私たちは道路の反対側から野間さんを見てるけど、人が多すぎて誰が犯人なのか特定できません、どうぞ]
市街地に入ったことで人通りが多くなり、追跡班をもってしても「ストーカー」の特定はできていないようだ。そんな状況に今度は等松さんから指示が入った。
等松
[マッチ、ここから3つ目の路地に入ってくれる? そこで一度犯人を特定したいの]
私は後方にいる山下さんたちにわかるように首を縦に振った。
山下
[野間さんから了解の返事、きました]
勝田
[よし。追跡班、しっかり姿を確認するぞなよ]
耳元の声からみんなの緊張感が伝わってくる。私は指定された3つ目の路地に入った。一度そこで視線は途切れる。私は構わず前へと進む。そして50mほど進んだところだろうか、背後に再び視線を感じた。そこで私は動いた。
野間
≪今だ!≫
私はメガネを外し、首をグッとひねって顔を少しだけ後ろに向けた。しかし相手はここまで尻尾を掴ませなかった凄腕、その姿を完全にとらえることは叶わなかった。それでも私は一瞬だが「ストーカー」の姿を視界にとらえることに成功していた。それと同時に「ストーカー」の正体に気が付いてしまった。
野間
≪あの人は……。でも、どうして「彼女」が……≫
勝田
[みんな、犯人の姿、分かったぞな?]
内田
[ごめん。こっちはわからなかったよ]
八木
[突然外国人の団体さんが壁になっちゃって見えなかったんだよー。ついていないよー]
通信を聞く限り、「彼女」の姿を捉えたのは私だけのようだ。
しかしここで私は悩んだ。このまま「彼女」を作戦通り捉えるのはあまりに可哀そうだと思ったからだ。「彼女」が悪意を持ってこんなことをするはずがないと、私は確信を持っていた。
そしてしばらく考えて、私は一つの結論を出した。
野間
≪勝田さん、みんな、すまん!≫
私は勝田さんの指示を待たず、路地を駆け出した。
山下
[わぁ、ちょっと。野間さんいきなり走り出しちゃったよ!]
勝田
[ちょっと野間さん! 急にどうしたぞな! 野間さ――]
私は耳につけていたワイヤレスイヤホンを外し、電源を切った。みんなには申し訳ないと思ったが、これも「彼女」のためだ。
私が走り出したことで、後ろをついてくる「彼女」も急ぎ足で追ってきているようだ。私は入り組んだ路地を何度か曲がる。しかし「彼女」はそれでもなお食い下がってくる。
私は細い路地裏に入ると、一気に高くジャンプした。そしてジャンプしたさきにあったベランダの手すりに捕まり両足を壁に預けるようにしてぶら下がった。ここで「彼女」を待ち伏せするためだ。
しばらくすると「彼女」私のすぐそばまできていた。「彼女」は突然私の姿が見えなくなったことで、オロオロと慌てたように私を探していた。そして、彼女が私の真下を通過した。
野間
≪よし!≫
私はタイミングを見計らって、手すりから手を放して「彼女」の真後ろに飛び降りた。
???
「うわぁ!?」
突然後ろに現れた私に「彼女」は驚いて、その場で尻もちをついていた。
野間
「さて、どうして私の後をつけていたのか、事情を説明してもらえますか?
艦長?」
私は「ストーカー」の犯人であった「彼女」、晴風艦長の岬明乃さんと路地の近くの公園のベンチに移動して事情を聴くことにした。
岬
「ご、ごめんなさい野間さん。こんなことしちゃって」
艦長はとても申し訳なさそうに私に頭を下げ続けていた。
野間
「顔をあげてください艦長。あなたが理由もなしにストーカー行為をするとは思えない。何か理由があるんでしょう?」
私の言葉に艦長はようやく顔をあげてくれた。そして少しずつ事情を話し始めた。
岬
「じ、実は、野間さんに、お誕生日のプレゼントを用意しようと思ったの」
野間
「え? 私に?」
岬
「うん。明日が野間さんの誕生日でしょ? 去年は私にサプライズでお祝いしてもらったから、今年は私からサプライズでお返ししたいなぁって思ったんだ。結局バレちゃったけどね」
野間
「そ、そうだったのか」
艦長の言葉に私は驚きつつも、なんだかすごく納得がいくように思えた。この人はいつも誰かのために全力になれる人だからだ。そんな人柄に私を含め、クラスの皆が惹かれている。
野間
「それで、それがどうしてストーカー行為につながるんですか?」
岬
「えっとね、7月に入ってからずっと野間さんへのプレゼントを何にしようか考えていたんだけど、なかなか決められなくて。その時に、私って野間さんが好きなものってよく知らないことに気が付いたの。それで、野間さんの好きそうなものを調べようと思って――」
野間
「それで私の後をつけて探ろうとした、と?」
岬
「は、はいぃ」
艦長は再びうなだれるように頭を下げてしまった。今になって自分がやってしまったことを後悔しているのだろう。思えば去年の航海実習の時も、彼女は思い込みが強すぎて暴走してしまうことがあった。今回もまた必死になるあまり周りが見えていなかったようだ。
野間
「事情は分かりました。私は別に怒っていませんから、頭をあげてください」
岬
「ほ、ほんと?」
岬さんは心配そうに私を見つめてきた。
野間
「ええ。でも危なかったですよ。今日、勝田さんたちが私のストーカーを捕まえようと、色々やっていたんです。下手したら大変なことになっていたかもしれません」
岬
「え!? そうだったの。後でサトちゃんたちにも謝らないと」
今日行われていたことを話すと、まるで小動物のように艦長は慌てだした。海の上ではとても頼りになる人だが、普段はこういう情けない姿を隠すことなく晒す。だからこそ、クラスのみんなは彼女に慕われているのだ。
野間
「さて、話はここまでにして行きましょうか艦長」
私はベンチから立ち上がると、艦長に手を差し伸べた。
岬
「え? ど、どこに?」
野間
「誕生日プレゼント選びに、です。艦長は私の分を、私は艦長の分を、です。艦長の誕生日は私の次の日ですからね。一緒に選びませんか?」
岬
「野間さん……。うん! 喜んで!」
その後、お互いにプレゼントを選び終えて一緒に帰っているところを、私を探していた勝田さんたちに見つかり、艦長共々大いに怒られてしまったのだった。
昨年の7/20のミケちゃんから始まったお誕生日記念。
今回のお話で晴風クラス全員をお祝いすることができました!
よって、今回でお誕生日記念は最終回となります。
皆様、一年間お付き合いありがとうございました!
特別篇はまた何かの拍子に書くかもしれません。
本編についてはこれからも引き続き書いていきますので、今後もよろしくお願いします。