ハイスクール・フリート ―霧の行く先― 作:銀河野郎のBOB
第十三話でございます。
先週の時点でストックが切れて、どうなるかと思いましたがなんとか書けました。^^;
今回は、ヤマトさんがメインのお話。
今まであまり出ることのなかった彼女の心情を描いてみました。
それでは、どうぞ!
2016年4月20日午後5時
-ヤマトside.-
静かな部屋の中、チクチクと時計の音だけが鳴り響いている。
私はその静寂を破り、隣にいる人物に声をかける。
ヤマト
「みなみちゃん、抗体の精製に必要な薬品の割り出しができたわ。今端末に送信するわね」
鏑木
「ありがとうヤマトさん。いつも手伝ってもらってすまない」
ヤマト
「いいのよ。こうやってお手伝いできるのがとても楽しいの。どんどんお姉ちゃんに頼っちゃって」
鏑木
「ああ」
ここは晴風の医務室。
私とみなみちゃんはネズミもどきさんの持つウイルスの抗体を精製するため、様々な薬品のデータを収集し、実験を繰り返している。
五十六ちゃんがウイルスに感染しなかった、というヒントから始まった抗体精製ももうすぐ終わりが見えてきた。
後は実物を精製し、臨床試験を実施して効力を確認できれば完了となる。
わずか一週間足らずで抗体精製の目途が立つまで進めることができたのは、一重にみなみちゃんの天才的な発想と実力のおかげだろう。
ちなみに私の彼女の呼び方は「美波さん」から「みなみちゃん」に変わっている。
一仕事終えた私は昨夜あった出来事を思い出していた。
昨夜、ムサシは晴風のみんなに自分の過去を話した。
私にその話を持ちかけてきた時、私はついに来るべき時がきたのだと思った。
今考えてみれば、先日の超重力砲試射の際にみんなに言う前から、ムサシは自分のことを告白する覚悟を決めていたのかもしれない。
この世界に来てムサシは再び信頼できる人類に出会え、少しずつ変わろうとしている。
私は姉として彼女を見守ると決めていたため、ムサシの話に二つ返事で了承した。
そして、晴風のみんなが教室に集まるタイミングを見計らってみんなに話すことになった。
ムサシは昔を思い出すようにみんなに過去に起こった出来事を話していった。
大好きだったお父様のこと、あの日の悲劇のこと、仲違いした末に私を沈めてしまったこと、その後自分が霧を支配し人類に牙をむいたこと、その一つ一つをゆっくりと晴風のみんなに言い聞かせていった。
そして最後に全てを話し終えた時、ムサシは震えながらもしっかりとみんなに目を向けていた。
それは、彼女の強い覚悟の表れであったと私は感じた。
ムサシの過去を知った晴風のみんなの反応は、戸惑いの表情を隠せない様子だった。
特に私との関係は、この世界に来てからの私たちの様子からかけ離れたものだったため、少しばかりショックを受けていたようだった。
すると、唐突に洋美さんが立ち上がり、ムサシに寄り添ってこう言った。
黒木
「みんな、ムサシは私たちと出会ってからずっとこのことを話そうか悩んでいたの。この世界に来て、みんなと仲良くなっていくうちに、自分の過去を知られるとみんなに嫌われてしまうんじゃないかって不安になっていた。でも、それは過去のムサシ。今のムサシはみんながこれまで見てきた姿がまぎれもない本当のムサシなの。だから、これからも友達として、家族として一緒にいてあげてほしいの」
洋美さんの必死の訴えに、私は意外なことだと思った。
後で聞いた話だが、ムサシは洋美さんをはじめ機関室組の人たちには自分のことをすでに明かしていたそうだ。
特に洋美さんは最初に告白した人らしく、そのおかげでムサシに特別強く親しみを持っているようだった。
洋美さんの言葉に少しざわめく教室。
しかしそんな中、明乃さんはムサシに近寄り、彼女に優しく話しかけた。
岬
「ムサシちゃん、そんなに辛かったことを私たちに話してくれてありがとう。きっとずっと不安だったんだよね? でも、私たちはこれでムサシちゃんを嫌いになんて絶対ならないよ、絶対に」
明乃さんの言葉に、ましろさんを始め他のみんなもムサシを応援する声が上がった。
ムサシはみんなからの言葉に対して、「ありがとう」と繰り返し感謝していた。
だが、その目には涙はなく、表情は晴れやかだった。
その後みんなが持ち場に戻っていき、私とムサシは一緒に教室を出た。
その時、突然ムサシは私にしがみついてきた。
ムサシ
「ゴメンおねえちゃん。今だけ、今だけこうさせて」
ムサシは体を震わせながら涙を流しだした。
きっとみんなに受け入れてもらって、押し込めていた感情が一気にあふれ出たのだろう。
私はそんなムサシを優しく抱き寄せ、彼女が泣き止むまでそっと見守ってあげた。
昨日のことを思い出し、私はムサシの変化に嬉しさを感じていた。
ヤマト
≪ムサシもようやく自分の意志で道を歩み出そうとしている。ここにいるみんなを信じて、歩み寄ることができるようになったのね≫
この世界にきた当初、自分の進むべき道を見つけられるか不安を口にしていたムサシだったが、晴風クラスという真に信頼できる人たちと出会えたことで、いつの間にか自分の道を見出し歩もうとしている。
彼女自身はまだ自覚していないようだが、きっとムサシは彼女たちと自分だけの素晴らしい道を歩んでいけると私は信じている。
鏑木
「ヤマトさん? ヤマトさん!」
そう思い浸っていると、みなみちゃんから声をかけられていることに気が付いた。
みなみちゃんは私にマグカップを差し出してきた。
鏑木
「ほら、蒼人魚名物の塩ココアだ」
ヤマト
「あら、ありがとう」
みなみちゃんがよく作ってくれるブルーマーメイドの名物だという塩ココア。
最初は塩気の多さに少し驚いたが、今では私もその独特な風味の虜になってしまっている。
私はマグカップを受け取り、一口じっくり味わった。
鏑木
「どうした? 何か考え事をしていたようだが」
ヤマト
「ごめんなさい。昨日のムサシのことを思いだしていてね」
鏑木
「ああ、昨日のことか。確かに衝撃的だったが、私はムサシさんの本音を聴けてよかったと思っている。私もムサシさんとは今後も仲良くやっていきたい」
ヤマト
「ありがとう、みなみちゃん。その言葉とても嬉しいわ」
みなみちゃんの優しい言葉に私は思わず感極まってしまった。
晴風クラスのみんなは本当にいい人たちばかりだ。
この世界で初めて出会った人類が彼女たちでよかったと、本当に思う。
鏑木
「それに、私はヤマトさんとももっと良い関係を築きたいと思っている」
ヤマト
「え、私と?」
みなみちゃんは唐突に私のことを話題に上げてきた。
鏑木
「私は今まで誰かと一緒にいて楽しいと感じたことはあまりなかった。だがこの艦、晴風に乗ってからは色々トラブルもあったが、毎日が楽しいと感じるようになったんだ」
みなみちゃんはわずか12歳で横須賀海洋医大に飛び級した規格外の天才だ。
私は元いた世界で同じような境遇にいたある少女のことを思い浮かべた。
きっとみなみちゃんも、彼女のように自身の周りに本当に親しい友人などいなかったのだろう。
晴風クラスのみんなは、そんなみなみちゃんにとっても大きな存在となっているようだ。
鏑木
「特にこの数日、ヤマトさんとずっと抗体の研究を進めていた時がすごく充実していたように思う。なんだろうな、私はヤマトさんを姉のように思っているのかもしれないな」
ヤマト
「みなみちゃん……」
みなみちゃんが、私を姉のように慕ってくれている。
私はその言葉がとても嬉しかった。
ヤマト
「それならいつでも頼っていいのよ。私がみなみちゃんのお姉ちゃんになってあげるんだから!」
鏑木
「ふ、それでは妹のムサシさんに嫉妬されてしまいそうだな」
私たちはお互いの姿を見て笑い合った。
確かに私にとってもこの数日間、みなみちゃんと一緒に研究をしていてとても充実した時間を過ごせたと思う。
私も気が付かないうちに、みなみちゃんとの仲を深めることができていたようだ。
私はもっとみなみちゃんと仲良くなりたいと思い、彼女に寄り添おうとした。
その時、艦内放送のスイッチが入る音が医務室に聞こえた。
伊良子
「みなさーん、夕飯の用意ができましたよー! 食堂に来てくださいね」
美甘さんの元気な声が聞こえてきた。
いつの間にか夕飯の時間になっていたようだ。
私は名残惜しくみなみちゃんから離れた。
鏑木
「夕食の用意ができたようだな。私はもう少し抗体精製の作業を続けようと思うのだが、ヤマトさんはどうする?」
ヤマト
「私ももう少しみなみちゃんのお手伝いしたいわね。よし、お姉ちゃんが美甘さんたちの所に行って二人分受け取ってくるわね」
鏑木
「すまない、さっそく頼りにさせてもらおう」
私は医務室を出て、みんなが夕飯を食べる場所である食堂に向かった。
私はゆっくりとした足取りで食堂へ向かっていた。
すると右前方の機関室の扉が開き、三人の人影が現れた。
ムサシ
「あれ、おねえちゃん? これから食堂?」
ヤマト
「ええ、みなみちゃんの分と一緒に取りに行くの。あなたたちも?」
黒木
「はい、マロンとムサシの三人で食事です」
出てきたのは、洋美さんと麻侖さん、そしてムサシだった。
最近ムサシは洋美さんと一緒にいることが多く、その関係で機関室への出入りも多くなっている。
どうやら今日も機関室にいたようだ。
ヤマト
「また機関室に行っていたのね。少しはウイルスの研究を手伝ってほしかったのだけど」
ムサシ
「う、ごめんなさい」
ムサシが申し訳なさそうに謝ってきた。
ヤマト
「ふふ、いいわよ。せっかく仲良くなれたお友達ですもの。その時間は大切にするべきだわ。それに抗体精製ももうすぐなんとかなりそうだから、今から無理に参加しなくてもいいわよ」
黒木
「え!? ウイルスの抗体、もうできるんですか!?」
ヤマト
「ええ。あとは精製したもので臨床試験を行って、効果が確認できればとりあえず完成。量産についてはある程度はここで作って、残りはブルーマーメイドに依頼する予定よ」
柳原
「じゃあもう完成しそうなんだな。さっすがみなみさんとヤマトさん!」
麻侖さんが嬉しそうに喜んでくれた。
これで武蔵をはじめ、シュペーや他のネズミもどきさんのウイルスに感染した生徒たちを救うことができる。
ムサシ
「ありがとうヤマト。ミナミには後で私から謝っておくわ」
ヤマト
「それは大丈夫。きっとみなみちゃんもわかってくれてるから」
すると突然ムサシが少し不機嫌な様子を見せた。
何か変なことを言っただろうか。
ムサシ
「ところで、いつからミナミのことをちゃん付けで呼ぶようになったのよ。ちょっと前まではみんなと同じさん付けだったのに」
どうやら、ムサシは私がみなみちゃんと仲良くなっていることに少し嫉妬しているようだ。
みなみちゃんが言っていた通りの様子に、私は思わずムサシをからかいたくなった。
ヤマト
「あら? それを言ったらムサシだって、洋美さんのことを「クロ」って呼ぶようになっているじゃない。いつの間にそんな仲になっていたのかしら?」
ムサシ
「そ、それは、クロは私の秘密を初めて明かした人だし、私を最初に許してくれた大切な人、だから///」
黒木
「む、ムサシ、それちょっと、恥ずかしいよ///」
私の言葉にムサシは思わずたじろいでしまい、苦しい言い訳をする。
そして洋美さんもムサシの言葉に顔を赤くしてしまっている。
すると今まで黙っていた麻侖さんが二人の間に割って入ってきた。
柳原
「もういっぺん言っとくけどよ、クロちゃんはマロンのもんだかんな!」
黒木
「ま、マロン! これ以上話をややこしくしないで」
ヤマト
「あらあら、麻侖さんがライバルみたいよ。大丈夫?」
ムサシ
「うぅ、おねえちゃんのイジワル……」
ムサシが拗ねた顔で私を見つめてくる。
私はムサシの可愛さと可笑しさに思わず笑ってしまった。
ヤマト
「あははは、ごめんなさいムサシ。でも、よかったわね」
ムサシ
「え?」
ヤマト
「あなたはこうやってみんなと冗談を言いながら楽しく過ごせている。それはムサシが自分で築き上げた大切な人との繋がり。大丈夫、もうあなたは自分の道を歩み出しているわ」
ムサシ
「おねえちゃん……」
やはりムサシには自覚がなかったようで、私の言葉にキョトンとしてしまっている。
私は、洋美さんと麻侖さんに向かい合った。
ヤマト
「洋美さん、麻侖さん。これからもムサシと、妹と仲良くしてあげてください。この子は昨日話した通り、人類との付き合いで深い傷を負っています。でも、この晴風でみんなと出会えたことはきっと奇跡なんだと思います。ここでの日々はきっと彼女にとって大きな恩恵となると思うんです。だから――」
黒木
「ヤマトさん、私たちはもう大切な仲間で、そして家族です。それに昨日みんなで決めたんです。ムサシのこと、一緒に守ってあげようって。だから私たちはムサシとずっと一緒にいますよ」
柳原
「もうムサシちゃんに辛い思いはさせねぇ。裏切ったりなんか、絶対しねぇって誓ったんでぃ。それはヤマトさんともだ。ま、大船に乗ったつもりでいてくれよ。二人ともこの世界では幸せにしてやるよ!」
私の言葉に二人は笑顔で応えてくれた。
二人の言葉が私たちにはとても心強かった。
ヤマト、ムサシ
「ありがとう、二人とも」
私とムサシは二人に揃ってお礼をした。
そんな話をしているうちに食堂にたどり着き、私はムサシたちと別れた。
私は美甘さん、ほまれさん、あかねさんの所へ赴き、私とみなみちゃんの二人分の食事を受け取ることにした。
杵崎あ
「ヤマトさん、今日もみなみさんは医務室で食事ですか?」
ヤマト
「ええ。抗体精製も最後の大詰めだから、私もみなみちゃんも食事は医務室に持ち込みたいの。お願いできるかしら?」
杵崎ほ
「わかりました。お二人とも大変ですね。おまけで少し盛り付け多めにしておきますね」
ヤマト
「ありがとう。ところで今日のメニューは何かしら?」
すると、調理場の奥の方から美甘さんが料理を持って現れた。
伊良子
「よくぞ聞いてくれました! 今夜の夕飯は題して、Re.ドイツ料理祭り!、です」
杵崎ほ
「ちなみにReには、再びとリベンジの二つの意味が込められているみたいです」
以前美甘さんはミーナさんにドイツ料理を出してダメだしをたくさん貰っていたから、そのリベンジをしたいということらしい。
伊良子
「今日はこのアイントプフでミーナさんに絶対おいしいって言わせてあげるんだから! ほっちゃん、あっちゃん、負けないからね!」
杵崎あ
「別に勝負しているわけじゃないんだけどなぁ。あ、私たちはフラムクーヘンを作ってみました」
杵崎ほ
「よかったら、後で感想聞かせてくださいね」
ヤマト
「ええ、必ず」
私は二人分の料理をカートに入れてもらい、それを押して食堂を後にした。
私は来た道を一人で戻る。
その道中、私はあることを考えていた。
ヤマト
≪ムサシはこの世界に来て変わった。それもとてもいい方向に成長している。それはとても喜ばしいことだわ。それに比べて、私はどうだろう……≫
私は自分がこの世界に来てから、いやメンタルモデルを持ってからどれだけ成長してきたのか、疑問を抱いている。
私はムサシに一度沈められた後、イ401にコアを譲渡してからの七年間は彼女とともにいた。
そのうち千早群像さんとともに蒼き艦隊として行動したのは二年間だ。
だが、それはあくまでメンタルモデル「イオナ」が得た経験であり、私自身は彼女の中でそれをずっと見ていただけだった。
私自身は結局何もしていないのだ。
さらに、この世界に来てからもムサシは目に見えて変わっているのに対し、私は自身の成長を体感できないでいる。
ヤマト
≪それに、私はどうしてこの世界で完全な形で復活できたのか。それも気にかかるわ≫
今までムサシとも深く話すことはなかったが、私は自分が復活した理由がどうしても気になっていた。
私の本体のコアはムサシとの戦闘で一度完全に消失している。
本来、コアが激しく損傷また消失した場合、霧は機能を完全に停止し二度と元の状態で再起動することはない。
もしそれが可能なのだとしたら、それができる存在を私はたった一つしか知らない。
ヤマト
≪例え世界が違っても、私たちはやっぱり「彼」の支配から逃れることはできないのかしら…… それに私が復活した際に追加されていた「あの機能」、これを私に実装したのはやっぱり「彼」なの?≫
私は未だに「彼」に支配されているのではないかと、不安になってしまう。
私たち霧は意志を持ち、自分の足で歩むことのできる存在だ。
「イオナ」によって解放された私たちは、もう誰も「彼」に支配されることはないはずなのに。
私は、自分自身のことが怖くなっているのかもしれない、と感じていた。
そんなことを考えているうちに、いつの間にか医務室の前まで来ていた。
私は気持ちを切り替える。
ヤマト
≪でも、今は私ができることをやるだけ。まずは抗体精製、がんばらないとね!≫
私は表情を笑顔に戻して、みなみちゃんの待つ医務室の扉を開けた。
Happy Birthday!! みなみちゃん!
第十三話、いかがだったでしょうか。
ヤマトさんは妹のムサシを導く立場として、これまで色んな場面で頑張ってきてもらいましたが、今回は主役です!
たまにはヤマトさん視点もいいですよね。
さて、今回ヤマトさんにもムサシと同様にカップリング相手を作りました。
お相手は12歳の天才少女、鏑木美波ちゃんです。
なんかネズミの繋がりで自然と決まってました。
どちらかというと姉妹な感じですね。
今後、どうするかは決めてませんが、カップルで登場させる機会は設けようと思ってます。
そして、今日9月4日はそのみなみちゃんの誕生日です!
同時アップの特別編の方でも、みなみ×ヤマトで話を書いたので是非一緒に。
次回、第十四回は、
ようやく本編進めます! 第七話、新橋商店街船救出をお送りする予定です。
次回も読んでいただけるとありがたいです。