話を持ち出したところ、ポカンと口を開けて固まったままの兵藤一誠。
なんだ、こいつは。
「どうした、いまさらダメージが入ったなんてこともないだろ」
「……えっと、ヴァーリ先輩、いま俺を眷属にって」
やっとのことで口を開いた彼は、なぜか困ったような、嬉しいような曖昧な表情を見せた。
「嫌か? 少なくともこちらは本気だが」
「あ、いや! 嫌ってわけじゃないんですけど!」
手を振り否定する。
であれば、なにを考えているのだろうか?
「一度、場所を変えるか」
少し周りが騒がしくなってきた。
部活動に入っていない学生たちが帰り出したな。ここは多くの人が訪れるような場所ではないが、まったく来ないわけではない。
「兵藤一誠、いったん場所を移す。ついてこい」
「あ、はい!」
公園から抜け出て、再び駒王学園へと戻り始める。
が、途中で、朝の訓練時によく立ち寄っているコンビニがあったので中に入った。
「ヴァーリ先輩、ここってコンビニですよね?」
「そうだが」
「まさかとは思うんですけど、ここで話すなんてことはないですよね?」
「ないな。ここには別件で寄ったんだ」
カゴを取り、中に菓子類の商品を入れていく。
俺はあまりこういったものを知らないが、彼はどうだろうか。
「兵藤一誠、おまえは甘いものには詳しいか?」
「へ? ああ、まあ多少ならわかりますけど。それより、一回一回フルネームで名前呼ぶの面倒じゃないですかね」
「確かにそうだな。ところで兵藤一誠。最近の流行りはどの商品なんだ?」
「……まあ、いいんですけどね。えっと、これとこれなんかはいま女子高生の間で流行ってまして、それと――」
なぜか女子高生の流行に詳しい彼の説明を聞きながら、勧められたものすべてを購入し、店を出る。
購入時にそんなに買うのか、と店内にいた客に不思議な顔をされたが、店員はいつものことと承知しているのか、「いつもありがとうございます。あの子によろしくお願いしますね」などど言われてしまった。
週五回も来ていれば、顔も覚えられるか。
「買い込みましたね。いや、勧めたのは俺ですけど……」
うへぇ……と商品の入った袋を眺めながら、呆れた顔をされた。
なぜだ。
「それ、ぜんぶ食うんすか?」
「食べるだろうな」
誰が、とは言ってないが。答えると、兵藤一誠が数歩後ずさっていた。まったくもって不思議な男だ。
特に話すこともく歩を進めていると、やがて駒王学園へと帰ってきた。
「こっちだ」
声をかけながら進んでいくが、後ろを歩く兵藤一誠が話し出す。
「やっぱり、うちの学校って悪魔が関係していたんすね」
「そうだな。そのあたりもあとで話そうか。まずは場所の確保をしないと」
「場所の確保って――ここって、生徒会室?」
「少し待っていてくれ」
袋を彼に預け、扉を開く。
「ソーナ、失礼する」
「あら、ヴァーリ。どうかしたのかしら」
生徒会室に入り、なんらかの書類を眺めていた彼女に話しかける。
写真と、手紙か? それにあれはフェニックスの……いや、気のせいか。
「部屋をひとつ借りたい」
「ヴァーリ……あなたいい加減に旧校舎を使う気はないの?」
ソーナはため息をつきながら指摘してくる。
旧校舎。
いまは誰も使っていない、けれど老朽化することなく綺麗な状態で残っている校舎が敷地内にあるのだが、どうにも使おうとは思えなかった。
あそこは俺の好きにしていいと言われている建物ではあるのだが、好きにしろと言われても白音と二人では余りすぎる。
中でできる修行も限られているので、家でやるのと変わらない。
「二人で使うには広すぎるな」
「それはそうかもしれないけど……使えるものはすべて使うものよ、ヴァーリ」
などと言いながら、手に持っていた鍵を渡してくる。
「これは?」
「このあと職員室に返しにいく予定だった部屋の鍵よ。あとで代わりに返しに行きなさい」
「わかった。ありがとう」
「それと、今後は旧校舎も使うこと。いいですね?」
「……考えておこう」
二人ならよかったが、三人になる可能性も――それ以上増える可能性もあるからな。
だが、まさかソーナにもそういった話が来ていたとは。
うちはまったく来ないからな。少し以外だった。
「それで、おまえたちはなにをやっている」
「ヴァーリ先輩! 見てないで助けてくださいよぉ!」
生徒会室から出て来れば、その前で兵藤一誠が生徒会メンバーに捕まっているのだから救えない。
「キミはいつも女子生徒に捕まっているな。趣味か?」
「んなわけないでしょ!」
違ったか。
もしやとも思ったが……やはりおかしな人間だな。
「ヴァーリ先輩、こんにちは」
生徒会の一人、草下があいさつをくれる。
「ああ。ところで、なにをしているんだ?」
「会長に手を出そうとしたんじゃないかと思って、兵藤を捕まえていたところです!」
日頃のおこない、かな。
本来なら誤解を解くこともしないんだが、話が長引くのも面倒だな。
「それと、なんか袋を持っていて……」
「すまない、それは俺のだ」
「え? あ、はい。どうぞ!」
草下から袋を受け取る。
「兵藤一誠、生徒会の話が終わったら、この教室まで来い」
「え!? あ、ちょっと! ヴァーリ先輩!!」
鍵のタグを見せ、草下にお疲れ、と声をかけその場を去る。
話が長引くのも面倒ではあるが、それだけの時間があれが彼女が合流するまでの時間は稼げるはずだ。
「本当に助けてくれないんすか! ちょっと、ヴァーリせんぱぁぁぁぁぁぁいっっ!!」
背中に悲痛な叫びを浴びながら、階段を上っていく。
その傍ら、白音に連絡を入れておく。
「ここか」
廊下の端にある教室。
偶然とは言え、ソーナもいいところを渡してくれたものだ。残っている生徒も周りにはいないし、話を聞かれることもないだろう。
聞かれたら、申し訳ないがその記憶は消させてもらうだけだが。
「できる限り生徒たちのことも考えなければな。悪魔だけが大事なわけでもないのはわかっていることだ。」
やはり、そろそろ旧校舎も使わなければいけないか。
となると、ああ……掃除はしに行かないとな。もう少し眷属が集まったら、大掃除に繰り出そう。
「ヴァーリ先輩、今日の訓練は……」
先のことを考えていると、白音が教室に入ってきた。
思い返してみれば、要件を伝えていなかったな。
「今日はなしだ。一人、会わせたい男がいてね」
「もしかして、新しい眷属の方ですか?」
「いや、まだ明確な返事を聞いていない。これから話をしようと思ってね」
まあ、ある程度の知識はあるようだから、天使、悪魔、堕天使の関係なんかは改めて説明しなくてもいいかもしれないな。
「それはそうと、その袋は――」
机に置いておいた袋に目がいっては逸らす白音。
だが、頭部には猫耳が出ており、ピコピコと動きがとまらない。
「おまえのぶんだ。好きに食べていいぞ」
「はい、いただきます」
袋を持って行き、小さな手で抱えて中を見つめる。
時折中身を取り出しては確認しているので、食べたことのないものもあったのだろう。
兵藤一誠、食べるのは俺ではない。目の前で嬉しそうにひとつ目の袋を開けた白音がだ。
「それにしても、遅いな」
「遅いな、じゃないですよ!」
扉がそれなりに強い勢いで開かれ、ボロボロになった兵藤一誠が姿を表す。
「なぜこの短い時間でボロボロになってくるんだ」
「……なんか、いろいろ関係のないことまで俺のせいにされまして……それより置いてくってひどくないですか?」
「悪いな。こちらにも放っておけない奴がいてな」
俺の視線に釣られ、兵藤一誠も視界に白音を収める。
「白音ちゃん!?」
ほう。やはり知っているのか。
俺はそこまで興味はないが、白音は男子女子問わず人気が高いと聞いている。
彼女からも、クラスの女子生徒からよくお菓子を貰っているという話はあったしな。
「ヴァーリ先輩、もしかして白音ちゃんも」
「悪魔だ。俺の眷属でもある」
「マジですか……ドライグの言ってた通りか」
先ほどまでいたであろう生徒会も悪魔ばかりなのだが、ドライグがそのあたりの話をしていると見える。
悪魔だと知っていながら、生徒会にも手は出さず、やられるだけやられてきたというわけか。
優しすぎるな……。
「まずは座ってくれ。落ち着いて話をしたい」
「わかりました」
白音が俺の隣に移動し、兵藤一誠は俺たちの前に座る形になった。
「戦った際に聞いたが、おまえは俺たちのことや天使、堕天使のこと、関係性もある程度は把握しているということで間違いないな?」
「はい、だいじょうぶです。ドライグから結構な話は聞かされてますんで」
「それなら話は早いな。いきなり眷属になれと言われて混乱もあっただろう。聞いておきたいことがあったらなんでも聞いてくれ。それらを聞いた上で判断してほしい」
むろん、それでダメなら仕方がない。
定期的に修行に付き合ってもらう程度には譲歩してもらおう。
「えっと、まず俺は選んだ理由とかって、あったりします……よね?」
「もちろんだ。最大の点は、キミが力ばかりを求めている赤龍帝じゃないことだ」
カラン。
言い終えたと同時、隣の白音から、乾いた音が鳴る。
固まったままの白音。その下には、空っぽになった容器が落ちていた。どうやら、これを落とした音のようだ。
「ヴァーリ先輩……あの、いま赤龍帝って……」
「そうか、説明が先だったな。彼は兵藤一誠。ついさっき一度戦って、今代の赤龍帝だと判明した」
「……驚きません、もうヴァーリ先輩のすることには驚きません。最初の修行実戦編でいきなり禁手で襲いかかってきたり、ドラゴンばかりの土地に連れて行かれて彼らに本気で相手をさせたりしたことに比べれば…………」
眷属にしたばかりのことか。
当時はわかりやすい強さとはなにかを彼女に教えたかったがために結構な無茶をしたものだと思う。
「白音、平気か?」
「だいじょうぶ、です……でも、ヴァーリ先輩と一誠先輩は本来なら敵同士なんじゃ」
「あー……えっと、実は俺そういったことにまったく興味なくてさ。強くはなりたいけど、それは敵を倒すためでも、なにかを破壊するためのものでもない。誰かを、守れるためのものでありたいんだ」
拳を握りながら話す兵藤一誠。
その言葉に、白音もある程度の理解を示したのだろう。袋の中に入っている大量の甘味のうちのひとつを彼に渡す。
「一誠先輩も、誰かのためになんですね」
「まあ、俺はてんで弱いんだけど……あ、ありがと」
流れで手渡された甘味を口に運ぶが、そこで思い出したようで。
「って、これヴァーリ先輩が大量に買ってたやつのひとつ!?」
次いで、白音の横に置かれた袋に視線をやる。
自分のものだと主張するように置かれたそれらを見て、信じられないように俺に視線を向けてきた。
「言っただろう、食べるだろう、とな」
「白音ちゃんのことだったんですね……てっきりヴァーリ先輩が超甘党なのかと思ってました」
「甘いものはあまり食べない方だ。それよりラーメンを食べに行きたい」
「さいですか……」
疲れ切ったように肩を落とされたが、どうやら生徒会に絞られたのが効いているらしいな。
「それで、聞きたいことはもうないのか?」
「あ、ちょっと待ってください。俺が悪魔になって得られるものってなんですか?」
「そうだな……新しく悪魔としての能力が手に入り、寿命がバカみたいに伸びる。あとは、転生悪魔でも昇進して爵位を与えられるケースもあるから、将来的に俺から独立して新しい王となり、自分の眷属を持つこともできるぞ。キミは赤龍帝だからな。鍛えていけば、案外悪魔の歴史でもかなりの速さで爵位持ちまでいけるかもしれないね」
禁手になれないながら、俺の魔力弾を防いでみせた防御力と回避能力。
普通ではたどり着かないであろう進化の途中。
本当に、鍛えていけばどうなるか予想がつかないな。
「俺でも、なれますかね?」
「なれるだろうな。そこは俺も保証しよう。もっとも、鍛えていけば、という前提だけれど」
「そうですか。そう、なんですね……あの、もし俺がヴァーリ先輩の眷属になった場合、二天龍の間の問題はどうなるんでしょう?」
アルビオンは口ではいいと言っていたが、どうだろうな。一任された以上、俺が白龍皇である限りは決戦なんてことにはならないかもしれない。
「お互いが強くなったら、そのときにルールに則った勝負をしようか。それで納得してもらう他ない」
「あ、それなら俺も賛成です」
「あとは眷属同士での修行や、俺とキミとで修行していって、腕を磨いていけると最高だな」
「アハハ……お手柔らかに」
悪くない印象だな。
とはいえ、そんなすぐに決めてもらえるものだろうか。
「わかりました。実は、今日はドライグに言われて、町に入ってきた堕天使が怪しいって言われて様子を見にいったんですけど、ヴァーリ先輩たち悪魔が決して悪い奴らじゃないってことも知れたんで、よかったです」
出会った当初がウソのような笑顔を見せる兵藤一誠。
「でもすいません! もう少しだけ、時間を貰えませんか? なんていうか、まだ決心がつかないっていうか、実感を持てないっていうか……その、えっと――」
「ああ、そのあたりは理解している。いきなり言われて即決してくれる者の方が少ないだろう。決心がついたらいつでも話しに来てくれ。もちろん、どんな結果であったとしても、俺たちがキミに危害を加えることはしない」
「ありがとうございます!」
最初の話しとしては上々だ。
その後、兵藤一誠は笑いながら帰って行った。
よく考えて、また来ると言い残していったから、そのときをゆっくり待つとしよう。
「ヴァーリ先輩、よかったんですか?」
白音は不思議そうな顔をして聞いてくる。
「なにがかな?」
「赤龍帝なら、倒したがると思ってました」
「別に、俺はそこまで固執してるわけでもないよ。どちらかと、背中を追うのに忙しい相手がいるからね。他のことに目を奪われていると、さらに置いていかれそうだ」
だからこそ、やれることはやりたい。
彼のように、なるために。
「さて、俺たちも帰ろうか」
「はい。はやく夕飯にしましょう」
さっきまでいろいろ食べていたと思うんだがな。いや、聞くまい。
すでに袋の中は空の容器や箱でいっぱいなんだが……いつものことか。
白音を連れ、家へと続く帰路につく。
今日は悪くない1日だった。さて、こんな日くらいは修行ではなく、ゆっくりしよう。