グレモリー家の白龍皇   作:alnas

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このお得意様は魔女

 月日が流れるのは早い。

 誰かがそう言っていたのを、よく覚えている。

 語っていたのは、サーゼクスの眷属が一人、沖田だっただろうか? 彼との特訓はいい経験になった。

 基礎の基礎から始まり、徹底した芯の強さを教わることができたのは、幸いだ。

「白音、ペース的にはどうだ?」

「はい、余裕です」

 そんな俺も、いまは教える側に立つとはな。

「ところでヴァーリ様、私まで学校に通ってよかったんですか?」

 俺の初めての眷属悪魔――搭城白音は、周りを跳ねながら俺に問う。

 学校に通う、というのも俺たちは現在、人間界の日本にいる。

 ちなみに、搭城というのは、日本で生活する上で苦労がないようにつけられたものだ。

 本人としては、それなりに気に入っているようだが。

 一応、グレモリー家次期当主とされている俺が、日本にいる間与えられた管理地がここ――駒王町だ。

 春から駒王学園の高等部に通い出した関係上、白音を中等部に編入させたのだが……どこか疑問に思うところがあるのか?

「俺の眷属が一人家で留守番など、楽しくもないだろ。それに、できる限り普通の生活というものを知っていてほしいんだ」

 幼少期。あのまま暮らしていれば、俺にだってこの生活はなかったはず。

 だからこそ、こうしたささやかな幸せというものを、しっかりとその身で感じて欲しい。

「もっとも、それと戦闘は話が別だがな」

「わかってます。ですから、こうして特訓しているわけで」

 険しい山道の中、白音は乱立する木々の中を蹴って移動してくる。

 器用なことに、尻尾をかぎつめのようにして吊る下がったりと、芸が細かい。

「強者はいつ襲ってくるかわからないからな。できる限り体を作っておくのは必要だ。でないと、おまえの目標にも届かないぞ」

「むっ……私はまだこれからが成長期ですから。力も、あと――……身体も」

 自身の姉を超える、か。

 潜在的なモノで言えば相当だとサーゼクスからも聞かされたが、いまはそれより、力を使うための体力作りが優先。

「成長期なら、一滴も逃さず吸収して強くなれ。身体の方は……まあ、頑張れ」

 グレイフィアにも散々言われたことだが、俺は女性に関しての問題点が多いらしい。

 この前も、ソーナに『あなたはもう少し異性に興味を持ったらどうですか?』などと言われたが、その言葉はそっくりそのままあいつに返しておいた。

「まあ頑張れって……私は姉様を超えるためだけじゃなく、ヴァーリ様の」

「白音。学校では人の目が多い。これからは先輩とでも呼んでくれ。その方が、騒ぎも起きなくていい」

「話は最後まで聞くものですよ、ヴァーリ先輩」

 声に若干の呆れと安堵があった気がするが、触れるべきじゃなさそうだな。

「あと一回りしたら今日の朝練は終わろうか。そうしたら」

「朝ごはんですね」

 目をキラキラと光らせる白音。

 うちのお猫さまは、耳をピコピコと動かし、待ち遠しそうに山を駆けていく。

「あれなら、そのうち上級悪魔にも届くだろうな」

 基礎体力はすでに相当のものになりつつある。加えて、仙術の特訓も開始したことだ。

 近いうちに、相棒の力も借りて相手をしてみるか。

 

 

 

 朝一での特訓を終えた俺と白音は、朝食をとるために歩いていた。

「しかし、二人で暮らすとなると問題が多いな」

「そう、ですね……」

 二人して食事も満足に作れないものだから、問題なんだ。

 かと言って、白音はまだ幼い。できるだけ栄養価の高いものを食べてもらいたい。

「料理のできる人材を探さないといけないか」

「ヴァーリさ……先輩ができないのはどうかと思います」

「俺はジャンクフードでも問題ないからな。あと、誰かしら作ってくれる人がいたのがまずかったかな」

「そこに関しては、私もですけど」

 白音も眷属になってからは、同じように食べる側だったからな。

「今日はどうする?」

「ケーキと羊羹で」

「それは食後の話だろ。朝食をどうするかって意味で言ったのだがな」

 甘いものが好きなのはいいが、毎日毎日、よく飽きないものだ。こうも続くと、呆れを通り越して尊敬するな。

「まあ、ケーキと羊羹は帰りに買っていくから、とりあえず朝食として食べたいものを挙げていってくれ」

「わかりました。なら――」

 その後ピザ屋に連れてかれたわけだが、料理に関しては早急にどうにかしないといけないことだけは理解した。

 

 

 

 学校生活というのは、ずいぶんと平和な時間だ。

 特訓するわけでもなく、襲撃されるわけでもない。

 ただ平穏な日常を送るためにあるようにすら思える。

「実際は違うと、わかってはいるのだがな。人と悪魔の……いや、俺との感性がズレている証拠か」

 サーゼクスが是非通って欲しいと言っていたのが思い出される。グレイフィアと二人がかりで入学しろと迫ってきたな。いや、あれは俺でもどうにもできなかったよ。

 親のわがまま、とでも言えばいいのだろうか?

 初めての経験だったが、不思議と、悪い気はまったくしなかった。どこか温かく、少しお節介な……あれはなんて言えばいいのかな。俺の中に浮かぶ感情に名前がつけられない。

 きっと、この感情の正体を知れたら、俺はまた一歩、あの背中に近づける。

「ゆっくりと、見極めるとするか。それもまた、強さへの答えだ」

 求める強さは、ただの力であってはならない。

 俺の求める力も、そろそろはっきりしてきたな。ルシファーではなく、グレモリーとしての強さ。そして、憧れにも似たあの人へ届くための力。

「目標は遠いが、同じ目標がある者同士、白音に負けないよう俺も追い続けないとな」

 となれば、まだまだ特訓をしないといけなくなったわけか。面白い! やはり目標は高い程楽しめる!

 相棒の話で聞かされた強敵との死闘もいいが、いまはやはり、俺自身の目的のために動かないとな。

『いずれ出会うライバルとの心踊る戦いよりも、求めるものがあるとはな。おまえは本当にいい相棒だよ、ヴァーリ』

 俺の中でそんな声が響く。

 相棒と話しながら、昼休みが終わる鐘の音を聞いた。

 

 

 

 悪魔の仕事は、基本的に夜に行われる。

 それは人間との契約を結ぶことだったり、魔王や上級悪魔からの依頼。挙げていけばキリがないほどに多岐に渡る。

 中には魔法使いとの契約もあったりするのだが、今日の夜は普段と事情が違った。

「まさか強制的に転移させられるとは。この俺が対応する間も無く呼ばれる相手か……興味深いな」

 視線を向けると、魔法使いの衣装をまとった金髪の少女が一人。

 周囲を見渡すも、部屋の中には他には誰もいない。

「驚いたな。もしかしなくても、キミが俺を呼んだのか?」

「えっと……私も悪魔さんを呼ぶ気はなかったのですが、なんででしょう?」

 困ったような笑顔を浮かべながら首を傾げられても、俺だって困惑しているんだが。

「とりあえず、事情くらいは聞こう」

 グレイフィアからも、いきなり攻撃するのはよくないと散々言われて育ってきたのだ。急な事態にも冷静な対処が求められる。

「始めに、キミは何者だ?」

「は、はい。『黄金の夜明け団』所属のルフェイ・ペンドラゴンです」

「なに?」

 『黄金の夜明け団』の魔法使い、か……。偶然とは言え、悪くない。

「俺を強制的に呼び出すだけのものは持っているということか」

 所属までは聞いてなかったのだが、素直なのか抜けているのか、心配にはなるな。

「一応、呼び出されたからにはなにかしらの取引の話はしたいんだが、構わないか?」

「悪魔さんはそういう存在ですよね。大丈夫です」

「いや、そういった存在というわけではないのだが――いや、いい。それで、なんで俺はここに呼ばれているんだ?」

 原因も解明しておきたいところだが、先ほどの言動から俺がここにいるのは偶然であることが見受けられる。ならば、彼女には悪魔を呼ぶ理由もないことになる。

 見たところ、それなりに力を持っていることはわかるが、『黄金の夜明け団』と言えば、近代魔術を始め、禁術にも触れている話はよく耳にする。

「ルフェイ。キミは組織において、どの程度の位置にいる人間なんだ?」

「私ですか? 一応、将来を見越した上で期待している、とは言われていますが」

「なるほど。優秀な魔法使いに違いはないわけだな」

 将来を有望視されているなら、偶然にも俺を呼ぶことだってあるだろう。それこそ、変な術式を組んでいたら尚更だ。魔法使いならば、それくらいやりかねない。

「ふふっ、悪魔さんって、もっと怖いものだと思ってました」

 いきなり笑みがこぼれたので顔を覗けば、そんな一言が漏れた。

「私、年齢的にはまだ幼いので、話の合う相手や友達が少ないんです。兄はいるんですけど、兄は兄で、少々問題があると言いますか」

「そうか。なら、俺が話し相手くらいにはなろう」

「本当ですか!」

 なぜ誰も彼も、相手を求めるのだろうか。

 そこまで嬉しそうにする理由はなんだろう。俺も、彼らと接するときは、笑っているんだろうか?

「悪魔さん?」

「あ、ああ。本当だ」

「でしたら、名前を教えてください。お話する相手は名前で呼びたいです」

『他者に近づくには、名前で呼び合うのがいいんだ』

 サーゼクスに言われたことを思い出す。笑っているかは知れないが、そうだな。

 名前で呼び合うことが、歩み寄る一歩になる。

「……ヴァーリ。ヴァーリ・グレモリーだ」

「はい、ヴァーリさん。ではこれから、よろしくお願いします」

 無垢な笑顔で差し出される手。

 どうも、あの日から、俺の周りには優しい顔をする人が多い。

「よろしく頼む。俺でよければ、いつでも話し相手になろう、ルフェイ」

 おかげで、この手を素直に握ることができる。

「ところで、これって悪魔さんとの契約になるのでしょうか?」

「まあ、なるだろうな。事実、召喚されているのと変わらないわけだからね」

「えっと、私は対価になにを要求されるのでしょう」

 この程度、特に大層なものは望まないのだが、さて、どうするか?

 考え始めてすぐ、最近問題になっていたあることを思い出す。

「ルフェイ、料理は得意か?」

 この一言で、俺と彼女の付き合いは、正式に始まることになった。

 

 

 何気ない話や、組織に身を置く者の情報。彼女個人の身の上。

 契約してからというもの、彼女は飽きることなく、週一の頻度で俺と話している。

 おかげで白音にも人が作るものを食べてもらえているが、まさか、魔法使いとの契約が本格的に始まる前から繋がりを持つことになるとは、思ってもみなかった。

 そんな俺も、実は高校2年生へと進級していた。

 月日が流れるのは早いもので、ルフェイがお得意さまになってから1年が経とうとしているのだ。

「いまだ眷属は白音一人だが、なに。せっかくなら、眷属はじっくりと強さを見極めた者を加えたいところだな」

 一人、是非とも眷属にしたい人間がいる。

 現在は勧誘している最中だが、また今日も足を運ぶつもりだ。

 鞄を手に持ち、教室を後にする。

「さて、それまでは白音の特訓に付き合わないとな。最近は接近戦の動きも良くなっているし、あれで回避行動までうまくなったら俺も危ないかな?」

 相棒の力を借りて特訓しないと危険なときが出てきたことを考えれば、破格の成長スピードだろう。

「おい、向こうで女子が着替えてる部屋があるんだとさ」

「なに!? 着替えあるところに我らありだ! 行くぞ!」

「当たり前だ! 俺たちはこの学校で、ハーレムを作るんだからなぁ!」

 廊下を歩いていると、前から三人の男子生徒が駆けてくる。

 見ない顔だ。今年入ってきた1年生か。

 三人とすれ違いざまに、一人の生徒がこちらを見ていたのに気づいた。

 一瞬合った瞳の奥。そのさらに先に、激情とも取れるナニかが、一瞬牙をむいたような気がした。

 なんとなく、赤い色が似合うような気がした少年が気になり振り返ると、すでに階段を駆け上がっていく音だけが聞こえてきた。

 赤……まさかな。

 わずかに湧いて出た衝動を押さえ込み、再び歩き出す。

 この先のことを、なにも知らぬまま――。


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