あと一話過ぎたら原作突入していくわけですが、もう少しばかり、ヴァーリくんの過去話におつきあいください。
では、どうぞ。
転移してすぐ、薄暗い部屋へと視界が切り替わっていた。
「ここか……」
しかし、屋内ということはサーゼクスは完全に対象の位置を把握していたのだろう。
元より解決に向かおうとしていたのだ。事前に解決策は用意されていたはず。
「となると、俺がかき乱した形になってしまったわけか」
悪いことをした、などと思うつもりはないが、余計な手間を取らせたな。
「…………あなたは」
しばらく部屋の真ん中で様子をうかがっていると、小さな声が、隅から聞こえた。
「あなたは、誰ですか?」
視線をそちらに向けると、頭部から猫耳らしきものを生やした少女が、縮まって座っていた。
猫又か? もしくはそれに似た妖怪の類だろうか。
明かりの乏しい部屋だが、わずかに入ってくる日の光が、彼女の白髪をより鮮明に映し出す。
「あの、あなたはいったい……」
しばらく眺めていると、また同じことを訊かれた。
そういえば、一度も名乗っていなかったな。
「ヴァーリ。ヴァーリ・グレモリーだ」
「悪魔の方ですよね? やっぱり、姉さまの件で私を処分するためにここに……」
よく見てみれば、彼女の体にはいくつもの傷があった。
幸いにも深手は負っていないようだが、放っておけば感染症の類にかかることもあるだろう。
この部屋にも、生活感がない。
中は荒れているし、手入れも行き届いていないときた。
廃墟と変わらないな。
思うに、本来の住居を追われ、姉とやらが殺した主の眷属や親族の配下から狙われている中、かろうじて逃げ延びた、といったところか。
「俺はおまえを捕らえるためでも、殺すために来たわけではない」
「なら、どうして」
目の前の少女の瞳には、なにやら譲れないことへの決意と、自分を、自分たちを襲う世界の規則に抗おうとする強い意志が感じ取れた。
「どうして、か。強いて言うなら、放って置けなかったからだろうな」
強者と呼ばれる者に至るには、ふたつの道がある。
ひとつは、悪意を持って力を際限なく振るい、他者の幸せを奪う道。
もうひとつは、譲れないなにかを護るため、脅威に立ち向かい続ける道。
「俺には、目指すべき者がいる。少なからず、あのひとの影響を受けていたということだ」
ルシファーを名乗っていた頃なら、考えもしなかっただろう。
奴への怒りだけは抑えられないが、まさか、俺が他者を想えるようになるなんて。
「それは――」
少女から声が漏れたとき、外から声が聞こえてきた。
『ここだな! あのはぐれの妹が逃げ込んだのは!』
『気をつけろ、奴の妹だ。いったいなにを仕出かすかわかったもんじゃないぞ!』
外からこちらを囲おうとしているのだろう。
四方から魔力を感じる。
「すでに攻撃準備はできているらしいな」
「えっ……!?」
周りの様子に気づいていなかったらしく、よろめきながら立ち上がる。
主を殺したはぐれの妹らしいが、姉とは違い、戦いには慣れていないのがわかる。
「強さを持ちつつも、いまだ強さを自覚せず、かな」
悪くない。
「だが、物事には順序というものがある」
周りを取り囲む奴らの位置は把握した。
右手に集まる魔力が、いつの間にか思ったよりも多くなっていることに気づく。
「フッ、俺もまだまだだな。自身の感情に揺られ、制御もままならないとは」
サーゼクスの立場というものもある。後々面倒をかけないためにも、消し飛ばすのは悪手。
抑えに抑えた威力の魔弾を、周囲に展開する。
「俺の父に感謝しろ。罪なき小さな者を裁こうとした貴様らの命、いましばらくは現世に留めてやる」
侮蔑と共に放った魔弾は四方に散り、部屋の壁を突き抜け、外へと突き抜けていく。
『があっ!?』
『い、いったいなにがぐぼぉっ!?』
『おい、しっかり――ッ!』
一瞬の出来事に対処できなかったのだろう。
外からは、何度か奇声が上がった。
「手加減はした。三日もすれば正常に動けるようになる」
やはり、こんなところで相棒の力を使うことはなかったか。
いや、当然だな。
それよりも、俺は俺のやるべきことを優先しなければ。
「おまえ、名前は?」
起きたことが理解できずに呆然と佇む少女に問う。
「あっ……白音です」
「そうか。話の途中になっていたが、俺はおまえを保護するためにここまで来た。事情はどうあれ、一緒に来てもらえるとありがたい。安全は、魔王の一人が保証してくれる」
「外の人たちは?」
「倒した。死んではいないが、当分の間は動けないはずだ」
しばらく待っていると、少女は俺の側まで歩み寄り、俺の手を握ってきた。
「助けてくれて、ありがとうございました」
「別にいい。俺がそうしたくて動いただけのことだ。それに、どうあれ俺が動かなくてもキミは助かっていた」
おまえからキミに変わったのを、自然と受け入れていた。
そうしないといけないとか、思っていたわけじゃない。ただ、近づいてきた少女に対し、距離が縮まったのかもしれない。物理的な、でも、心理的な距離が。
「とりあえず、キミを領地まで運ぼう」
手を握ったまま、外へと出る。
すると、すでに転移用の魔法陣が用意されていた。
早めに帰ってこいということかな。
そちらに足を向けようとすると、手を引っ張られた。
「なにかな?」
訊きはしたものの、瞳に映る覚悟から、俺は彼女の願いを察していた。
「姉さまは、確かに主である悪魔さんを殺したんだと思います……でも、私は姉さまに身代わりにされたわけでも、見捨てられたわけでもないのを知っています」
彼女は、小さな声でそう語った。
その後も、話は続く。
「主である方は、眷属である姉さまだけでなく、私にも無茶な強化をしろと言ってきました。偶然でしたが、私は姉さまと主が口論に発展していく様子を、見てしまったんです。その中で、私を護るために、大事に思ってるからこそ、あの人は自分の立場なんて関係なく私を救ってくれた! でもそれは……私が弱いから。いざってとき、自分の身すら守ることができないから!」
白音の独白は、自分を責める意識がこもっていた。それでいて、姉を想う気持ちが多分に含まれている。
「私は、弱いままの私でいたくありません! 姉さまに守られたぶん、今度は私が姉さまを守りたい!」
誰かを守る。
強者と呼ばれる者に至るには、ふたつの道がある。
ひとつは、悪意を持って力を際限なく振るい、他者の幸せを奪う道。
もうひとつは、譲れないなにかを護るため、脅威に立ち向かい続ける道。
「それがキミ――白音の譲れないものか」
「はい」
真っ直ぐに向けられた目。
幼い俺とは違う、家族を想う温かで強い瞳。
「俺にも、似たような時期があった。俺は、手を差し伸べてくれた人たちのおかげでいま、この場所にいられる」
「なら、私も同じです」
「なに?」
「私にも、手を差し伸べてくれる人はいましたから」
微笑み、俺の手を握る力がわずかに増した。
手に感じる力から、俺にも守れたこと伝わってくる。他人に優しさを向けられることに気づいた。
ここに来る前、自分で言ったのではないか。
残された者を守るのが王だ、と。
「俺の譲れないなにか――そうか、中々に皮肉が効いているが、いまの俺には悪くない」
いつか必ず、それを誇れる日も来るだろう。
服の内ポケットに入れてある物を取り出す。
純白の、チェスの戦車に類似した悪魔の駒。
「白音、強くなりたいか?」
「当然です。目の前から家族が消えて泣いている自分なんて、もう見たくないです」
「ああ、俺も、強くなりたいんだ。ずっと先にいる、あの人と並んで歩いていけるように。いつか、あの人に誇れるように」
きっと、こうなることをどこかで望んでいた。眼前に立つ少女が願ったよりも前。
サーゼクスと話していたときから、この状況を望んでいたに違いない。
手に握る悪魔の駒を、白音へと向ける。
「情愛と、力を望む想い。俺は、このふたつを持ち合わせる者を探していた。俺の眷属になれ、白音」
「私に手を差し伸べてくれた人が、ヴァーリさまでよかったです」
こちらの提案に、待っていたと言わんばかりに頷く。
「私、強くなります。それで、姉さまを助けたら、置いて行かれたことと、心配かけさせたぶんの怒りをぶつけるんです」
「それはいい。強くなったところを、存分に見せてやるといいさ」
白音が微笑み、俺から駒を受け取る。
それは彼女の体の中へと入っていき、姿を消した。
「私のわがまま、聞いてくれて、ありがとうございます」
「構わない。俺にとっても、好ましい」
二人して、笑みを浮かべる。
こうして帰った俺たちだが、帰ってからが大変だった。
サーゼクスはことの成り行きを予想していたのか、大らかに頷いていたが、事情を知ったグレイフィアは、俺を危険(だと思い込んでいる)任務に一人で行かせたサーゼクスに雷を落としたりと、次々に予想外の展開が訪れる。
ちなみに、雷は文字通りに落ちた。
それはもう、見事なまでに特大のものが。
魔王の土下座によって事態は収集し、白音の身はサーゼクスによって保護してもらい、以後、俺の監視下のという建前の下、自由が与えられた。
別に監視する気もなければ、自由を縛る気もない。
まあ、強くなりたいと言ったんだ。
そして、俺もそんな眷属を欲している。だとすれば、することはひとつだろう。
「何事も、早いうちからおこなうべきだ」
読んでいた本を机に置き、席を立つ。
強くなるには、特訓あるのみ。
俺は静かに、白音の部屋へと足を向けた。
いかがだったでしょうか?
次回は、駒王学園入学あたりまで話を進めたいと思います。
感想なんかを貰えると嬉しいです。