というわけで、混濁してきた今回はそのまま進んで、この話らしさは次回から戻って来ます。
では、どうぞ。
これまで感情的になって怒鳴っていたライザー・フェニックスは完全沈黙し、縁談相手のソーナも唖然としており、俺と彼女の眷属も声を失っていた。
当然だ。これまで旧校舎にいた面々で平静を保っているのは俺と白音、そして基本何事にも動じないアーサーだけだろう。
「――――とりあえず、まずはあいさつにしましょうか」
俺たちを見ながらそう口を開いたグレイフィアだが、無理だ。
この光景が当たり前となっている俺と白音だけならそれもできただろう。しかし、ここにいるのは耐性のない者がほとんどで、明らかに現状においてかれてしまっている。これではあいさつどころではないぞ。
「グレイフィア、急にやって来るのはいいんだが、出方というものを少しは考えてもらいたい」
「フフッ、珍しいこともあるのね。まさかヴァーリからそんなことを言われるだなんて。やっぱり女王としてより親として会いに来る方が楽しいわ」
ニコリとひとつ笑みを見せたグレイフィアは、悪びれた様子もなく簀巻きにされているサーゼクスから腰を上げた。
「おや、椅子役はおしまいかい?」
その直後だ。
簀巻きにされていたサーゼクスから声が響いたのは。
まさか話すとは思っていなかったのか、イッセーたちがビクリと肩を揺らし、半歩後ろに下がったのがわかった。白音ですら反応を見せたものを、なにも知らないイッセーたちにするなとはこれもまた無茶な話だ。
「はい、サーゼクス様。これよりあなたの『女王』としての務めを果たします」
「うん、それは結構。ところで、これはいつ解いてくれるんだい? 私もそろそろ自由の身になりたいのだけれ……いや、すまない。職務を放り出して出かけた私が悪かった。むしろ喜んで椅子役に徹するとも」
一通り話し終えた――黙らされたサーゼクスは、先ほどと同じように横になったまま静かにしているようだ。
……魔王がしていい格好ではないのだが、いまさらなような気もする。それよりも、真っ先にするべきは眷属への紹介か。
「みんな困惑していると思うから、整理しながら話そうか」
話しかけると、イッセーにアーシア、ルフェイが頷いた。視界の端では匙元士郎たちも気になっている様子が見て取れたので、ソーナに問題ないと身振りだけで伝えておく。
「まず、いま現れたそちらの二人が俺の育ての親だ」
サーゼクスと、グレイフィア。
彼らがいなければ、俺はあの日、きっと暗闇に堕ちていた。誰かを信じることも、救うことも、ましてや愛おしく思おうことなんてできないまま。
「まず、ライザー・フェニックスが言ったように、俺は純血の悪魔じゃない。人間と悪魔の間に生まれたこどもだ。悪魔側の事情は知っていると思うが、純血でもないのに魔王様の養子となっている俺のことをよく思っていない連中は多い」
「そんな……」
アーシアが悲しそうな表情を見せるが、もしかしたら自分と重ねてしまったのかもしれないな。
「純血かどうかで態度を決めるなんて、あっていいことじゃねえ!」
イッセーも反応するが、ああ、そう言ってくれるだけで十分だ。
「悪魔の世界にも重視するべきものがあるというだけだ。人間とは価値観が違う、それだけのことなんだよ。言い方は悪いが、正直俺もいまの在り方には疑問しかなくてね。純血かどうかに重きを置いている時点で話にならないとさえ思っている」
「そ、それもいかがなものかと……」
ルフェイが曖昧な表情で濁すが、聡い彼女のことだ。この僅かな時間で色々なことを想定していたのだろう。
「まずはキミたちに謝罪しよう。俺の立場も話さずに眷属になれと勧めてしまってすまなかった」
「いいっすよ、別に。たぶん、俺はヴァーリ先輩がどんな立場にあったとしても、先輩が先輩でいてくれたなら、きっと眷属悪魔になっていたと思いますし」
「はい、イッセーさんの言う通りです、それに、私たちはヴァーリさんのおかげで救われています」
イッセー、アーシアが即座に言い返し、
「私も、主人の立場程度で人を選ぶつもりはありませんよ。少なくとも、現状に不満はありませんしね」
「ふふっ、みんなヴァーリさんが大好きですよ? 私も、お友達のことは大切にしたいです」
アーサーとルフェイも、笑みを浮かべていた。
おかしな話だ。普通、軽く見られたり差別されやすい主人を持ったら不満くらい言うし、主人を変えろと言われても不思議じゃないはずだ。
「まったく……俺には出来すぎた眷属たちだな。本当に、キミたちが眷属で良かった」
白音は事情を知っていたのでなにも言うことはなかったが、イッセーたちの言葉に頷いていたので、彼女の考えも前と変わらないらしい。
「ま、まあ難しいことはよくわからないってのもありますけどね……それでも、ヴァーリ先輩がいて、アーシアと、白音ちゃん、ルフェイちゃんにアーサーさんがいるのが俺の居場所ですから」
「……そうか。そうだな」
イッセーに釣られ、俺だけでなく、みんなが微笑む。
視線を感じたので振り向けば、俺たちだけでなく、事情をよく知っているソーナからも、普段見ないような緩い笑みが向けられていた。
彼女にも、心配をかけていたからな。この場で解消できたのは嬉しい誤算だ。けれど、俺は忘れていたようだ。そんな平和は長く続かないことを。
カシャ、カシャッとシャッターを切る音が何度も室内に響く。
「おっと、そこのキミ。もうしばらく笑顔を崩さないで欲しい。ああ、そっちのキミも少しだけ我慢してくれ。ああ、今日はなんていい日だ。まさかヴァーリにもこんなに素晴らしい眷属がいるなんて……ううっ、本当に、本当によかった!」
その後も幾度となくシャッター音が鳴り、この場の空気を破壊していく超越者が一人。
「さあ、ヴァーリ! お父さんと語り明かそう! この素晴らしい眷属や友の話をッ!!」
いつの間にか簀巻きから逃れていたサーゼクスは涙を流し、拳を握りながら熱く語る。悪いが俺にはついていけそうにない。これが超越者か……。
正直話すことは結構あるのだが、いまのサーゼクスは興奮状態であり、まともな会話は望めないだろう。
「サーゼクス様、申し訳ありません」
「待て、待つんだグレイフィア!?」
ふざけるのもいい加減にしろといった表情のグレイフィアからありとあらゆる束縛の魔術を放たれ、しかしそれらを回避していく魔王。
待ってくれ、そもそもここに貴方たちがいるのがおかしいのだから、これ以上掻き乱さないで欲しい。
「あ、あれが現役の魔王様か……凄いんだか凄くないんだかよくわからないな」
「ですがいい動きです。これは一度挑んでみたいものですね」
イッセーは呆れと驚きを、アーサーは純粋な戦闘意欲を。
放っておいても被害はないだろうが、ライザーがグレイフィアに捕らえられたままではソーナとの話は進まない。
「すまないな、ソーナ」
「いいえ。私もライザーの言い分にはカチンと来ていたので調度よかったです」
「そうか、カチンとか」
「ちょっと、なにがおかしいのですか!? その笑みを向けるのはやめなさい、ヴァーリ!」
言い回しがらしくなかったので少々笑ってしまったが、目敏く見られていたようだ。おかげで彼女も落ち着けはしただろうけど。
なら、もういいか。
「いい加減やめにしないか、サーゼクス、グレイフィア」
「ヴァーリ、そこはお父さんだよ。ほら、言ってごらん。お父さん、だ」
「サーゼクス様、ここにはどのようなご用件で? 本日は私の管理するこの地ではソーナ・シトリーとライザー・フェニックスの縁談についての予定しかありませんが?」
「辛辣! グレイフィア、ヴァーリが私に対して事務的な反応なんだけどこれは一体!?」
「当然の反応だと思います。仕事を放り出して遊びに行くだなんて、幻滅されても文句は言えませんよ」
「…………だが私は謝らない」
「サーゼクス?」
「なんでもない! いや、私が全部悪いな。明日は真面目にやるとしよう」
同じ言葉を何度聞いただろう。同じことを思ったのか、グレイフィアも珍しいことにため息をついていた。どうやら、俺が駒王町に来て以降もサーゼクスは以前と変わらないみたいだ。
「さて、サーゼクス様への言葉は後にしまして、まずはソーナ様の件からお話致しましょう」
突然、本来の話へと戻って来たので弛緩しきっていたソーナの眷属たちやイッセーがビクリと肩を揺らした。
「これまでの会話やお二人の相性の悪さは十分承知しています。また、本来であればソーナ様とライザー様の縁談についての説明はセラフォルー・レヴィアタン様よりお話いただく予定でしたが、ライザー様の身を案じたサーゼクス様により、この私が仲介人として送られました。ここまではよろしいですね?」
「はい。お姉さまを止めていただきありがとうございます。続きをよろしいですか?」
本気でホッとした顔を浮かべるソーナ。
気持ちはわからないでもないが――いいや、黙っておくとしよう。ソーナの姉であるセラフォルー様はとても激しく危険な方だからな。確かに、ライザー・フェニックスがどうなっていたかはわからない。
「先ほどはヴァーリが止めましたが、彼がいなければお二人はこの場で戦っていたでしょう。そうなることはシトリー家の方々も、フェニックス家の方々も双方が承知していました。正直申し上げますと、これが最後の話し合いの場だったのです。これで決着がつかない場合のことを皆様予測し、最終手段を取り入れる旨を私は伝えに参りました」
「最終手段、ですか?」
「はい。ソーナ様、ご自分の意志を押し通すのでしたら、ライザー様と『レーティングゲーム』にて決着をつけるのはいかがでしょうか?」
こんな空気にしてしまったのは私の責任だ。だが私は謝らない。
次回はきっとライザーの妹さんが登場するはず! つまり……そういうことさ。