Ichika side
あの日をきっかけに、僕と『
記憶を失っても、心の奥底に染み付いた大切な『想い』。
あの日、初めて『幸せ』を知った。
それだけで世界が変わったように見えた。
それだけで僕自身が変わる理由になった。
その日々はとても綺麗な思い出をたくさん作った。
綺麗な思い出が蘇る。
彼女は『
その日は誕生日から、一月と少したった五月始めに体験した。
初めて理由の無い『優しさ』を知る記憶。
〜五月一日〜
「今日の訓練はここまでにしましょう。」
月の始めを含め一月の間の何日かは訓練を早めに切り上げる。
この小屋で生活する為に、山を降りて生活必需品を買いに行くからだ。この小屋は山の中にある。山で暮らす為に必要な物や足りない物が増えてくる。住んでいるのは二人だけだが、月の始めに買いに行かなければならない。
この小屋はある山は『ーーー国』の中にあるが、『○○○国』との国境近くにあり、『○○○国』側の山麓にある街から『○○○国』になっている。
『ーーー国』は天界が『神を決める戦い』の為一時的に女尊男卑が入らないよう管理しており、『○○○国』は女尊男卑の風潮が漂っている。その為二つの国は冷戦状態で、天界の管理とアラスカ条約がなければすぐに戦争を起こしそうな程国家間が荒れている。
山を降りたらどちらの国側にも街があり、世界が女尊男卑の風潮にある為に『ーーー国』側の町より『○○○国』側の町の方が発展している。
その為、先月は女であるルナが『○○○国』側の町に行った。
俺の誕生日に早めに切り上げたのも、料理などを少しでも豪華にする為にわざわざ下山して行っていたと知ったのもついこの前の話である。
「わかった。これから今月も買い出しに行くんだろ。だったら俺は、自主訓練でもしてるよ。」
女尊男卑の風潮がある『○○○国』側の町に男の俺が行ける訳も無く、先月は修行をしていた。
「いえ、今度はイチカが買い出しに行って下さい。」
「えっ?」
俺はその言葉に耳を疑った。
「えっともう一度言ってもらって良いかな?」
「だから、イチカが行くんですよ。」
俺は聞き間違いだと思いもう一度聞いてみると彼女は呆れたようにそう言った。
「はあ、何でこんなことに......」
街は活気付き、俺は足りなくなった日用品を買っていた。
『私は女尊男卑の強い『○○○国』に行けとは言いません。ですが、貴方は演技力以前に、コミュニケーション能力が足りません。そんなことでは、神を決める戦いには勝利できませんよ。だからまずは、『ーーー国』側の街に行って買い物をして来てください』
「そんなこと言われたって.........」
ルナに言われたことも一理ある。
この世界は女性が優先される世の中だ。そんな世界に俺みたいな『化物』が暮らせる場所など殆どないようなものだ。
(買い物ってあんまり好きじゃないんだよな)
元姉兄の料理を作っていたが、買い物をするのも自分でやっていた。その上、買い物をしている間に暴力を振るってくるものもいたものだ。思い出すだけで腹がたつ。
「くだらないな。」
「何が、くだらないんだい。そこの坊ちゃん?
うちの店の前でそんなこと言わないでくれよ。」
俺が声に反応し誰かが声をかけてきた。声のする方を見ると四十代後半の女性が屋台で果物を売っていた。
「へえ、あんたは何で俺みたいな男にそんな風に言うんだよ。今の時代の普通ならもっと威張って俺に難癖付けてきたりするはずだろう。」
「は?へえ、あんたそう言うこと。こりゃバカらしい。ふはははははははははははははは!!!」
俺の言葉に女性は一瞬驚き、その後突然笑い出した。
「何がおかしい!!!」
「いや〜悪かったね。あんたがこの街の人間じゃないことに驚いてね。私も珍しかったんだよ。あんたみたいな人間がこの街以外にいるのがさ。」
女性は済まなそうに俺に謝った。
「私の名前は『トゥバ』。ここで店屋やってる。それで、あんたの名前は?」
「俺はイチカ。こっちは買い物途中でな。用があったらまたくるよ。」
「ちょっと待ちな。」
俺は買い物に戻ろうとしたが、トゥバに呼び止められた。後ろを振り向くと赤い何かを投げてきた。
「それ持ってきな。果物を買うんだったら私のところに来な。安く売ってやる。」
赤いリンゴだった。
「ありがとう。」
そして俺は買い物袋背負ってスーパーに向かった。
「ただいま、ルナ。料理、今日が俺が作るよ。」
「お帰りなさい、イチカ。今日は何だかご機嫌ですね。」
「何が?」
「貴方が進んで料理をしようなどと言ったのは初めてですから。」
(そう言えばここで料理を作るのは初めてだったな)
料理を作るのは正直あまり好きではないが、今日はなぜかやりたいと思っていた。
「そうだったな。
料理をするのは久しぶりだから上手くいくかわからないが、やってみるさ。」
「ええ、期待してます。」
その日の食卓は自分の作ったものなのにとても温かい優しい味がした。
その日から僕は『
ルナに作った料理はきっと味に違いはなかったが、それは自身が『優しさ』に触れて変わった結果のだろう。
『幸福』
それは僕が与えられていたものだ。
あの日々はきっと僕にとって人生の中で一番幸福だっただろう。
今度は僕が『幸福』を与える記憶。
自信はないが、彼女はその日『幸福』だったに違いない。
無知な僕が時間がなくて、拙くても成功させようとした記憶。
笑って、怒って、泣いて、楽しんで、でも最後には笑って。
きっとこの『幸福』な記憶で自分が最も彼女について考えたのはこの記憶だろう.........
〜十月四日〜
「はあ⁉︎明日!!!」
ふと、自分の誕生日を思い出し、今度の誕生日は俺がルナに祝おうと意気込んで聞いてみたが、ルナの誕生日は十月五日だった。
「もう私も十六歳。流石に祝われる年齢ではありませんよ。」
自重するように言ったその言葉は何故か寂しげだった。
「それに貴方、まだ口調が直っていませんね。ロベルトさんみたいに、ちゃんと『僕』とか『です』、『ます』を使いなさい。
私の誕生日どうこうよりそれをさきに直してから言ってください。」
コミュニケーション能力が上がってきたせいか、最近になって口調まで直そうとしてくる。今の世の中、口調を間違えるだけで男は批難を受ける。それを心配してそう言っているのであろうが、今の彼女自分の誕生日の話題を無理矢理変えようとしているようにしか見えない。
俺はその姿に腹が立った。
「もういい!今日の訓練は無しにして、明日の買い物に行ってくる!!!」
「ちょっと待ちなさい⁉︎イチカ!!!」
ルナの制止を振り切り、俺は山を降りた。
「トゥバいるか!!!」
俺はトゥバの店にきた。
この店には果物を買う以外に
「何だい、そんなに急いで?
まだ私の店は開店してないよ。」
「今回はレシピを買って欲しいんだ!」
「おお!レシピか!!!
最近売っているメニューは特にに人気でな、新しいレシピを売ってくれるならありがたいからな。」
俺はトゥバにレシピを売っている。
レシピは俺が昔に作っていた料理を少しアレンジしていたもので、それを売って以降、トゥバの店は果物の売買のほかその果物を使ったパイやケーキなどが、人気になっていった。
今ではもう果物屋とは言えなくなっているが.........
「ふむ、これなら人気になりそうだ。
代金ならこれくらいでいいか?」
トゥバの集計が終わったらしい。
「ありがとう!じゃあなトゥバ!!!」
「おい、ちょっと......」
代金を受け取ったらトゥバの店をすぐに出た。
急いでルナへのプレゼントを買いに行く。
「わからない.........」
夕方になり辺りが暗くなってきた。
一通り街のアクセサリーを売っている店を調べたが、この街自体男性の方が人口が多く、男性用のアクセサリーばかり売っている。
(ルナの好きなものをもう少し知っていればよかったな)
今更なが後悔していた。
「明日、もう一度探しにくるか.........」
そろそろ帰ろうかと思い始めたときだった。
街の外れ一件の屋台が小物を売っていた。
「いらっしゃい。何にしますかお客さん?」
その店で売られているものは女性用のアクセサリーが売られていた。
宝石がはめられた腕輪がいくつか目に入る。
ひとつ眼を見張るものがあった。
赤い斑点がある艶やかな宝石を中心にシンプルな造形をしている腕輪。
「これは?」
「おおっと、これは『ブラッドストーン』のブレスレットですな。少しお高いですが、これくらいでよろしいでしょうか?」
(『ブラッドストーン』の宝石言葉は......)
日本円で計算すると数千円はする。
自身の年齢が買うには高すぎる値段だ。まだ他の店があるかもしれない。だが、それ以上に彼女に最も似合う宝石言葉だと思う。
今日のレシピ代より低い値段なので十分払える値段だ。
「これに決めた。このブレスレットをくれ。」
「ちょうどいただきますね。ありがとうございます!!!」
家路へと急いで戻る。
すでに太陽は沈み、空には満天の星空が見える。しかし、山道は暗く染まり道は殆ど見えない。
山小屋の明かりを頼りに走り、1時間ほどで漸く山頂にたどり着いた。
「ただいま!!!」
「どこ行っていたんですか!!!」
彼女は玄関で怒って立っていた。
「えっと、街で少し買い物に.........」
「これのどこが少しですか!もう夜の9時ですよ!!!
今の時間帯ならもうお風呂も上がり終えています。しかしイチカは全然帰って来ません。貴方が帰って来なくて私がどれだけ心配したかわかりませんか⁉︎」
目に少し涙が見えて、俺は動揺する。
「あんたの誕生日プレゼントを買っていたんだが、思いの外手間取って、こんな時間帯になっていた。」
手に持った袋を渡す。
「えっ?」
「あんたの誕生日プレゼントだ。」
「開けてもいいかな?」
彼女は驚いた後、少し恥ずかしそうにそう言った。
俺は首を縦に降る。
彼女は袋の中にある箱を開ける。
「ブレスレット?」
「その宝石は『ブラッドストーン』。宝石言葉は、『救済』。
俺はあんたに救われた。だから、あんたに最も似合う宝石を選んだつもりだ。」
「そんな......私が......」
彼女は涙をこぼし始めた。
「おい⁉︎大丈夫か?」
ガシッ!!!
ルナは俺に突然抱きついた。
「ありがとう.........本当に、ありがとう......」
彼女の感謝の言葉は俺に『幸福』与えても、与えられても素晴らしいものだと教えてくれた。