大和VSクリス、決着。
side クリスティアーネ・フリードリヒ
そんな話は聞いていない。いや話していないからこその
いや違う、認めろ。気付かなかった自分が悪いのだ。
大和が不正をしたわけでも、ジン兄殿が不公平な説明をしたわけでもない。ただ自分が言外に含まれた意味に気付けなかっただけだ。
タカが言っていたように、ジン兄殿は1度も『攻撃してはいけない』とは言っていない。ルール説明の時に言葉にしたのは『宝物』を“争奪”する事。泥棒役は“死守”して警察役は“奪取”する。
これだけを聞けば『宝物』をめぐって争うことは当たり前に考えられる。だが次に続いた『ゴール』と『制限時間30分』と言う言葉と、競技の名前に『レース』がついているという事が、その考えを気付かせないための
だが気付かせる要素はもう1つあった。それがメンバーを選ぶ時だ。
ジン兄殿は自分と大和の仲間に犬、京、タカ、まゆっちの4人から選べと言った。良く考えれば全員が武道をやっている。その4人の中からメンバーを選べと言う事は、言外に闘うかもしれないと言っているようなものだ。
そして大和はそれに気付き、自分は気付かなかった。
ただそれだけだ。
だが、だからといって自分が負けるとは思っていない。奪い合いに闘ってもいいと言うのならこちらが俄然有利だ。武器を持っていない状態でも自分なら京に勝てる。
そしてこちらにはタカがいるという事だ。タカは犬や京よりも強い。あの朝の登校の時に見た強さからの推測だが間違いないだろう。2対1という事もあるが、少なくとも今この現状で自分たちが負ける要素はどこにもない。
「なるほど。この場に留まったのは
「そだね。気付いたの大和だったけど」
やはり大和か。つまり京がここに留まったのは作戦通りという事。それほど京の強さを信じているのか? いやそれはないはずだ。付き合いの短い自分ですらタカと京、犬との力量差が見抜けているのに、幼馴染みの大和が理解していないはずがない。
今この勝負をしている5人の中で1番強いのはタカだ。それはなにがあろうとも変わることのない事実。ならば何故だ。何故大和は京をこの場所に留まらせた。
考えられるのは時間稼ぎぐらいだが……そうか。林をショートカット出来る犬が大和を連れてここに来るんだ。そうすれば人数的に3対2になる。さらに犬は間違いなくもう片方の設置ポイントの『宝物』を手にしているはず。
その状態で京と合流し、2つの『宝物』を持って大和がゴールへと向かう。全員が一堂に会した場所から離れていけば、後ろから追い付かれる心配をする必要がない。それに大和が離れても状況は2対2。大和がゴールするまでの時間稼ぎ位なら犬と京なら出来る。
そういった作戦か!
「戦いの最中に考えごとはしない方がいいよ」
目の前にいた京の繰り出した拳をかわし、大きく間合いを取るため後ろに飛び退く。その空いた間合いを塞ぐようにタカが自分と京の間に立つ。だが京もタカとはまともに闘う気はないのか慎重に間合いを取りながら後ずさる。
「タカ!」
「邪魔をするなっていうのはナシでお願いねクリスさん。勝つためにはまず、京ちゃんの持ってる『宝物』を奪わないといけないんだよ」
そんな事は分かっている。だが自分たちが勝つことのできる条件はもう1つあるはずだ。
「
今、京はなんと言った?
自分の前に立つタカも同じように呆然としているのが雰囲気で分かる。そんなタカが意外だったんだろう、京は少しだけ驚いたような声を上げた。
「あれま。さすがのタカでもそこまでは気付いていなかったんだ」
待て、それはいったいどういう意味だ? いや、問いただす前に思い出せ。ジン兄殿はルール説明の時に何と言った?
確か泥棒役の勝利条件と警察役の勝利条件。その後に制限時間が30分と説明して……
そうだ! 確かに
だが待て! では何故制限時間を決めたのだ! 経過しても勝者がないのなら制限時間を設定した意味がないではないか!
いったいどういうルールになっているんだこの勝負は!?
side out
side 直江大和
そろそろ京がクリスに
自分が考えた作戦とはいえ、絶不調の体調で林の中の獣道を1人で走るのかなりキツイ。いや体調が悪くなくても俺には十分にキツイんだけどね。
ワン子から受け取った『宝物』の兄弟のサインが書かれたボールを眺めながら、この『変則ケイドロレース』のルールを思い返す。
この勝負、確かに『宝物』の争奪が鍵になる。人数や開始地点の関係上、泥棒役である俺たちが確かに有利に見えるが、ルール上は圧倒的に警察役が有利だ。なにしろ警察役はどちらかの『宝物』を奪えば勝ちなんだからな。
だが『宝物』が2つあり、遠回りのルートの方にも設置ポイントがあるという事が、実は泥棒役に有利に働く。それが何故かというと、警察役の行動を予測し易くしているからだ。
どちらか一方を確保すればいい警察役にしてみれば、どちらの道を選ぶかは明白。泥棒役の方が開始位置が近いのだからわざわざ遠回りのルートの方に行くメリットは何もない。十中八九、近い方の正規ルートに行くのが予測できる。
ルートごとの設置ポイントに向かう順当な作戦を取れば、正規ルートの方は2対1の状況になりうるが開始位置が泥棒役の方が近い場所にあるから、先に辿り着け『宝物』を確保する事ができる。それに遠回りルートの方は警察役が来ないのだから当たり前に確保できる。
そこまでくると状況上有利な泥棒役と、ルール上有利な警察役が五分五分の状態になるんだ。
そしてこの状態になるからこそ、
『争奪』『死守』『奪取』の意味。そしてメンバーを選ぶ際の4人が全員武道を習っているという事実。『レース』と『制限時間』の言葉に惑わされずに気付かなければならない
『相手への攻撃も有り』というルールに気付けば作戦はガラリと変わる。この勝負は『速さ』だけが求められるんじゃない。全てにおいてチームとコンビの『総合力』が問われるという事だ。
しかしまあ良く考えたものだな兄弟も。俺でもきちんと全てを把握するのに数分はかかったぞ。
それから制限時間の事。悪いがクリスたちには混乱してもう事にした。京の事だ、遠回しに誤解させるような説明をするに違いない。
だけど兄弟も人が悪い。意図的に制限時間が過ぎた場合の勝者の事を口にしなかったな。普通に考えれば警察役の勝利だと分かるはずだが、言葉にしなかった
あの制限時間の設定は勝負を長引かせないためのもので、『攻撃も有り』という
ルール説明時に読解力も求めるのはかなり厳しいだろ。
そしてもう1つ。俺の体調を
と、もうそろそろ例のあの場所に着くな。時間的にもワン子も京たちのいる正規ルートの設置ポイントに着いた頃だろう。
合流後は状況を維持しつつ後退する作戦を間違いなく実行しているだろうが、俺の方があそこまで5分で着けるか? それ以前にまたあそこから飛び降りなきゃいけないのは体調的には物凄くキツイ。
たぶん俺の作戦は兄弟と姉さんには動きでばれていると思うけど、俺の意思を尊重してくれているから止める事はないだろう。
「げほ、ごほ」
正直、かなりヤバくなってきた。走り続けることで体調は刻一刻と悪化の一途をたどってるな。止まるともう走れなくなりそうだ。
「着いた……」
息を切らしながら足を止める。眼下には川。この場所は昨夜、ガクトの甘言に惑わされて覗きに行った時、逃げるために凛奈さんに突き落とされた場所だ。
ここから川に飛び込んで進めば、正規ルートの橋と交差してゴールへの最短最速のショートカットになる。そう、飛び込めば。
暗かったから分からなかったが、日中に改めて見ると思ってた以上に高いぞ。いくら下が川だったとはいえよく風邪だけで済んだよな俺も。ガクトに至っては風邪すらひいてないっていうのに。
たぶん凛奈さんは怪我をしなように突き落としたはず。そして今の俺は風邪をひいて熱も出て体調は最悪。下手すりゃ怪我じゃ済まないかもしれない。
だが飛び込まないという選択肢は持ち合わせてはいない。本気で勝ちに行く時は常に勝ち続ける。それが俺の意地だ。
「行くぜ!」
奮い立たせるように声を上げ地面を蹴る。
今の俺の気力を支えているのはその意地と誇りだけなんだよ!
side out
side クリスティアーネ・フリードリヒ
ああもう! 何がなんだか分からなくなってきた! 結局自分たちが勝つにはどうすればいいのか全く分からないではないか!
京の言葉が正しいと言うのなら勝負のルール上、警察役が勝つ事など不可能だ。だがあのジン兄殿がそんなルールを作るわけがない。説明を受けたルールは間違いなくどちらにも有利不利になるものだが、警察役に勝利条件がないとなると勝負自体が成立しなくなる。
大和の体調を考慮しての勝負かと思ったが、勝負のクジを作ったのは昨日の夕食前だと聞いた。大和が風邪をひいたと分かったのは今朝になってからだ。それに大和が確実にあのクジを引くなんてことは予想できない。
ルール説明時に咄嗟に変更したとも考えられるが、それはジン兄殿やモモ先輩、キャップに対して失礼だ。勝負は公平にすると宣言していたではないか。
ならばやはり制限時間に対しても
「だから戦いの最中の考えごとはしない方がいいよって言ったでしょ?」
「くっ」
またしても目の前にいた京。放たれた蹴りを何とか身を捻ってかわし再度大きく間合いを取る。追撃を掛けようとしていた京だったが、横からのタカの攻撃に慌てて飛び退く。
さっきから自分を標的に狙い、タカの攻撃に対しては過剰なほど間合いを空けてよける。やはり闘えば不利だという事を理解しているようだ。
つまり、自分たちが積極的に2対1の状態に持っていけば、間違いなく京の持っている『宝物』を奪う事が出来る。
だがこの正々堂々の勝負を2対1にする卑怯な事は自分には出来ない。それ以前にもし『宝物』を奪えたとして自分たちの勝ちが確定しない以上、無意味ではないだろうか?
「クリスさん! 戦いに集中して! さっきの言葉は京ちゃんの
なに?
「制限時間の設定に深い意味はない! ジン兄は口にしなかったけど、時間が経過すれば僕たちの勝ちなのは間違いないよ! 30分なのも大和君の体調を考えての時間なだけ!」
「あれま、バレちゃった」
考えてみれば確かにタカの言う通りだが、悪びれない京に怒りが込み上げる。。
「嘘をついたのか! 京!」
「嘘はついてない」
「なに!?」
「さっきタカも言ってたじゃん。ジン兄は時間経過した時の勝者を言っていない。私は事実そのままに言葉にしただけ」
聞きようによっては屁理屈にしか聞こえないが、確かに京の言う通りだ。どんな意図があったかは分からないがジン兄殿が言葉にしなかったのは事実で、京はその言葉通りに言っただけ。
この場合、どちらに対して自分は怒ればいいんだ。
いや違うな。読み切れなかった自分が1番悪いのだ。この勝負が『総合力』を求めている以上、ルール説明の時に正しく理解する読解力が求められていたという事なのだろう。
大和は勝負開始時点でそれに気付いていた。そしてれも含めての作戦を立てた。そして今、京が不利な状況にもかかわらず自分たちと闘いこの場所に留まり続けている。
そこから導き出される答えは1つ!
「やはり犬が来るための時間稼ぎか!」
「その通りよクリ!」
言葉と共に林から飛び出してきた犬が、タカに向かって勢いそのままに飛び蹴りを放つ。気配を察知していたであろうタカは腕を上げてその蹴りを受け止める。
だが犬は器用にもタカの腕を踏み台にすると、弧を描いて京の隣に着地した。
「来たわよ! 京!」
「ちょっと遅いワン子」
宣言した犬に苦言を呈しているが、顔が笑っているぞ京。後は大和が来るだけだろうが、一向にその気配が感じられない。これはどういう事だ?
「おい犬。大和はどこだ」
「作戦なんだから言うわけないでしょ。バッカじゃないのクリ」
「なんだと!?」
言うにことかいて馬鹿だと!? お前には言われたくないぞ犬! っと、いかんいかん。冷静になれ。下手な挑発に乗るのは得策じゃない。
犬の言う通り、大和が来なかったのはきっと何かしら作戦なんだろう。恐らく犬が受け取った『宝物』は大和が持っている。だが京が受け取った『宝物』はまだパーカーのポケットに入れたままのはず。大和が勝つには2つの『宝物』をゴールまで運ばなければいけない。
必ずどこかで受け渡しがあるはずだが……俄然、状況は自分たちに有利だ。2対2になったことで遠慮なく闘わせてもらう。それに自分とタカ。犬と京。戦力は明らかに自分たちの方が上だ。
どんな作戦を考えたかは分からないが、お前のその作戦、正面から打ち破らせてもらうぞ、大和!
「京、あと何分?」
「3分。
「それじゃあ、さっさと実行するわよ!」
「言われなくても!」
何やら相談をしていたかと思ったらいきなりきびすを返し坂道を下っていく犬と京。ってちょっと待て! 自分たちと闘うための相談をしていたのではないのか!?
「クリスさん!」
「分かっている! 追うぞ!」
いきなりの行動に呆気にとられたがすぐさま追いかける。自分は闘う気満々だったのに何か気分を削がれた感じだがまだ勝負は続いている。
不意を突かれてかなり差が開いていたが、犬が京に合わせているのか徐々に距離は詰まってきた。だがこれも解せない。走力なら犬の方が速いのだから『宝物』を犬に渡せばいいのに未だに京が持ち続けている。
いったお前はどういう作戦を立てたんだ、大和。
もうすぐ橋。だがその前で追い付く。そう思った時だった。
「【
いきなり立ち止まった犬がしゃがみ、追い付いた自分たちの足を刈るような蹴りを放ってきた。急な攻撃にもなんとか立ち止まり脚に負担がかかったが飛び退いてかわす。
その間に京は橋の中央に着き、パーカーのポケットから『宝物』を取り出したかと思ったら、何を思ったのか川下に向かって思いっきり投げ飛ばした。
いったい何を!?
そう思い先ほどの1回だけで攻撃をしてこなくなった犬を追い越して橋に辿り着く。そして橋から川を覗き見た時、大和の作戦を全て理解した。
「しまった!」
自分の視線の先に、川下を走ってく大和の背中があった。
side out
side 直江大和
ドンピシャ! さすが京! ナイスコントロールだ!
飛んできたボールをキャッチ。あとはゴールに向かって全速力で走るだけだ。きびすを返した時にチラリとクリスの姿が見えたが、あそこから全速力で追いかけてきたとしても、ギリギリ俺の方が先にゴールに着く。
ワン子と京にはこの後はクリスたちの邪魔をするなと言ってあるから、間違いなく追いかけて来るだろう。あとは俺とクリスの純粋な速さの勝負だ。
「げほっ、ごほっ」
川に入ったせいでさらにさらに体調はヤバい。今止まったら間違いなく歩くことすらできなくなる。だから走り続ける。
「ハァ、ハァ、負けるわけにいかないんだよ!」
俺をどこか侮って見下しているクリス。その考えを粉砕したかった。もはや誇りなんてどうでもいい。もう意地だけだ。
汗だくになって、水浸しになって、ふらつく足を鞭打って走る。こんな姿、本来の俺のキャラとはかけ離れている。誰にも見られなくて良かった。ってかなんで俺はこんな時までつまらない見栄を張ってんだよ。
「くっ」
くだらない事を考えたせいか一瞬だけ視界が暗転した。だがここで気を失うわけにはいかない。気合を入れろ!
「揺るぎない意志を糧として闇の旅を進んでいく!」
好きな言葉を口にして意識を繋ぎとめる。
走れ! ゴールまではもう少しだ!
体に言い聞かせて顔を上げる。ゴール地点でキャップが手を振っている。その向こう、山道の方から疾走するクリスの姿が視界に入った。
最後まで勝ちを諦めないのはさすがだ。俺に追い付けば『宝物』を奪うなんて簡単だもんな。
だが! ほんの少し遅かったな!
「俺の、勝ちだぁぁぁ!!」
最後の力を振り絞って地面を蹴る! 受け止めてくれよキャップ!
「ええぇぇ!? 飛び込んでくんのかよ!?」
「よけるなよキャップ!」
何か喚くキャップに兄弟が注意しているが、今の俺には言葉なんか全く聞こえていない。1秒でも早くゴールする事が何よりも先決だ!
勢いのまま俺はキャップに突っ込んだ。
「どわぁぁ! ビチョビチョだぁぁ!」
「勝者! 直江大和!」
息を切らし、キャップにもたれかかる俺の耳に、兄弟の上げた勝者の名乗りだけはしっかりと届いたのだった。
あとがき~!
「第82話終了。あとがき座談会、司会の春夏秋冬 廻です。今回のお相手は――」
「う~い。直江大和です」
「体調悪いのに呼んで悪いね」
「いやいや別にかまわないよ~」
「クリスに勝てて少し機嫌がいいね。さて今回のお話ですが、読んでの通り最終勝負の決着となりました」
「なんか、勝負状況の描写というより、俺とクリスのルールに対する考え方の話になってるぞ」
「あははは、否定はしない」
「否定しろよ……なんでこうなった?」
「実は状況の描写にしたら今回、文字数半分にも満たなかった」
「半分にもって……なんで?」
「考えてみろ。京とクリス、緋鷺刀は牽制程度の軽い争いをしているだけ。君と一子はただひたすら走ってる。一子は合流してもすぐ走って逃げて、最後は君が京からボールを受け取ってゴールする。これを文章にすると3000文字ぐらいで終わる」
「それで1話書けるぐらいになれよ……まあそれは置いといて、ところで今回の俺の行動、原作とほとんど変わらないじゃないか」
「うん、君の行動と最後の結果だけは原作と同じにしようと考えてた。それに原作で京とクリスが取った作戦を織り交ぜて、今回君が考えた作戦という事にした」
「勝負内容が変わったなら俺の行動も変えろよ……」
「クリスに認めさせるには体調の悪さも鑑みずに行動する方が説得力が出るでしょ? だから原作通りの行動にした」
「納得できるけど納得したくない」
「あはは、君にしてみればそうだろうね」
「笑い事かよ……まあいい。それで次回は?」
「箱根旅行の最終話かな? 書きたい事が多くなれば2話に増えるかも」
「相変わらず計画性ないな」
「あはは、そうだね」
「朗らかに肯定するなよ……」