なんでこんなに展開遅いんだろう……
――2009年 5月5日 火曜日 AM8:00――
side audience
3日目の朝。
旅館の朝食はバイキング形式だった。各々が自由に食べたい物を皿に取り自分の席に戻る中、数ある席の一角に大量の皿が置かれたテーブルがあった。
信じられない光景かもしれないが、この大量の皿にのっている食材を消化しているのは1人の少女――川神一子である。
「しかし、改めて見ると凄まじい食欲だな、犬は」
「私はご飯の代わり程度です」
「まゆっちもなかなかだと自分は思うぞ」
「夜明けぐらいに起きて山の中で修行してきたもん」
お腹が空いている理由を聞くが、同じように朝練をしていたクリスでも一子のような量の食事はお腹に入れるのは無理だと思っている。でもここまで威勢のいい食べっぷりは見ていても不快感はない。
「お前はこの先も病気とは縁がなさそうだな」
「うん! そう思い込んでるし」
「毎日激しい鍛錬・たっぷり食事・寝たいだけ寝る。ワン子に病魔が入る込む隙、一切なし」
感心して言うクリスに天真爛漫に答える一子。京もそれを肯定するような言葉を続けた。そんな2人を微笑んで見ていたクリスは、隣で食事をしている由紀江の手元に視線を落とした。
「まゆっちは食べ方も綺麗だが、箸の使い方も完璧だな」
「ああ。育ちの良さがにじみ出ているな」
「そ、そんなものでしょうか?」
急にクリスと百代に褒められて恐縮するしかない由紀江。彼女のしてみれば物心ついた頃から躾けられて覚えた事で、家族みんなも同じようなものだから完璧と言われてもピンとこないのだ。
「まぁここに露骨な比較対象がいるし」
勢いよく料理を口に掻き込む一子を呆れたような目で見ながらの京の言葉に、百代が少しだけ苦笑を浮かべて答える。
「ウチは食事作法は奔放な方だからなぁ。仲間内で箸の使い方が上手いのはジンとタカと大和だな」
ここにない男性陣の食事風景を思い出しながら言葉にする百代。それに感心したように頷いていたクリスは、少しだけ落ち込んだような声音で言葉を発した。
「自分もそんなに悪くないと思っていたが、まゆっちの食べ方を見るとまだまだ未熟だと痛感している」
そう言って落とした視線の先にあるのはアジの開きが乗った皿。クリスの言うように由紀江の食べたものと比較するとずいぶん食べるところが多く残っていた。
元々、箸を使う文化のないドイツ人のクリスなのだから別に落ち込む必要はないのだが、クリスはそうは思わないらしい。
「日本に来てまだちょっとでここまで馴染んでるなんて、私には凄すぎると思いますよ」
そんなクリスに由紀江は箸の使い方はもちろん、日本の風習に早くも馴染んでいる事を称賛する。自分が未だに仲間と完全に打ち解けていないのに、異国人であるはずのクリスが自分よりもみんなに溶け込んでいる事が羨ましいのだ。
「ああ。気にするな。少しずつ進めばいい」
そんな由紀江の心情を察したのか、百代は穏やかな声でクリスにも由紀江にも励ましになるような言葉を掛けたのだった。
「そういえば、大和さんまだ寝ているんですかね? 部屋を出る時はまだ布団の中でしたけど……」
心配そうな由紀江の声に京は昨夜の大和の状態を思い出す。
体調が悪そうだったのに自分のせいでさらに悪化させてしまったのではないかと思い、ちょっとだけ反省する京。大いに反省しないのは未だに看病して好感度を上げる隙を探しているからだ。
「さっさと起きて朝ごはん食べればいいのにね」
「ま、ジンも部屋に行ったし、男たちが起こして連れてくるだろう」
「私、ちょっと様子を見てきますね」
楽観的な川神姉妹にそれに同意するように頷く京とクリス。だが由紀江だけは朝の起きた時の気配で大和の様子が少し変だと感じていた。取り越し苦労になればいいと思いながらも席を立ち部屋へと向かうのだった。
side out
side 篁緋鷺刀
大和君は風邪をひいた。
昨日の夜、宣言していた岳人君と一緒に他の旅館の女湯を覗きに行ったけど、途中で警報装置に引っかかり逃げようとした時に、一緒にいた凛奈さんに川に突き落とされたらしい。
キャップと卓也君と一緒に露天風呂に入っていた時、ずぶ濡れで飛び込んできた大和君たちから聞いたけど、自業自得としか言えないよね。って言うか凛奈さん、貴女は何がしたくて一緒に行ったんですか。
でもまあそれは置いといて、岳人君も一緒に川に落ちたっていうのに、風邪をひいていないのはなんでだろうね。やっぱり『○○は風邪をひかない』ってのは本当なのかな。
とりあえず今はジン兄に言われてフロントに解熱剤をもらってきたから、早めに部屋に戻ろう。
今日はクリスさんとの勝負だけど、大和君の性格なら無理してでもやりそうだな。卓也君は止めるだろうけどまず止まりそうにないね。大和君、根は凄い負けず嫌いだし。
ジン兄に期待したいけど、あの人は無茶な行動でもその結果に自分で責任を取る気概があれば、相当ヤバくならない限り止めないしなぁ。
とりあえずやるだけやらせて、本当にヤバくなりそうだったら止める。という方向に行くんだろうな。きっと。
そう思いながらも廊下を進んでいると、部屋の扉で聞き耳を立てているまゆの姿があった。でも気配を消し切れていない。あれだとジン兄は当然として、恐らくキャップにもバレるね。
「にゃ、にゃぅーん」
いきなり猫の鳴き真似をして安堵の溜息を吐いたかと思ったら、今度は何を言われたんだろうか、ラップ調?で猫の鳴き真似を始める。
「にゃーにゃっにゃっ、にゃっにゃっ、にゃ」
「なにやってんの、まゆ?」
「うわっひゃぁ!?」
さすがに可哀想に思えたから声を掛けると、まゆは10センチほど飛び上がった。振り返ったその表情は驚愕と羞恥で真っ赤になっていたけど、声を掛けたのが僕だと分かりホッとしたのか小さい気を吐いた。
「ヒロ、まゆっち連れて入って来い」
ジン兄の声に扉を開けてまゆを促して部屋の中に入る。
布団にうつ伏せに寝ている大和君の背中にジン兄が両手を置いている。気休め程度だけど体内の気の流れを調整しているんだろう。活性させて直りを早くしているのか、停滞させて症状を分からなくさせているのかは判断できないけど。
「あ、あの。私みなさんを呼ぼうと部屋に来て……そしたら」
「うん。聞いたって事だね。だからお願いなんだけど、俺が熱出してる事、秘密にしてほしいんだ」
見つかった事の言い訳を始めるまゆだったが、それを強制的に遮るように大和君が言葉を発する。声音からしてお願いじゃなくて命令になってる。
「あ……でも……」
「おいおい。無理はよくねぇ。よくねぇよー。体大事にしないで知能派名乗れるかっちゅー話だぜ?」
「松風のそう言ってますし、ここは」
言いたい事は分かるけどねまゆ、それは松風じゃなくてまゆ自身が言わなきゃダメだよ。それじゃあ大和君は納得させる事は出来ないよ。
「ひ・み・つ・で」
「あぅあぅあぅ……わ、分かりましたぁ」
うん。笑顔で言う大和君が怖かったのも否定しないし責めるつもりもない。けど本気で止めたければそこで引き下がらずにもっと強気で言わなきゃダメだよ。
金曜日の事件の時に『対等な仲間』って言ったけど。まゆも分かっているとは思うけど。なかなか勇気を振り絞れないんだろう。
僕も結構勇気を振り絞ったけど、それが意外と大変なんだよね本当に。
side out
side クリスティアーネ・フリードリヒ
自分と大和は今、昨日釣りをした河原で対峙している。これから昨日決めた決闘を始めるためだ。
キャップとモモ先輩とジン兄殿が自分と大和の間に立ち、他のみんなは少し離れたところでこちらの経緯を眺めている。まあ、観客というわけだな。
「これよりクリス対大和のタイマンを行うぜ」
「進行はキャップ、ジャッジは私とジンだ」
「という事になったからよろしくな」
昨日のモモ先輩の様子からそこはなとなく不安ではあったが、ジン兄殿がジャッジというならそんなに酷い内容にはならないだろう。
大和も自分と同じような考えだったのだろう、3人の言葉に反論する事なく頷いた。と、それよりも――
「やや風邪気味とのことだが?」
「なぁに問題ないさ。さぁやろうぜ」
朝食の時に体調が少しだけ悪いから薬を飲んだと言っていたから声を掛けて見たが、取り越し苦労だったようで見た感じでは辛そうではない。本当に風邪のひき始めぐらいの症状なのだろう。
ただまゆっちが物凄く心配そうな気配なのが少し気になるが、まあ彼女が他人を心配するのはいつもの事。そんなに大げさに考えるものじゃない。現に何かを言い掛けていたが犬に聞き返されても何も言っていないし、気にするほどの事じゃないな。
「私とキャップで3分ほど考えた。公平な決闘法を」
「んで、結局の所、川神戦役の縮小版をやろうかと」
3分しか考えていないという事に物言いがないわけではないが、それよりもキャップの口から出た『川神戦役』という言葉が気になった。
戦役というからには戦いの事だというのは間違いないが、何故『川神』がつくのだろうか? あの地の歴史に戦はなかったはず。
「川神戦役? 何かとてつもない戦いの予感が」
自分と同じ事を思ったのだろう、まゆっちが少しだけ慄きながら呟いた。そんな自分とまゆっちの気配を察したのか京の説明が入った。
「これは中国での言うところの“童貫遊戯”。南宋の時代に童貫という元帥がいて、彼が敵国の遼との間でやっていたものなんだけど、兵力を失わずに戦の優劣を決められる優れたシステムとして……」
「ずるいぞぅ京! 俺が解説するんだ!」
「……しょーもない」
説明する役を取られて悔しがるキャップに京の冷めた視線が向けられている。
しかしそうか。無駄な兵力を割く事なく勝負を決めるための制度。戦をせずに優劣を決めるとは素晴らしいものだな。
だがそれをやろうというにしても自分たちは兵士など持ってないぞ?
「これはな、主にクラスとクラスがやり合う時に使われる決闘法で、まずはこれを用意する!」
そう言ってキャップがどこからともなく取り出したものは――
「クジ箱? ……その中に戦う種目が入っていると?」
「その通り。クジを引いた種目で戦う。それを繰り返して先に5勝した方が勝ちだ」
「なるほど。中に入ってる勝負はどのようなものだ?」
「知力重視、体力重視、感性重視……いろいろなもんだな。クリスに有利なものもあれば不利なものもある。つまり勝つには様々な力が問われるわけだ。本来は出た勝負に対して強い奴が行く団体戦なんだが、今回はそれをタイマンでやってもらうぜ」
総合的な能力を問われるというわけか……確かに公平な勝負になるかもしれないが気になることがある。勝負が始まる前に徹底的に聞いておかなければ大和より方法の少ない自分が不利になりかねん。
「5回続けて自分に不利な勝負が出てしまったら?」
「平等にクジは入れた。内容もジンに確認してもらっている。普通ならそこまで偏らないが……」
「偏ったらそれもそれ。『運も実力のうち』って言うだろ? 自分の有利な勝負を引き寄せる運もまた『力』の1つだよ」
自分の疑問にモモ先輩とジン兄殿が答えてきた。確かにその通りだ。かつての功績により英雄と呼ばれるものたちも他の者にはない何か、それこそ『運』と言っていいモノを持っていたからこそ、後々に英雄として語り継がれるだけの偉業を成し遂げているのだ。
そういった意味ではまさに『運も実力のうち』なのだろう。
「俺は○リ○リ君が5回連続で当たった事あるしな」
○リ○リ君? 日本で作られている当たり付きアイスの事か? それが5回連続で。犬たちがキャップの運は神懸かっているとよく言うが、どうやら本当らいい。
「それを全部食べてお腹壊したとこまで言おうよ」
どうやら話には続きがあるようだ。なにやらキャップが遠い目になりながら語り出した。
「……あの時、俺はバスの中で地獄の腹痛と戦った。何度隣の席に座るワン子に『もうダメ』と訴えた事か……」
「それは犬も災難だったな。大丈夫だったのか?」
「うん。アタシが隣でどれだけ必死に励ましたか」
犬も当時の事を思い出したんだろう。遠い目をしているがキャップと違いどこか疲れた雰囲気を纏っている。相当大変だったのだろう。
「はは。あん時のお前、涙目だったからな」
「隣でお腹痛いって人間が『もう、ゴールしていいよね?』とか言えば涙目にもなるわ! あの時は本当に死んじゃうんじゃないかと思ったんだからね!」
笑い事じゃないぞキャップ。いや、今だから笑い事に出来るのかもしれないが犬は本当に災難だっただろうな。幼い頃の出来事なのだろうが変な心的外傷《トラウマ》になっていなければいいがな。
「話が逸れたがジン兄の言う通り『運も実力のうち』。いいな」
「ああ。複数回戦えるならクジでも問題ない」
「同じく。種目をキャップと姉さんが決めたってとろこがチト不安だが、兄弟が監修しているのならそれほどひどいものはないだろう。そのラインも微妙だけどな」
さっきまでずっと黙ったままの大和も同意した。しかしここでそんな不安を煽らないでほしい。いや、まさか既に大和の作戦が始まっているのか?
おのれ、相も変わらず卑怯な男め!
「そいじゃあ、まずじゃんけんをしてクジを引く番を決めてくれ」
勝負する方がクジを引くルールなのか? 公平性を選ぶなら進行役のキャップかジャッジのモモ先輩、あるいはジン兄殿がクジを引けば問題ないと思うのだが。
「クジを先に引けるメリットって何かあるのか?」
そもそもクジを引いて種目を決めるというのな、らどちらが先に引いても大した有利不利の差はないはずだ。だがそれを決めるという事は必ず先に引く事のメリットがあるはず。
案の定、私の問いはモモ先輩の言葉で解消された。
「引いたクジによっては種目が2つ書いてあったりする。その2つのうち、そちらん種目で闘うかはクジを引いた方が自由に選べるんだぞ」
「そりゃ1枚でも多く自分で引いた方がいいわな」
なるほど。それならば先に引く方がメリットがある。運の事を考えれば±0なのかもしれないが、自分で選べる事を考えれば少なくとも不利になる割合は減るだろう。
「了解した。始めよう大和」
ひと通りの説明の中で特に質問する事もない。クジもキャップたちが作ったものなのならば大和が不正を働く事もないだろう。ジン兄殿が監修をしているのなら無茶な事もない……と思いたい。
だが、意気込んでじゃんけんを始めようとした自分に、大和は意外な言葉を掛けてきた。
「クリス、俺はチョキを出す」
なに!? 何故こいつは自ら出す手を先に私に告げるのだ? 分からん。そんな事をしていったい何の得になる。私に先手を渡しても問題ない何かがあるというのか?
だがクジに不正は出来ないのは間違いないはずだ。大和もさっき1枚でも多く自分で引いた方がいいと言っていたではないか。なのに自分に勝ちを譲るのはその言葉と矛盾してはいないか?
いや、待てよ……っ!? そうか! こいつ嘘をつく気だな!
という事は、チョキを出すと言って自分にグーを出させ、その実、大和はパーを出す気なんだ。得意の口先だけの言葉だな。こしゃくな。ならばチョキを出してやる。
これで自分の勝ちは間違いない。ふん、いくら策士を気取ろうが所詮お前は口先だけだ。そんなお前が軍の崇高な作戦を立てる参謀と同じであるわけがない。
さぁいくぞ!
「じゃんけーんっ ぽいっ!」
だが結果は自分の予想を裏切った。
自分が出したのはチョキ。対する大和が出したのはグー。
「ナニッ!?」
何故だ!? 何故大和はグーを出した!? あの言葉が嘘ならパーを出すはずだ!?
「はぁ~、やれやれ、予測通り過ぎる……やり易いなぁ、クリスは」
なんだその溜息の後の上から目線な言い方は!?
いや待て。『予測通り過ぎる』だと? それはつまり。さっきのは自分が大和の言葉を疑ってチョキを出す事まで見越しての言葉だったという事か? 裏の裏を読まれたのか!?
「む……! むむむむむむーっ! 腹立つ! 大和腹立つーー!」
地団太踏んでもこの怒りのぶつけようがないではないか! 大和も腹立つがその策にまんまとはまった自分も情けなくて腹立つぞ!
卓「ま。前哨戦は大和の勝ちってところだね」
京「こういう風に思考が読みやすい相手だから、勝負しても勝てるとふんだんだろうね大
和は」
緋(風邪さえひいていなければ最初から策に頼らなくても勝てるんだろうけど……)
由(やっぱり……止めるべきだと思います。でもそんな差し出がましい事しても大丈夫な
んでしょうか……あぅ)
緋(まゆもなんか葛藤してるし……言うのなら早めにね)
一「暇ね〜。早く始まんないかしら」
岳「だからってこんなとこでスクワットしてんじゃねー」
あとがき~!
「第77話終了。あとがき座談会、司会の春夏秋冬 廻です。今回のお相手は――」
「ただいま人生順風満帆! 川神百代だ!」
「テンション高いね」
「ああ! やっとジンとひとつになれたんだ! これからの私の人生、勝ち組は決まったもんだろ!」
「そうですね」
「なんだその投げやりな言い方は」
「テンションについていけないんだよ。さて今回のお話ですが原作通り旅行3日目、大和とクリスの勝負となりました」
「その割にはお前、1話使っても勝負までいかなかったじゃないか」
「はっはっは。本当に申し訳ありません! また変に引きを作ってしまいました!」
「無駄に朝食のシーンとか、クリの心情に文字数を使い過ぎだ」
「いやまあそうなんだけどね……返す言葉もないけど言い訳させてもらっていい?」
「なんだ。言ってみろ」
「とりあえず勝負は原作通りに進めるんだけど、最後の勝負だけオリジナルにしようかなと考えているわけでして……」
「ほう? それで?」
「でもまだ決めかねているし案もまだ完成していないから……」
「時間稼ぎ? そういう事か?」
「ええっと……はい、そうです」
「…………」
「…………」
「死ぬか?」
「ごめんないさいごめんなさい! どうにかお命だけは!」
「お前の命なんかいるか。その代わり私とジンのイチャイチャ話をもっと増やせ。本編じゃなくてもいい。閑話でも外話でも問題ない。いいな」
「了解しました! それでは次投稿もよろしくお願いします!」