原作突入前の最終エピソード開始です。
第33話 彷徨いの夜明け、消えた太陽
楽しい日々は続くと思っていた。
誰もそれを疑わずきっと変わるのはみんなもっと大人になった時だと思っていた。
風間翔一はいつもみんなで楽しく思いのまま自由なまま遊びたかった。
島津岳人は馬鹿をやりながらも笑っていられる空間が楽しかった。
師岡卓也はついて行けないみんなの暴走を呆れながらも見るのが好きだった。
椎名京はイジメられていた自分を助け認めてくれたみんなが宝物だった。
川神一子は泣き虫だった自分を強くしてくれた仲間が凄い誇りだった。
篁緋鷺刀は1人年下でもみんなと変わらず楽しくいられる事が嬉しかった。
直江大和は楽しく笑っていられるみんなとの空間が何より大切だった。
川神百代は恋人と仲間たちとの楽しい時間がずっと続くと信じていた。
だからみんな信じられなかった。
信じたくなかった。
そんなわけないと思った。
何かの間違いだと誰もが思いたかった。
そのニュースは風間ファミリーにあまりにも大きすぎる衝撃を与えたのだった。
§ § §
――2006年 8月20日 日曜日 AM11:00――
川神百代は今年の夏休みは不満でいっぱいだった。
いつも一緒に過ごしている暁神の姿は今、川神院にはない。いや川神院どころから川神市にも神奈川にも日本にも神はいなかった。
別に事件に巻き込まれたとか死んだとかそんな物騒な事ではない。
ただ単に海外に行っている。ただそれだけの事だ。
7月の終わり。
暑さが本格的になり始めた頃、神は川神鉄心に残りの夏休みで海外を見て回りたいといきなり申し出た。
驚いた鉄心に理由を聞かれた神は特に理由はないと答え、ただ単に見て回って見聞を広めたいと言ったのだった。
もちろん百代は反対した。なにより神とずっと一緒に夏休みを過ごす計画を立てていた百代にとっては、まさに寝耳に水だった。
妹の川神一子も無理やり巻き込んで――一子に巻き込まれたとは感じないだろうが――猛烈に反対動議をしたが、神の意志を変える事は出来なかった。
祖父の鉄心も師範代のルー・イーほか、川神院の門下生の殆どが神の意志を尊重したせいで分が悪かったと百代は今でも思っている。
結局は百代の誕生日である8月31日までには帰ってくる、という約束を強制的にさせることで、無理矢理自分を納得させた百代だった。
嬉しそうなそれでいて困ったような神の笑顔が何だか印象的だったのを今でも覚えている。
その日のうちに風間ファミリーのメンバーに海外に行く事を連絡したら、全員が一様に神の部屋に押し寄せてきた。
風間翔一は羨ましがっていた。どうやら自分も行きたかったらしい。
島津岳人は早速お土産を催促してきた。相変わらず現金な人間だった。
師岡卓也はそんな岳人を諌めつつ、どこに行くのかを聞いてきた。
椎名京は少し寂しそうな顔をしていた。夏休みで川神院に泊っていたのだ。
篁緋鷺刀はいつ頃帰ってくるのかを確認して、頑張ってと言った。
直江大和は要らない心配だと言いながらも、気を付けてと注意を促した。
みんな驚きは確かにあったが、誰も反対することなく神の行動に賛同した。
神はそんな仲間の温かい言葉を嬉しく思っていた。
言い出す前から準備はしていたのだろう。神はそれから殆ど日にちを置かずに、海外に行くと申し出た2日後の7月30日には日本を後にし、まず今回の目的地のアメリカへと旅立っていった。
飛び立って行く飛行機の姿を百代は見えなくなるまで見送っていた。
それからの数日は百代にとって死ぬほど退屈な日の連続だった。
元より今年の夏休みも神と一緒にいる事が前提だった百代にとって、いきなり恋人がいなくなった状況もそうだが、何よりそれ以前から毎年ずっと一緒にいた相手がいなくなってしまった事で、どう過ごすべきなのか全く分からなかった。
修練をしていてもあまり身が入らないし、部屋でゴロゴロしても全然時間が経過したように感じない。でも仲間と一緒にいると楽しくなるので、百代の今年の夏休みの過ごし方はもっぱら風間ファミリーのメンバーをいじる事に徹したようなものだった。
メンバーにしてみれば堪ったものではないだろう。特に舎弟契約していた大和や空気の読めない岳人は殆ど標的にされていた。
そんな時に2人が共通して思った事、それが――
早く帰って来てくれ! 兄弟!
とっとと帰って来い! ジン兄!
だったらしい。他のメンバーは同情するしかなかっただろう。
そんな日常が3週間ほど続いていたが、今週に入って百代の機嫌は上昇しだした。
大和や岳人をいじっても酷いものではなく、軽く小突くぐらいになった。たまに上機嫌過ぎて力加減が出来なくなる時もあったが、おおむね優しくなったと言えた。
理由は物凄く簡単だった。
あと少しで神が日本に帰ってくるからだ。
百代の誕生日には帰ってくると約束した神は、少し余裕を持って25日には帰国すると言っていた。その約束の日まで今日を含めるとあと6日。
百代の機嫌がよくなっていくのは当たり前の事だった。
だからこそ
始まりは1本の電話からだった。
百代は神の部屋の神のベッドの上で寝転がりながら漫画を読んでいた。
最近の百代も定位置だ。家にいる時はたいがい神の部屋で過ごすようにしている百代。少しでも神の存在を感じられる場所にいたいと言う恋人心からの行動だった。
まあ、さすがに寝る時は自分の部屋で寝ている。
最初は神のベッドで寝ようとしていたが、それを見つけた鉄心によって止められ叱られたのは、妹の一子には言えない醜態だった。
今日は京も泊りに来ているという事で午前中の鍛錬は軽くで終わり、いつものように神の部屋でくつろいでいた時だった。
枕元に置いてあった携帯から着信音が鳴る。着信音から風間ファミリーの人間だと分かる。
百代は漫画から視線を外さず手探りで携帯を取り、仲間の誰から掛ってきたかも確認せずに慣れた手つきで通話ボタンを押し電話に出る。
「どうした~モモ先輩だぞ~」
「姉さん! 今どこにいるの!?」
のんびりした声に返って来たのは切羽詰まった大和の声だった。
思わず漫画から視線を外しベッドの上に座り直した百代は、電話の向こうの大和に訝しげに問い掛ける。
「いったいどうした、大和?」
「いいから姉さん今どこにいるの!?」
「どこって、家にいるけど……」
言葉を無視して再度物凄い勢いで聞いてきた大和の声に、百代は思わずその勢いに少し呆然となりながらも答えた。
家にいると答えを聞いた大和は少しだけ落ち着く。だけどどこか切羽詰まった雰囲気を消すことは出来ずそれが声になって表れてしまった。
「姉さん、今すぐにテレビを点けて」
そんな大和の雰囲気に百代はえもいえない不安を感じてしまう。
「どうしたんだ大和。そんなに慌ててお前らしくないぞ」
「ごめん。でも早くテレビ点けてニュースを見て。俺が言うより分かると思うから」
訝しく不安に思いながらも百代は大和の言葉に従い神の部屋を出ると、テレビが置いてある居間に向かって携帯電話を耳に当てながら早足で廊下を進む。
その百代の姿を見て不思議に思ったのだろう、廊下ですれ違った一子と京は顔を見合わせると百代の後をついて行った。
百代も気配で2人が付いて来たのを察知する。
「いったい何があったって言うんだ」
「………………」
「大和?」
廊下を進みながらも会話を続けていた百代だったが、核心を突く問い掛けに大和が言葉を返さない事に訝しく思った。
そうこうしている内に居間に着き、テレビを点ける。
大型の液晶テレビの画面に映ったのは、燃え盛る白い建物と消火作業を続ける消防士と消防車、たくさんの記者とカメラを持つ報道者たちの姿を捉えた光景だった。
どこかで火事があったのかと思った百代だが、よく見てみると映像に映っているのは日本人じゃない。外国人――恐らくLIVE映像と出ていて背景が夕闇だからアメリカだろう――ばかりだ。
「大和? このニュースがいったい――――」
訳が分からず、ニュースの映像を見ながら電話の相手の大和に問い掛けようとした百代の耳に、ニュースを伝えていたアナウンサーの言葉が入ってきた。
『もう1度お伝えします。行方不明者の身元は持っていた荷物から判明しました。名前は暁神。年齢は14歳。恐らく夏休み利用して海外旅行をしていたかと思われます。
繰り返しもう1度お伝えします。行方不明者の身元は持っていた荷物から判明しました。名前は暁神。年齢は14歳。夏休みを――――』
頭の中が真っ白になった。
百代も一子も京も、呆然とテレビに映った映像を見ているだけだった。
神の名前。行方不明。未だに物凄いで燃えている白い建物。
いったい何が起きているのかニュースを見てすぐの3人には何が何だか分からなかった。
ただ神がこの事件に巻き込まれた。それだけしか判断できなかった。
この状況で真っ先に我に返ったのは京だった。隣にいた一子を見た後、ハッとなり急いで前にいる百代の正面に回り込む。
京が見た百代は完全に呆然自失の状態だった、
ニュースを伝えているアナウンサーの声も、電話で何かを話している大和の声も、ここが自分の家だという事も、ここに自分以外に一子と京がいるという事も、今の百代は忘れていた。
ただ食い入るようにテレビの画面を見つめていた。
初めて見る百代の姿に顔を歪めながらも、京は百代の持っていた携帯電話を取ると、通話相手を確認して電話の向こうにいる相手に問い掛ける。
「もしもし大和?」
「その声、京か?」
いきなり何の反応も示さなくなった百代に心配になり、ずっと呼びかけていた大和は、急に電話の相手が変わった事に驚いたが、それが京だと分かると少し安堵したように息を吐いた。
「姉さんはどうしてる?」
「完全に呆然としてる。何言っても聞こえてないと思う」
「ワン子は?」
「同じ」
「そうか……」
呻くように呟いた大和に京の表情がまた歪む。
京は大和が一生懸命に冷静になろうとしているのが分かった。本当はともすれば溢れだす感情のままに叫びたいのは大和も同じだと思ったからだ。
風間ファミリーで百代の次に神に懐いていたのは他でもない大和だ。目標であり憧れだった存在。それが大和にとっての神だった。
だからこそ舎弟契約とはいえ大和は神の事を『兄弟』と呼んで慕っていたのだ。
電話越しに沈黙する大和に京は声を掛ける術を持っていなかった。
大好きな大和が苦しんでいるのに何も出来ない自分に凄くもどかしくなっていた京は、一子が自分の持っていた携帯を取っていくまで近付いてきた事に気が付かなかった。
「やまと……?」
擦れ震える一子の声に大和は我に返った。
「ワン子? 大丈夫か?」
「大和の方こそ大丈夫?」
一子の言葉を聞いた時、京は小さく体を震わせた。
自分がどんなに頑張っても言えなかった言葉を、一子は簡単に大和に掛けた。共に過ごしてきた時間の差だと言われればそれまでかもしれないが、この時の京は一方的だったが一子に対して敗北感のようなものを感じてしまった。
直ぐに今はそんな事を考えている場合じゃないと思い直し、小さく首を振ると大和と電話で話す一子を見つめた。
「大丈夫だ……とは言い辛いけど、今は大丈夫だ。それよりさっき京にも聞いたけど、姉さんは大丈夫か?」
「分かんない。お姉様さっきからずっとテレビを見たまま動かないもん」
百代のショックがまだ抜け切れてない事を一子の言葉で大和は悟った。
すぐに立ち直れというのが無理な事は大和にだって分かっている。百代にしてみれば恋人の生死が不明になっているのだ、冷静でいろという方がおかしい。
「一子、代わりなさい」
いきなり声を掛けられた一子は、驚き顔を声のした方に向けると、そこには厳しい表情を浮かべた鉄心とルーの姿があった。
鉄心とルーは異様な居間の雰囲気を悟り修練を切り上げてここに来た。そして3人と同じようにテレビから流れるニュース見て、信じられない程に呆然とした百代の姿と顔を白くした京と携帯で話している一子の姿を見て、どういう状況なのを瞬時に判断したのだ。
そして鉄心は一子が携帯で話をしているのが大和だと当たりをつけて電話を替わるように促したのだ。
言われるがままに一子は持っていた携帯を鉄心に渡した。鉄心は心配そうな顔の一子に安心させように笑って頷くと、一子とたちに背を向ける。
それは厳しい表情を孫たちに見せないようにとの鉄心の優しさだった。
「直江か? 鉄心じゃ」
「て、鉄心さん!?」
再度相手がいきなり変わり、しかも思ってもいなかった人物からの言葉に、大和は少しだけ声を上ずらせた。だが鉄心はそんなことは気にせず話を続ける。
「状況はニュースを見て分かった。お主もそれを見てモモに電話をしたのじゃろ?」
「はい、最初にモモ先輩に知らせるべきだと思って」
「よい判断じゃ。手間を掛けさせたのう」
「いえ、そんな事ありません」
大和は対外性が優れている。物事を客観的に捉える事に優れ常に冷静でいるように努めている。以前より感じていた大和の性質を、鉄心は今回改めて強く感じた。
まだ中学2年生でしかない大和。本来なら呆然とする百代や、どうしていいか分からず顔を青くする一子や京のようになって当たり前なのに、そうなりそうな感情を押さえて冷静になろうとしている。
ある意味で凄い事だった。
「他に情報はないか、直江?」
「父が現地に知り合いがいるらしく、今詳しい情報を調べてもらっています」
「そうか。他の子供たちへの連絡はもうしたのか?」
「まだです」
大和の言葉に鉄心は頭の中でこれからのスケジュールを大まかに決める。
首だけを後ろに向けて未だに呆然としたままの百代を見ながら、鉄心はルーに向かって目配せをして頷く。その意味を悟ったルーは同じように目配せをして頷くと居間から出ていった。
それを確認した鉄心は改めて大和に声を掛ける。
「直江、お主はすぐに仲間たちに連絡を入るのじゃ」
「分かってますけど……モモ先輩は?」
「モモはワシと一緒にすぐにアメリカにつれて行く」
「え?」
「神の保護責任者はワシじゃ。何かあったらワシが保護者代わりじゃからな」
「分かりました。後はお願いします」
自分に出来る事は仲間に連絡して、後は待つだけしかないと悟った大和は、何も出来ず力のない自分に悔しさを覚えながらも、大人である鉄心に任せる事しか出来なかった。
大和の心の内を言葉で悟った鉄心は、安心させるように『心配するな』と声を掛け電話を切った。
「聞いておったな?」
振り返り自分を見ていた一子と京に声を掛ける鉄心。
2人がその言葉に小さく頷くのを見た鉄心は、持っていた携帯をテーブルの上に置き、両手でそれぞれの頭に手を乗せると優しく撫でる。
「直江の父親が何かの情報を得るじゃろうから、お主たちは直江の家に向かいなさい。他の仲間たちもすぐに集まるじゃろう」
「じいちゃん、お姉様は?」
心配そうに見え上げてくる一子により一層優しい笑顔を浮かべる。
「ワシと一緒にアメリカに行く。心配するな。じいちゃんに任せておけ」
不安そうだったがそれでも頷いた一子の頭を少しだけ強く撫でる鉄心。京はそんな祖父と孫のやり取りをどこか羨望の眼差しで見ていたが、落ち着いた一子の手を引っ張る。
「ワン子、大和の家に行こう」
「うん! じいちゃん行ってきます!」
居間を出て行く2人を穏やかな眼差しで見送った鉄心は、今なお呆けている百代に近付くとその肩を強く揺すった。
「モモ! しっかりせんか!!」
「ジジイ……?」
なんとか我に返った百代だったが、まだ声は呆然としたままだった。
そんな百代に喝を入れるように今後の予定を言い聞かせる。
「しっかりせい。これからワシと一緒にアメリカに行くぞ。はよう準備をせい。遅れれば遅れるほど向こうへの到着が遅くなるだけじゃぞ」
「っ!?」
鉄心の言葉に完全に我を取り戻した百代は、何故と聞く事すらなく急いで準備をするために居間から出て行った。
そんな孫娘の背中を見送りながら、鉄心は何もなくこの事件が終わればいいと心の底から願っていた。
あとがき~!
第33話終了。
はい今回も座談会形式ではありません。
数話はどシリアスな展開になりますので座談会話はなしにします。
さて今回のお話いかがだったでしょうか?
驚愕の展開に驚いた方も多いかと思います。
あまり長く語れませんので今回はここまで。
では次回投稿もよろしくお願いします。