真剣に私と貴方で恋をしよう!!   作:春夏秋冬 廻

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第22話投稿。

ちょっとした冒険心からの文章構成。



第22話 壊れかけの雪、救われた心

僕は夢を見ている。

 

僕は家のリビングの椅子に座って、今か今かと待ちかまえている。

リビングの隣にはキッチンがあり、視線の向こうには女の人の背中が見える。

料理をしている女の人は楽しそうに歌を歌っている。歌のリズムに合わせて揺れる長い黒髪がその人の楽しさをより一層僕に教えてくれる。

振り向いたその女の人は僕のお母さん。視線が僕と合ったお母さんはにっこりと笑顔を浮かべると、手においしそうな料理が載せられた皿を持ってこっちに歩いてきた。

 

僕はこれが夢だとすぐに分かった。

だってお母さんが僕を見て笑ってくれているから。お母さんが僕のためにおいしいご飯を作ってくれているから。

 

こんな事ありえないと分かっている。だから僕はこれが夢なんだと分かってしまう。

 

そして、夢はいつか必ず終わる。

 

見ていた光景がかすむように白くなり、次第に音が消えていく。

僕は浮き上がっていくような感覚に身を任せる。ふわふわと浮かんでいるような感じだった身体に徐々に確かな感触が戻っていく。

覚醒した感覚は夢の中の僕の心と重なって夢の目覚めを告げる。

瞼に閉じられている眼に確かな光の感触があった。

 

そう言えば僕は気を失ったんだった。

 

ふと思い出したかのように気付いた。でも僕はどうして気を失ったんだろうか。

 

思い返してみる。

 

あれは確か、珍しくお昼なのに起きてきたお母さんとリビングでばったり顔を合わせた時だった。

 

 

僕はヒーくんと遊ぶ約束をしていたから、お昼御飯のパンを1枚だけ食べて、出かける準備をしていた。そこにお母さんがリビングに入ってきた。

 

お母さんと視線が合った瞬間に、僕は笑顔を浮かべる。

そうすれば叩かれる事はなかったから。笑っていい気子にしていれば、いつかお母さんは僕をきちんと見てくれる。

だから僕はいつも笑う事にしていた。

 

でも、今日のお母さんはいつものお母さんと違っていた。

 

いつもなら笑っていても無視するはずのお母さんが、何か聞こえないほど小さい声でブツブツ言いながら近付いてきた。

少し俯き気味に前髪で隠れていたせいで、僕はお母さんの虚ろな目に気付かなかった。

 

僕は笑顔のまま近付いてくるお母さん見る。

僕の前まで来たお母さんは、いきなり僕を突き倒した。

急な事で何の対応も出来なかった僕は、背中をリビングの床に打ちつけた。幸い頭はソファーにぶつけたためそれほど痛くはなかった。

呆然と仰向けに倒れたまま僕はお母さんを見上げた。そんな僕にお母さんはまたブツブツ言いながらまたがって、馬乗りに僕の上に座り込んだ。

 

そしてゆっくり両腕を上げたかと思ったら、次の瞬間僕は急に絞め上げられる感触に息が出来なくなった。

 

ああ、僕はお母さんに首を絞められているんだ。

 

どこか他人事のように感じている自分にあまり驚かなかった。時々、自分が別の自分を見ているような感じがあったから、きっと今もそうなんだろうと思った。

 

息苦しくなりながらも、ぼんやりとお母さんを見上げる。

前髪の奥に見えたお母さんの目は何も映していなかった。虚ろに見開いたままブツブツと意味不明な言葉を、まるで取り憑かれたかのように繰り返す。

 

ああ……そうなんだ……

 

唐突に理解した。

 

僕より先に(・・・・・)……お母さんが(・・・・・)壊れてしまったんだ(・・・・・・・・・)……

 

瞬間、全身の力が一気に抜けた。

もう生きている意味がないと思ってしまった。

壊れたお母さん。本当なら僕が先に壊れるはずだった。

でも先の耐えられなくなったのはお母さんだった。だったらもういいのかもしれない。

大好きなお母さんが壊れていくのを見たくなかった。それなら死んだ方がいいかもしれない。

 

大好きなお母さんの手で死ぬのなら、それも幸せかな。

 

遠のく意識の中、最後に聞いたのは最近友達になった子の声だった。

 

 

生きているんだ。

 

意識を取り戻した僕が最初に思った事だ。

目に入った天井は白く僕の知らない場所だと教えてくれる。

 

横から声が掛けられた。僕はゆっくりと顔を向ける。

 

そこにはジンにーとヒーくん。そして知らない女の子がいた。

3人とも安心したように息を吐いた。

 

何か心配させるような事でもしたのかな? そうか、僕は今まで気を失っていたんだ。みんなはその事を心配しているんだ。

 

僕はジンにーたちに向かって笑った。

ヒーくんと女の子は安心したように小さく笑い返してくれたけど、ジンにーは笑い返さずに顔をしかめていた。

 

あれ? おかしいな。こういう時は笑えば友達というものは笑い返してくれると聞いていたんだけどな。僕は何か間違った事をしたのかな?

 

首を傾げようかと思ったけど、首に走った小さな痛みにそれは出来なかった。どうして痛いのか手で確かめてみようと思ったけど、それはジンにーに止められた。

何でも首に包帯が巻かれているから触らない方がいいみたい。

 

そういえばお母さんに首を絞められたんだ、と他人事のように思い出した。たぶんその痕を隠すために包帯が巻かれているんだろう。

別に痕なんか気にしないけどね。

 

そう言ったら女の子が、僕も女の子だから見た目ぐらい気にしろって注意されちゃった。そんなこと初めて言われたから僕はじーっとその女の事を見つめる。

そしたら女の子はいきなり自己紹介を始めた。本当にいきなりだったからびっくりしちゃった。

 

女の子の名前は川神百代ちゃん。僕より年上で今は中学1年生なんだって。

 

百代ちゃんって呼んだらなんか苦虫を噛み潰すって言うのかな? そんな顔になると自分の事は『モモ先輩』と呼べって言われた。別にかまわないからいいよと返しておいた。

ちなみのモモ先輩は僕を『ユッキー』と呼ぶみたい。

初めて付けられたあだ名に僕は凄く嬉しくなって笑顔を浮かべた。

 

その笑顔にはジンにーは笑顔を返してくれた。

でもさっきは何で笑ってくれなかったのかな? やっぱり僕が変な事をしたのかな? うん反省しよう。笑ってくれればみんな怖い事はなくなるもんね。

 

少しだけ笑い合った後、ジンにーはここが病院だという事と、数日は様子見のため入院することになった事を教えてくれた。

 

僕自身はそんなに体調が悪いとは感じなかったけど、お医者さんの言う事は聞いておいた方がいい、とジンにーたちも言うから大人しく言う通りにしておこう。

 

そこでお開きになり、また明日来る事と今日はゆっくりと寝るようにと言い残してジンにーとヒーくん、モモ先輩は帰っていった。

みんなが出ていた後の病室は静かでちょっと寂しい感じがしたけど、僕が思っていた以上に体は疲れていたのだろう、目をつむっていたら自然と眠気が沸き上がり僕はそのまま眠りに身をゆだねた。

 

 

翌日、みんなは昨日の言葉通り僕の病室に来てくれた。

今日はお爺ちゃんみたいな人も一緒だった。名前は川神鉄心さん。モモ先輩のお爺ちゃんであの川神院の総代さんなんだって。

 

『鉄爺』と呼んでくれと言われたので素直にそう言うと嬉しそうに笑ってくれた。

 

うん、僕も笑ってくれたら嬉しいな。

 

後ろでモモ先輩がニヤニヤして気持ち悪いぞジジイって言ってたけど、少しだけ同意してもいいかな。だってちょっとだけ気持ち悪かったのはホントだもん。

 

ぐっすり眠れたことで昨日より体調が良かった僕は、ジンにーとヒーくん以外の人と話すのがホントに久し振りだったから、今日は凄くしゃべったと思う。

鉄爺が持ってきてくれた果物の詰め合わせ。鉄爺が言うには病院のお見舞い品の定番らしいけど、その中のリンゴをヒーくんが綺麗に剥いてくれてみんなで一緒になって食べた。

 

モモ先輩がヒーくんはとても刃物の扱いがうまいんだと言っていたけど、それを聞いヒーくんは何か言いたそうな顔をしていた。

でもどこか楽しそうな雰囲気だったから、僕は笑顔でその言葉を聞いていた。

 

楽しくお話をした後ジンにーが今日、鉄爺を連れてきた訳を教えてくれた。

 

鉄爺が今日来たのは、昨日あの後にお母さんがどうなったかを教えるため。

 

僕のお母さんの事。そう言われた時、僕は昨日からお母さんの事をどこか他人事のように考えていた事に気付いた。

どうしてだろう。大好きなお母さんなのに。ああそうか、僕の中では壊れたお母さんは大好きなお母さんとは違う人になっている。壊れたお母さんは僕のお母さんじゃないんだ。

 

その事に心が少し痛くなった。

 

痛い? どうして? 壊れてしまったお母さんは大好きなお母さんじゃないから? それとも……僕がもう既にお母さんから見捨てられていた事に今更気付いたから?

 

黒く嫌なものに心が染め上げられそうで僕は笑顔を浮かべた。笑顔は僕の鎧だ。僕を守るものだ。僕の心に力をくれるものだ。お母さんとまた楽しく過ごすための大事な鍵だ。

 

でも……お母さんはもう壊れているんだよ?

 

大好きなお母さん。でもお母さんは壊れてしまっている。壊れたものはもう戻らないと分かっている。なのにどうして僕は笑うの?

 

分からない、分からない、わからない、ワカラナイ。

 

頭の中がこんがらがってきた時、ジンにーが優しく僕の頭を撫でてくれた。

ジンにーの手は痛んでいた心も、黒く嫌なものも、何もなかったかのようにしてくれた。

 

凄い魔法の手だと思った。

 

僕はそのままジンにーの手を頭に乗せながら鉄爺の話を聞く。

 

お母さんは僕が気を失った後、ジンにーに突き飛ばされそのまま組み伏せられたらしい。その後、ジンにーが僕に心肺蘇生を行うため離れたからヒーくんがお母さんを押さえていた。

すぐに到着した救急車に僕は乗せられ、ジンにーは僕の付き添いで救急車に乗り込んだ。その場に残るのがヒーくんとモモ先輩だけになるから、救急隊員の1人がその場に残ったらしい。

その後で到着した警察官に、その場にいたヒーくんとモモ先輩と残った救急隊員が事情を説明していたが、鉄爺が僕の家に着き対応は鉄爺とその救急隊員の人がしたそうだ。

 

お母さんはそのまま警察の車に乗せられて、警察署で事情聴取というものを受けたらしい。でも鉄爺が言うにはまともに話せる状態じゃなかったらしく、鉄爺は昨日はそのまま帰り、お母さんは今日もまだ警察署でその事情聴取を受けているみたいだった。

 

僕は話の意味の半分も理解できなかったけど、分かった事が1つだけあった。

 

それはやっぱりもうお母さんは、僕の知っている大好きなお母さんじゃなくなってしまったという事。もう大好きなお母さんは帰ってこないという事。

 

心が痛くなる。笑顔を浮かべる。失敗する。

心が痛くなる。笑顔を浮かべる。失敗する。

心が痛くなる。笑顔を浮かべる。失敗する。

心が痛くなる。笑顔を浮かべる。失敗する。

 

何度繰り返してもうまくいかない。笑顔が浮かべられない。ジンにーの魔法の手が頭に乗っかっているのに、心の痛みが全然なくなってくれない。

 

それでも笑顔を浮かべようとした時、頭に乗っかっていたジンにーの手が、撫でるのではなく軽く叩くように上下した。

僕はジンにーの方を向く。ジンにーは優しい笑顔を浮かべていた。

 

どうして? 僕は笑顔を浮かべらないのにどうしてジンにーはそんなにも優しい笑顔を浮かべているの?

 

混乱する僕にジンにーはひと言だけ僕に言った。

 

 

泣け。心がつらいなら泣け。

 

 

な……く……?

いいの? それは弱い事だよ?

だってお母さんが昔言ってたもん。

泣くな。泣くとイライラする。泣くんじゃない弱虫が。

だから泣かなくなった。強くなった。強くなればお母さんを好きでいられる。

 

またジンにーは言う。

 

 

泣くのは決して弱い事じゃない。

 

 

弱い事じゃないの?

泣く事は弱くなる事じゃないの?

じゃあ泣いてもいいの? 泣いても弱くならないの?

 

ジンにーは1番の笑顔を浮かべて言った。

 

 

泣くというのは心に素直になる事だ。だから今は泣け。

 

 

壊れた。

僕の鎧が。

僕を守るものが。

僕の心に力をくれるものが。

 

泣いた。

僕は泣いた。

ただひたすらに泣き続けた。

 

心が痛かった。

お母さんが大好きだったから。

お母さんがもう戻ってこないから。

僕は既にお母さんに見捨てられていた事に気付いたから。

 

僕は心が上げる悲鳴を隠すことなくその心のまま素直に泣き続けた。

 

強くなろう。

 

泣いて、泣いて、泣きつくして、心の痛みがなくなったら、強くなろう。

 

目から溢れ頬を流れる涙と、喉を鳴らし口から漏れる嗚咽を隠すことなく泣きながら、僕は痛む心の奥底でそう決意した。

 

 

泣きはらした僕が落ち着くまで、みんなは何も言わずに側にいてくれた。

それが嬉しくて、でも恥ずかしくて僕は赤くなった目を隠すように俯くことで、同じく赤くなった頬を隠した。

 

落ち着いた僕を見計らって、鉄爺は続きを話し出した。

そう言えば途中で僕が泣いてしまったため、話は中断したままだった。

僕はモモ先輩から渡されたタオルに顔をうずめ、目から上だけを出して鉄爺の話を聞く。

 

鉄爺の話はお母さんの事じゃなく、僕のこれからの事だった。

 

娘の僕の首を絞め一時的とはいえ心肺停止になってしまった以上、お母さんは間違いなく殺人未遂で逮捕されるという事。

そして僕への育児放棄(ネグレクト)と家庭内暴力という児童虐待で保護責任者遺棄の罪でも逮捕され、僕の親権を失うのは確実だという事。

その事で僕に保護者がいなくなり、児童相談所あるいは保護施設に入ることになるだろうという事。

 

鉄爺は包み隠すことなく僕に教えてくれた。

難しい言葉があったため全部は理解できなかったけど、お母さんが僕を育てる事が出来なくなり、1人になった僕はあの家に住む事が出来なくなる事は分かった。

 

恐らく僕は天涯孤独というものになったのだろう。

 

その事実にまた心が痛くなったけど、僕は強くなるって決めたんだ。

 

そんな僕にジンにーは優しく声を掛けてくれる。

 

強くなる事は弱みを見せない事じゃない、誰にも頼らない事じゃない。

 

それはたぶん、1人で考えるなって事だと思う。誰かに頼ってもいいって事だと思う。

その言葉に鉄爺もいつでも頼ってくれと言ってくれた。考える時間はいくらでもある。その間ずっと病院で入院していてもいいと言ってくれた。

 

だから考えよう。

 

僕は強くなると決めた。でも今の僕に出来る事は限られている。だから自分の出来る事を考えよう。そうすればきっといい答えが見つかるはず。

 

僕は今日、今までとは違う新しい心を手に入れたのだから。




あとがき~!

第22話終了。今回も座談会形式ではありません。

さて今回のお話はいかかでしたか?

ちょっとした冒険で会話文を全く入れないで書いてみたのですが、意外とうまくいったような気がします。

しかし小雪の心情は難しい。原作でも何を考えているかわからない不思議ちゃんな小雪。

今回のお話でも若干壊れかけの彼女の心情は本当に難しかったです。

とにかく笑うことを最大の事として、お母さんを大好きと思う事で自分を護っているといった感じにしてみたのですが、伝わったでしょうか?

そして完全に潰してしまったあのルート。もう皆さんお分かりかと思いますが、竜舌蘭ルートはありません。

それに代わるルートを作るか。それともなしのままやるのか。今のところ考え中です。

さて、1つのエピソードで今のところ最大の長話となった小雪救済話ですが次回で終了となります。

作者なりのハッピーエンドを目指したつもりですが、あまり期待しないでお待ち下さい。

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