題名で分かると思いますが彼女との出会いです。
――2004年 7月30日 金曜日 AM10:00――
秘密基地の原っぱの真ん中で仰向けになり、ぼうっと空を眺める。
ここでこんな風にする事が出来るのもあと1ヶ月。
つい先月、この原っぱも市の都市開発でビルが建つことが決まった。
最初みんなで物凄く怒ったが、まだ子供の俺たちがどうする事も出来ず、仕方なく受け入れるしかなかった。
だがキャップやガクは秘密基地がなくなるのがどうしても許せないのか、次の候補をヤマとタクを巻き込んで探している。俺とヒロは不参加。
ヒロは『年下だから役に立たない』とガクが言って手伝い免除。
お前より役に立つぞ。
そう思ったのは俺とヤマだけの秘密だ。
俺は『なんか最近ジン兄がリーダーっぽいから俺が率先してやる!』というキャップの言葉で手伝い免除。
そんなわけで候補探しに忙しい男子連中とそれについて回るミヤ(というよりヤマについて回っているのだろう)。
モモはカズが妹になったことで何かにつけて構い倒している。今日もカズの修行にある意味で付きっきりだ。
そういう訳で最近はみんなこの原っぱに余り顔を出さない。
まあ来たところとでここの土地開発が中止になるわけでもないし、否応なしにも感じる喪失感を受けたくないのかもしれない。
「暇だなヒロ」
「そうだねジン兄」
だから今、俺と隣で座っているヒロとぼけっと空を眺める。
最近は原っぱに来ると2人になることが多く、たまに軽い手合わせをするだけで特にする事もなくぼうっとする事も少なくない。
今日はどうするかなと思った時、原っぱの入口辺りに知った気配を感じ勢いをつけて立ち上がる。
ヒロも同じ気配を感じたのだろう、同時に立ち上がっていた。
座って待つようにジェスチャーで示すと、素直に従いヒロは座り込む。
俺は体をほぐすように伸びをしながら、気配のした方へと歩みを進める。
そこには1人の女の子が立っていた。
視界に入った瞬間に感じたのは、ミヤと同じ雰囲気。
銀に見える白い長髪。赤みがかった瞳。そして普通の人より白い肌。
先天性白皮症――
初めて見たことで驚き一瞬だけ歩みを止める。だが直ぐに再度踏み出しボーっとこちらを見ている女の子に近付いた。
「どうかしたの? こんなところで」
声を掛けるもなんの反応もない。
一応こっちを見ているのだろう。視線は俺の方を向いているが、視界に入れているだけでちゃんと認識していないのかもしれない。
対応に困った俺は彼女の赤い瞳を覗き込みながら、注意深く気を探った。
俺はさっき視界に入れた時、ミヤと同じ雰囲気を感じ取ったが、それは誤りだった。
同じじゃない。ミヤよりもこの少女の方がより深い雰囲気を纏っている。
「君、以前から時々この原っぱに来ていたよね?」
このままではまずいと思った俺は、咄嗟に声を掛けていた。
なぜその言葉に反応したのかは分からなかったが、彼女はただ視界に入れるだけだった俺の存在を、言葉の直後初めて認識した。
「気付いてたの?」
どこか現実離れした声音。
かなりヤバいところまで心が沈み込んでいるのを瞬間的に悟った。
「気付いていたというよりは、気配を感じてたかな? 俺自身は見かけた事なかったから」
「すご~い。見た事ないのに知ってたんだ」
キャラキャラと楽しそうに笑ってはいるが、なぜか危うい気配だ。
「それで? 今日はどうしてここに来たんだ? ここはもうすぐビルが建つ事になってるんだけど」
「そ~なんだ~。あのね僕、前にここで遊んでた男の子に仲間に入れてって頼んだんだけど~、断られちゃったんだ」
遊んでた男の子というのは間違いなく俺たちの事だろう。
俺が見たことがないという事は、俺がいない時に誰かに聞いたってことか……
考えられるのはヤマがガクだな。
キャップは断りはしないだろう。タクやヒロは自分で断る前にキャップに相談するはずだ。
消去法で考えるならヤマだ。
ガクは女の子から声を掛けられたら断らない。だがヤマはキャップが言わない限り必要以上に仲間を増やそうとしない。
だがヤマの判断が悪いわけじゃない。
必要以上に仲間を増やしたくないという考えは、確かに俺にもある。
だからといって目の前の少女の危うさは放っておけるものではなかった。
「俺もその仲間の1人なんだけど、確かに仲間に入るのは難しいかもしれない」
「そ~お?」
「うん。だからと言ってはなんだけど、個人的に俺と友達になろう」
俺の言葉にキョトンとする彼女。
言葉の意味を測りかねているのか、それとも意外だったのか。
「うん。それでもいいよ~!」
だが返事は俺が思ったより明るい声音だった。本当に嬉しく思っての言葉だというのは纏う明るい雰囲気で確信できた。
「じゃあ、僕も友達になるよ」
こちらが気になって近付いて来ていたヒロが俺の後ろから声を掛けてきた。
「ホント!?」
キラキラと目を輝かせながら、俺の後ろにいるヒロを見るために身を乗り出す彼女。
そんな彼女の姿を見て、この姿が本来の彼女の姿、気質なんだと感じた。
それを感じる事が出来ないほど彼女は心の奥に本質を沈み込ませている。
それがいったい何を意味するのか。判断することの出来る材料がない今、うかつに彼女の心に踏み入る事は出来ない。
「うん、君がいいならだけど」
「うん! ぜーんぜん問題ない!」
楽しそうに話す彼女にヒロもどこか安堵した表情を見せた。
恐らくヒロも彼女の雰囲気を察知したのだろう。だから俺の言葉に乗っかり彼女との繋がりを持とうと考えたのだろう。
そう考えているといきなり彼女が何かを差し出してきた。
なにかと思い見てみると――
「「マシュマロ?」」
俺とヒロの言葉が重なる。
それが面白かったのか、彼女はさらに笑顔を浮かべた。
「うんマシュマロ。お友達のしるし~!」
ニコニコする彼女の手からマシュマロを1つ受け取り口の中に放り込む。
何の事はない普通のマシュマロだった。
お友達の印ね。こちらも何か渡すべきかな?
だがあいにく今は何も持っていなかった。
隣のヒロにも視線で問い掛けて見るが、俺と同じで何も持っていないのだろう小さく首を振って答えてきた。
「これで今日から僕たちはお友達~」
きっと彼女はお返しを求めていたわけじゃないのだろう。
嬉しそうにはしゃぐ彼女を見てそう確信したのだった。
それからいろいろな話をした。
彼女の名前は『小雪』。
名字はなぜか言わなかったが、言いたくない、教えたくない理由があるのだろうと判断し、俺もヒロも聞き返さなかった。
もちろん俺たちはフルネームで自己紹介した。
彼女は隣の学区の子で俺と同じ小学6年生。
隣の学区と聞いた時、ふと去年の今頃に出会った同学年の男の子の事を思い出した。だが今は関係ないと判断しすぐその思い出を仕舞った。
同学年という事で俺は彼女のことを『コユキ』と呼ぶことにし、ヒロは『小雪さん』と呼ぶことにした。
一方の彼女はヒロのことは『ヒーくん』と呼び、なぜか俺のことは同学年なのに『ジンにー』と呼んできた。
あれか? 俺が仲間から同い年なのに『ジン兄』と呼ばれてる事を話したせいなのか? それを彼女が気に入ったというのか?
さりげなく落ち込む俺と慰めるヒロを、コユキは不思議そうに見ていた。
その後は本当に他愛もない遊びをした。
駆けっこ。鬼ごっこ。隠れんぼ。
人数が3人しかいないからそんなにいろんな遊びは出来なかったが、それでも彼女はとても楽しそうにしていた。
お昼が過ぎ、流石にお腹が空いてきたので今日はこれで解散となった。
そう言った時、コユキの顔が少しだけ歪んだように見えた。その感じはミヤと同じものだった。
家に帰りたくない?
瞬間的によぎった考えを余り肯定したくなかった。
だからと言って今すぐに何かを出来るわけでもない。結局解散となり、俺とヒロは原っぱを離れコユキはそんな俺たちを見えなくなるまで手を振って見送っていた。
「どう思うヒロ?」
隣を並んで歩くヒロに短く問い掛ける。
俺もヒロもさっきまでの笑顔を浮かべていない。
「京ちゃんと同じ雰囲気だったね。でもジン兄はそれ以上に感じたんだよね?」
「ああ、コユキはミヤより深い」
俺のように感じる事はなかったみたいだが、やっぱりヒロはコユキのおかしい雰囲気を察知していた。
ミヤと同じ雰囲気と言ったがもちろん今のミヤの事じゃない。
1年前のミヤと同じ雰囲気。
イジメられている雰囲気だ。しかもコユキはそれ以上に深い。
解散の時に見せた一瞬歪んだ表情。先に帰るのではなく俺たちを見送ったこと。
それから推測すると1番考えたくない答えが浮かんでくる。
先ほど瞬間的によぎった『家に帰りたくない』という考え。つまり、家では虐待、あるいはそれに近い何かを受けているという事だ。
「どうするジン兄。みんなに相談してみる?」
こちらに視線を向けるヒロに首を振る。
「やめよう。コユキが前に仲間に入るのを断られたのは聞いただろ? 推測だけど恐らく断ったのはヤマだ」
「大和くんが?」
「推測だがな。だけどもし本当だとしたらヤマは自分を責める」
それは間違いないと断言できる。
ミヤと同じ雰囲気を纏った子を仲間に入れなかったのに、ミヤは自分から率先して仲間に入れるようにした。その事実を知った時のヤマの心の傷を想像する事は容易だった。
俺の言葉に同意するようにヒロは頷いた。付き合いはヒロの方が長い。
「出来るだけ仲間のみんなとは会わせないようにしよう」
俺の言葉が意外だったのか顔ごと俺の方を向く。
「幸いにもキャップたちは次の秘密基地探しに必死だし、モモはカズを構うのが楽しくてしょうがない状態だ。なんとか会わせないようにするのは可能だろう」
「そうかもしれないけど、いったいどうするの?」
言葉にしながら考えを纏める。
「恐らくコユキが学校でイジメを受けているのは間違いないだろう。服装を見ただろ? あれは間違いなく何日も同じ服を着ている証拠だ」
頷くヒロを見て俺は言葉を続ける。
一緒に遊んだコユキの服は、一応洗濯はしているようだったが、落ち切っていない汚れもあったしボロボロでよれていた。
「それから推測でしかないけど、家でも虐待に近い何かを受けている可能性がある」
その事は考え付かなかったのだろう。ヒロは俺の言葉を聞いて驚いた表情を見せた。
あくまでも俺の推測でしかない。だが確信めいた何かが俺の中にはあった。
ふと思った。
今回は俺の役目なのだろう。
ミヤはヤマに助けを求め、ヤマはきちんとミヤを救った。
だから今度は俺がやらなきゃならないのだろう。
コユキは別に助けを求めてはいなかったし、求めているような感じを受けなかった。
自分が不幸だという事を余り感じていないのだろう。
そして恐らく虐待、あるいはそれに近い何かを受けていても親が好きなのだろう。それで自分の心を守っているのだろう。
あるいはそう思う事すら出来なくなっているほど心が壊れか掛けているのか。
でも俺は見てしまった。
ほんの一瞬ではあるが歪んだあの顔を。
そして俺は自分から手を差し伸べてしまった。
友達になるという救いではないかもしれないが、彼女のために何かしたいと手を差し伸べてしまった。
ミヤの事は俺たち子供でもまだ何とかなる範囲だった。
コユキの事はもしかしたら子供でしかない俺が、どうこう出来る範囲をもう超えているかもしれない。
でもだからこそ覚悟をしなければらないのかもしれない。
子供である俺がどこまで出来るか、そしてどのような大人に頼らなければならないのか。
「ヒロ」
「なにジン兄?」
表情を引き締め言葉を返して来るヒロに俺は視線を向けることなく言葉を続ける。
「とりあえずさっき言ったようにみんなにはこの事は言うな。難しいとは思うけど感じ取られるような事はしないでくれ」
「モモ先輩に会わなければなんとかると思うけど……頑張る」
「悪いな」
「ううん。ジン兄が言うんだから何か理由があるんでしょ? それでジン兄はいったいどうするの?」
心配層に問い掛けてきたヒロの頭に手を乗せ軽く叩く。
「俺が出来る事を出来る範囲でするさ。知ってしまった事を放っておくことは出来ないからな」
「実際には?」
「まあ、まずはコユキの周りの状況を探ってみる。今日だけじゃあ分からない事が多すぎるからな」
「無茶しないでね。なんか僕たちの出来る範囲を超えてると思うんだ」
さすがヒロ。気付いていたか。
でもやめろと言わないのは俺を信じてくれているからかな?
「同感だ。だからこそ見極めるよ。どこまで出来るかをな。最悪どうにも出来ない状況だったら、ちゃんと大人に頼るから心配するな」
そう言い切った俺にヒロは呆れたような笑顔を浮かべてきた。
「ジン兄は僕たちにとって超人みたいな存在だからね。実際はジン兄の行動のどのあたりを心配していいのかさっぱり分からないよ」
「あのな、俺は普通の小学6年生だ」
「そう思ってるのはジン兄だけだよ。自覚しようね」
生意気にも言い返してきたヒロを軽く小突きながら、さて何から行動するかな、と思考を巡らせる俺だった。
あとがき~!
「第19話終了。あとがき座談会、司会の春夏秋冬 廻です。今回のお相手は――」
「暁神です」
「さて、今回のお話なんですが……」
「やってしまったな」
「はい、やってしまいました。榊原小雪のお話」
「本格的なルート潰しだな。16話のといい今回の話といい」
「否定はしない。この話も最初から考えていたから、つまりそれは最初っからあのルートを潰すということだからね」
「それより時間がずれていないか? 原作のエピソードだとミヤが入る前の頃だろ?」
「一応フォローは入れてるけどね。原作通りに断られた後の話。だから原作のあの頃よりも何となく深い感じにしたんだけど……」
「うまく伝わっているかどうかは不明だな」
「難しいね、ホント」
「それで、今回も続きだけど何話構成で考えてるんだ?」
「とりあえず3話構成。場合によっては4話になるかも」
「続きものとしては最長になるのか」
「まああのルートを潰すほどの話だからね。では次投稿も期待しないで待っていて下さい」