寄り道しつつ、今後の種蒔きを……
第16話 一期一会、ある少年の悩み
――2003年 7月28日 月曜日 PM1:00――
今日は珍しく1人だった。
モモは鉄心さんに連れられてどこかで山籠り。
ヤマは両親と海外旅行。
カズはお世話になっていた孤児院に岡本のお婆さんと一緒に帰郷。
キャップは父親に連れられて行方知れず。
ヒロは凛奈さんに連れられて大分の由布院温泉。
ガクとタクは地域の林間学校に参加。
ミヤは父親と共に山梨の方に用事。
見事なまでに風間ファミリーは俺を除いて全員川神市から離れていた。
今日の修練は午前中のみで、鉄心さんもいない今の状況では充分な修練もなかなか出来ないだろうという事で午後は休養となった。
さてどうするか。
いきなりふって湧いた時間に何をしようかと考える。
行く当てもなく多馬川沿いを歩いていると、1人ぽつんと河川敷で佇んでいる男の子がいた。
背丈から見て同学年っぽいが見た事のない顔だった。
違う学区の子かな?
そう思ったがそれにしては珍しい。
違う学区の児童がこの多馬川に1人で来る事は殆どない。だいたいが学校の授業の一環として集団で訪れに来るのだ。
しかも今は夏休みだ。
それに雰囲気がどこかおかしい。
少し気になった俺はそちらに足を進めた。
驚かす必要も警戒する必要もなかったので、気配を殺すことなく近付く。
踏みしめる砂利石の音で気付いたのか、ゆっくりとこちらに振り向いた。
線の細い体。柔らかそうな質の髪。整った顔立ち。
そして思っていたより意思の強い瞳。
やっぱり別の学区の子で間違いないだろう。
こんな容姿をしている子は1度見たら忘れない。
何よりあの強い目が心象的に残るからだ。
急に近付いた事で警戒されるかなと思ったが、そんな素振りはなく驚く事もいぶかしむ事もなく、歩み寄ってくる俺を見ている。
すると興味を失ったのか、振り向いた顔を元に戻し見かけたときと同じようにじっと多馬川の川面を見つめる。
俺は隣に並ぶと言葉を掛けるでもなく彼と同じように川面を眺めた。
数分間沈黙が続く。
「……私に、何か用があるのですか?」
先に声を掛けてきたのは彼の方だった。
視線を動かすことなく川面を眺めながら問い掛けてくる。
やけに丁寧な口調だな。小学生の話し方じゃないだろ。
そう思いながら返答する。
「いや特には」
「ではなぜここにいるのですか?」
いぶかしく再度問い掛けてくるが、それでも視線は前を向いたままだった。
だから俺も視線を前に向けたまま答える。
「別に深い意味はないさ。ただ学区の違う子が夏休みに1人で多馬川に来ているのが珍しいな、と思っただけだよ」
「私が違う学区の児童だと分かるのですか?」
「うん、見かけた事ないからね」
その答えに初めてこちらを向いた。
視線だけを動かし彼の顔を確認すると、呆れたような、それでいて驚いたような少し複雑な表情をしていた。
「その言い方ではまるで、学校の児童全員の顔を覚えている、とでも言っているみたいですよ」
「事実そうだしね。これでも記憶力はいいと自負しているんだ」
「デタラメですね。貴方の記憶力というものは」
フッと小さく息と吐き笑みを浮かべる彼。
どうやら警戒心をいくらか解いてくれたようだ。
とりとめのない会話をポツリポツリと続ける。
お互い顔を合わせず同じように多馬川の川面を眺めながら。
隣の学区、同じ5年生、互いに友達が川神市から離れている事、午後から急に暇になった事など、本当に何でもない事を話す。
「それで……もう1度お聞きしますが、私に何か用があるのですか?」
今度はちゃんとこっちを向いて問い掛けてきたので、俺もきちんと向き合って答える。
「さっきも言ったように特には」
「ではなぜここにいるのです?」
最初と同じやり取りだったが、俺は最初とは違う言葉を返した。
「俺にはなくても、君にはあるんじゃないかな?」
「どういう意味でしょうか? 私は今日初めて出会った貴方に用などありませんが」
さすがに怪しかったのか、彼は今まで浮かべていた笑顔を消した。
それはそうだろう。
いきなり会ったばかりの奴に『用があるのは自分じゃなくてそっちだろ?』と問い掛けられたのだ。
怪しく思わないわけがない。
でも俺は自分の言葉に確信を持っていた。だから言葉を続ける。
「もちろん俺という個人には用事はないだろうけど、君は誰でもいいから何かを聞いてほしいんじゃないかな?」
図星を指されたのか、あいるは思いもよらない返答だったのだろう、目に見えて表情が変化した。
驚愕の表情に。
「なぜ……そう思うのですか……?」
まだ立ち直れていないのかすれた声で問い掛けてきた。
さてなんて答えるかな。
正直に話して納得させることは難しいだろう。だからといって別の理由も思いつかない。
ありのまま正直に言った方が無難だろう。
「雰囲気というか気配というか……そういったものから感じ取ったんだよ」
「貴方は超能力者ですか……」
あ、やっぱり呆れたような口調だ。
でも多少は持ち直したようだ。
「違うよ。これでも武術を嗜んでるからね」
「ああなるほど。ここは川神ですからね。超能力者と名乗られるよりよっぽど納得できますね」
言葉通り納得したように頷く彼に俺も同意を示すように肩をすくめる。
ひとしきり笑い合った後、彼は疲れたような溜息を吐いた。
「そんな感じは見せないようにしていたのですが……いけませんね、ひとりになるとどうしても気が緩んでしまいますね」
「まあ、ひとりの時ぐらい気が抜けなきゃ息苦しくて気がおかしくなっちゃうよ」
「その意見には賛成ですね……それで、私の話を聞いてくれるのですか?」
「それを決めるのは君だよ」
決定権は俺にはない。
聞いてほしいなら聞くし、そうでなければ聞くつもりは全くない。
彼は頭がいいから話していてもつまらないと思う事はないし、とりとめのない世間話をするのもたまにはいいだろう。
黙り込んだ彼に今度は俺から話しかける。
「俺は川神院に住んでるけど、君はどのあたりに住んでるの?」
「川神院ですか。もしかして一族の方ですか?」
「いいや、ただの居候だよ」
「そうですか。私は父が病院関係に勤めていまして」
「という事は家はあっち側?」
「ええ、あの方向にありますね」
「ふぅん。病院関係か……立派な人なんだね」
隣の気配が深く重いものに変わった。
どうやらあまり踏み込んではいけないところに触れてしまったらしい。
でもそれもほんの一瞬の事で、直ぐにさっきと変わらない雰囲気に戻る。
だがどこか吹っ切れたような決意したような気配が伝わってきた。
「そうですね……尊敬できる父ですよ。ところで、いくつか聞いてもいいですか?」
「いいよ、答えられる事ならね」
「ありがとうございます」
律義に礼をした後、彼は少し躊躇ったような声音で問い掛けてきた。
「いきなりこんな事を聞かれて戸惑うと思いますが……貴方は、今まで自分がしてきた事が、自分が思い描いていた事と全く違うものだと知った時、どう思いますか?」
確かにいきなりだった。
まさかこんな重い質問をされるとはさすがの俺も思いもしなかった
先ほどの会話から踏み込んではいけない所がどこなのかは理解したが、それが彼の琴線に触れるような事だったのだろうか?
疑問に思いながらも問い掛けにはきちんと答える。
「あくまで俺の答えでいいのなら答えるけど」
「ええ構いません」
確認する俺に問題なしと返してきた。だから自分の思いをそのまま言う。
「そうだな、実際そうなってみないと実感できないから説得力ないかも知れいけど……たぶん、最初は絶望すると思う」
俺の答えに彼が肩を震わせたのが分かった。
それでもそれに気に掛けることなく言葉を続ける。
「でも、してきた事に対してまで絶望しないし、それをしてきた自分を否定もしない。だってそれは確実に自分のものになっているから。結果が自分の目指していたものと違っても、その過程で得たものは必ずこれからの自分を助けてくれる」
彼の方を向く。
呆然とした表情が見えた。
「現実は確かに裏切ったかもしれない。でも自分が費やしてきた時間は決して自分を裏切ったりしない。それはどんな事でも同じだと思うよ」
これは俺の持論でもある。
目標を持ちそれを目指してがむしゃらに頑張る。でもその目標に届かず結果が伴わなくても、それまで自分が頑張ってきた事は決して無駄じゃない。その頑張りで得たものは必ず自分の糧になっているのだから。
「貴方は常にそう思っているのですか?」
力なく問い掛けてくる彼に俺は苦笑を浮かべた。
「常に思っているっていうのは違うかな。でもそう思わないとさ、理不尽に押しつぶされてしまう気がするんだ。ただでさえ俺、親に置き去りにされていたらしいから」
「置き去りに……ですか?」
意外な言葉だったのだろうか、呆然とオウム返しに聞いてきた。
「そう置き去り」
何でもないように軽く答える。
「親を恨んだ事はないのですか?」
「昔は思ったよ。恨みたい気持ちも確かにあったし、何かしらの事情があって仕方がなかったかもしれないって諦めた気持ちもあった」
実際、昔ならいざ知らず今は何と思っていない。
恨む気持ちも、諦めた気持ちも確かにあった。でも今はそんな思いすらない。
「でも俺は今幸せだと思っている。置き去りにされたけど、俺がそれから歩んできた道は今の俺を作ってるし、今の俺の幸せになっている。初めて聞かされた時は確かに絶望を感じたかもしれない。それでも俺は自分を否定しなかったか。だから俺は笑っていられるんだと思う」
「強いんですね、貴方は」
その言葉にハハっと軽く苦笑い。
実際は強くない。
たぶんひとりだったら耐えられなかったことだと思う。
でもそんな俺を振りまわしてくれた人がいた。
本人にはそんな意図は全くなく自分の思いのまま行動していたに違いない。それに救われたと思っているのは俺の自分勝手な勘違いかもしれない。
それでも救われたと俺は思っていたかった。
「では、もう1つ聞いてもいいですか?」
「俺の意見でいいのならね」
「構いません。貴方は自分が目指していたものが、自分の目の前に立ち塞がった時、どうしますか?」
またやけに抽象的でありながらどことなく具体的な質問だな。
なぜこんな質問をしてくるのだろうか?
ふと考えて思い出すのは彼が父親の事を話した時、一瞬見せた深く重い気配。
彼の言う『思い描いていたもの』『目指していたもの』はおそらく父親の事なのだろう。
そう当たりを付けながら1つ質問を返す。
「それは、今現在その状況をどうにかできる力があるという前提で考えるの?」
俺の意外な質問に、少し考える彼。
「そうですね……今はどうにもできない状況で、という前提で考えてください」
やはり彼は自分と父親の事を例えにして聞いてきている。
総合的に考えて恐らく、『彼は父親のようになることを目指し頑張ってきたが、その父親が自分が思っていたような人物ではなく、それどころか自分も同じような道を進んでいるのではないかと思い始めている。でも今の自分は父親にどうこう言える力がない』といったところだろう。
「そういう状況なら、まずは力をつける事を優先するかな」
考え込むように空を見上げながら答える。
「もどかしさを感じてしまうのはどうしようもないけど、力がないのにぶつかって行って、取り返しのつかない事になったらそれこそ次のチャンスを待つ事も出来ない」
いったん言葉を切り、彼の方を向く。
彼は俺を真っ直ぐ、真剣な表情で見ていた。
「だから今は我慢して力を溜めておく。そして立ち塞がったものを超える事が出来ると判断した時、それまで溜めておいた力を一気にぶつける」
最後は笑顔で。
「俺ならそうするかな?」
俺の笑顔につられたのか彼は小さく吹き出した。
2人でひとしきり笑った後、気持ちを落ち着かせるように気を吐く。
「で? 他に聞きたい事は?」
「いえ、もう大丈夫です。充分に聞かせて頂きましたから」
「そう? なんだったらどういう手順を取るかも答えるけど?」
「そこまでは結構です。しかし貴方の考えは小学5年生のものではありませんね」
「それを理解できる君も小学5年生の思考じゃないよ」
「それもそうですね」
そう言って再び2人で笑い合う。
ふと腕時計を見ると結構時間が過ぎている事に気が付いた。
「そろそろ帰るよ。結構時間たったみたいだし」
「そうですね」
そう言って彼も時間を確認した。
「ではお開きとしましょうか。有意義な時間をありがとうござました」
「いや、俺も暇つぶしになってよかったと思ってるよ。えっと――」
名前を呼ぼうとして聞いていなかった事に気付いた。
俺の言葉が途切れた意味に気付いたのか彼も思いだしたかのように言う。
「ああ、そう言えばお互い名乗り合っていませんでしたね」
「今更だけど自己紹介しようか?」
すると彼か苦笑しながら首を振った。
「いいえ、しないでおきましょう。今日の出会はそれこそ一期一会かもしれません。名乗り合わない方が面白いでしょう」
俺は彼の言葉に同意するように掌を上に向け方をすくめた。
そしてまた小さく吹き出し2人で笑い合った後、俺は小さく手を振ると背を向けて川神院に向けて足を進めた。
一期一会の出会い。
彼はそう言ったし俺もそう思っていた。
だがやがて訪れる未来で、俺と彼はこの時の出会いを必然の出会いと思うのだった。
「こんなところにいたのか」
「おや? 今日は用事があったと言っていませんでしたか?」
「もう終わったよ」
「そうですか。貴方もわざわざ私を捜さずゆっくり休めばいいものを」
「そういう訳にはいかないんだよ。親父にお前を捜して来いって言われてな」
「それは申し訳ない。お手数を掛けたようで」
「別にいいさ。それより何かいい事でもあったのか? なんかすっきりした顔だな」
「ええ、いい出会いがありましたから」
「いい出会いねぇ……」
「その人が指し示してくれましたからね、私の行く道を」
「おい、まさか……」
「ええ、私は抵抗する事に決めました」
「本当にやるんだな?」
「ええ、もちろん貴方もついて来てくれますよね?」
「まあ決めたことだしな」
「ふふ、ありがとうございます。では行きましょうか『 』」
「了解だ『 』」
あとがき~!
第16話終了。えっ? 何で今回は会話文じゃないのかって?
はい、今回は座談会形式ではありません。なぜかというと気分です。何とな~くです。深い意味はありません。
さて今回のお話ですが、ぶっちゃければネタバレです。分かる人にはモロバレの内容になっております。しかもある意味であのルートを潰してしまいました。
しかも最後の会話文でわざと名前表記をしませんでした。まあ誰と誰なのかは本文内容で簡単に分かると思いますが……
実はこの出会い、最初っから考えていました。
オリキャラだからこそ出来る事は何かを考えた時、原作キャラでは出来ない救済が出来るんじゃないかと思ったのがきっかけ。
さて今後どのように関わって行くかは期待しないで待っていて下さい。
あ、いまさらですが少し言い訳ぽい解説を。
本文で書かれている年月日時は作者が考えた適当です。この頃にこんなことがあったんじゃないかという推測の元で日付を決めています。
出来るだけ原作に通じるようにしていますが、矛盾しているところも必ずあると思いますので、そこら辺は突っ込まないでお願いします。
では、次回の投稿もよろしくお願いします。