真剣に私と貴方で恋をしよう!!   作:春夏秋冬 廻

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第10話投稿。


第10話 夏休み最強の敵、その名は

――2002年 8月31日 土曜日 AM9:00――

 

俺は部屋の窓を開ける。

 

まだ朝方と呼んでもいいこの時間帯なら、暑い日差しの中であっても心地の良い風が部屋の中に流れ込んでくる。

その風を巡回させるように扇風機を部屋の中に向けスイッチを押す。

 

俺はそのまま部屋の端に設置していたベッドに腰を下ろすと、枕元に置いてあった文庫本を手に取り栞を挿んでおいた場所から続きを読み始めた。

 

ヤマから借りた太宰治の代表作『人間失格』。

薦められて読んでいるのだが、これはどうみても小学4年生が読む本じゃないだろ。

 

だがある意味で納得する。ヤマがニヒルに振る舞っているのは客観的に周りを観察する為なのだろう。やっぱり頭がいい。

 

「なあ兄弟」

 

「何だヤマ」

 

俺の下でベッドに背をもたれさせて座り、同じように本を読んでいたヤマが本に視線を向けたまま言葉を掛けてきたので、俺も本に視線を向けたまま答える。

ちなみにヤマが読んでいる本は芥川龍之介の『或阿呆の一生』。これも小学4年生が読む本じゃないと思う。

 

「読んでみてどうだ?」

 

「人間とは愚かな生き物だな」

 

「そうだ、所詮人間は罪にまみれた動物なんだ」

 

「ところでヤマ」

 

「何だ兄弟」

 

「あれはあれで“人間失格”だよな?」

 

「間違いないな」

 

部屋の中央に置いたテーブルを囲うように座るメンバーを指差しながら、ふと思いついたように言った俺の言葉に、しみじみと頷いて答えるヤマ。

 

「2人とも現実逃避してないで少しは手伝ってよ!?」

 

そんな俺たちに容赦のないタクの悲鳴にも似たツッコミが入ったのだった。

 

夏休み最終日。

 

これを聞いて何を思い浮かべるかは人それぞれだが、今ここにいるメンバーはみんな同じ思いなのは間違いないだろう。

すなわち――

 

未だに終わっていない夏休みの宿題。

 

ちなみにさっきから本を読みながら会話していた俺とヤマ、そしてツッコミを入れてきたタクはもちろん宿題は既に終わらせている。

今この場にいないヒロは凛奈さん(名前で呼べと脅された)に連れられて一昨日から旅行に行っているが、真面目なヒロが宿題を残している訳がない。

 

つまり宿題を終わらせていないメンバーは4人。

 

キャップ、カズ、ガク、そしてモモ。

 

カズとモモはまだいい。

カズの方はヤマが時々見てやっていらしいし、モモは俺が時々缶詰にして宿題をやらせていた。それでも4分の1近く残っているからいいとは言い切れない。

 

だがキャップとガクは最悪だった。

自由研究とポスター以外は全く手を付けていない状況なのだ。

 

どうしろというんだ。こんな悲惨な現状を?

 

早々にやる気をなくし、現実逃避に走った俺とヤマを誰も責める事は出来ないはずだ。

 

 

SOS要請を受け取ったのは、昨日の夜10時を回った頃だった。

 

もう寝ようかと思いベッドに潜り込んだ時に急にヤマから電話が掛ってきた。何かと思えば宿題をするために部屋を提供してほしいとの事だった。

 

詳しく聞いてみると、キャップが宿題を終わらせてなくタクからもガクの事で相談されたとの事。協議の結果、カズも終わらせているかの確認もするため、部屋が1番広い俺にお願いしようという事になったらしい。

 

特に用事もなかった俺は2つ返事で了承し、集合時間を決めて電話を切る。

その足でモモの部屋に行き、明日メンバーが宿題をするために集まる事、その時にモモの宿題も確認することを伝えた。

 

部屋に入る瞬間、モモはほんの少し顔を赤くし何となく慌てたような感じだったが、宿題の事を伝えると途端に表情を歪めた。

それでも特に文句を言わずに了承し、お休みの挨拶をしたモモはどことなく落ち込んだ雰囲気を纏っていた。

 

挨拶を返し部屋に戻った俺は、顔を赤くしていたモモを不思議に思いながら再びベットに潜り込んだのだった。

 

そして翌日の今日。

 

集まったメンバーの宿題を確認して発覚した事実に、俺たちは早くもやる気を失くしたのだった。

 

 

さすがに悲鳴を上げるタクを無視する事は出来ず、俺とヤマは読んでいた文庫本に栞を挿み、ベッドの上に置くとテーブルを囲うみんなの中に割って入る。

 

「とりあえずモロはワン子を頼む。キャップとガクトに比べれば残りはだいぶ少ないから集中してやらせろ。分からないところを聞かれても答えは言うなよ」

 

「うん、分かった」

 

「お願いします……」

 

「兄弟は姉さんを頼む。お前なら5年生の問題でも大丈夫だろ。それから――」

 

「了解した。全部言わなくても分かってる」

 

「ジン助けてくれ~」

 

「それじゃあ頼む。さて――」

 

俺とタクにそれぞれ指示を出したヤマは腕を組んで最悪の2人の片割れを見下ろす。

その視線は物凄く冷めたものだった。

 

「キャップ……俺は夏休み入る前も、夏休み中にも何度も言ったよな? 宿題は定期的にやれと。ワン子を見てやっていた時もお前、来なかったから後で聞いた時もきちんとやるって言ってたよな? 信じていた俺が悪かったのかな? どう思う? しかも俺の信頼を裏切ったキャップはリーダーとしてどうだろうな?」

 

詰め寄りながら一気にまくし立てるヤマ。

その態度から本気で怒っているのに気付いたキャップは、冷や汗を流しながら顔を引きつらせる。

 

「わ、悪かったって」

 

「悪い? 悪いだけで済ませる気なのかキャップ?」

 

逃す気はさらさらないヤマは言い訳すらも聞く耳を持っていなかった。

 

その間にモモの方を見ていた俺は集中してやる範囲を指定してやらせると、ヤマとキャップのやり取りを声をひそめ肩で笑っていたもう1人の最悪の片割れの後ろに回る。

俺が後ろにいる事に気付いていないそいつに、タクはカズの宿題を見ながら小さく溜息を吐いていた。

 

ゆっくりと腕を上げ握り拳を作った俺は、一瞬その動きを止め次に勢い良く振り下ろした。

 

   ゴンッ ガンッ

 

ぶつけたような音が2つ、連続して部屋に響いた。

 

俺がガクの後頭部を殴った音と、その勢いでガクがテーブルに額を打ち付けた音だ。

誰もテーブルが揺れた事に何も言わない。

 

余りの痛さに声が出せないのだろう。ガクは額をテーブルにくっつけたまま両手で後頭部を抑え痛みに悶えていた。

 

「キャップを笑うなんて大層いい身分だなガク? お前自分がどんな状態なのかちゃんと分かっているのか? 俺もヤマもちゃんとタクの言いつけ通りに宿題をしろって念押ししたはずだよな? なんでそんなことしたか分かってるか? 休み明けにお前が恥をかかないようにしたのに恩を仇で返すような仕打ちだな?」

 

自分ですら分かる冷めた口調で次々に問い掛ける。答えなんぞ期待していない。これは確認させるための問い掛けだ。

 

「だからって……殴る事はねえだろーが」

 

「文句を言える立場にあると思っているのか? お前は」

 

やっと声を上げたガクに弁明の余地を奪う。

 

そして俺はヤマの隣に並ぶと、同じように腕を組みげっそりとするキャップと、未だ痛みに悶えているガクを揃って見下ろした。

 

同時に笑顔を浮かべる。

 

どんな顔をしているのか自分でも分かる。そんな俺たちを見上げていたキャップとガクの顔から血の気が引いていく様は、声を上げて笑いたかった。

 

「「さて、地獄へ行く覚悟は出来たか?」」

 

一字一句変わらない全く同じ言葉を紡ぐ俺とヤマ。

 

それからお昼を挟んで約10時間。俺の部屋からは何かが殴られる音と、悲鳴のような泣き声が時折廊下に響き渡ったのだった。

 

 

時刻は現在夜の7時。

ここは川神院の食堂。

 

今、俺たちは門下生に混じって夕飯を食べていた。

 

昼食は俺の部屋で素麺を食べたが、さすがに夕食まで部屋で食べるわけにはいかないという事で、みんなの家にも連絡して、鉄心さんの許可ももらい、門下生の人たちと一緒に食べる事なった。

 

「ホッホッホ、なんとも賑やかじゃのう」

 

ワイワイと会話しながら食べている俺たちを眺めて、鉄心さんは楽しそうに言う。

 

実はこれでも静かな方だと思う。なんせ元気よく話しているのはカズだけで、いつも騒がしいキャップとガクは、今日はそんな元気もないようでぐったりしながらご飯を食べていた。

 

自業自得なため誰も気に掛けていない。

 

そんな2人を無視して夕飯食べ終えた俺たちが廊下を歩いていると、ルー師範代が声を掛けきた。

 

「神、頼まれていたもの、数は少なかったけど集めて中庭に置いておいたヨ」

 

「ありがとうございます、ルー師範代」

 

「ウン、準備はこっちでやっておいたけど、後片付けはちゃんとやるんだヨ」

 

「はい、分かっています」

 

俺たちの会話を不思議そうに見ているみんなに、ルー師範代を見送った後で声を掛ける。

 

「中庭に出よう。スリッパも用意してあるから今からでも大丈夫」

 

そう言ってみんなを率いて中庭に足を踏み入れる。

 

「何だ何だ? 何か始めるのか?」

 

「おい、俺様を忘れんなよ」

 

ちょうどその時遅れて廊下に出てきたキャップとガクも駆け寄って中庭に出てきた。

 

俺はぐるりと見渡し準備が出来ている事を確認すると、足元に置いてあった袋に手をかける。

 

「何を準備してもらってたんだ、ジン?」

 

手元を覗き込みながら問い掛けてくるモモに袋を解きながら答える。

 

「今年の夏休み、まだみんなでやっていない事があるだろ?」

 

「やってない事?」

 

「そう。今日で夏休み終わっちゃうからな」

 

そう言って袋から取り出したものに、カズが目を輝かせて叫ぶ。

 

「花火だ!」

 

そう、花火だ。

夏休みでみんなといろいろな遊びをしたし、打ち上げ花火も見たが、手に持ってやる花火だけはまだやっていなかった。

だからちょうどメンバーが集まった今日、いい機会だと思いお昼の時にこっそりルー師範代に頼んでおいたのだ。

 

「花火は別にいいけど……どうせならタカがいる時が良かったね」

 

「そう言うだろうと思っていたよ。それについても――」

 

タクの残念そうな言葉に問題なしと答えかけた時、ちょうどタイミング良く最後の1人が姿を現した。

 

「みんなこんばんわ。ジン兄、呼ばれた通り来たよ」

 

「ヒロ!?」

 

廊下から顔を出し挨拶をしたヒロに、ヤマが驚いた声を上げる。

そして一斉に俺に視線が集中した。

 

実は夕飯の前に、もう帰ってきているだろうと思いヒロの家に連絡しておいたのだ。

予想通り帰宅していたヒロに花火をやることを伝えると、旅行から帰ってきたばかりで疲れている筈なのに、嬉しそうに返事をしてきたので、7時過ぎに川神院に来るように言っておいたのだ。

 

「相も変わらず手筈がいいな兄弟」

 

その事をみんなに伝えた時の感心したヤマの言葉に俺は笑って答えた。

 

 

夜9時近くになり、少ないと言っていた割には結構な数があった花火も、みんなが持っているものが最後となった。

 

最後は定番の線香花火をやり、誰が最後まで残るかの勝負をする。

 

勝負の行方はまあ予想通りというか、自信満々に宣言していたガクがあっさりと脱落。その嫌がらせを受けたタクが2番目。モモにちょっかいを掛けられたヤマが3番目となり、そのちょっかいが仇となったモモが4番目。

普通にしていたヒロと俺がそれぞれ5番目6番目になり、持ち前の強運のキャップと日頃の行いがいいカズが最後まで残った。

 

結果としては僅差でカズの花火が最後まで残った。

 

悔しがるキャップと喜びはしゃぐカズを眺めながら後片付けをし、今年の夏休み最後の思い出は幕を閉じた。

 

俺の部屋に戻り用意されていたスイカを食べ終え、ヒロが持ってきた御土産を全員が受け取ると、誰ともなく静かになり数瞬だけ静寂が訪れた。

 

みんな夏休みが終わることを実感し始めたのだろう。

 

「よし、もう夜も遅いしそろそろ帰るか」

 

「うん、そうだね。いつまでもお邪魔してるのも迷惑になるしね」

 

名残惜しい余韻を断ち切るように言うヤマに、タクが同調するように答える。

みんなそれぞれ荷物を持つと、ゆっくりと立ち上がる。

 

「そんじゃあまた明日、集合場所でな」

 

「今日は楽しかったわ」

 

「花火の時だけの参加になっちゃったけど、呼んでくれてありがとう」

 

「お邪魔しました。また明日ね」

 

「さて、私も自分の部屋に戻るかな」

 

「おぅし! 俺様も帰って寝るぜ」

 

「今日は疲れたよな~俺も帰ってさっさと寝るか」

 

思い思いの挨拶をしながら部屋を出て行くみんな。

そんな仲間を笑顔で見送っていた俺だが、最後に出ていこうとした2人――ガクとキャップの腕を掴み帰るのを阻止する。

 

突然の俺の行動に意味が分からず振り返るみんな。特に掴まれた2人はポカンと間抜けに口を開けている。

 

「キャップにガク……なにドサクサに紛れて帰ろうとしているのかな?」

 

笑顔で言う俺に、今日1日の事を思い出したのか顔を引きつらせるキャップとガク。

ヒロはわけが分からず首を捻っているが、他のみんなは同情に満ちた視線を2人に送っていた。

 

「まだ未処理の宿題が半分残っているだろ?」

 

「あ、あの、ジン兄? もう夜なんですけど?」

 

震えるキャップの声。

 

「大丈夫だ。まだ明日まで時間はある」

 

「あと2・3時間じゃあ絶対に終わらない量だと思うんですけど?」

 

言い逃れようとするガク。

 

「大丈夫だ。10時間で半分出来たんだ、後10時間で残り半分も出来るだろ。なに、明日は日曜日だ。どれだけ寝ようが問題ない」

 

「「か、完徹!?」」

 

「大丈夫だ。お前たちの親には夕飯の確認の時に既に許可をもらっている。夕食中に着替えの用意も持ってきてもらったから安心しろ」

 

「「に、 逃げ場すらない!?」」

 

「さすが兄弟。相も変わらず見事な手筈でしかも退路まで断つ徹底ぶり。全くもって容赦がない」

 

静寂に包まれていた俺の部屋にヤマの呟きがやけに大きく響いた。

 

「忘れたのならもう1度言ってやろう。地獄へ行く覚悟は出来たか?」

 

「「う、ウソだろぉぉぉぉぉ!?」」

 

今日最大級の悲鳴が川神院に響き渡ったのだった。




あとがき~!

「第10話終了。あとがき座談会、司会の春夏秋冬 廻です。今回のお相手は――」

「えっと、師岡卓也です。よろしくお願いします」

「みんなのツッコミヒーロー! モロの登場だ!」

「ツッコミヒーローって何!? カッコよく言ってるけど物凄くカッコ悪いよねそれ!?」

「さすがモロ、隙のないツッコミの嵐。さすがツッコミマスターだ」

「いやだからこんな事でマスターって呼ばれても嬉しくないから! て言うかいい加減始めようよ!」

「はい、というわけで今回のお話は夏休み最終日の風景です」

「やっと始まったよ……でも、よく性格が出てるよね。意外だったのがモモ先輩だけど、まあ原作と違ってジン兄がいるからね」

「神の性格上、百代を放置ってのは絶対にありえないだろうね。さて、恒例の作者自爆タイムですが」

「このあとがきに今までそんなコーナーあった!? て言うかたまに自爆してるだけで恒例になるほどやってないでしょ!」

「実は作者、作中で書いた『人間失格』も『或阿呆の一生』も読んだ事ありません。原作大和が当時、太宰と芥川にかぶれていたとあったので、代表作を適当に出しただけです」

「無視!? しかもホントにぶっちゃけたよこの人!」

「五月蝿いよモロ。そんなにキング・オブ・ツッコミの称号が欲しいならいくらでもやるから少し大人しく黙っててよ」

「そんな称号いらないから! て言うか片方が黙ったら座談会の意味なくなるじゃん! そもそも僕突っ込んでばかりだけどこれホントに座談会!?」

「それでは次回投稿時にお会いしましょうね~」

「最後の最後まで無視ってひどくない!?」

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