真剣に私と貴方で恋をしよう!!   作:春夏秋冬 廻

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100話到達記念第3話。


武神と仁王、そして現代で……

その名を聞いたのは、私たちを現代に蘇らせたという財閥の御曹司からだった。

 

『我の友の1人でな、我の知る限り最も強い男だ』

 

傲岸不遜、傍若無人が服を着て歩いている様な御曹司が、友と認める武芸者。正直に言えば、最初は何の興味も持たなかった。

 

自分がかつて存在した武将のクローンと言われても実感なんて殆ど湧かない。まあ、あの娘は素直な正直者だから信じているようだけど。そこが可愛いんだよね。

 

でも、私としてはそうかもしれない、という感じは確かにあるが、私は『私』だという思いがはっきりしているのだからどうでもいい事だった。

 

蘇ったというのなら、その数奇な運命に呆れながらも感謝し悠々自適に過ごそう、そんな風に考えていた。御曹司の口からその名を聞くまでは。

 

『そんなに凄い人なのか。それでその人の名は?』

 

『うむ、暁神と言う』

 

震えた。

 

身体がじゃない。魂が。

 

不思議な感覚だった。記憶にないのに覚えているのだ。かつて手を合わせた相手の血に連なる者だという事を、魂が理解しているのだ。恐らくあの娘も同じ感覚を受けたはずだ。

 

そして心の、魂の奥底から沸き上がってくる感情、それは『歓喜』だった。

 

悠々自適に過ごそうと決めたばかりなのにそんな事を感じるなんて。どうやら私は研究者たちが言うように、本当に名のある武将のクローンのようだ。

 

ああ、いったいどんな男なのだろう当代の“暁”は。早く会いたい、そんな気持ちが湧きあがってくる自分に、私は苦笑するしかなかった。

 

 

 

          §  §  §

 

 

 

「貴方が暁神かい?」

 

弁慶は目の前の男子生徒に、珍しく挑むような視線で問い掛けた。

 

ここは川神学園の2年S組の教室。今日、義経と弁慶と与一は武士道プランの一角としてこの学園に編入した。放課後になって隣のクラスのF組から、この間のちょっとした出来事で知り合った人たちが挨拶に来てくれた。

 

その中に居た1人の男子生徒。

 

背は弁慶より高い。端整な顔に長い髪を結うことなく腰辺りまで流し一見すると優男にも見える。でも武士(もののふ)としての本能が告げている。

 

この人は強い。

 

そう感じているのに、何故か懐かしさが込み上げてきた。どうしてだろうと思う事もなく理解した。この人が当代の“暁”なんだと。弁慶もきっと同じ事を感じたからこそ声をかけたのだろう。

 

「そうですけど……もしかして英雄から聞きました?」

 

「ああ。『最も強い男』と」

 

「過大評価だと思うんですけどね。でもそれなりに自負はしていますよ」

 

「そのようだね」

 

暁さんはきっと弁慶の視線の意味に気付いている。それなのに何もないように対応していた。少しだけ飄々としたその態度に、やはり懐かしさが込み上げてきた。

 

「弁慶」

 

「やはり義経も感じたんだね」

 

名前を呼んだだけで弁慶は義経の言いたい事を理解してくれた。たぶん同じ思いを抱いたからこそ分かりあえているんだ。実際、隣にいる与一は義経たちを見て首を傾げている。

 

すまない与一。訳を話してやりたいが、義経たちも記憶には全くないのに心の奥底では覚えている、なんていう曖昧な状態なんだ。

 

   シャリィン

 

心の中で与一に侘びていたら、弁慶が持っていた錫杖の先を暁さんに向けていた。

 

「暁神、貴方に勝負を挑みます」

 

一瞬の静寂、だがすぐに地響きのような声が教室を包んだ。だがそれは仕方がないのかもしれない。朝はマルギッテさんの相手を、面倒くさいと言いながら片手間でしていたというのに、今度は弁慶から勝負を挑んだのだから。

 

そもそも多くの人たちと勝負をするのは義経の役割だ。弁慶はだるいと言っていつも逃げているのに。でも今はそれを言い出そうとは思わない。だって義経も弁慶と暁さんの勝負を見てみたいんだ。

 

でもな弁慶、いくら勝負を挑むとはいえそれは失礼じゃないかと義経は思うぞ。

 

「積極的に勝負を挑んでくるような人だとは思いませんでしたよ」

 

向けられている錫杖に特に反応も抗議もする事なく、腕を組んで淡々の答える暁殿を見て、弁慶の顔に笑みが浮かんだ。

 

「そうさね。貴方の言う通り普段はそんな面倒くさい事しないさ。でも――」

 

そこで言葉を切った弁慶は突き付けていた錫杖を軽く振り上げ1歩踏み込むと、暁さんに向かって勢い良く振り下ろした。それをこの教室にいる人たちの何人が見えていただろう。

 

だがそれだけの速さと、そして確かな威力が込められた一撃を、暁さんは右手の人差し指1本で受け止めていた。

 

「心の奥底、魂と言えばいいのかな? それが貴方と勝負がしたいと訴えているんだ」

 

「だからと言って、いきりこれはないでしょう」

 

いきなりの状況の変化に呆然となる教室の中で、まるで何事もなかったかのような2人の会話。

 

「あ、ありねぇ……牽制とはいえ姐御の一撃を指1本で受け止めるなんて……」

 

さすが与一、あの弁慶の動きがちゃんと見えていたようだ。でも確かに凄い。心の中ではそうなると確信していたが、実際に目で見ると彼が“暁”なのだという事を強く感じる事が出来た。

 

「京、見えた?」

 

「かなりギリギリ」

 

「自分は全く見えなかったぞ」

 

暁さんの後ろで一子さん、京さん、クリスさんも呆然となっていた。京さんは与一と同じ弓の名手と聞いている。だから弁慶の動きも見えたんだろう。

 

そんな周りを余所に、弁慶は変わらない挑むような視線を向け、暁さんは真正面からそれを受け止めている。

 

「受けてくれるかい? 暁神」

 

「『()』に、と言うより『()』に、って感じですね。生前、“暁の一族”と闘った事でもあるんですか?」

 

弁慶の言外に含まれている意味に気付いて、どこか挑発するような口調の暁さん。言いたい事を理解していた彼に弁慶は口端を上げて笑みを浮かべた。

 

「記憶にはないねぇ。でも、魂がそう言っているんだ。『()』という存在じゃなく、『武蔵坊弁慶(・・・・・)』という存在が覚えているんだろうね」

 

「なるほど、理屈ではないという事ですか……分かりました、受けましょう」

 

「積極的に勝負を受けるようには見えないけどね」

 

「意趣返しですか? 確かにそうですけど、興味が湧いてきたんですよ」

 

そこで言葉を切り受け止めていた錫杖を弾くと、暁さんは笑顔を浮かべて言葉の続きを紡いだ。

 

「祖先が闘ったという、武蔵坊弁慶の強さにね」

 

その笑みは『あの方々(・・・・)』を彷彿とさせる、飄々として、でもどこか獰猛さを感じさせる笑みだった。

 

 

 

          §  §  §

 

 

 

もしこの世に神がいるというのなら、私はきっと感謝してもし足りない、そんな思いが胸にあった。

 

あのあと、話はとんとん拍子に進み、今は放課後の学園のグラウンドで学長の立ち合いの元に私と暁神の勝負が行われようとしている。

 

私の手にあるのはいつもの錫杖ではなく最も慣れ親しんだ武器、薙刀。普段錫杖を持っているのは、現世の法の『銃刀法』というものに触れないためと、全力を出さないために持っているのだ。

 

だが今回の相手は何と言ってもあの“暁”。全力を出さなければ勝つ事なんて出来やしない。だからわざわざ九鬼の武士道プランの統括者に許可までもらった。しかも刃引きのしていない本物の薙刀だ。

 

刃引きしていない本物という事に関しては、暁神も納得している。逆に『その方が面白そうですね』とまで言い放った。つまり、怪我をしない自信があるんだろうね。

 

でもその余裕が私には心地良かった。その方が目の前にいる男が“暁”なんだと強く実感できるというものだ。

 

「楽しい事やってるなジン。と言うより、私より先に勝負するなんて聞いてないぞ」

 

「言いがかりだなモモ。俺だってまさかこうなるとは思ってもいなかったよ。でもまあ、確かに楽しくなりそうではあるけどな」

 

目の前で会話をしている暁神と女生徒を見遣る。

 

暁神と同じ長い髪、そして放たれる武人としての圧倒的な気配。『モモ』という呼び名からして、あの娘が川神百代のようだ。九鬼の執事である桐山からもまともに相手をするな、と言われていたけど、なるほど、闘いたいという衝動を隠そうともしない好戦的な気配から見るに、余り相手をしたくない娘だね。面倒くさそうだ。

 

そう思いながらも“暁”相手には自分から勝負を吹っ掛けた、そんな自分の矛盾に苦笑いが浮かんできてしまう。

 

「そろそろいいかい?」

 

仲睦まじいところ、野暮なのは分かっているが声をかけさせてもらおう。なんとなくだが面白くないからね。

 

少しだけ不機嫌そうな顔をした川神百代の頭を暁神は宥めるように撫でた後、こちらへと歩み寄ってきた。それを見て学長も私たちの真ん中に位置するように立つ。

 

「双方、準備は良いか?」

 

「ええ」

 

「いつでも」

 

薙刀を構える。暁神は特に構えることなく両手を下げているが、隙が全くない。無形の構えというやつなのだろう。

 

ゆっくりと学長の手が上がる。それにつられるように周囲の野次馬たちのざわめきが、波が引くかのように静かになっていく。

 

訪れた一瞬の静寂。昂る気持ちを落ち着かせるように息を吐く。どうやら知らず知らずに興奮していたようで、いつもの自分らしくない状態に内心で苦笑いを漏らす。

 

私は今、心の奥底から闘いたいという気持ちでいる。それは『私』が生まれてから初めての感情だけど、どうすべきなのかは何故だか分かってしまう。それは『私』が『武蔵坊弁慶』だからなんだろうね。

 

でもそれでいい。考えるのは後からでも出来る。今は、目の前にいる武人との闘いに心を踊らせよう。

 

「いざ尋常に――はじめいっ!」

 

手が振り下ろされると同時に地面を蹴り一足飛びで間合いを詰める。私がすべきことは先手を取る事。

 

魂の記憶では2度手合わせをしている。相手が“暁”ならば出方を伺うなんて悠長な事をしたって何の意味も持たないという事を闘う前から理解していた。

 

間合いに入り、踏み込みの勢いを殺すと同時に渾身の力をもって放った斬り上げを、暁神は上半身をわずかに反らすだけでかわした。だがかわされるのは始めから分かっていた事。すぐさま手首を返し袈裟斬りを放つ。

 

上体が反れた体勢ではよける事は出来ないし、回避には飛び退くしかないだろう。それを追って今度は突き上げる、そう考えていたが、暁神の行動は私の予想を覆してくれた。

 

迫りくる薙刀の刀身の腹に、左手の甲を当てると振り払う勢いと共に斬撃の軌道を強制的に変えてきた。その勢いにこちらの体勢がわずかにブレる。その隙をつき放たれた右拳を、私は咄嗟に薙刀から左手を放し受け止めた。

 

数瞬の睨み合い。どちらからともなく地面を蹴り間合いを空けた。

 

受け止めた衝撃に痺れる左手の感触に、口端が上がってくのを止める事が出来そうにない。私は今、間違いなく笑みを浮かべているだろう。湧き上がってくる歓喜と懐かしさは、きっと魂が震えているからなのだと思うけど、笑い声が零れないでいるので精一杯だ。

 

だがさっきの攻防で分かった事もある。薙ぎや斬りでは恐らく捉える事は出来ないだろう。まさか刀身の腹に手を当てて斬撃をいなすとは思いもしなかった。

 

いや、1度目(・・・)の時も同じような技で斬撃をいなされたような気がする。魂は覚えているが、記憶にないというのは意外と厄介だ。頭で考えていたら混乱していしまいそう。

 

そしてなにより、かわした素早さに受け止めた衝撃。まだ1度の攻防だが恐らく暁神は1度目の男よりも力強く、2度目の男よりも早いだろう。

 

そんな事を思いつつも、半身になり薙刀の切っ先を下へ向ける構えを取る。それを見た暁神の気配が少しだけ変化した。おそらく私の意図を感じ取ったんだろう。なら遠慮はしない。迫る薙刀の攻撃が面ではなく点ならば果してどう対処する?

 

初撃と同じように一瞬で間合いを詰めると、切っ先を跳ね上げるように喉に狙いを定めて突きを放つ。左右、どちらかに動いてかわしたとしても追撃する準備も出来ている。

 

動きを見逃さないように目を凝らしていたら、暁神の口端が少しだけ上がった。そして、薙刀の切っ先が喉を捉えると思った瞬間――

 

消えた!? いや違う! だけど確認をしている暇はない!

 

左から迫る気配に咄嗟に腕を上げる。本当にギリギリのところで蹴りを受け止める事が出来た。だが直後に再度感じた下からの気配に対し、直感に逆らうことなく上半身を後ろに反らす。その視界を蹴り上げた足が通り過ぎていった。

 

燕毘龍(えんびりゅう)!?

 

心の奥底から飛び出してきた言葉に驚きつつ、体勢を整えるために大きく後ろに飛び退く。その際、暁神が両手で挟んでいた薙刀の刀身を放すのが見えた。

 

なるほど、突きの軌道にそって上半身を反らし、刀身を白刃取りの要領で受け止めると同時に左脚で蹴りを放ち、受け止められるや否や残った右脚で顎を狙ってきたというわけね。

 

「よくかわしましたね。初見でかわしたのは貴女で3人目ですよ」

 

「初見じゃないんだよね、これが。過去に2度(・・・・・)見ていたらから(・・・・・・)よけられただけさ」

 

そう、あれは咄嗟に身体が反応し、それに逆らう事をしなかったからかわせただけ。無駄に考えていたきっと顎下からの蹴りはくらっていたでしょうね。

 

「なるほど、また『魂の記憶』というものですか。少し聞きますけど【燕毘龍(えんびりゅう)】以外に知っている技はありますか?」

 

「そんなに覚えていないねぇ……ああでも、【獅穿哮(しせんこう)】と【空蠍(くうかつ)】ってのは覚えているようだ。どうやらその技で負けたみたいだし」

 

そう、今思い出した。私は2度闘って2度とも負けている。ああ、だからこそ闘いたいという衝動が止まらなかったのか。今度こそ勝ちたい、そんな思いがあったんだろう。

 

だけど今はそんな思いはどうでもよかった。魂から湧いてくる『武蔵坊弁慶』の思いは『私』の思いと重なりだしているからだ。

 

目の前の武人に勝ちたい。今、私は純粋にそう思っている。

 

 

 

          §  §  §

 

 

 

ひと言で言うのならば、凄い。

 

弁慶が繰り出す薙刀をかわし、いなし、場合によっては振るう前に踏み込み拳や蹴りを当てに行く。

 

相対しているわけではないから確信はないけど、暁さんは1度目の方より力強く、2度目の方より速い。きっと弁慶もそう感じているはずだ。実際3度4度、5度6度と攻防が続くと弁慶が圧され始めた。

 

速いため攻撃をかわせず防ぐしかなく、防いだ時に痛みと衝撃からか顔を歪める事が多くなった。

 

でも、きっと弁慶は心の底からこの戦いを楽しんでいるんだろう。義経はそんな確証をもっている。

 

「姐御が圧されている? 何なんだよあいつは……バケモンか?」

 

隣で呆然と呟く与一に、申し訳ないけど苦笑が漏れる。うん、きっと“暁”を知らないからこその反応なんだろう。

 

だって、暁さんの友達も周囲で見学している学園の生徒たちも、誰も暁さんが弁慶と互角以上に闘っている事に驚いていない。少なくとも、この時代、この学園において、暁さんの強さは周知の事なんだ。

 

「与一、覚えておくといい」

 

「あん? 何をだよ」

 

訝しげに声を上げた与一に、義経は視線を向け口元に笑みを浮かべて言った。

 

「“暁の一族”は武神。あの方こそ、日の本一の武士(もののふ)だ」

 

 

 

          §  §  §

 

 

 

   ビキィ

 

薙刀の拵えにヒビが入った。

 

かわす事が出来なくなり、腕や脚で拳と蹴りを受けていたけど、痛みと衝撃でそれも厳しくなったから薙刀で受け止めていたが、どうやらそれも限界が来たようだ。

 

もう1度受け止めれば完全に折れるね。

 

後ろに飛び退き薙刀の状態を確かめる。そんな余裕があるのは向こうから仕掛けてこない事が分かっているから。

 

何故だか知らないけど、暁神は自分から攻撃してこない。挑まれた方の立場としてなのか、あるいは私が女だからなのか。

 

武蔵坊弁慶としてはその扱いは不服以外の何でもないんだけど、私は『武蔵坊弁慶』以前に『私』という女であるから、ちょっと矛盾しているけどその扱いは別段気にしない。

 

さて、どうしようかな。このまま続けても勝てないのは既に分かり切っている。2度ある事は3度あると言うが、まさか本当に3回も負けるとは思わなかった。

一矢報いる。それしかないか。きっと生前の2回の闘いの時も同じ事を思ったんだろうな。

 

でもそうするにしても、どうすべきか。

 

渾身の力を込めた一撃を放ってもいいが、そもそも拵えにヒビが入ったこの薙刀が、私の渾身に耐える事が出来るのか甚だ疑問だ。恐らく壊れるだろう。ならば薙刀は捨てるべきだな。

 

ふむ……よし、あれでいってみよう。あれなら恐らく不意を突けるはず。

 

意を決するように1度大きく息を吐く。そんな私の動きに、次が最後の攻防になる事を察したのだろう、暁神も迎え撃つ態勢に入った。あくまでも自分からは仕掛けないつもりのようだ。

 

なら、最後も遠慮なく行かせてもらおう。

 

吐ききると同時に地面を蹴る。初撃の時と同じように間合いに入り、踏み込みの勢いを殺すと同時に渾身一歩手前の力をもって斬り上げを放つ。

暁神はその斬撃を半身になってかわすと同時に、右拳を私のガラ空きの胴に向かって繰り出してきた。

 

よし、ここまでは予測通り。

 

私は振り上げた勢いのまま手首を返すと、自分の胴と暁神の拳の間に薙刀を立てて受け止める体勢に入る。一瞬だけ暁神の顔に訝しげな表情が浮かぶ。恐らく薙刀にヒビが入っている事を知っているのだろう。

 

忘れてはいない。あと1度受け止めれば折れる。だからこそ拳が薙刀に触れた瞬間――

 

私は薙刀を持つ手を放した。

 

受けた拳の勢いのまま宙を舞う薙刀。私はその隙に脇に潜り込み暁神の後ろに回り込む。

 

今生、女として生まれた私は、男であった生前では手に入れられなかったものを得る事が出来た。それが『速さ』だ。女としては背が高い方だが、それでもこの軽い体躯は自分が思っていた以上の速さで動く事が出来た。

 

後ろに回り込み首を取るため腕を伸ばす。そしてそのまま締め上げる。そう思った瞬間――

 

 

「は?」

 

 

物凄い勢いで世界が反転し、次に視界いっぱいに空が広がったのを見て、私の口から間抜けな声が漏れて出た。

 

空を見ているという事は、この背に感じる固い感触は地面で間違いないんだろう。という事は、私は投げ飛ばされたのか?

 

そう理解した時には私の首に誰かの手が添えられていた。確認するまでもなく気配で分かった。傍らにいる暁神のものだ。

呆然としながらもその姿を見遣れば、落ちてきた薙刀を掴み地面に突き刺している。そして私の視線に気付き、笑みを浮かべて問い掛けきた。

 

「続けますか?」

 

散歩にでも誘うかのような軽い声。それを聞いて小さく笑ってしまった。

 

この状態を見て、どう考えれば続ける事が出来るというんだろうか。獲物である薙刀は相手の左手にあり、首元には右手が添えられている。どう見ても、生殺与奪の権利は暁神が有しているのは一目瞭然だ。

 

「いいや、私の負けだ」

 

口から出た声は、思っていたよりも晴れ晴れとしたものだった。まあ元より怨嗟があって勝負を挑んだわけじゃないしそれは当たり前なんだけど、勝てなかったのに嬉しいのは何でだろうね。自分でもこの気持ちが分からないな。

 

「勝者! 暁神!」

 

学長の勝ち名乗で周囲の野次馬が騒ぎだす中、差し出された暁神の手を取り立ち上がる。初めて間近でその顔をしっかりと見た。

 

端整な顔立ちに少し切れ長だが意志の強い瞳。だがどこか安心感を与えてくれる眼差し。なかなかいい男だ。

 

そう思ってふと考える。はて、なんで私はそんな事を思ったんだ?

 

「お疲れ様だぞ、ジン」

 

自分が何故そんな事を思ったのかが分からず軽く首を傾げていると、川神百代が満面の笑みで暁神の後ろから飛び掛かり抱き付いた。それなりに勢いがあったが、揺らぐ事なく受け止め軽く振り返った暁神の表情に浮かんだのは愛しい者を見る笑み。

 

それが、何故か面白くなかった。

 

「暁神、ちょっと聞いてもいいかい?」

 

「はい、何ですか?」

 

私の問いかけにこちらを向き小さく首を傾げる暁神。

 

はて、私はいったい何を聞こうとしているのだろうか。だが冷静な思考を置き去りにして口は勝手に言葉を紡ぐ。

 

「勝負の前もそうだったけど仲睦まじいね。君と川神百代は所謂『恋仲』と呼ばれるものなのかい?」

 

そういえば、勝負を始める前も2人の仲睦まじい姿を見て面白くないと感じたな。いや、だから何で面白くないと感じたんだ? それ以前になんで私はそんな事を聞いたのだろうか。別に2人が恋仲であろうとも私には関係のない事のはず。

 

「まあ、そうですね」

 

「私とジンはお互いを全て知った仲なんだぞ」

 

全てを知った仲というのは、つまりそういう事(・・・・・)をする仲という意味なんだろうね。より一層身を寄せ合っている。美男美女でなかなかお似合いじゃないか……本当に面白くない。

 

ああ、そういう事か。

 

唐突に理解した。何故私が仲睦まじい2人を見て面白くないと感じるのかを。

 

そうか、そういう事だったのか。自分の事ながら何とも不思議な感覚だ。私はやっぱり『武蔵坊弁慶』である以前に『私』なんだ。今日ほどそれを強く実感した。

 

ならば行動に移ろう。生憎、私は勝負する前から負けを認める様な聞きわけのいい良い子なつもりはない。勝負というものは、やってみなければ何が起きるか分からないのだから。

 

「暁神」

 

「はい?」

 

呼び掛けにこちらを向いた顔に手を伸ばし顎に軽く添え身を寄せる。私の行動を不思議そうに見ている表情が可笑しくて小さく笑い掛け――

 

 

その頬に口づけを落とした。

 

 

「っ!?」

 

「なっ!?」

 

一瞬の静寂。そして爆発する声。

 

予想もしていなかったであろう私の行動に、未だ呆然といている暁神と、いち早く立ち直り物凄い好戦的な笑みを浮かべている川神百代。どうやら私の行動の意味を理解したらしい。

 

それならば話は早い。では、宣誓の言葉を述べよう。

 

「暁神、私は貴方に惚れました」

 

 

 

          §  §  §

 

 

 

目の前の弁慶の行動を信じられないといった表情で呆然としている与一。そんな与一の姿が可笑しくて笑いがこぼれてしまった。

 

確かにらしくない弁慶の行動。でも、それでもいいと思った。

 

『武士道プラン』なる計画で歴史上の武士のクローンとして生み出された。でも、そんな数奇な運命であろうとも、再びこの世に生を受けたのだから、今生は弁慶の思うままに生きてほしい。

 

義経は、そう思うのだった。




あとがき〜!

「100話到達記念第3話終了。あとがき座談会、司会の春夏秋冬 廻です。今回のお相手は――」

「暁神だ」

「最後の最後でおいしい思いをしました暁君です」

「おい、何だ最後の弁慶の行動は?」

「ん? いや何となく?」

「なんで疑問形なんだよ……」

「いや本当に何となくなんだよ。別にやろうと思って最初から考えていたわけじゃないんだ。本当に自然に流れるままに書いていたらあんな風になっちゃって……でも後悔はしていない」

「途中でなんか思わなかったのか?」

「いやな、確かに武蔵坊弁慶だけど今生は女じゃん。で、魂に刻まれた記憶にある、自分より強い存在と同等以上の強さをもつ男が目の前にいる。あの人の性格からして惚れたとしてもおかしくないんじゃないかな〜っと」

「あっそ……まあ、本編と関係ないから別にいいのかもしれないけれどな」

「まあそうだね。今回の話はパラレルワールドと思ってくれたほうがいいね。本編に『S』のキャラを出すつもりは全くないから」

「そう願うよ」

「さて、3話構成、プロローグも含めれば4話構成となりました『100話到達記念 真剣に私と貴方で恋をしようS!?』いかがだったでしょうか? と言いながらも批判批評は出来るだけ穏便にお願いしますね」

「それで? 本編はいつ再開だ?」

「できるだけ早く投稿。間隔も短くできように頑張ります!」

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