道化と往く珍道中   作:雪夏

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茶々丸とエヴァンジェリンの二人を下した小竜姫。

一言: お気に入り数が1500件を突破しました。ありがたいことです。


その10 激突!?竜神と吸血鬼 その後

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんだ、アレは。巨大な竜の(あぎと)が目の前に……。それにあの時感じた寒気……ハハッ、そうか……アレが恐怖か」

 

 地面に仰向けに倒れたままエヴァンジェリンは、小竜姫が眼前に迫って来た時のことを振り返っていた。

 

 小竜姫の剣の間合いに入った彼女が感じたのは、今までに経験したことがない感覚であった。初めて襲撃された時とも、初めて重症を負った時とも違う恐怖。吸血鬼となったことで遠ざかってしまった当たり前の筈の恐怖。原初の昔から生物の本能に刻まれた恐怖。

 

 

 

 ――死への恐怖

 

 

 

 死の恐怖という未知の感覚は、エヴァンジェリンから体の自由と思考能力を奪った。それ程小竜姫から伝わってくる感覚は強烈であり、それ故に、彼女は小竜姫の攻撃を全く認識することが出来なかった。気づいたら全て終わっていたのだ。

 最も、認識出来た所で当初エヴァンジェリンが考えていた作戦――肉を切らせて骨を断つ――が成功したかは謎である。

 

 更に小竜姫の放つ闘気が尋常ではなかったことも、そのことに拍車をかけていた。

 普段なら小竜姫は闘気を外に出すことはしない。闘気は、実力差が開いている相手には威圧感を与えることが出来るが、耐性のあるものや実力が近いものには、自分の気配を相手に知らせたり、攻撃のタイミングを知らせたりするからである。

 相手を攪乱する為にわざと闘気を放出するという戦い方もあるが、それを小竜姫は修めていない。

 

 では何故小竜姫から闘気が……それも尋常ではない量のそれを放出したのか。それは、偏に小竜姫のヤル気が昂ぶっていた為である。

 訓練のルールを決めている時からその傾向はあったのだが、エヴァンジェリンが容易には破れないと自信を見せた魔法障壁を相手に力を試すことに、小竜姫の気持ちは昂揚していた。小竜姫は、自身の力が落ちていることを自覚しているし、自己鍛錬時に現状の力がどの程度であるかも確認していた。神剣は問題なく取り出せること、超加速の持続時間が短くなったこと、霊波砲の出力が落ちたこと……などである。

 

 そんな小竜姫にとって、エヴァンジェリンとの訓練。そして、その魔法障壁を破ることは、今の彼女がこちらの世界でどの程度の実力かを知る絶好の機会であった。

 だからこそ、障壁を破る為に邪魔になる茶々丸をすぐに排除したし、威力のある突きを選択したのである。

 

 その際、障壁を突破することに集中するあまり、ついうっかり闘気が漏れてしまったのだ。ここに老師がいれば、未熟と一喝されたことであろう。

 

 

 

 

 

「おーい、大丈夫か? どっか怪我したか? って、吸血鬼だから問題ないのか……」

 

 仰向けに倒れたまま動かないエヴァンジェリンの元に、頭にタマモを乗せた横島が近寄り声をかける。茶々丸の所へは学園長と刹那が向かっているようである。

 エヴァンジェリンはゆっくりと頭を動かし、横島たちを見上げる。その表情は呆然と言った感じである。…

 

「大丈夫だ。我が身に起こったことを考えていただけだ……」

 

「うん、見た感じ怪我はなさそうだな。流石は吸血鬼って所か。竜姫の突きをくらったのに、もう治癒してる」

 

 その言葉で初めてエヴァンジェリンは、無意識の内に治癒していたことに気がつく。余程、呆然としていたのか痛みを感じていなかったことにも。

 

「くくくっ、何ということだ。私としたことが何処まで呆けていたというのだ……。笑いしか出てこないというのはこのことだな……」

 

 そう言って静かに笑うエヴァンジェリンに、横島たちは軽く引いていた。

 

「あまりのショックに頭がおかしくなったか? まだ、こんなに小さいのに可哀想に……。これもタマモと竜姫が自重せんから……」

 

「わ、私は違うわよ!? 悪いのは……そ、そう、竜姫よ! 竜姫がテンション吹っ切れて、やり過ぎちゃったからこんなことになったのよ!」

 

「う~む。それは否定出来んが……この娘プライド高そうだしなぁ。二連敗したのが余程堪えたんじゃないか?」

 

「そ、それでも竜姫の秒殺に比べたらショックは小さいわよ!」

 

 エヴァンジェリンがおかしくなったのは、小竜姫がやり過ぎたせいだと必死に主張するタマモ。 そこに、問題の小竜姫が近寄り話かける。

 

「エヴァンジェリンさんは大丈夫ですか?」

 

「ああ、竜姫! アンタのせいでおかしくなったみたいよ」

 

「ええっ!?」

 

 これ幸いと責任を押し付けるタマモ。いきなり、告げられた小竜姫は驚愕する。自分のせいでおかしくなったと告げられたのだから当然である。

 しかし、その驚愕は長くは続かなかった。当のエヴァンジェリンが上半身を起こして、小竜姫に向かい口を開いたからである。

 

「私の負けだ、妙神竜姫。葛葉タマモに続いてこの様だ。“悪の魔法使い”、“闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)”と恐れられた、この私がだぞ? 最強を名乗るに相応しいと自負してきたのにだ」

 

 エヴァンジェリンの口から溢れるのは、どれもネガティブなものばかり。それを見たタマモと小竜姫は、フォーローの言葉が見つからず狼狽えている。

 

「エヴァちゃん。エヴァちゃんは何歳? 吸血鬼なんだから見た目通りじゃないんだろ?」

 

 そこに横島が問いかける。横島の意図は不明だが、ここは任せようとタマモと小竜姫は口を閉じる。

 エヴァンジェリンは自分に話しかけて来た横島に視線を向けると、素直に答える。負けたショックがあるのか、随分素直である。

 

「私か? 600歳くらいだが……それがどうした?」

 

「ん? ただ聞いて見たかっただけ。そっかぁ、ピートより100も歳下なのか」

 

「ピートとは誰だ? 長命種だというのはわかるが」

 

「オレの友達だよ。ずっと遠くにいる友達」

 

「そうか……悪かったな」

 

 横島の言葉から何やら勝手に誤解したエヴァンジェリンは謝罪する。それを疑問に思った横島だったが、エヴァンジェリンに質問することで気をそらすことに成功したと判断すると、一同を促し茶々丸の元へと向かおうとする。

 

「じゃ、とりあえず茶々丸ちゃんの所に行こうか? ん? エヴァちゃん行かないの?」

 

「いや、何故か立ち上がれん……。一体どうしたと言うのだ」

 

「腰が抜けてんじゃないの? 竜姫の攻撃を受けたんだし、不思議じゃないわよ」

 

 エヴァンジェリンはどうやら腰を抜かしてしまったようで、立ち上がることが出来ないようである。それをからかう者はこの場にはいなかった。普段なら横島とタマモはからかってもおかしくないのだが、小竜姫の攻撃を受けた後では仕方ないと思っている。

 

「んじゃ、ちょっと失礼してっと。お、軽いなぁ」

 

「お、おい! こら、離さんか!? 少しすれば歩けるように……」

 

「はいはい、暴れなーい」

 

 エヴァンジェリンに一声かけた後、横島がエヴァンジェリンを所謂お姫様抱っこの形で抱き上げる。抱き上げられたエヴァンジェリンはというと、大人しくする筈もなく離せと暴れまわる。その頬は羞恥からか朱に染まっている。

 

(あ、暖かい……。いつ以来だ? 他人の体温を感たのは……?)

 

 

 

「これってヤバイ?」

「ですね……ああ、羨ましい」

 

 

 

 

 

「フォフォフォ、お姫様抱っことは……エヴァよ、中々様になっておるぞ?」

 

「黙れ、ジジイ。そのニヤケ顔を今すぐ凍らせてやろうか」

 

 エヴァンジェリンを抱きかかえ、頭上に子狐状態のタマモを乗せた横島の姿を見た学園長がからかいの言葉を告げると、即座にエヴァンジェリンから冷たい言葉が返ってくる。

 

「それは勘弁じゃな……。それで茶々丸くん何じゃが……」

 

「どうかしたのか?」

 

「もしかしてやり過ぎてしまいましたか? 一応手加減したのですが……」

 

 言葉を濁した学園長にエヴァンジェリンと小竜姫が問いかける。特に攻撃を加えた小竜姫の方が心配そうである。

 

「安心せい。別に致命的な何かをおった訳ではない。ただ、ちょっとのぉ。システムチェックを実行しますと言った後から動かんのじゃ」

 

「それって十分一大事なんじゃ?」

 

 横島は何故か正座の姿勢で固まっている茶々丸と、その周りをオロオロしながら歩き回っている刹那という光景を眺めながら言う。刹那の姿に少し癒されてしまったのは秘密である。

 

「いや、システムチェックの前に重大なダメージはないと言っておったからのぉ。破損したデータがないかを確認しとるんじゃろうて。ただ、それがいつ終わるかが分からんのがのぉ」

 

「どうなんでしょうね? エヴァちゃん分かる?」

 

「んあ?」

 

「あー、疲れて寝ちゃってた? ゴメンなー、茶々丸ちゃんのチェックってどれくらいかかるか分かる?」

 

「んー、超か葉加瀬に聞け。ハイテクはさっぱり分からん」

 

 そう言うと横島の胸に顔を埋めるエヴァンジェリン。本人は決して認めはしないだろうが、初めて意識した死の恐怖から解放された安心感と久しく感じなかった人のぬくもり。そして、エヴァンジェリンが苦手とするハイテクの話が合わさった結果、今のエヴァンジェリンは父親に甘える幼女と化していた。

 

「あー、超とか葉加瀬って誰かわかります?」

 

 横島は急に甘えてきたエヴァンジェリンの頭を撫でながら、学園長に超たちのことを尋ねる。その顔は微妙に引きつっている。何故なら、小竜姫は横島の服の裾を掴むことで、タマモは後頭部に尻尾をペシペシと当てることで、それぞれ不満を密かに伝えてきているからである。

 

(な、ナンパやないからシバかれんのか!? くぅー、こういう可愛い嫉妬って感じの反応はどないすればええんや!? エヴァちゃん抱えとるから、飛びかかるわけにもいかんし……)

 

 横島が葛藤しているとは知らない学園長はエヴァが告げた二人について話をする。

 

「二人ともタマモくんたちのクラスメイトじゃな。葉加瀬くんも超くんも入学前から、大学の工学部に顔を出しておってのぉ。茶々丸くんの製作者でもあるのぉ。どっちにしろ、ここを出ないことには話は聞けないから意味ないのぉ」

 

「あー、それじゃこういう時どうしたらいいんでしょうね? 動かすのは……」

 

「やめた方がいいじゃろうのぉ。処理中に衝撃を与えるとか悪い予感しかせんからのぉ。かと言って、放置するのものぉ。仕方ない。儂が先の場所からテーブルと椅子を運んでこよう。横島くんたちはここで待っておれ」

 

「ありがとうございます」

 

 結局、学園長が先程休憩時に使用したテーブルと椅子を運んでくることとなった。

 横島はエヴァンジェリンが完全に寝入ってしまった為、手伝うことは出来ない。小竜姫は刹那を落ち着かせていたが、いつの間にか先の戦闘のことで質問攻めにされている。タマモはそもそも手伝うつもりがない為である。

 

 

 

 学園長がテーブル類を魔法で浮遊させて運んできた時、横島たちは地面に座りこんでいた。胡座をかき座っている横島の膝の上にはエヴァンジェリンが、頭上には変わらずタマモがおり、二人とも眠っているようであった。

 小竜姫は横島と背中合わせで座っており刹那と話をしている。傍らには、システムチェック中の茶々丸の姿もあり、遠目から見ると一家団欒の光景に見えないこともない。

 

 

 そんな光景を目撃した学園長は、平和な世とはこのような光景なのではないかと考える。

 

 人間、妖狐、吸血鬼、ハーフ、ガイノイド。

 

 互いの違いを気にすることもなく隣にいることが出来る光景。それこそが平和と言うのではないだろうかと。

 

 

 

 




戦闘後の説明会の筈。とりあえず、エヴァが目覚めてからの一話で4時間目は終了予定。本当は今回で終わる筈だったんですがね。
次回は記念小説を更新予定です。

エヴァの危険察知能力は減衰している。小竜姫の神剣は文珠のように意識下にある。学園長がある程度機械に精通している。
これらは拙作内設定です。

ご意見、ご感想お待ちしております。
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活動報告更新しました。

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