道化と往く珍道中   作:雪夏

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準備を整えたエヴァンジェリンが戦うのは、竜神にして武神である小竜姫。神族の力の源である信仰の力こそ失っているが、その身に宿る力は尚強大である彼女に、エヴァンジェリンはどう立ち向かうのか。
そして、小竜姫の言う“アレ”とは……?

一言: しばらく戦闘は遠慮したい


その9 激突!?竜神と吸血鬼

 

 

 

 茶々丸が運んできた軽食――サンドイッチを食べながらエヴァンジェリンが、小竜姫との模擬戦について口を開く。

 

「今の内にルールを決めるか。まず、参加者はこちら側が私と茶々丸の二人。そちら側は妙神竜姫……でいいのだな?」

 

「ええ。私は一人で構いません。勝敗……というか決着はどうしますか? タマモちゃんの時のようにしますか?」

 

「それでもいいが……いや、やはり変えよう。そうだな……私と貴様のどちらかが威力の大小に関わらず直撃を三回受けたら負けでどうだ?」

 

「三度の直撃ですか……少々物足りないかもしれませんが、訓練ですしそんなものでしょうね。茶々丸さんに関してはどうします?」

 

「茶々丸は三回直撃を受けた時点で、戦闘から離脱させる。勿論、以後の参加はなしだ。それと、魔法障壁はどうする? 別に障壁を突破出来なくとも直撃と判定してやってもいいぞ? 何と言っても吸血鬼の真祖()の障壁だからな。簡単に突破出来るものではない」

 

「それがどれくらい固いかは分かりませんが……多分、突破出来ると思います。なので、お気になさらず。ただ、障壁次第では力加減を間違えてエヴァンジェリンさんの腕あたりを切り飛ばすかもしれませんが」

 

 茶々丸の入れた紅茶を飲みながら小竜姫は答える。その内容は、ゆっくり紅茶を飲んでいる姿とは対照的に過激なものであった。

 それを聞くエヴァンジェリンも同じく紅茶を飲みながら答える

 

「ほう、自信満々だな。よかろう。障壁を突破できなければ直撃と認めん。それと、私の体のことは気にするな。私は不死だし、再生も出来る。腕や足、首を切り飛ばされようが、腹に穴をあけられようが問題はない。ただ、再生するのは疲れるから全力で防がせてもらうぞ?」

 

「ふふ、それは楽しみです」

 

 お互いに笑顔を向け会話する二人。その手に持つ紅茶のこともあり、非常に和やかなお茶会の一場面にも見える。会話の内容に目をつぶれば、であるが。

 

 そんな二人を他所に、横島たちはお茶を楽しんでいた。

 

「いやー、美味い。茶々丸ちゃんはお茶入れるの上手だな」

 

「私には、様々なデータがインストールされています。今回もそれに従っただけです。賛辞を受ける程のことではありません」

 

「それでも、上手だって。オレなんか知識があってもその通りには出来ないしさ」

 

「私はガイノイドですので」

 

 そのまま茶々丸と会話を続ける横島。その頭上にタマモの姿はない。紅茶が運ばれてきた為、人間の姿に変化し直した為である。そのタマモは刹那と会話していた。

 

「いい? 竜姫の戦い方をよく見ておくのよ? 私の戦い方よりは刹那の参考になる筈だから。同じ剣士だしね。ただ、ちょっと竜姫のテンションが不安だけど……。竜姫も“アレ”を試す筈だし、すぐに終わらせることはしないと思うし……うん、きっと大丈夫。まぁ、エヴァを瞬殺しちゃったらゴメンね? その時は参考に出来ないと思うから」

 

 次第に不安そうな顔になるタマモ。それを見た刹那は疑問をぶつける。

 

「あの、先程から心配の方向がその……竜姫さんの戦い方というか、エヴァンジェリンさんを瞬殺してしまうことについてのように聞こえるのですが……?」

 

「? そうだけど?」

 

「何聞いているのって顔しないでください! 普通、竜姫さんが怪我しないかとか、負けないかを心配するんじゃないんですかっ!? タマモさんは幻術がありましたけど、竜姫さんは剣士なんですよね!?」

 

「何興奮してんのよ? 紅茶でも飲んで落ち着いたら?」

 

「だから、何でそんなに落ち着いてるんですかっ! エヴァンジェリンさんの魔法は見たでしょう? 私たちのような剣士が、彼女に有効打を与えるにはあの猛攻を避け、懐に入る必要があるんですよ? 普通は詠唱の隙を突くのでしょうが、今回はそれも出来ません。つまり、竜姫さんの苦戦は必至なんですよっ!?」

 

 ゆっくり紅茶を口元へ運ぶタマモに、立ち上がって矢継ぎ早に言葉を浴びせる刹那。

タマモとエヴァンジェリンの戦いの時は、初めて目にする西洋魔法の威力に圧倒されていたのもあってタマモのことを心配していた。

しかし、途中からはエヴァァンジェリンの氷に対してタマモは炎と相性が良かったこと、魔法と術の撃ち合いが互角であったこともあり、そこまで心配せずに見ていられた。そこには、お互い術者タイプであったことも少なからず関係している。

 剣士が術者と戦う場合、先手を取り速攻を仕掛けるのが基本である。一度後手に回り距離を取られると、遠距離攻撃の嵐にあう可能性があるからである。

 

 そして、小竜姫とエヴァンジェリンの訓練は、エヴァンジェリン側で絡繰茶々丸が参加する。つまり、エヴァンジェリンは容易に距離を取ることも、詠唱の時間を稼ぐことも可能なのである。エヴァンジェリンの魔法の威力を見た刹那が心配するのも無理はないことであろう。

 

 その刹那の心配をタマモは気にも留めない。タマモは別に刹那の心配が的外れだとは思っていない。タマモ自身、先の戦いでエヴァンジェリン相手に距離を詰めることの難しさは理解している。正面から魔法を避けながら進むなんて馬鹿な方法は、無理だということも理解している。何故か、横島は理不尽に避けて距離を詰めそうな気もするが……。

 

だが、()()()に限って言えば、それは杞憂なのである。

 

「刹那が言いたいことは分かるわ。普通ならイジメみたいな状況だってことも。でも、心配いらない。竜姫はね? 単純な“力”で言えば……私たちの中で一番強いの。それも、理不尽なほどに」

 

「え?」

 

「因みに、単純な“力”なら今の(・・)私よりも横島の方が強いわよ? 私は最下位」

 

「う、うそですよね?」

 

「どっちも本当。ま、片方はすぐわかるんじゃない? 竜姫のヤル気が段々上がってきているし」

 

 タマモが刹那との会話は此処までと、再び子狐の姿になると横島の頭に飛び乗る。そのことに文句を言う横島を見ている刹那の脳裏には、先程のタマモの言葉が妙に響いていた。

 

(タマモさんより横島さんの方が“力”は上……? 冗談?)

 

 

 

 

 

そんな彼女たちを眺めている男が一人。彼はため息を一つ吐くと、小さく言葉を紡ぐ。

 

「儂、忘れられてる……?」

 

 

 

 

 

 十分な休憩をとった一同は再び広場へと来ていた。そこには先程まで、お茶を共にしていた時の和やかな雰囲気は欠片もなかった。

 

 やがて、広場の中央を挟んで対峙する人影の内、二人組――エヴァンジェリンと茶々丸が先に口を開く。

 

「ルールは先程言った通りだ。三度の直撃を受けたものは行動不能として戦線から離脱。先に相手側の全員を行動不能にしたものが勝者だ。いいな。今度は様子見なしで最初から全力だ。簡単に終わってくれるなよ?」

 

「全力でいかせて頂きます」

 

 その言葉を受けた小竜姫は、とても楽しそうな笑顔で頷くと言葉を返す。

 

「私も最初から全力でいかせてもらいます。ああ、実戦はやっぱりこうでなくちゃ」

 

 

 

 

 

 それを広場の脇で見守る横島たち。それぞれの顔には違った表情が浮かんでいる。刹那は心配、学園長は楽しみといった具合である。

 そして、横島とタマモはというと実に気の抜けた表情であった。

 

「何か竜姫のテンションが予想以上に高いんだけど……。タマモとの戦いを見て興奮したのか?」

 

「さぁ。ただ、ルールを聞いた感じだとすぐ終わる気がするわね。それにあの様子じゃ “アレ”のテストのことはすっかり忘れているわね」

 

「だよなぁ……。あの人も普段は落ち着いてるのに、一度はしゃぐと周りが見えなくなるとこがあるからなぁ。……そんな姿も可愛くていいんだけどさ」

 

「私が密着しているのに、他の女を褒めるなんて……あとで覚えてなさい。たっぷりと撫でてもらうから」

 

「密着って、頭の上に寝そべっているだけじゃないか」

 

 

 

 

 

 そのような外野のことなど関係ないとばかりに、対峙している二組の間には緊張感が高まっていた。そこに、学園長から開始の合図が告げられる。

 

 

 

 行動を起こしたのは三人ともほぼ同時であった。

 エヴァンジェリンへ向かい走り出す小竜姫に、主の詠唱時間を稼ぐ為に小竜姫に駆け出す茶々丸。そして、小竜姫を迎え撃つ為の魔法の詠唱を始めるエヴァンジェリン。

 

 

 合図と共に詠唱を開始したエヴァンジェリンは、宙へとその身を移動させながら自分の従者(茶々丸)が小竜姫に一蹴された姿を見た。

 それはまさに一瞬の出来事であった。茶々丸の反応出来ない速さで、三度の打撃を彼女に与えていたのだ。そのまま、小竜姫はエヴァンジェリンに詰め寄る。

 

「(予想以上に速い!! “氷槍弾雨(これ)”は間に合わんか)なら……“氷神の戦鎚(マレウス・アクィローニス)”!!」

 

 小竜姫の速さに詠唱が間に合わないと判断したエヴァンジェリンは、瞬時に詠唱を破棄し無詠唱で氷の塊を作り出す。迎撃する為に速さを重視した為か、先のタマモ戦の時に使った時より氷が小さい。それでも、直径三メートルを越す大きさである。

エヴァンジェリンは氷塊で小竜姫を倒せるとは微塵も思っていない。彼女が同じく無詠唱で放つことができる“魔法の射手(サギタ・マギカ)”ではなく、“氷神の戦鎚(マレウス・アクィローニス)”を選択したのは、威力ではなくその氷塊の大きさで自身の身を隠せるからである。

 

 作り出した氷塊を小竜姫へ飛ばすと、その氷塊に隠れながらエヴァンジェリンは距離を取りながら同時に“闇の吹雪(ニウィス・テンペスターズ・オブスクランス)”の詠唱を開始しようとする。詠唱速度が速く、広範囲に攻撃範囲が拡がる魔法で小竜姫を足止めし、次の魔法の詠唱時間の確保を狙うつもりなのである。

 

 

 

 しかし、エヴァンジェリンの目論見は、氷塊と共に見事に打ち砕かれることとなる。氷塊は小竜姫からエヴァンジェリンを隠すと言う役割を果たすことなく、細切れにされてしまったのである。

 

 氷塊をいつの間にか握っていた剣で、細切れにした小竜姫はそのまま勢いを殺すことなくエヴァンジェリンへと向かう。それを確認したエヴァンジェリンは、無詠唱で“魔法の射手(サギタ・マギカ)”を次々と放ちながら、体術で迎え撃つことを決める。

 

 そこには、自分の体術に対する絶対の自信があった。だからこそ、“三度攻撃を当てた方が勝ち”というルールを提案したのだ。万が一、近接戦に持ち込まれても勝利することが出来るとエヴァンジェリンは確信していたのだ。何故なら、エヴァンジェリンには、ひたすら武術の研鑽に時間を費やしていた期間があった。その期間は約百年。その結果、武術の達人と言われる人物が相手であっても負けない実力を身に付けたとエヴァンジェリンは自負している。

そして、それは純然たる事実であった。ただ唯一計算を違えていることがあった。それは、自分より長い時を武術に費やしている存在がいたということ。そして、その存在と相対しているということ。

 

 

 

「さぁ、来い!! 剣を持とうが、私の修めた体術には関係ない! 返り討ちにしてやる!!」

 

 魔法を放つことをやめ、高らかに宣言するエヴァンジェリン。小竜姫は少し笑うと黙って剣を持った右手を軽く後ろに引き、切っ先を相手に向けて構える。その体勢のまま、小竜姫は加速を続ける。

 

 エヴァンジェリンには、その構えから小竜姫の次の攻撃が分かった。それは突き。少ない予備動作で、最速の攻撃を繰り出せる攻撃方法である。優れた動体視力と反射神経がなければ、完全に防ぐことが難しい攻撃であり、同時に放った後は隙が多くなる攻撃でもある。

 

(突きかっ! 一点に力を集中して障壁の突破は狙うつもりか。こちらが防ぐには、攻撃箇所を予測した上で、妙神竜姫(ヤツ)の攻撃速度を上回らなければならないということか。仕方ない……一撃はくれてやる。だが、代わりに三度の攻撃を貴様にプレゼントしてくれるっ!!)

 

 僅かな思考時間で方針を決めたエヴァンジェリンは、神経を集中させ小竜姫の攻撃に備える。小竜姫の一撃を貰う代わりに自身の勝利を得る為に。

 

 迫る小竜姫の動きに集中していたエヴァンジェリンは、小竜姫の剣が届く範囲になった瞬間、寒気を感じた。それは、幼くして吸血鬼となったエヴァンジェリンが感じることはなかった生物としての本能。

 

 

 

――圧倒的強者と対峙したことによる怯え。

 

 

 

 それをエヴァンジェリンが理解したのは、向かい合っていた筈の小竜姫を、自分が見上げていることに気がついた時である。

 

 

 彼女は小竜姫の三度の攻撃をその身に受け、地面に仰向けに倒れていた。

 

 

 

 

 

 




エヴァと小竜姫の戦いでした。大方の予想通り、勝負は速攻で終わりました。ええ。
エヴァがルールを決めてしまったのと、小竜姫のテンションがさりげに吹っ切れていたのが全ての原因です。

小竜姫様が自重してくれなかったのでエヴァのフォローが大変なことになってしまいました。本当この後、どうしよう……。いっそ、エヴァを幼児退行させてみましょうか?

作中でも触れていますが、今のタマモよりも横島の方が“霊力”は上です。力を取り戻せば、横島より上ですが転生間もないので。

刹那が西洋魔法を初めて見た。
これらは拙作内設定です。

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